なぜスマートウォッチは手首で測るのか|2000年前の答えは「太淵」だった|西洋医学と東洋医学、両方で体を見たら面白かった話
毎週金曜は、ジャリバン先生の体シリーズ。
西洋医学と東洋医学、両方から体を眺めて、面白くなる話を1つだけ持ち帰る連載です。
前回は「体の中で『首』とつく場所」の話。
手首、足首、子宮頸、膀胱頸。
名前に「首」とつくところは、構造の弱点でもあり、東洋医学でいう原穴の集まる場所でもある、と。
最後はアムラーが手首だけうまくカバーできていなかった、という話で終わりました。
今回はその続編、「血管とツボ」。
動脈と原穴が、どうにも同じ場所に並んでいる。
毎回できすぎていて、不思議に思います。
では、いってみましょう。
🤔 動脈は隠れる、ツボは出る
先に1つ、わたしも知ったときに驚いた事実から。
人の体は、太い動脈をできるだけ深く、奥のほうに通している。
切れたら命に関わるからだ。
鎖骨下動脈も、大腿動脈も、骨と筋肉の陰に丁寧に隠してある。
ところが、ごく一部だけ例外がある。
動脈が骨の上を這うようにして、皮膚のすぐ下まで出てくる場所が、数か所だけある。
首の横(頸動脈)
肘の前面(上腕動脈)
手首の親指側(橈骨動脈)
足首の内側(後脛骨動脈)
足の甲(足背動脈)
そして、ここからが今日の本題。
これらの場所には、たいてい有名なツボがある。
それも、12経絡の代表ツボである「原穴 」が。
偶然と言うには、できすぎている。
今日はそのうち1か所、手首だけに絞ります。
🦴 西洋医学から見た「橈骨動脈」
手首の親指側、皮膚のすぐ下に走るのが「橈骨動脈(とうこつどうみゃく)」。
医師が患者の手首をつかむのは、この橈骨動脈の脈を診るためだ。
もう一歩踏み込むと、ここだけで「血圧」までもある程度わかる。
触診血圧法 という古典的な手技がある。
上腕にカフを巻いて加圧し、橈骨動脈の拍動が消える圧と、再び現れる圧を指で読みとる。
聴診器が普及する前の時代、医師たちは指の感覚だけで血圧を推定していた。
救急医学の現場では今でも、橈骨動脈が触れるかどうかが大事な目安として使われている。
橈骨動脈の拍動が触れれば、収縮期血圧はおおむね80mmHg以上。
少なくとも重症のショック状態ではない、と判断する材料になる。
たった1本の動脈で、脈拍数も、リズムも、血圧も、命の余力までわかる。
わたしは目で見る代わりに指で人の手首を触ることが多い。
そのたびに、手首は体がいちばん多くをしゃべってくれる場所だな、と思う。
🌿 東洋医学から見た「太淵」
東洋医学にも、この橈骨動脈のちょうど真上にある有名なツボがある。
名前は「太淵(たいえん)」。
文字の意味は、こうだ。
太……大いに
淵……深く澄んだ水、物がたくさん集まる場所
「大いなる淵」。
気と血が深く集まる泉、というイメージだ。
そして太淵は、ツボの中でも特別な肩書きをいくつも持っている。
肺経の原穴(元気の集まる場所)
八会穴のひとつ「脈会(みゃくえ)」
この「脈会」というのが今日の核心だ。
東洋医学の古典『難経(なんぎょう)』に、「脈は太淵に会する」という一節がある。
全身の脈は、すべて太淵という1点に集まる、という意味だ。
何千年も前、東洋の人たちは橈骨動脈の拍動を指でとっていた。
そして、そこを「全身の脈が集まる代表点」と決めていた。
西洋医学が「血圧まで読める1点」と認めた場所と、ぴったり同じだ。
⌚ なぜスマートウォッチは、手首で測るのか
ここで時代を一気に飛ばします。
令和、人の手首にはスマートウォッチが乗っている。
あの小さな機械、毎秒ものすごい量を測っている。
脈拍
心拍リズム(心電図)
血中酸素飽和度
皮膚温度
睡眠中の心拍変動
人体には、もっと太い動脈がいくつもある。
総頸動脈は心臓に近く拍動も強い。
大腿動脈は太くて測りやすい。
それでも世界中のメーカーは、こぞって「手首」を選んでいる。
なぜか。
