見出し画像

「課題の分離」を3秒で見抜く、たった1つの質問。アドラー13年実践の作業療法士が、職場・家庭で使い続けてきた問い

※この記事にはAmazonアソシエイトなどのアフィリエイトリンクを含みます。🎧 動画でも観れます(YouTube) 👇👇👇

プロローグ——「待ってほしい」と言われた、ある日の話

先日、職場でこんなことがあった。

私は作業療法士として、特養で機能訓練指導員をしている。日々の業務の中で、利用者さんへの「ポジショニング」が不十分だと感じる場面が増えていた。

ポジショニングというのは、寝たきりや座位保持が難しい利用者さんに対して、クッションなどを使って身体への圧力を分散させ、安楽な姿勢を作る技術のこと。これが不十分だと、皮膚が壊死する「褥瘡(じょくそう)」、いわゆる床ずれの原因になる。看取り期になればなるほど重要な技術だ。

このままではまずい。そう感じた私は、有志で勉強会を開こうと声をかけた。

でも、なかなか人数が集まらなかった。介護リーダーからはこう言われた。

「今は時間が確保できないから、待ってほしい」

私は必要性を再度伝え、こちらの時間も提示した。「この日のこの時間ならどうですか」と。それでも、現場の温度感は変わらなかった。

——以前の私なら、ここで深く落ち込んでいた。

「せっかくこっちが提案しているのに、なんてモチベーションが低いんだ」「私の伝え方が悪かったのかもしれない」「もう何もしたくない」と、夜中まで一人反省会を続けていたと思う。

でも今の私は、ほとんど何も感じなかった。

なぜか。

頭の中で、ある「3秒の質問」を走らせたからだ。

私は作業療法士16年目、特養勤務のHSP・ISFJ。今日から「アドラー心理学シリーズ」を始める。13年間、自分の人生の軸にしてきたアドラーを、現場のリアルとセットで書いていく予定だ。

第1話は、シリーズ全体の中で最も実用的な技術——「課題の分離」を3秒で見抜く、たった1つの質問——について書こうと思う。

第1章——「課題の分離」は冷たさじゃない

「課題の分離」と聞くと、冷たい考え方だと感じる人がいる。

「相手の悩みに寄り添わないってこと?」 「家族でも線を引くの?」 「結局、他人事として切り捨てるんでしょ?」

13年前、私が「嫌われる勇気」を読んだとき、最初に出てきた感想は、その逆だった。

「この考え方、すごい」

読んだだけで、自分の中のモヤモヤとした霧が、すーっと晴れていく感覚があった。

私は元々、本を読むのが好きな人間ではなかった。でも友人から勧められた「嫌われる勇気」を読んで、自分自身が変わるきっかけを得たのは間違いない。本当にありがたかった、と今でも思っている。

ただ、ここでひとつ大事なことを書いておきたい。

アドラー心理学でも、自己啓発書でもなんでもそうだけれど、「それを知ろうとするかどうか」「信じようとするかどうか」という、読み手側の姿勢で効き目はまったく変わる。

すがる思いで「変わりたい」と思って読むのか。「どうせ変わらないだろう」と疑って読むのか。同じページを読んでも、辿り着く場所がまるで違う。

私は前者だった。だからアドラーは私の人生に効いた。

そして13年実践してきて、ようやく言語化できるようになった。

「課題の分離」は、冷たさではない。むしろ、長く優しくいるための技術だ。

すべての悩みを背負い込んでいたら、人は必ずどこかで壊れる。HSPなら、その速度は人より早い。だから線を引く。線を引いた上で、自分が呼吸できる範囲で関わり続ける。それが「課題の分離」の本質だ。

第2章——3秒で見抜く、たった1つの質問

では、どうやって日常で「課題の分離」を実行するか。

13年実践してきて、私が辿り着いた答えはシンプルだ。

頭の中で、ひとつの質問を走らせるだけ。

「このままの状態が続いたとして、最終的にその結末を引き受けるのは、誰か?」

これだけだ。

最初から綺麗な三段論法になるわけではない。私の場合、「HSP特有の自動反応」を「アドラーの思考」で強制停止させるような感覚で走らせている。

具体的には、3秒で完結する3つのステップだ。

ステップ1:自動反応(0〜1秒)

相手の不機嫌や強い言葉に触れた瞬間、まず感情の共鳴が起きる。「あ、機嫌が悪い」「私のせいかも」「早くなんとかして空気を良くしなきゃ」と、心臓がドキッとして、無意識に相手の感情を背負い込みそうになる。

