指を折って数を数えるあの動作、じつは東洋医学をなぞっていた|西洋医学と東洋医学、両方で体を見たら面白かった話
「ゆびきりげんまん、嘘ついたら針千本のーます」
子どもの頃、誰かと約束するときに、必ず小指を絡めた。
薬指でもよさそうなのに、親指でも成立しそうなのに、私たちは必ず小指を出す。
なぜ、小指なのだろう。
この理由には、じつは東洋医学の答えがある。
ただ、その話は少し長くなるので、次回に取っておく。
今日はその前段の話をしたい。
5本の指と、東洋医学のつながりの話だ。
📖 東洋医学を仕事にしてきた私が、ずっと感じている寂しさ
私は、東洋医学を専門に学び、仕事にしてきた人間だ。
体の中を流れる「道」のこと、その道の上にある「ツボ」のこと、世界を5つの力で読む考え方、かげとひなたで体を分ける考え方。
これらは、私にとっては日常語に近い。
だからこそ、ひとつ気づいてしまったことがある。
世の中のほとんどの人は、東洋医学にピンとこない。
「西洋医学」と口にすれば、だいたい話が通じる。
血圧、脈拍、体温、レントゲン、MRI、抗生物質。
会話のスピードが落ちない。
けれど「体の中を流れる道」や「ひなたとかげ」や「木・火・土・金・水の5つの力」と言った瞬間、相手の表情がわずかに固くなる。
処方箋の隅に印刷された古い呪文のように扱われてしまう。
でも、考えてみてほしい。
木も、火も、土も、金も、水も。
どれも、一度も見たことがないという人は、この世にいない。
山に立っている木、焚き火の炎、畑のつち、岩のあいだの金属、流れる川の水。
誰の目にも、誰の手にも、昔から触れられてきた自然のもの だ。
東洋医学は、その誰もが知っている自然を、じっと観察して、人の体に重ねた医学だ。
呪文ではない。自然から学ばれただけ の医学だ。
その空気を感じるたびに、私はいつも同じことを思う。
日本は、少なくとも東洋の国のはずだ。
千年以上前から、東洋の考え方は日本の暮らしの背骨だった。
神社の配置、家相、干支、暦、旧暦の行事、日本語の言い回し。
そのかなりの部分は、東洋の考え方の延長線上にある。
それなのに、現代の日本で「東洋医学」と口にすると、遠い国の別の文化のように扱われる。
西洋医学と聞けばしっくりくるのに、東洋医学と聞くとしっくりこない。
近代日本が歩いてきた道の結果だとはわかっている。
それでも、東洋医学を長く触ってきた人間としては、悔しいし、寂しい。
だから今回は、いちばん身近な「自分の5本の指」をきっかけに、東洋医学がすでに日常に溶け込んでいることを、一緒に確かめてみたい。
⚕️ 西洋医学が見た5本の指
まずは、多くの人がしっくりくるほうから。
西洋医学が見る5本の指は、とても具体的だ。
親指に2本、ほかの指に3本ずつの小さな骨が並ぶ。
手のひらには、指の付け根から手首までつながる5本の骨。
それを動かす筋肉、神経、血管。
解剖学の教科書を開けば、指は 道具の集合体 として描かれる。
親指はほかの指と向き合える。物を握るために特別な形をしている。
人差し指は細かい動きが得意。
中指が力を支え、薬指と小指が安定をとる。
どの指にも役割がある。
どの骨にも名前がある。
どの筋肉にも「ここから始まって、ここで終わる」という住所がある。
西洋医学は、指を数えて、測って、分類した。
この地図があるからこそ、手術も、義手も、リハビリも、精密に組み立てられる。
見事な仕事だと、私も思う。
ちなみに、古い時代の化石を調べると、指はそもそも5本ではなかったらしい。
3億年以上前の、海から陸に上がりかけた生き物には、指が7本や8本あったものがいる。
あとから5本に落ち着いたのだ。
「5本あるべき」ではなく、「たまたま5本が生き残った」。
そんな歴史まで、西洋医学は地層の中から教えてくれる。
🌿 東洋医学が見た5本の指
次は、私が長く付き合ってきたほうの話をしたい。
東洋医学では、指には 目には見えない細い道 が走っていると考える。
指の先から体の奥まで、まっすぐ続いている道だ。
ざっくりした対応は、こうなる。
親指は、肺(呼吸の働き)への道
