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【歴史小説】信長を救った男 第一章

 第一章 上洛

 荒木村重はゆっくりと馬上、揺られながら摂津国池田城に向っていた。先日、美濃尾張を有する織田上総介信長が、足利義昭を奉戴して上洛の軍を発したとの報を受けての城への招集である。それほど急ぐ必要はあるまい。村重はそう思いながら収穫を終えた刈田の間を騎行した。

 永禄十一年九月七日、織田上総介信長は岐阜から出陣したが、畿内に至るにはまず近江を通過せねばならず、そこには畿内を統べる三好三人衆に通じている六角承禎がおり、これを抜くのは容易な事ではない。織田方が畿内へ至るには、まだ十分な時間があると思われた。

 池田城に到着し、広間に通された村重の前には、この評定に参加する面々が既に先着し座していた。向かって左手奥に池田清貧斎、痩身で老齢ではあるが背筋は伸びており、しわに覆われた色黒の顔ではあるが双眸は油断無く鋭い。


「なんや、村重、遅かったな」

そう声をかけた清貧斎の声色に、村重を糾弾するようなそぶりはない。

「はっ、此度、織田上総介の軍容報告を受けておりました」

 ゆるゆると騎行して来たなどと、おくびにも出さずに村重は返答した。

「ほんで、どんなもんやねん」

 こちらの声には明らかに険が含まれる、それを発したのは清貧斎の前、左手前に座する池田十郎次郎正朝であった。齢は先に声をかけてきた清貧斎と同様の老年であったが、その体格は対照的にひどく肥えており、色白の顔に糸を引いたような目、すでに秋だというのに額に汗の粒を浮かべている。

「上総介が号するに、その数五万」

左側に座する、清貧斎と正朝の対比が、大と小、白と黒、のように滑稽に映ったので、それから視線を外しながら村重は静かに答え、一度言葉を切った。

「五万、それは大軍ですな!」

 村重の右側奥に座する池田豊後守正泰が、次の言葉を待たず、やや大きな声を上げた。こちらは左に座る二人に比べはるかに若い、人懐っこい大きな目を見開きながら筋肉に覆われた分厚い身体を震わせている。

「・・・して、村重殿はどのように?」

 落ち着いた声で村重の次の言葉を促したのは、正泰の前、村重の右手前に座る池田周防守正詮である。こちらはまた、隣に座する正泰と対照的に線の細い身体と、細い顎、柔和な雰囲気を漂わせている。村重に対するこの問いは、自軍の兵数は過大に喧伝するものとして、実数はどうなのかというものであろう。

「もう御屋形様も来られる、詳しくはそれからでええやろ」

 清貧斎がそう言い終わると同時に、広間にゆっくりと一人の男が入って来た。それに気が付くと、村重の前に左右に分かれて座する四人が、一斉に頭を下げる、それに倣うように村重も頭を下げた。男はそのまま村重の正面、広間の上座に腰を下ろした。中肉中背ではあるが、身のこなしから引き締まった筋肉を思わせる、顔貌は色白で秀麗な眉目持ち主、摂津池田の当主、池田筑後守勝正であった。

「皆、参集したな」

 やや低い、しかしよく通る声で勝正が言う。

「美濃より上洛を目指す、織田上総介について報告いたします」

 清貧斎はそういうと、村重に目配せし報告を促した。

「九月七日、織田上総介は尾張・美濃・伊勢・三河、これら四カ国の軍勢を率いて美濃を出陣、その軍勢の総数は五万と号しております。翌九月八日に近江の高宮に着陣、ここで軍容を再度整えているのを我らが放った複数の物見からも報告を受けております。そこで、確認された概ねの織田勢の実数は二万五千程度、これらをもって六角承禎らが立て籠もる観音寺山攻略を行うものと思われます」

 先ほど、勝正が来る前に話きらなかった織田勢に対する物見の報告まで一気に村重は報告し終えた。

「天下布武やな」

 独り言のように勝正はつぶやいた。

「なんや、尾張の田舎もんが」

 吐き捨てるように、太った腹を震わせて正朝が言った。

「近江での情勢を注視して、兵の準備を進めなければなりますまい」

 正朝の侮蔑を聞き流し、正詮は細い顎に右手を当てて議論を進めようと話を進めた。

「昨今の情勢を鑑みて、既に各池田衆の方々を含め兵の準備は滞りなく」

 そう答えて村重は顔を上げて主君である勝正に目を向けた。実際にどこに、どの程度の兵数を動かすのか。池田家において村重の役職は侍大将である。戦場での兵を直接預かり、兵糧の差配も含め考えなくてはいけない。