これはHSPの脳の構造上、避けられない反応だ。意志の問題じゃない。

ステップ2:思考の強制ストップと「問い」の投入(1〜2秒)

ここで意識的に心の中でストップをかけ、あの問いを投げ込む。

「ちょっと待て。このままの状態が続いたとして、最終的にその結末(ダメージ)を引き受けるのは、誰だ?」

ステップ3:課題の分離と、自分の役割の再定義(2〜3秒)

状況に合わせて、結末の引き受け手を明確にし、心の境界線を引く。

冒頭のポジショニング勉強会の話に戻ろう。

私はあのとき、頭の中でこう走らせた。

「勉強会が開けないことで、最終的にダメージを引き受けるのは誰か?——利用者さんの褥瘡リスクは残るかもしれない。でも、その提案を受け取るかどうかは現場のスタッフの課題だ。私の課題は『専門職としてリスクを伝え、最善の提案をすること』までだ。私は必要なボールを投げた。それをどう打ち返すかは、相手に任せよう」

これだけで、夜中の一人反省会が起きなくなる。

「自分がコントロールできないこと」に執着しなくなるだけで、HSPの神経系はぐっと楽になる。

第3章——職場で実際に使ったエピソード3つ

特養という多職種が入り乱れる現場では、毎日が「他者の感情」との戦いだ。HSPの私は、放っておくとすべての感情を背負い込んで削られてしまう。

そんな私が「これは相手の課題だ」と切り分けて救われたエピソードを、3つ紹介したい。

①攻撃的な介護リーダーからキツく当たられた時

特養に入職した当初、なぜか私に対して敵意むき出しで、言葉尻が常にキツい介護リーダーがいた。挨拶をしても素っ気なく、ちょっとした確認事項でもイライラした態度を取られた。

HSPの自動反応として、「私、何か悪いことしたかな?」「嫌われているんだ」「どうにかして機嫌を取らなきゃ」と、心臓をバクバクさせながら相手の顔色をうかがっていた。

ここで3秒の質問を走らせた。

「彼女がイライラし続けることで、最終的にダメージを引き受けるのは誰か?——彼女自身だ。血圧を上げて疲弊するのも、周りから人が離れていくのも、最終的には彼女自身の問題だ。これは『彼女自身の課題(彼女のストレスや性格の問題)』であって、私の課題ではない」

私の課題は「機能訓練指導員として、必要な情報を正確に伝え、淡々と業務をこなすこと」だけ。好かれる必要はないと割り切り、機嫌を取ることをやめた。

結果的に、こちらが動じずに接しているうちに、数年かけて自然と攻撃的な態度はなくなっていった。

②多職種との「温度感の違い」に直面した時

冒頭で書いたポジショニング勉強会の話だ。

良かれと思って有志の勉強会や改善案を提案しても、現場の温度感は違うことがある。

私の課題は「専門職として、リスクを伝え、最善の提案をすること」まで。でも、「その提案をどう受け取り、いつ実行するか」は現場のスタッフ(相手)の課題だ。

相手には相手の業務の切迫感や言い分がある。だから「私は必要なボールは投げた。それをどう打ち返すかは相手に任せよう」と切り離す。

自分がコントロールできない「他人のモチベーション」に執着しなくなったことで、無駄にすり減ることがなくなった。

③夕方の消耗している時間帯に、急な依頼を受けた時

夕方、1日の疲労がピークに達している時間帯に、他の職員から「今すぐこれ見てほしいんだけど」と突発的な依頼や相談を持ちかけられることがよくある。

HSPの自動反応として、「断ったら申し訳ない」「冷たいと思われたらどうしよう」という罪悪感が先走り、自分のキャパシティを超えているのに反射的に「あ、はい、やります」と引き受けてしまいそうになる。

ここでも3秒の質問だ。

「断ったことで相手が不満に思うかどうか、それを引き受けるのは誰か?——それは相手の課題だ。私の課題は『疲労困憊の状態で判断を誤らないよう、自分のキャパを守ること』だ」

内容を聞いて「命に直結しない」「明日でも問題ない」と判断した場合、「今日はもう手が離せないので、明日の朝イチで確認しますね」と返すようにした。

「冷たい人だと思われるリスク」を引き受けてでも、自分を守る線引きができるようになった。

第4章——家庭で使ったエピソード2つ

職場だけでなく、最も心理的距離が近い「家庭」こそ、課題の分離が威力を発揮する。

放っておくと家族の感情をすべて自分のことのように背負ってしまう私が、救われたリアルなエピソードを2つ。

①あまり好きではなかった父親が、退職後に無気力になっていた時

私の父は昔から短気で、家の中で気分を害するとすごく怒る人だった。だから私は子どもの頃から、父があまり好きではなかった。

そんな父が65歳で退職した後、2年間何もせずに家にこもり、テレビをつけたままソファで眠る日々が続いた。徐々に表情が乏しくなり、認知機能や体力の低下(社会的フレイル)が見え始め、家族の間でも心配が広がっていた。