人差し指は、大腸(排泄の働き)への道
中指は、心の周りを守る働きへの道
薬指は、体の水と熱のめぐりへの道
小指は、心と小腸への道
指を1本見るたびに、その奥にある体の大事な働きが、細い道でつながっている。
東洋医学は、指を「道具」ではなく、「道の入口」として見た。
そして、この道の上には、肘までの間に 5つの決まった場所 が並んでいる。
それぞれに、自然の中にある5つのもの が割り当てられている。
木・火・土・金・水。
木 は、山に立っている木のこと。
火 は、かまどや焚き火の炎のこと。
土 は、畑や道のつちのこと。
金 は、岩のあいだにある鉱物や金属のこと。
水 は、川や湧き水のこと。
古い呪文でも、魔法でもない。
誰もが知っている、身のまわりの自然の5つのもの だ。
東洋医学は、この5つを空の下でじっと見て、その働きを人の体に重ねていった医学 だ。
人が息を吸うのは、山に風が吹くのと同じ。
血がめぐるのは、川が流れるのと同じ。
熱がこもるのは、焚き火のそばにいるのと同じ。
休んで重くなるのは、土に根を下ろすのと同じ。
自然から学んだ医学。それが東洋医学だ。
面白いのは、いちばん外の 指先に顔を出す力は、「木」と「金」の2種類だけ ということだ。
火・土・水は、指の付け根から肘までの奥に、ひっそり埋められている。
指先は、始まりの木 と まとまりの金 の入口。
内側に、熱(火)や静けさ(土)や流れ(水)が、折りたたまれて隠れている。
手は、世界の縮図だった。
そしてその縮図は、きれいに5本ずつ揃うのではなく、外に木と金、内側に火・土・水という奥行きを持っていた。
☀️ ここで、わたしから問題を5つ!
ここから、東洋医学でもうひとつ大事な、かげとひなたの話に入りたい。
東洋医学の本では「陰陽」と書かれる、あの考え方だ。
これも、自然から学ばれたものだ。
太陽が昇る方向。沈む方向。
誰の空の下でも、毎日見える、自然の事実。
ただ、本の文字で読むと「古い呪文」に聞こえてしまう。
だから今日は、ひとつずつ問題を出しながら、一緒に解いていく 形にしたい。
学校の教室にいる気分で、手と体を動かしながら読んでもらえると嬉しい。
✏️ 問題1!
あなたの体を、南に向けて立たせてみてください。
南は、お昼に太陽が来る方向です。
さて、あなたの左手の方角は、東西南北のどちらでしょうか。
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答え: 東 です。
南を向いて立てば、左手が東、右手が西になります。
✏️ 問題2!
太陽は、朝、どちらから昇るでしょうか。
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東、ですね。
ということは、南を向いて立っているあなたにとって、太陽は左手の側から上がってくる ことになります。
✏️ 問題3!
太陽は、「かげ」のシンボルでしょうか。
それとも、「ひなた」のシンボルでしょうか。
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ひなた、ですね。
だから、太陽が昇ってくる 左手の側が「ひなた」。
太陽が沈む 右手の側が「かげ」。
これが、東洋医学でいう「右がかげ、左がひなた」の理屈です。
呪文でも何でもありません。
太陽の道筋と、体の左右を重ねただけ の話です。
✏️ 問題4!
思い出してください。
日本の学校の教室は、窓がどちらを向いていましたか。
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南、ですね。
どの学校も、教室に朝日がよく差し込むように設計されています。
日本の学校建築の基本です。
教室に座っていた自分を思い出してみてください。
左側から朝日が差し込んでくる場所 で、あなたは勉強していたはずです。
あの左手から差していた光が、東洋医学でいう「ひなた」 です。
学校は、千年前の東洋医学の考え方と、こっそり同じ向きに建っていたことになります。
✏️ 最後の問題!