「精兵、二千」

村重の顔を正面より見据え、勝正は短く答えた。

「二千、でございますか」

村重は聞き直した。池田家の最大動員兵数は五千である。しかし、これはあくまでも最大での話であり、根こそぎの動員に等しい。兵糧の運搬、本拠の守備等を考えると、実際に機動的に動員できる兵数は三千が現実的なところである。だが、勝正が言うのはその動かしうる兵数と開きがあった。

「十全に準備をした、精兵二千」

 勝正は再度、そう答えた。

「速やかに移動し、三好衆と連携して包囲殲滅も可能かもしれませんな」

「上総介ごときには十分や」

 正詮と正朝が相次いで意見を述べた。

「ふむ、情勢次第やが中心となる兵の準備を進める形でええか」

 清貧斎が少し考えながらも是認した。

「では、某が池田衆を取りまとめ、村重と準備をすすめます」

 正泰は身を乗り出しながら快活に答えた。

「異議あれへんなら、左様に定める」

 勝正は短くいうと評定を締め、音をたてずに立ち上がり、池田衆や村重が頭を下げる中を歩き、そのまま広間を出て行った。
 それを見送り、村重は実務上の打ち合わせを明日にでも行うことを正泰と話をして、自身も退出しようとしたが、呼び止められた。

「村重、この後にわしの所に寄っていけや」

 清貧斎にそう誘われたら村重に否は出来ない。了承し、陽気に笑って退出していく後姿を見送った。  

 村重は城内での確認を終えると、その足で清貧斎の屋敷へ向かった。清貧斎、十郎次郎正朝、豊後守正泰、周防守正詮、先ほどの評定に参加していた四人を池田四人衆という。池田家はこの四人衆と当主の合議で運営されており、重要な事柄は協議し最終的な決定を当主が下す体制をとっていた。

 この四人衆は池田衆の中で基本的に世襲されるが、意見の相違などで対立し、その四人衆に就く池田衆が入れ替わる場合がある。もっとも最近の入れ替わりは、現当主、勝正の就任時に起きており、反勝正派の二人が粛清され、新たに勝正を支持した正泰、正詮の二人が四人衆となった。

 勝正が当主となるのを主導したのが、清貧斎であり、それを側面で支えたのが村重であった。村重はこの功もあり、本来は参加資格のない四人衆と当主による評定に、末席ではあるが参加を許されるまでに池田家内での地歩を築きつつあった。そのような経緯もあり、村重としては清貧斎からの誘いを断るわけにはいかない。

 屋敷に到着し、奥に案内されると、既に清貧斎が待っていた。

「おう、村重、腰の具合は大丈夫か?」

「腰・・・でございますか?」

「昼間も忙しく、夜もたいそう励んでるやろうからなぁ」

 嚇と腹から怒りが沸き立ち、村重は刀を引き抜くと、そのまま袈裟切りに清貧斎を切りさげた。

 ・・・心中で、あくまでも妄想で。もとから腰のものは屋敷に上がるときに預けている。清貧斎が言ったのは、最近村重の元に嫁した継室、千代保の事である。石山本願寺の坊官、川那部左衛門尉の娘であり、まだ年若かったが、特筆すべきはその容貌である。とてつもなく、そう大袈裟な表現ではなく見たことがないといっても良いほどの器量好であった。輿入れの時にそれを見た池田衆から、その後に村重は散々揶揄されて辟易としていた。いいかげんに思った村重は、この手の揶揄に相手を腹の内で散々に切り刻んだり、刺し貫いたりして、感情を表に出さぬようにしていた。

 今回もそうして、口元に苦いものをうかべる程度に装って、平静なふりをした。


「はっはっはっ、そう怒るなや村重、若いなぁ」

 清貧斎はそういうと茶をたて始めた。その所作は野趣にあふれている、しかし作法を違えているわけではない。この御仁にはまだまだ敵わんな、そう思いながら村重は清貧斎の前に座し、心を落ち着かせた。