HSPの自動反応として、「このままだと父が本当に認知症になってしまう」「息子である医療職の私が、なんとかして現状を変えなきゃいけない」と、強い焦りと義務感を勝手に背負い込んでいた。

ここで3秒の質問だ。

「父がこれからどう生きるか、本当に認知症になるかどうか、その結末を引き受けるのは誰か?——父自身だ。息子である私がコントロールできることではない」

冷酷に思えるかもしれないが、心の中で境界線を引いた。

私にできること(私の課題)は、自分が働く特養での送迎員の仕事という「選択肢を提示すること」まで。それを受け入れてもう一度働くかどうかを選ぶのは父の課題だ。

そう割り切って選択肢を渡した結果、父は自分で働くことを決意した。今では夏の炎天下でも黙々と送迎車を洗うほど生き生きと働いている。

「私が父を救った」のではない。父が自分の課題を引き受けたのだ。そう思えるようになって、親子の距離感がとても楽になった。

②妻のイライラや、娘の理不尽なぐずりに直面した時

仕事から疲れて帰宅した時、妻が何やらイライラしていて家の中の空気がピリピリしていたり、娘が理不尽な理由で激しく泣き叫んでぐずっていたりすることがある。

HSPの「感情の共鳴」がフル稼働して、その場の緊張感を全身の神経で受け取ってしまう。「私が何か気に障ることをしたかな?」「早く機嫌を取ってこの最悪な空気を修復しなきゃ」と、心臓がバクバクして、自分の心まで一気に削られそうになる。

ここで3秒の質問。

「妻のイライラ、娘のぐずり、その結末を引き受けるのは誰か?——それぞれ本人だ。私が焦って機嫌を取り、解決してあげる必要はない」

私の課題は「不機嫌の波にのまれず、自分の機嫌を一定に保つこと」。そして、自分がすり減らないために、安全を確保した上でスッと別の部屋に移動する「戦略的撤退」を自分に許した。

冷たい夫や父親のように思えるかもしれない。でも、自分が巻き込まれて一緒に爆発する(二次災害)を防ぐためだ。

不機嫌の解決を横取りせず、それぞれが自分の感情に責任を持つ。これだけで、家庭内が長く穏やかでいられるようになった。

第5章——HSPが「課題の分離」を使うときの落とし穴

正直に言う。

13年実践してきても、私はいまだに完璧に分離できていない。HSP気質がある以上、どうしても引っかかる部分があるからだ。

特に以下の3つは、今でもよく直面する壁であり、その都度自分の中で調整している部分だ。

①頭では分離できても、身体が反応してしまう

これが一番厄介だ。職場で誰かがイライラしている時、頭の中では「あの人の不機嫌はあの人の課題だ」と理屈で切り分けられる。でも、HSP特有の「感情の共鳴」が起きてしまい、心臓がバクバクしたり、息が浅くなったり、身体が勝手にこわばってしまう。

これを気合いや思考だけで抑え込もうとするのは、無理だと悟った。

だから今は、頭で切り分けると同時に、物理的にその場を離れてトイレで深呼吸をしたり、帰宅後にストレッチポールで背中の緊張をほぐしたりと、**「身体のスイッチをオフにする」**ことで対処するように気をつけている。

②「冷たい人間になっているのでは」という罪悪感

課題の分離は、一歩間違えると「それはあなたの問題でしょ」と切り捨てる、冷たい個人主義のように感じてしまう。もともと人の役に立ちたいという思いが強いHSPやISFJの人間にとっては、他者の苦しみや不機嫌を手放す行為自体に、ものすごい罪悪感を覚えることが多々ある。

この罪悪感が湧いた時、私は自分にこう言い聞かせている。

「これは相手を見捨てているのではなく、相手が自分の力で乗り越える力を信じることなんだ」

自分が無理に背負い込んで共倒れ(二次災害)になるより、境界線を引いて自分が一定の機嫌でいる方が、結果的に長く穏やかに相手のそばにいられる。

③「もしかして私のせい?」と過剰に背負い込む癖

相手の機嫌が悪い時や、場の空気がピリピリしている時、「私のあの時の言い方が悪かったのかも」「もっと事前に配慮すべきだったのかも」と、本来相手の課題であるはずのものを、無理やり自分の課題として回収しようとしてしまう癖がある。