理由を並べてみると、ほとんど東洋医学が太淵を選んだ理由と同じだ。
骨が動脈を皮膚側に押し上げているので、センサーの圧が安定する
皮膚が薄く、光学センサーが届きやすい
1日中つけても邪魔にならない位置
つけていることを本人が忘れていられる
何千年も前、東洋医学は指の感覚だけで「ここに全身の脈が集まる」と決めた。
そして令和、最新のテクノロジーが同じ場所を選び、毎秒測り続けている。
人類は何千年たっても、結局、同じ手首をいじっている。
🔥 今日、ひとつだけやるなら
ここまで読んでくださった方へ、お土産を1つ。
今日、寝る前でいい。
まず、手のひらを上に向ける。
手首の親指側に、ぽこっと出っ張った骨があるのが分かるだろうか。
これが「橈骨茎状突起(とうこつけいじょうとっき)」。
手首でいちばん見つけやすい目印だ。
手首を軽く内側に曲げると、手のひら側に何本か横じわが浮かぶ。
横じわが親指側で消えるあたり、ちょうど茎状突起のすぐ下(手のひら側)。
ここに、反対側の人差し指と中指をそろえて、そっと当ててみてください。
どくん、どくん。
そこが橈骨動脈。そして太淵。
お風呂の中で触れると特にわかりやすい。
スマートウォッチが毎秒測り、東洋医学が「全身の脈の集まる泉」と呼んだ場所だ。
1分、ただ感じる。
それだけでいい。
ここがそんなに大事な場所だったんだ、と思うだけで、明日からの手首の扱い方が少し変わる。
冷房の風を直接当てない。
袖を下ろす。
重い荷物を片手で持ち続けない。
それだけで、明日の手首が少し違う。
🔭 次回予告
手首に1本の動脈と1つのツボ。
東洋医学はそれを「脈の集まる泉」と呼び、西洋医学は「血圧まで読める1点」と認めた。
別々の時代、別々の語彙で、同じ場所を指している。
次回は。
以前、松尾芭蕉と「足三里」を一緒に取り上げた回がありました。
あれと同じくらい、日本人なら誰もが名前を聞いたことのある歴史上の人物を、もう一度ゲストに招きます。
西洋医学と東洋医学が、その人の人生のある場面で、ばちっと交差する。
ヒントは、あの有名な「本」です。
それでは、よい週末を。
※この記事は西洋医学と東洋医学の考え方を紹介するもので、医学的な診断・治療を目的としたものではありません。痛みや不調が続く場合は、医療機関を受診してください。
📎 こちらの記事もお時間のあるときに
このシリーズは「西洋と東洋が、別々の言葉で同じ場所を指していた」という発見を毎週1つだけ持ち帰る連載です。
本記事と地続きの3本を、よろしければあわせてどうぞ。
本記事の前回として、様々な『首』とツボ|西洋医学と東洋医学、両方で体を見たら面白かった話で、手首・足首・子宮頸・膀胱頸、名前に「首」とつく場所はなぜ構造の弱点でもあり、ツボの集まる場所でもあるのか、を扱いました。
今回の「手首ひとつに絞った話」の土台になっています。
シリーズで一番読まれた回が12キロ歩く体と「足三里」|西洋医学と東洋医学、両方で体を見たら面白かった話。
松尾芭蕉と足三里を一緒に取り上げました。
次回予告で触れている「あの人物の再登場」の前に、もう一度この回に戻っていただけるとうれしいです。
今回の「橈骨動脈と太淵が同じ手首を指している」と同じ構造の話を、胃と腸内細菌でやった回がもったいないは胃が知っていた|松尾芭蕉と腸内細菌が同じ場所を指していた|西洋医学と東洋医学、両方で体を見たら面白かった話。
西洋と東洋が別々の語彙で同じ場所に着地する、その瞬間が好きな方に。
🎬 見えない映像クリエイターが作った動画
2000年前の脈診と現代のスマートウォッチを一つの手首で結ぶ視点と、見えない世界をAIで可視化する制作姿勢。
どちらも「境界を越えて体や世界を捉え直す」という同じ気配を持っています。
https://www.youtube.com/watch?v=IH1r1bG4ypM
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