「で、どう思う?」

 顔は笑みをうかべ、声色も変わらなかったが、清貧斎のその質問が容易に回答できるものでは無いことが、村重には理解できた。

「・・・織田上総介は、相当の準備をしておるものと」

 少し言葉を選びながら、村重は答えた。昨年ごろから商人などを通じて織田方からの接触があった。それは村重以外の池田衆も同様であろう。既に、何らかの形で取り込まれている者もいるかもしれない。

「正朝あたりとか、ありそうやな」

 茶碗を村重の前におしだして、清貧斎はあっさりと人名を出した。

「どうでしょう・・・某の知りうる範疇では、その兆候はございませんが」

 正朝の評定でのあからさまな織田上総介を軽んじる言動は、逆に怪しさを感じさせたりもするが、村重の諜報網にそれという情報は無かった。

「正朝は阿呆やしな、ほんまに上総介の事を田舎侍と思っているやろな。わしが言ったのにおかしいが、無いわな」

 阿呆て、言い過ぎやろ。村重は清貧斎の言葉に吹き出しそうになったが、押しとどめた。つまり、今のところは池田家中で織田方に与するものはいないという認識で間違いはないということか、村重はそのように思った。

「早々に三好衆からの要請もあることでしょう」

 対織田に向けて、畿内を統べる三好衆が統一戦線の構築のために、池田家にも動員を要請するのは当然である。先ほどの評定も、それに向けてのものであった。

「二千とは、どう思う?」

「清貧斎殿が言われた通り、今後の情勢に対応していくということと、某も理解しております」

「ふむ、まあ、それにしても御屋形様は言葉がすくないのう」

「信頼頂いている証と、捉えておりますが・・・」

 清貧斎のいうように勝正の口数はここ数年、減っているのは村重も感じている。その後、今年農産物の収穫について意見を交わしたのち、村重は屋敷を辞した。清貧斎との会話は、腹のいちもつを探り合うようで疲れる。疲労を肩にのせて、村重は自身の屋敷への帰路についた。

 屋敷に帰り着くと下人から中川瀬兵衛が訪れており、主殿の座敷で待っていると告げられた。これは評定の後、村重が小者に命じて呼び寄せていたものだったので、着替えもせず、そのまま瀬兵衛の待つ座敷へ向かった。

 中川瀬兵衛は戦場においては勇猛な若武者であり、しかし猪突するばかりでは無く、状況に応じて冷静な判断を下せる若者であった。村重が池田家中の国人で、最も目をかけており、仕事の補佐を依頼している。

「村重殿、評定の詳細はいかに」

 瀬兵衛は挨拶もそこそこに、明るい声で村重に問うた。

「御屋形様のご指示で、精鋭二千をいつでも動かせるようにとの事や」

「二千、ですか?」

「そうや、十全に準備をした精鋭二千、との事や」

「十全に準備した、精鋭二千、ですか・・・」

 瀬兵衛はそういうと何かに気づいたように笑みを浮かべた。

「わしも同様の事を思ってるわ」

 村重はそういうと、同じように笑みを浮かべて返した。清貧斎にはあえて伝えなかったが、老練の将でもあるあの老人なら気づいているやもしれない。

「それで、その後の物見からの報告はどうや?」

「八日に近江高宮に着陣との報告から既に二日、そろそろ六角攻めに動くでしょうから、随時報告があるものと。それに伴い三好衆からも連絡があるでしょう。精鋭二千との事なれば、既に行っている準備もありますので、明後日には動かすことが可能です」

 新たな織田勢の動静はなかったが、評定後に城内から使いの連絡を受けて現状の兵の態勢を改めて報告する、この抜け目のなさが瀬兵衛である。その後、周辺の諸勢力の状況、池田家中の動静の報告を受け、話を終えた。

 着替えの為に屋敷の奥に行くと、先ほど清貧斎に揶揄された、千代保とその侍女が待っていた。抜けるような白い肌、整った眉目、瞳の色は珍しい榛色であり、やや小ぶりだがふくよかな唇、華奢な身体、改めて見ても千代保のその美しさは当代に冠絶するといっても過言ではない。屋敷の下人などは、目がつぶれる、と言って千代保の前では目を伏せるほどである。