これを防ぐために、「事実」と「妄想」を分けることを意識している。

「相手が不機嫌」なのは事実だが、「私のせい」というのは大半が自分の妄想だ。相手から直接「あなたのここが嫌だった」と言われない限り、勝手に自分の課題に引き込まないよう、心の中で一時停止ボタンを押すことを習慣にしている。

HSPである以上、完全に他者と自分を切り離すことはできない。分離できずに引きずってしまった夜は、「またやっちゃったな」と自分を責めるのではなく、「それくらい自分は相手の痛みに寄り添えるんだな」と、自分の繊細さを否定せずに受け止めるようにしている。

第6章——それでも分離しきれないグレーゾーン

13年実践してきて、はっきりわかったことがある。

**「すべてを分離しなくていい」**ということだ。

世間によくある「課題の分離」の解説では、「他人の課題には踏み込むな」と一刀両断されがちだ。でも、現実はそんなに白黒つけられない。

たとえば、娘の自由研究や読書感想文。

これは本来、娘の課題だ。でも、7歳の娘が1人で完全に遂行するのは難しい。だから私は手伝う。ただし「やってあげる」わけではない。娘自身に「これをやりたい」と決めてもらって、それを遂行するための手助けだけをする。

判断の主導権は娘に渡しながら、技術的なサポートは惜しまない。これが私の中での落としどころだ。

そしてもうひとつ、妻や娘が落ち込んでいる時。

これは、相手の課題とはしたくない。

そこは私も一緒に共有したい。家族の悩みは、私の悩みでもある。それが夫婦円満、ひいては家族円満につながる秘訣だと思っている。

職場で「これは相手の課題」と線を引く時の自分と、家庭で「家族の悩みは私の悩み」と寄り添う時の自分は、明らかに違う。

でも、それでいい。

すべての関係性を同じ温度で扱う必要はない。職場の同僚と、生涯を共にする家族では、踏み込む深さが違って当然だ。

ただし、ここでもHSPならではの注意点がある。

家族の悩みを「私の悩み」として共有しすぎると、HSPは簡単に潰れる。だから、共有する範囲と、相手の課題として尊重する範囲の境界線を見極めることが必要だ。

これは13年やってきても、いまだに毎回手探りだ。完璧な答えはない。

エピローグ——アドラーシリーズ、始めます

最後に、お知らせを。

今日からアドラー心理学シリーズを始める。

13年実践してきたアドラーを、職場・家庭・人間関係・子育て・自己肯定感・働き方など、さまざまな角度から書いていく予定だ。

これから30本書くかは正直わからない。でも、連載していきたい内容ではある。

今日伝えたかったのは、ひとつだけだ。

「このままの状態が続いたとして、最終的にその結末を引き受けるのは、誰か?」

明日、職場で誰かの不機嫌に触れた瞬間、この問いを心の中で走らせてみてほしい。

3秒でいい。

その3秒が、あなたの今日の消耗を、ぐっと減らしてくれるはずだ。

課題の分離は、冷たさじゃない。

長く、優しく、誰かのそばに居続けるための、技術だ。


作業療法士16年目|特養・ユニットケア勤務|元認知症ケア指導管理士|HSP・ISFJ


📌 ハッシュタグ

#アドラー心理学 #課題の分離 #嫌われる勇気 #職場の人間関係 #作業療法士 #働き方 #エッセイ #HSP


📚 合わせて読みたい

「嫌われる勇気」はHSP・ISFJには最初、冷たく感じた。でも13年経った今も私の人生の軸になっている。

HSPの支援職が、職場で削られないために使っている5つのこと


夕方の急な依頼で削られないために、私が決めている線引き



父が65歳で退社して、67歳で私の職場に来た日。作業療法士の息子が、認知症の入り口で父を引き戻した話


💡 Kindleアフィリエイト

📖 やさしすぎるひとの、消耗しない働き方

📖 アドラー心理学をもっと知りたい方へ 嫌われる勇気(書籍)→ 嫌われる勇気(Kindle)→ 幸せになる勇気(書籍)→ 幸せになる勇気(Kindle)


いいなと思ったら応援しよう!

kirinoha|note を楽しむ土台のつくり方 ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。もし「応援したい」と思っていただけたら、チップで活動を支えていただけると嬉しいです。いただいた応援は、次の記事や取材、本の購入などに大切に使わせていただきます。