これは、日本や中国のような 北半球の、東から日が昇る国 の話です。
では、南半球に行くと、太陽は北の空を通ります。
南半球では「かげとひなた」はどうなるでしょうか。
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そう、逆転します。
左右のどちらがかげで、どちらがひなたかは、その土地で太陽がどう動くかで決まります。
ここで、ひとつ思い出してほしい。
東洋医学を作ったのは、千年以上前の 中国 の人たちだ。
でも、その東の、さらに東に、日本 がある。
日本は、昔から 「日出ずる国」 と呼ばれてきた。
文字どおり、日の出の国だ。
つまり、「右がかげ、左がひなた」という理屈は、中国で生まれて、いちばんまっすぐ朝日を受ける日出ずる国の私たちのところへ届いた 考え方でもある。
起源は中国。でも、この理屈がいちばん素直に当てはまるのは、日出ずる国の私たちだ。
📐 西洋医学と東洋医学、二つの地図
西洋医学は、5本の指を 道具 として描いた。
骨と筋肉と神経を精密に測定して、役割を割り振った。
東洋医学は、5本の指を 道の入口 として描いた。
その先には、山の木 と 岩の金 が、始まりとまとまりの力として顔を出している。
体の左右は、朝日と夕日 の動きに合わせて、かげとひなた に分けた。
どちらが正しい、という話ではない。
分解していった地図と、自然を重ねていった地図。
同じ手のひらの上で、二つの地図が静かに重なっている。
前回、心臓の話を書いた。
西洋医学が拍動としてとらえた心臓を、東洋医学は「ソ」という響きで見ていた、という話だ。
形は見える。振動は見えない。
あのときと同じことが、手のひらでも起きていた。
骨は目に見える。道も、木と金も、かげもひなたも、目には見えない。
でも、木は山にあり、金は岩のあいだにあり、太陽は今朝も東から昇った。
見えないように感じる東洋医学の言葉は、ぜんぶ、見える自然から借りたもの だ。
今日も誰かが指を折って数を数えるたび、その自然が静かに手の中で息づいている。
🎯 今日できること
南に向いて、左手をそっと前に出してください。
この左手が「ひなた」の手。
今朝の朝日も、千年前の中国で東洋医学を作った人たちが見た太陽も、日出ずる国で今日あなたが浴びた光も、同じ方向から昇ってきた ことを思い出してください。
そして、その左手の 親指の先 と 人差し指の先 を、反対の手でそっとつまんでみてください。
東洋医学の考え方では、そこは 山の木 と 岩の金 の、体への入口にあたります。
意味がわかっても、わからなくても、かまいません。
左手で太陽の方向を思い、指先で山の木と岩の金を感じる。
それだけで、十分です。
それが、山と川と太陽から学ばれて、日出ずる国に千年以上前から溶け込んできた東洋医学の、いちばん小さな入口です。
👋 そして、次回の話
冒頭の「ゆびきりげんまん」に戻る。
なぜ、約束のときに小指を絡めるのか。
薬指や親指ではなく、なぜ小指なのか。
今日の 指と道、かげとひなた の話を下地にすると、あの日常動作にも、東洋医学がしっかり入っていることが見えてくる。
次回は、その話を書く。
※ この記事は東洋医学の考え方を紹介するもので、医学的な診断・治療を目的としたものではありません。指先を強く押しすぎないこと。痛みや不調が続く場合は、医療機関を受診してください。
見えない映像クリエイターが作った動画
白杖の先に目がついていたら何が見えるのか、点字ブロックをたどる安心感と途切れた瞬間の不安をAIで映像化した動画です。今回の「目に見えないけれど、手のひらに確かにある道」の感覚と、どこか通じるところがあります。
https://www.youtube.com/watch?v=5kRf-MucXY8
📎 よろしければこちらの記事もどうぞ
前回は心臓の「震え」を、東洋医学の音で読み解いた回です。今回の「指とかげひなた」は、その流れを受けて、もっと身近な部位まで話を広げています。
ツボの名前に込められた意味を、古典から掘り起こした回です。今回の手のひらの話と相性がいい内容です。
シリーズの原点。体の真ん中の「軸」を、西洋と東洋の両方から見た回です。今回のかげひなたの話は、ここで書いた「体の真ん中」の話と地続きになっています。
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