「ご出陣は、近いのでしょうか?」

 千代保がその容姿には似合わない、芯のある声で村重に尋ねた。

「ん・・・まだなんとも言えへんけどな。しかし、いつでも動けるよう、準備を怠らへんようにしてくれ」

 そう返答する村重の言葉を、聞き漏らすまいと千代保の侍女のおつねが聞き耳を立てている。このおつねは千代保の輿入れの時に川那部家から随行してきたものであり、体のいい石山本願寺の間者であろうと村重は捉えていた。しかし、このおつねを村重は遠ざけることはしなかった。もとより、石山本願寺と誼を結ぶための千代保の輿入れであり、その実家からのお付きの侍女を遠ざけてはいらぬ憶測を与えてしまう。そして、このおつねは若くもなく、美しくもないが、健康的で、肉感的な肢体の持ち主であり、村重の好みの容姿であった。

 千代保は美しすぎるのだ、屋敷の下人と同様に、その完璧な、人ならざるような美貌に、村重は畏れを抱いていた。事実、千代保と同衾したのは数えるほどである。池田衆が揶揄する様な、腰を痛めるほどのことなどなかった。

 おつねが千代保の侍女でなければ、手を付けるものだが。着替えを終えて、そのようなことを考える自分に村重は可笑しみを感じた。戦を前に昂っておるのか、右手を首の裏にあてて、人知れず自嘲気味に嗤った。


 しかし、この翌日から池田衆、村重も予想しない速さで織田勢上洛が行われる。

・九月十二日、織田勢、六角方箕作山城を攻撃開始、一日で陥落させる。

・九月十三日、六角承禎ら逃亡、残党掃討のため六角氏居城、観音寺山城を攻めるが、残党も投降、わずか二日間で近江を平定。近江に足利義昭を迎える為にしばし駐留。

・九月二十六日、織田勢、琵琶湖を渡り、三井寺極楽院に着陣。

・九月二十八日、 織田勢、東福寺に陣を移し、三好三人衆の一人、岩成主税助友道が立て籠もる青竜寺城方面を攻め激戦となる。

・九月二十九日、織田上総介も青竜寺方面へ出馬、青竜寺城を攻撃、城方はこれを支えきれず開城、岩成主税助は摂津方面に落ち延びる。

・九月三十日、織田勢、山崎に着陣。三好三人衆の一人、三好日向守長逸と、細川左京大夫昭元が籠る芥川城を攻める。三好日向守と細川左京大夫はこれを支えきれずに夜に撤退。その後、織田上総介と足利義昭は共に芥川城へ移る。

・十月二日、三好方の篠原右京進長房も居城である越水城を放棄。畿内で最後に残る摂津池田城攻略のため、織田上総介は池田城北東の畑天満宮に陣を置き、織田勢の兵が池田城を囲んだ。

 織田勢が、近江六角氏の攻略を開始して二十日ほど、驚くほどの短期間で三好三人衆による畿内支配は崩れた。六角承禎は甲賀に逃げ、三人衆の内二人、岩成主税助と三好日向守は城を攻め取られ落ち延び、三人衆のもう一人、三好宗渭は戦わず山城木津城を退いた。細川左京大夫、篠原右京進も敗走、撤退をしている。


 村重は池田城の、物見櫓の上から薄闇の中、南側に布陣する織田勢を見渡した。村重でもさすがに五万の大軍に相対するのは初めての経験である。

 想像をはるかに上回る速さで上洛、畿内制圧を達成しつつある織田上総介の軍勢は、当初、岐阜出陣時に自らが喧伝した数に追いついた。これは、畿内の恭順した勢力を糾合した結果である。しかも、恐るべきことに、元々の織田勢の二万五千が、その数をほとんど減じていない。いくつもの城を落としてきて、ほぼ無傷で畿内を統べようとしている。この、五万の大軍に池田城がどこまで耐えられるか。村重は日の出を間近に控え、白みつつある空を見上げた。

