見出し画像

【歴史小説】信長を救った男 第二章1

→第一章をまだ読んでいない方はこちら

第二章 池田城攻防1

 池田城北側を攻める、織田勢の中で、上総介信長の馬回り衆である魚住隼人は杉ヶ谷川の谷に降り立ち、城側を見上げた。既に城側に織田勢がとりつき、梯子をいくつか立てかけ、城の土塁上を目指し兵が登りつつある。一番乗りを譲ってなるものかと、心が逸る。

 その時、立てかけられた梯子を走るように登る武者の姿が目に入った。梶川高秀か、魚住隼人はその勢いを見て、一番乗りは譲ったか、そう思った。その予想通り、梶川は梯子を蹴って、土塁上に躍り上がった。刹那、城側から漆黒の鎧を纏った武者が梶川の前に立ちはだかると、右手に持った槍を一閃、梶川の喉元を突き刺すと、そのまま梶川はもんどりうって谷に突き落とされた。

 梶川高秀は、織田家中で名の知れた勇士である。それを槍の一閃で退け、谷底に横たわった梶川の体は全く動かない、絶命したのだろう。油断ならぬ武勇の士が池田衆にもいるものだと魚住隼人は思い、その漆黒の武者を挑むように見上げた。漆黒の武者は、新しい槍を受け取り一振りすると、鋭く織田勢に向けて呼ばわった。

「池田筑後守、参る」

 大声で叫ぶでもなく、その声は鋭いだけであったが、不思議に戦場全体に響き渡り、すべての兵の耳に届いた。城側から歓声が上がる。魚住隼人は一瞬、耳を疑った、池田筑後守、池田城の城主である池田筑後守勝正か。にわかに信じがたい、池田筑後守は城主である前に、池田家の当主である。自ら陣頭に立ち、防衛の指揮を執るなど思い難い。しかし、城側の兵から発せられる異様な士気。陽炎が立ち昇るようである。そのように兵の士気が沸き立つのがあり得るのを、戦場を往来してきた魚住隼人にはわかった。

池田筑後守に間違いない。

 興奮を抑えきれず走りだそうとした魚住隼人の肩を、大きな手でつかむ者がいた。

「これは、一番乗りなどと言っている場合ではないな」

 そう魚住隼人の肩をつかんだのは、同じく信長の馬回り衆、山田半兵衛である。周りから頭一つ抜きんでた巨躯の持ち主で、魚住隼人、山田半兵衛の両人は、これも織田家中で武勇の士として知られていた。

「半兵衛、おぬしにも譲らんぞ」

 魚住隼人はそう言って、山田半兵衛に不敵な笑みを見せた。それもそのはずである。眼前にいる池田筑後守を斃すなり、捕縛するなりした者が、この攻城戦の一番の武功となるのは明白だった。

 しかし、魚住、山田の逸る心とは裏腹に、谷底に降りた織田勢の兵が城兵の弓や鉄砲、投石の餌食になっていく。勝正が陣頭に立つことによって城兵の士気が上がり、明らかに動きがよくなっている。散発的に土塁上に到達する織田勢もいたが、途端に勝正が槍を振るい、谷底に突き落としていく。あまりにも速い槍さばきに、織田勢の兵は一合も槍を合わせることが出来ない。突かれ、薙ぎ払われ、突き落とされていく。すさまじい驍勇である。

「隼人よ、先に槍を付けたもの勝ちだぞ」

「先に屠ったものの勝ちよ、半兵衛」

 二人は頷き合うと、己が郎党を呼び集め、二手に分かれて駆け出した。城側から見れば、左に魚住隼人、右に山田半兵衛が勢いよく谷壁に向けて突撃してくる。頭上に降り注ぐ矢の雨を、槍で振り払いながら、すさまじい速さで谷壁にとりつき、梯子をかけた。

