ハートは心臓の形じゃない|西洋医学と東洋医学、両方で体を見たら面白かった話

心臓は、ハート型をしていない。


❤️ 「お父さん、心臓ってハートの形なの?」

息子がワンピースを観ていた。

トラファルガー・ローが誰かの心臓を取り出す場面らしい。
物騒なアニメだ。

「お父さん、心臓ってハートの形なの?」

ローが取り出した心臓がハート型かどうか。
私は見えない。

「本当の心臓はね、グーの形に近いんだよ」
「グー? じゃんけんの?」
「そう。握りこぶしくらいの大きさで、もうちょっとごつごつしてる」
「えー、じゃあなんでみんなハートって描くの?」

いい質問だった。
そして、答えるのがやたら難しい質問だった。


🔬 解剖学の心臓、アニメの心臓

西洋医学で「心臓」といえば、握りこぶしくらいの筋肉のかたまりだ。
やや左寄りに位置して、4つの部屋に分かれている。
尖った先端は下を向いていて、お世辞にもかわいい形とは言えない。

一方、日常にあふれるハート型。
トランプ、絵文字、バレンタインのチョコ。
子どもがお絵描きで心臓を描けば、迷わずハート型だ。

解剖学的に正しい心臓をバレンタインカードに描いたら、たぶん告白は失敗する。

ハート型の起源には諸説ある。
古代の薬草の種だとか、中世の解剖図がもとだとか。
でも大事なのは、そこじゃない。

前回の養老編で、ツボの名前には意味が込められていると書いた。
「養老」という名前に、1300年の歴史が詰まっていたように。

実は内臓の「形」にも、意味が込められている。


🌿 東洋医学が見ていたのは、心臓の形ではなかった

東洋医学には、臓器を切り開いて形を精密に記録するという発想がそもそも薄い。

東洋医学でいう「心(しん)」は、解剖学的な心臓とは違うものだ。
意識。精神活動。血を巡らせる力。
それらを統括する「働き」の名前である。

『素問』霊蘭秘典論篇にはこうある。
「心は君主の官なり。神明これより出づ」

心は、体という国の王様だという。
そしてその王宮から、意識や精神が生まれる。

ポンプの話ではない。王の話だ。

形があっての働きではなく、働きあっての形。


🏴 心臓模型を取り出した夜

夕食後。息子がまだ気にしている。

「ねえ、さっきの心臓の話」

待ってましたと言わんばかりに、私は棚からあるものを取り出した。

心臓模型。

大人げないと思うかもしれない。
だが私は東西の医学を学んだ人間だ。マイ心臓模型くらいある。

「ほら、触ってごらん」

息子が受け取る。
しばらく黙って触っていた。

「……ぜんぜんハートじゃない」

家内が台所から言った。
「夢を壊すつもり?」

壊すも何も、最初からハート型じゃない。
夢は壊れたんじゃない。なかったのだ。

「じゃあさ、なんでハートって描くの?」

さっきより、ずっと重い質問だった。
見たあとではなく、触ったあとの質問だったからだ。

「ねえ、国旗って知ってるよね」
「うん」
「日の丸の赤い丸って、日本の形かな?」
「形っていうか……マーク?」
「そう。マークだ。日本って国の意味を一枚の旗にまとめたもの」
「……」
「ハートも同じかもしれない。心臓の形じゃなくて、心臓がやってることをまとめた形なんだ。ドキドキとか、好きな人の前で速くなるとか」

息子が模型を持ったまま言った。

「じゃあハートは、心臓の国旗みたいなもの?」

やられた。
握りこぶし型の模型を抱えた息子が、私より先に答えにたどり着いた。


❤️‍🩹 心臓の形を知ることと、心を知ること

心臓は、ハート型をしていない。

でも、心にはもう一つ、見落とせない働きがある。

東洋医学では、心が乱れると夢を多く見るとされている。
『素問』方盛衰論篇に記された、古くからの考え方だ。
心は精神を宿す場所。夢もまた、精神の活動だ。
心と夢は、東洋医学ではもともとセットなのである。

ここで思い出した。
家内は言った。「夢を壊すつもり?」
私は返した。「夢はなかった」と。

本当にそうだろうか。

ハートがついたものを思い浮かべてみてほしい。

バレンタインのカード。恋の夢。
おとぎ話のハッピーエンド。幸せの夢。
子どもがクレヨンで描く、お父さんとお母さんの絵。家族の夢。

ハートのそばには、いつも夢がある。

東洋医学が「心が悪いと夢を多く見る」と言い、私たちがハートに夢を重ねてきたこと。
偶然だろうか。

家内の一言は、私が思った以上に深かった。
夢がないのではなく、夢があるのだ。ハートには最初から、夢しかなかった。

ハート型はただの図形ではない。
かたちの写しではなく、意味の圧縮だ。
心臓は、ハート型でよかった。


⚖️ 体は一つ。見方は二つ。

西洋医学は、心臓の形を精密に記録した。
東洋医学は、心の働きを象徴で語った。

どちらが正しいという話ではない。

見えない人の多くは心臓の形を知らない。
でも考えてみれば、見える人だって同じだ。
解剖図を見た人は少ない。みんな、ドキドキで知っている。

胸に手を当ててみてほしい。

そこにあるのは、ハート型でもなく、握りこぶし型でもない。
ただ、トクン、と返ってくるもの。

見える人も見えない人も、同じものが返ってくる。

体は一つ。見方は二つ。


🎯 今日できること

最後に、一つだけ。

神門(しんもん)

手首の内側、小指寄りのくぼみ。
手首のシワの上を、小指側に向かってたどっていくと、骨の手前にへこんだところがある。

「神の門」と書いて、神門。
神は精神の神。門は出入口。
心につながるツボの道筋の、大もとにあたる場所とされている。

反対の手の親指でやさしく押す。5秒押して、ゆっくり離す。

不安なとき。眠れない夜。胸がざわつくとき。
心の門をそっと押してみる。

道具はいらない。
電車の中でも、布団の中でも。


※ この記事は東洋医学の考え方を紹介するもので、医学的な診断・治療を目的としたものではありません。
動悸や胸の痛みが続く場合は、迷わず医療機関(循環器内科)を受診してください。
セルフケアは気持ちよさを超えない範囲で。妊娠中や持病がある方は、まず医療者にご相談ください。


📎 よろしければこちらの記事もどうぞ

同じシリーズの前回。1300年前の「目薬」が手首にあった話。ツボの名前が歴史を語るなら、今回は臓腑の形が働きを語る話です。

西洋医学と東洋医学、両方で体を見たら面白かった話 養老編――1300年前の「目薬」が、手首にあった
https://note.com/kind_fish6099/n/n12437593c3b6

花粉の季節に鼻の横と手首で戦った話。小鼻のツボ「迎香」が、なぜ「香りを迎える」と名付けられたのか。

西洋医学と東洋医学、両方で体を見たら面白かった話 花むずむず編
https://note.com/kind_fish6099/n/n372255b2640d

シリーズの原点。体幹と正中線を、西洋と東洋の両方で見たら面白かった話。

西洋医学と東洋医学、両方で体を見たら面白かった話 体の軸編
https://note.com/kind_fish6099/n/nc2e985c07307

#東洋医学 #心臓 #全盲クリエイター #視覚障害 #エッセイ #セルフケア #西洋医学 #身体についてのひとりごと #習慣にしていること

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集