 池田城は北側にある池田山の南へ伸びた尾根の先に位置する。城の北側には杉ヶ谷川の谷が横たわっている。この谷は城の北側を北東から北西へ大きく巡り南側に流れる。深さは最大で三十間にも及ぶ。西側もまた険しい。池田山から続く斜面がそのまま切り立ち、崖となっている。北と西は天然の要害に守られている。東側には空堀が掘られており、その幅は十五間ほど、深さは五間ほどあり、人馬が容易に超えられるものではなかった。空堀は北東隅では北側の杉ヶ谷川の谷とつながっていた。北、西、東と天然の要害と防御施設に覆われているが、南側はなだらかに南部に広がる城下町や大坂からの街道に面しており、段々に高さが三間ほどの土塁がめぐっており、その土塁の上を板塀や木柵が巡っていた。山上にある山城ほどの堅城とは言えないが、摂津でも屈指の規模を誇る城であった。

 その池田城に籠るのは、当初に当主である勝正が言った二千の兵である。城攻めでは籠城側に対して三倍以上、城自体が攻めがたい堅城で五倍以上の兵力が必要であると言われるが、今回は二千の籠城兵に対して二十五倍に上る、池田城の攻口が城の南側に限定され、大軍の展開もそちらに限られるところを利するしかない。

 五万の大軍に囲まれる城に、二千の兵で籠城する。この状況に対して、村重は高揚していた。城を枕に討死する。そのような願望はもちろんない。戦って、生き残る、その目算は村重にはあった。

 本来籠城は外部から援軍が望めるときにするものである。現状はその具体的な当てがあるわけではないが、籠城の時間が長引けば長引くほど周囲の状況が変わる可能性があった。織田勢があまりにも急速に畿内制圧を成しえつつあるので、現状は逼塞しているが、ここ池田城の攻略が十日ほどもかかれば日和見をしている勢力が織田勢に離反することも充分にありえる、また逃げた三好勢には阿波国に勢力圏があり、先代の三好修理大夫長慶のころも、何度か阿波に退いて、体制を立て直し、畿内での劣勢を挽回している。勝算はある、村重は戦前の高揚感に再度身を委ねた。

 村重の元に、荒木家の足軽である喜助が予定通り兵の配置が終わり、準備も万端である事を告げに物見櫓に上って来た。

「それにしてもすさまじい軍勢ですなぁ」

 大軍の圧を感じているのか、少し緊張した声色で喜助は言った。

「村重様、おらこの戦のあとに、おまつと祝言をあげるんですわ。だからこの戦でごっつい手柄あげたいんですわ」

 これを村重に告げるのに、緊張していたのか。

「・・・きっ、喜助、そういうのは死旗が立つと言ってな」

「しにばた?そんなんは聞いたことあれへんけど・・・」

「いっ、いや、まあそれはええ。あれや、喜助、大事な身体や、祝儀ははずむから、必ずおまつの元に戻れよ」

 気合の決意表明をはぐらかされたか、喜助は気の抜けたような返事をして櫓を降りて行った。喜助は真面目で仕事が丁寧な若者だ。不器用なところもあるが、そんな喜助を村重は目をかけていた。そのような若者を祝言前に死なすわけにはいかない、そして祝儀をはずむと言った村重自身も生き残らねば、挑むような笑みを浮かべて人知れず笑った。

 さあ、こい、上総介


 上りつつある日に照らされる池田城を南側から見上げ、木下藤吉郎は目を細めた。織田勢の第一陣として南側からの攻め手を担う事に、やや身震いしている。

 織田の家臣として新参である身として、美濃攻略、この度の上洛戦、敵方の調略に多くの功を立てていた。しかし、やはり戦場における功も欲しい。おそらく畿内制圧の最後になるであろう、この池田城攻略に藤吉郎は並々ならぬ闘志を燃やしていた。

 しかも先陣には弟である木下小一郎の部隊を配している。猿面冠者といわれる、愛嬌のある色黒の顔を引き締め、薄い口髭をなでながらひとりごちた。

「小一郎、全力で一気に押せ」

 目線の先には、前進を開始した織田先陣があった。

 日が昇り、完全に視界が利くようになると、城の南に雲霞のごとく軍勢がひしめき合っているのが見える。その軍勢が整然と前進を開始し、城に向ってくるのが徐々に確認できる。