 魚住隼人、山田半兵衛、両者とも平地を走るがごとく梯子を駆け登っていく。ほぼ同時ーーわずかに魚住隼人が先んじて土塁上に降り立った。

 魚住隼人は、勝正の姿を認めると、即座に槍を突き出した。

 ーー獲った

 その刹那、勝正も槍を繰り出し、魚住隼人の槍を弾き飛ばした。魚住は驚嘆した。己が間合いであり、かつ先んじたはずだ。あり得ない。

 そう思いながら、大きく見開いた目の先に、勝正の背後に山田半兵衛の巨躯を認めた。

ーー半兵衛に手柄を譲るか

 魚住隼人がそう思った眼前で、またしても信じがたい光景が展開される。勝正は振り返りもせず、魚住に繰り出した槍を引き戻すと、そのまま大きく引き、槍の石突で山田半兵衛の腹をしたたかに突き押した。

 山田半兵衛は、身体をくの字に折り曲げてよろめき、そのまま土塁上から谷底へ転げ落ちた。

 そして間髪入れず、再度すさまじい突きを、魚住の喉元に繰り出す。魚住は必死に身を右側によじりかわそうとしたが、よけきれず左肩に槍を突き入れられ、そのまま谷底に突き落とされた。

 魚住隼人は谷に転がり落ちる途中、何とか自由の利く右手で梯子をつかみ、谷底に落ちる直前で身体を留めた。しかし、左肩の傷は深く、左腕を動かすことが出来ない。これは引かざるを得ないか。無念ではある。しかし、あれほどの強者は初めてであった。池田筑後守が陣頭に立つ、城北側を抜くのは容易ではない。どれほどの人死にが必要か、魚住には計り知れぬ。


 池田家の女房衆は、城の主郭北側、奥向きの縁に集められ、板戸を細く開けて、杉ヶ谷の向こうに立ちのぼる土煙と、北東側土塁の上で入り乱れる旗指物を、固唾をのんで見守っていた。

 千代保も、おつねと共にそこに籠っていたが、城南側で鉄砲の轟音が轟いてからおつねは、すっかりと怯えてしまい、床に伏して丸まり、ひたすらに念仏を唱えている。なんか、まん丸いお餅みたいやなぁ。千代保は、そんなふくよかな身体を丸めて伏せる、おつねの姿をみて、おかしくもそう思った。

 南側の喚声が収まってしばらく、次は北東の谷側で動きがあり、念仏をつぶやく餅を見飽きた千代保は、細く開いた板戸へ視線を移した。

 千代保は、板戸に近づいてそれを見つめた。戦を見るのは初めてである。千代保から見ても織田勢の勢いは強く、池田勢がやや押されているように思われた。その時、織田勢の兵が一人、勢いよく土塁に躍り上がるのが見えた。あっ、と思った刹那、漆黒の鎧を纏った武者が城側からあらわれ、手にした槍を繰り出すと、土塁に躍り上がってきた兵を谷に突き落とした。

 漆黒の鎧武者は、新たな槍を手に向き直ると、鋭く呼ばわった。

「池田筑後守、参る」

 その声は千代保の耳にも届いた。御屋形様、あの漆黒の甲冑は御屋形様なのか。寡黙で、優し気な色白の顔しか浮かばない。しかし、間違いなく御屋形様なのだ。

 千代保には、舞うように、縦横に、槍を振るう、勝正が見えていた。示し合わせたかのように、勝正の左右から土塁上に織田勢の兵が現れた。勝正は左側の兵が繰り出してきた槍を、己が槍で跳ね上げると、右側から迫る兵には、振り返りもせずに、槍を大きく引いて石突でその兵を打った。右側の兵が谷にころげ落ちるのをそのままに、間髪入れず左側の兵に槍を繰り出した。槍に貫かれたように見えた兵は、そのまま谷へ突き落とされた。

 もう目を離すことが出来ない。頬が上気している。胸が激しく脈打つ。

ーー美しい

 榛色の瞳を、黄金に輝かせながら、千代保は思った。

第二章 池田城攻防2 につづく

ーーー南側では織田の第二陣、柴田左京大進勝家が鉄砲に対抗して迫り来る。第二章2はこちらから

少しでも楽しんでもらえたら、ぜひ「スキ」を押していただけたら、よろしくお願いします!

カクヨムでは小説「信長を救った男」分割掲載してます、一気に第一章12,000字は多いかもなので
こちらからどうぞ


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集