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「最後の1%が幸せなら、その人の人生は幸せだ」特養で100人を看取った作業療法士が伝えたいこと

※この記事にはAmazonアソシエイトなどのアフィリエイトリンクを含みます。
※youtube始めました。音声で聴きたい方はこちらから、テキスト版で見たい方は下にスクロールしてください。※今回看取りという言葉がありますが、AIの都合上どうしても修正できていない部分があり、お聞き苦しいかもしれませんが内容はしっかりしているものだと思っています。


特養は「終の住処」だ。

そこに来る人の多くは、もう自宅には帰れない。認知症を抱え、身体が少しずつ動かなくなり、最期の時間をそこで過ごす。

私は特養で7年以上、機能訓練指導員として働いてきた。作業療法士の資格を持ちながら、「リハビリ」とは少し違う形で、利用者さんの最期に寄り添ってきた。

100人近くを看取った。

今日は、その話をしようと思う。


特養での仕事は「生活を守ること」

特養での私の仕事を一言で言うなら「その人らしい生活を最期まで守ること」だ。

食事、排泄、入浴、着替え。日常生活に必要な動作を維持するための運動を、一人ひとりに合わせて行う。認知症予防のプログラム、手工芸や園芸などの趣味活動を通じた心理的なアプローチ。車椅子や杖の選定、自助具の作成、環境調整の提案。寝たきりの利用者さんには床ずれを防ぐためのポジショニング。

そして何より、利用者さんの話を聴くこと。

何に悩んでいるのか。どう生きていきたいのか。認知症でうまく言葉にできない部分を、傾聴・受容・共感しながら読み取っていく。これが私にとって、一番大切な仕事だ。


「死にたい」と言われたとき

特養で働いていると、こういう言葉を聞くことがある。

「私だけ仲間外れにされている」

「死にたい」

介護職員とのやり取りがうまくいかなかったとき、自分の要望が通らなかったとき、こういった言葉が出てくる利用者さんがいる。

このとき私がやることは、否定しないことだ。励ましもしない。話を逸らすこともしない。

まずその気持ちをそのまま受け止める。

「そうか、死にたいくらいつらいんだね」

そこから少しずつ、なぜそう感じているのかを一緒に探っていく。つらさの根っこが見えてきたとき、改善できる部分が見えてくることがある。

忙しい現場だ。時間は限られている。でも時間を気にせず、その人とだけ向き合う瞬間を作ること。それが私にしかできない仕事だと思っている。


その人が「生きてきた証」を探す

利用者さんのメンタルケアで、私が最初にやることがある。

その人がどうやって生きてきたかを探ることだ。

何が得意だったか。何に興味があったか。どんな仕事をしてきたか。何を楽しんでいたか。

編み物をずっとやってきた人には、一緒に編み物をする。園芸が得意だった人には、植物に触れてもらう。モノづくりが好きだった人には、何かを作る。将棋が趣味だった人には、盤を前に向かい合う。

認知症で多くのことを忘れていても、長年やってきたことは身体が覚えている。その作業に触れた瞬間、表情が変わる。目が輝く。

その瞬間を見るために、私はこの仕事をしていると思っている。


同級生の祖母を看取った日

10年以上働いていると、100人近くの利用者さんを看取ることになる。

その中で、今でも忘れられない方がいる。

中学・高校が一緒だった同級生の祖母だった。たまたま同じ特養に入所されていた。映画を一緒に観に行くくらい仲の良かった友人の、おばあちゃんだった。

その繋がりもあってか、その利用者さんは私をとても信頼してくれた。孫の友人という認識も持ってくれていた。

3年間、一緒に機能訓練をしてきた。

でも徐々に高齢となり、食が細くなっていった。最終的には食べることができなくなった。枯れるように、少しずつ少しずつ、命が細くなっていった。

それでも、声をかけると笑ってくれた。

その笑顔が、今でも胸に残っている。

この人と関わることができてよかった。いつまでも忘れない。これからも頑張っていこうと思えた。


死は悲しいことじゃない

100人近くを看取って、私が思うことがある。

死は悪いことじゃない。誰しもに来るべきものだ。

大切なのは、その瞬間まで「その人らしく」いられたかどうかだと思う。

最後の1%が幸せなら、その人の人生は幸せだ。

この言葉が、私の特養での仕事の根幹にある。

最期の瞬間まで笑顔が見られること。声をかけたら反応してくれること。好きだったことに触れて、表情が和らぐこと。

そういう瞬間を積み重ねていくことが、看取りのケアだと思っている。


メンタルを削られるのは利用者さんじゃなく人間関係

正直に言う。

利用者さんとの別れで、メンタルが削られることはあまりない。

寂しいけれど、その人の最期をサポートできたのなら悔いはない。むしろその別れが、また頑張ろうという力をくれる。

でも職場の人間関係には、何度も削られた。

職歴の長い介護リーダーから攻撃的な態度で当たられた。看護師と介護職員のギクシャクした空気に神経をすり減らされた。

人を支える仕事をしている人間が、同僚との関係で消耗している。これは特養に限らず、医療・介護の現場全体に言えることだと思う。


今日あなたに伝えたいこと

介護や医療の現場で働いている人へ。

そして、今大切な人を介護している人へ。

最期まで寄り添うことは、消耗することじゃない。

その人の人生の最後の時間に、そばにいられることは、かけがえのない経験だ。

声をかけたら笑ってくれる。それだけで十分だと思う。

最後の1%が幸せなら、その人の人生は幸せだから。


作業療法士・15年目。特養勤務。機能訓練指導員として、今日も誰かの最期に寄り添っています。

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