「来るぞ!引き付けろ、充分に引き付けろ。敵の目と鼻が見えるところまで引き付けろ!」

 村重は怒号のように兵に指示を与える。織田勢の喚声が波濤のように近づいてくるのが、肌に響く。先ほどの自分の言葉の通り、敵兵の目鼻が視認しうるまで接近しつつある。

「構え!」

 鋭く村重が叫ぶと、城の南側土塁に伏せていた兵が、一斉に膝立ちになり、土塁上の木柵越しに鉄砲を構えた。その数は夥しい、南側土塁上の木柵すべてから銃口が並ぶほどである。

「撃てぇ!」


 村重の号令と共に、一気にすべての鉄砲が発砲された。それはすさまじい、今まで誰も聞いたことがない轟音が戦場に轟く。まず、戦場の兵すべてが、その轟音に圧倒された。放った城側の兵も呆けるほどであったが、実際に射撃を受けた織田勢の被害は途轍もなかった。先頭を進んでいた兵はすべて射撃を受けて斃れ、土塁を駆け上るための梯子も、兵もろとも倒れた。その経験したことのない轟音と威力に、織田勢も怯んだ、しかし既に多くの城を圧倒し、畿内制圧を目前にした軍勢の士気は高い。そして彼らは知ってもいた、鉄砲が連射出来ない兵器であることも。一度、玉を込めなおす必要がある、それまでに土塁にとりつこうと、城に迫る勢いをより早めようとする。

「次ぃ!」

 村重は斃れた兵を乗り越えて迫らんとする織田勢を見て、鋭く指示の声をあげる。その指示に従い、織田勢には信じがたい、信じたくない光景が出現した。一斉射撃をした鉄砲が木柵から引き上げられると、それと同数の銃口が再度木柵の間から姿を現した。

「撃てぇ!」

 号令一下、すべての鉄砲が火を噴く。第一射の時と同様の轟音をたてて銃撃が織田勢を襲う。再度、池田城の土塁に至る前に地獄絵図が現出した。さすがに意表を突く鉄砲の連射に、織田勢も恐慌をきたす。前進しようとするもの、後退しようとするもの、立ちすくむもの、これらが合いまって混乱を極めた。

「豊後守殿、瀬兵衛、討って出るぞ!」

 織田勢の混乱を見て、村重は櫓の上から共に池田城南面を守る豊後守正泰と中川瀬兵衛に大声で呼ばわって、飛び降りるように櫓を降りた。既に降り立ったところに馬が引かれており、飛び乗ると差し出された槍をつかんだ。左右に目をやると、同様に馬上、槍を携えた正泰と瀬兵衛が待ち構えていた。

「討って出て、混乱に乗じて織田勢を押し返す!」

 村重の掛け声とともに城門が開かれ、馬腹を蹴って一気に城門から躍り出た。引き連れた兵と共に混乱する敵兵の中に突き進むと、既に組織的な抵抗は取れない織田勢を突き崩した。

 突く、薙ぐ、叩きつける。馬上、槍を縦横に振るい草を刈るように村重は突き進むと、左右の状況を改めて見回し、まだ押せると判断した。できれば、この初戦で敵を削り、戦意をくじきたい。大量の鉄砲への対処をするために、織田勢が時間をとる流れにもって行きたかった。


「豊後守殿、このまま押せるところまで押しますぞ!」

 村重は大声で正泰に声をかけた。村重の前方で槍を振るっていた正泰は、返答の代わりに振り返って白い歯を見せ笑い、そのまま自身の郎党と共に織田勢に突撃していく。

 これはいかん、一度引いて立て直さねば。先陣が混乱して蹂躙されるのを遠望していた木下藤吉郎は、援兵を出すべきかと腰を浮かしかけたが、再度先陣の様子をみて思い直した。小一郎は駆け引き上手だ、ここは任せよう。そう信じた。

 織田勢の先陣を任された木下小一郎は混乱をきたす兵を叱咤し、ひたすら後退させ、攻め出てくる池田勢と距離をとらせ落ち着かせることに腐心した。戦いなれた織田勢も、徐々に平静を取り戻していく。そのまま、ある程度組織的に抵抗できる防御線を構築していった。

