耳あり芳一【第二話】貝を拾う声⑤
芳一と和尚、怨念渦巻く気比の浜を彷徨う──
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第九章 舟隠し岩へ
――
「キイィィィィイイン……」
海の底から響くような耳鳴りが、まだ消えぬ。
目が見えぬ芳一にとって、音はすべてであり、記憶の名残でもある。
あの晩、般若の面をかぶった和尚が舞い、お経を唱え、地獄の門を押し返した──
その一連の出来事が、いまも耳の奥で響き続けていた。
「……和尚様。門は……閉じたのでございましょうか」
芳一の問いに、和尚は小さく頷いた。
「うむ。だが、あれは“門の裂け目”に過ぎぬ。地獄そのものが目覚めたのではないが、道は一たび開かれた。兆しは残っておる」
「兆し、でございますか」
「地が、割れる音がした。獄の口が開くには、まだ幾重もの鍵がある。されど、何かがこちらを見ておる……そのように感じてならぬ」
和尚の声に、微かに翳りがあった。
◇
その日、芳一と和尚は、盛嗣の案内で、かつて彼が眠っていた場所──砂地の松の根元に立っていた。
潮騒に交じって、何処からともなく声なき気配が這いよってくる。
盛嗣は、一歩後ろに立っていた。
その面差しはどこか翳っており、空気に溶けかけているようでもあった。
和尚が問うた。
「盛嗣よ。おぬしは何を遺し、何を語らぬつもりか」
盛嗣は黙していた。代わりに、その隣に立っていた少女──ミヨが、一歩前に出た。
その手には小さな紙切れが握られていた。
和尚が受け取って開くと、細かな筆致で、こう記されていた。
《舟隠し岩──水引の南。満潮には海に沈み、干潮にだけ現れる。そこに、もうひとつの口がある。》
和尚はゆっくりと目を伏せ、唇を噛んだ。
「やはり……」
「和尚様、その“舟隠し岩”とは──?」
芳一が問うた。
和尚はすぐに答えず、代わりにミヨを見やる。
ミヨは芳一のそばに歩み寄り、そっと彼の手を取った。
その指先が、芳一の手のひらを、まるで舞うように這いはじめる。
──ふ・な・か・く・し・い・わ
──み・ず・ひ・き・の・み・な・み
──く・ち・が・あ・る
芳一は、呼吸をひとつ止めた。
目が見えぬ身にとって、誰かの指先が伝える言葉ほど確かなものはない。
「……舟隠し岩。水引の南。……そこに、また……裂け目が……」
言葉をこぼしながら、芳一の胸には、あの地鳴りのような音が蘇っていた。
◇
和尚は、静かに言った。
「芳一よ。わしはあの門の跡を、もう一度見ねばならぬ。
されど、おぬしとミヨには、先に“その岩”を確かめてきてほしい」
「……私と、ミヨ殿で」
「うむ。おぬしには、琵琶がある。ミヨには、目がある。互いに足りぬものは、助け合え。
──それが、語り部と見届け人の、務めぞ」
芳一は小さく頷いた。
ミヨの手は、なおも芳一の手を包んだまま、震えることなく、あたたかくそこにあった。
――
第二話『貝を拾う声』(終)
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