廃墟_11【シロクマ文芸部】【lpz.89】
ひとりごとが多いとエリカに指摘された。確かに、失踪した希実が残したメモ『 lpz.89 』を解読していたときは、絶えず何かをつぶやいていたと思う。それが癖になってしまったのだろう。
調査の結果、『 lpz.89 』が1989年に閉鎖されたライプツィヒの研究施設を示唆していることがわかった。凌太はエリカとライプツィヒの郊外にある研究施設に向かっていた。
凌太はエリカが運転するレンタカーの助手席に座り、ライプツィヒ郊外の森の入り口までやってきた。エリカが運転席から顔を出し、周囲を確認した。ここから先は舗装路もなく、徒歩で進むしかないようだ。
「ここからは私が先導するわ」
エリカがレンタカーの鍵を抜き取ってドアを施錠した。森の中は深く、太陽の光もろくに届かなかった。
十分ほど歩くと、視界が開け、灰色のコンクリートの塊が見えた。それが、ギド・エンゲルスが超高速暗号解読技術『レプロ』を開発し、希実が追っていた思われる研究所だった。窓は全て割れ、蔦が絡みつき、廃墟と化した『コールド・コード・ラボ』は、数十年の時を経て自然に飲み込まれようとしていた。
「建物自体は国有物だけど、管理は完全に放棄されているわ。東ドイツ時代の負の遺産よ」エリカが息を弾ませながら言った。
「急ぎましょう。なかにノゾミの痕跡が残っているかもしれない」
二人は壊れた扉から内部へ侵入した。施設内は冷たく、湿った空気が満ちていて、カビ臭かった。かつての研究室は荒れ果て、機器の残骸や書類の切れ端が散乱していた。凌太は、床に落ちていたケーブルの束を見た瞬間、電流が走ったような感覚に襲われた。
「エリカ、これを見て」
彼は、床に落ちたまま放置されていたケーブルの先端を指さした。ケーブルは古く、表面は劣化していたが、その先端のコネクタだけが、最新の特殊な加工がされていた。それは、希実が勤めていたセキュリティ会社が開発したばかりの、まだ市場に出回っていない部品だった。
「希実がこの廃墟の施設で、何かを解析するために、このケーブルを使っていたに違いない」凌太は興奮を隠せなかった。
希実はこの研究所にたどり着いていた。そして、この場所で、何らかの解析作業を行っていたのだ。
凌太がさらに奥の暗い部屋を覗き込むと、壁の隅に、ボールペンで描かれた小さな円と、その下に一本の線が引かれているのを見つけた。それは、彼女と凌太が大学時代、ノートの隅に描いていた、二人にしか分からない秘密のマークだった。
「希実は生きている。このすぐ近くにいるはずだ」凌太は確信した。
しかし、その確信はすぐに、外から聞こえる車のエンジン音によって打ち砕かれた。音は、間違いなくこの廃墟に向かってきている。ペトロフ・コネクションだ。彼らは凌太たちが暗号を解いたことに気づき、あとをついてきたのだ。
ショートストーリーをつなげて連載中です。毎週金曜日頃投稿予定です。目次に各話のリンクを貼っていますので振り返りにどうぞ。
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