ちっ、攻め続ける池田衆の中で、村重は舌打ちした。織田勢の立ち直りが予想より早い。このまま、やみくもに攻め続けると、こちらが手痛い逆撃を被ることになりかねない。

「豊後守殿、瀬兵衛、ここまでだ、城に引く」

 村重は大声で池田勢を共に指揮する二人に声をかけると、二人とも同意見だったのか手を挙げて応じ、事前の手筈通り正泰、瀬兵衛、村重の順で各配下の郎党を連れて城に引き上げた。

 村重は少し口惜しい。先陣を混乱のまま押し込んで、織田勢の第一陣まで蹴散らしたかったが、その目論見は叶わなかった。やはり、圧倒的な速さで畿内制圧を進める織田勢の、兵の質、そして先陣を率いた将も優秀なのであろう。

 なんとか引き上げてきた小一郎を見て、木下藤吉郎は村重と同様に口惜しさを感じたが、言葉には出さず、逆に労いの言葉をかけた。確かに、戦場での功を欲してはいたが、これほど予想外の池田衆の反撃を受け、最小限度の損害で済ますことが出来たと思ってもいいだろう。戦上手の小一郎を先陣に配した判断は正しかった。

 本来、第一陣の役目は、敵の戦力、状況把握であり、それは十分に完遂している。池田衆が夥しい数の鉄砲を用意していること。そして、その運用も長けていること。また、籠城した二千と思われる兵の多くを城の南側に配置していること。これらを判断できる材料を得て、この後の、第二陣に南側の攻め手を譲ることになる。

 次の攻め手の将に、功を譲るかもしれないのは癪だが、なかなかに池田衆は侮りがたい。そうそう容易に第二陣が突き崩せる相手ではあるまい。ほどほどに痛い目にあってくれれば良い。意地の悪いことを藤吉郎は腹の中で思った。


 周防守正詮は城の北東にある物見櫓で、主に東側の守備にあたっている。東側は広い空堀が切られているとはいえ、圧倒的な兵力がある織田勢が攻めかからないとは限らない。

 南側での戦闘で、これまで聞いたことも無い鉄砲の轟音、それに続く戦の喚声を聞きながら正詮は緊張の面持ちで見張りの兵と共に、東の空堀とその先に目を凝らし続けている。南側の村重たちが、織田勢の先陣を退け、そのまま討って出て散々に織田勢を打ちのめしたという報が東側の守備兵にもたらされると、兵の間から歓声があがった。

 元々の作戦を熟知している正詮は、上手くいったのか、どれほどの損害を織田勢にあたえられたのか、詳しくは分からなかったが、南側からしばらく喚声が聞こえないところを鑑みると、ある程度の打撃は織田勢に与えたと判断できる。

「周防守様、林の間に光るものが・・・」

 北側を注視している兵から声があがった。正詮はすぐにそちらに目を向けたが、すぐに織田勢が谷を降りて城の北東角に降り立つのが見て取れた。

「敵襲!」

 すぐに見張りの兵が声を上げる。やはりここからか。正詮はそう思った。池田城は、北は杉ヶ谷川が作る谷、西側は険峻な崖、東は十五間に及ぶ空堀、唯一南側が緩やかに街道に面しており、大軍の展開も容易な地形であり、南側から攻めるのが常道である。

 しかし、北の谷と、東の空堀が連結する地点、その部分の谷は四間ほどしか高低差がなく、城側の土塁も含めても五間ほどである。強攻をかけるならこの地点である。それを当然に知って、正詮も備えてはいたが、まさか攻城戦初日から織田勢がここを強攻してくるとは思っていなかった。城の南面に比べると、地形は険峻であり、攻め上るのは多くの犠牲を伴う。織田勢は籠城側に比べて多勢であり、南側から断続的に圧力をかけていくのが常道と思われた。正詮は背筋に汗を感じながら、守備の指示を出し、同時に本丸に敵襲の報を伝える使者を発した。

 池田城の主殿、評定などを行う広間に城主である池田筑後守勝正、池田四人衆の内の二人、池田清貧斎、池田十郎次郎正朝が詰めて各所からの報告を受けていた。織田勢の先陣を打ち払い、更に敵兵の混乱に乗じ、したたかに逆撃も加えたとの報がもたれされていた。

「流石に、あれほどの鉄砲には面食らったやろな」

 正朝はあざけるように言った。

「しかし、織田勢は大軍や。すぐに第二陣が攻め寄せるやろ」

 清貧斎があごひげをしごきながら言う。この二人の問答を、勝正は床几に座し、腕を組んで微動だにせず聞いている。ここまでの織田勢の動きは、常道であり、籠城側を圧倒する大軍である攻め手側は、断続的に兵を展開しやすく比較的地形もなだらかな南側を攻め続けて、削り続ければ、おのずと勝利が転がり込むはずであった。

「周防守様より注進!北東部、谷側より敵襲!」

 使番の兵が広間の入り口に伏せながら、 報告する。

「早いな」

 清貧斎が誰に問わずつぶやいた。その刹那、もう一人の使番が広間の前に走りこんだ。

「豊後守様より注進!織田勢の第二陣が南側に襲来!」

「おぅ、ほな北側は陽動か」

 正朝が使番の注進を受けて言った。しかし、北側は陽動か、清貧斎は少し疑念をもった。どちらも本命ではないのかと。

「御屋形様、いかに?」

 清貧斎は、その疑念を込めた声で勝正に問うた。北側の動きを陽動と判断するなら、事前の準備をもって迎え撃てばいい。しかし、どちらも本命、織田勢が被害を厭わずの強攻を初日から行ってきたと判断するなら、何らかの手当を北側の守備に講ずるべきかもしれない。
 清貧斎の言葉を受けて、今まで微動だにしなかった勝正が立ち上がった。

 織田勢の第一陣を退けて、その後の敵情を注視するために再度、南側の物見櫓に村重は登っていたが、すぐさま断続的に動いてくると思われた織田勢に、その兆候は見られなかった。

 少し間の抜けたような時間を経て、城の北側から喚声が上がるのが聞こえた。それを聞いた村重は、攻口を北側に切り替えたか、と思ったがすぐに南側の織田勢に動きがあり、その考えが違うことに気が付いた。相手は大軍である。攻口が複数に及んでも意外なことではない。しかし、初日から強攻ともいえる北側の谷を登って攻めかかるとは、犠牲を厭わんという事か。そのような思索にとらわれそうになったが、目の前の織田勢の第二陣に心を切り替えた。そして、近づきつつあるその姿に、村重は険しい視線を送った。

 ほう、そう来たか。やはり侮りがたいな


 周防守正詮は物見櫓の上から防備にあたる兵に指示を出し続け、いまだ土塁の上まで織田勢の到達を許していない。

 弓で射られるもの、攻城用梯子から槍で突き落とされるもの、南側程ではないが十分に配備された鉄砲で打ち抜かれるもの、織田勢はかなりの犠牲を出しているが怯むことなく兵を送り込んでくる。これは陽動などという範囲を超えている。このままでは押し切られるやもしれん。早急に援兵を求めるなりするべきであったか。正詮はそう後悔しかけた時に、織田勢の兵が一人、恐るべき速さで梯子を駆け上がるように登り、土塁の上、木柵の前に到達した。

 周囲に対応するよう、正詮が声を上げようした瞬間、漆黒の鎧を着た武者が土塁上に到達した織田兵の前に立ちふさがり、その刹那、手にした槍で織田兵の喉元を突き、槍もろとも谷底に突き落とした。漆黒の鎧武者は正詮を見上げて不敵に笑った。

「おっ、御屋形様!」

 正詮が驚きの声を出したので、周囲の守備兵もそれに気づく。

「槍をもてっ!」


 するどく池田筑後守勝正、城主たるものの声に土塁の下から槍が渡される。それを見て城兵が歓声を上げる。織田勢の勢いにやや押されていた士気が、一気に沸騰するようだった。勝正は谷側に向き直り、槍を振るい、迫りくる織田勢を圧するように言い放った。

「池田筑後守、参る」

第二章 池田城攻防 に続く

ーーー犠牲を厭わず激しく攻め立てる織田勢に対して、城主自ら陣頭に立つ池田筑後守勝正。
 南側では織田の第二陣、柴田左京大進勝家が鉄砲に対抗して迫り来る。次章、池田城攻防決着!

第二章はこちらからどうぞ

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