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『日本性愛流転記――黒船・文明開化の罠【昭和無頼講談批評編】』


江戸の街の賑わい 
あれあれ…全員マッチョ埼玉じゃないか!
子供もピンク!?

(パン、パン、パンと威勢よく張り扇の音が響き渡る)

えー、お立ち会い!

近代日本が誇る「文明開化」の華々しい歴史をちょいとひもといてみましょうか。

ざんぎり頭叩いて見れば…

すけべな妄想溢れ出すってな!


文明開化のおしろいを剥ぎ取ってみれば、そこには「頭」と「下半身」が血を流しながらせめぎ合った、インテリたちの世にも滑稽で、世にも切ない「悶々のドタバタ劇」が隠されておる。

今宵は、江戸の「肌のぬくもり」が西洋製の「道徳の鎧」によってガチガチに固められていく、日本人の身体の植民地化プロセス。

題して『日本性愛流転記――黒船・文明開化の罠』、一席お付き合いを願います!

一、江戸の空は晴れ渡り、装甲なき「流動の肌」

さて、時は幕末、享保、元禄。
江戸の世における「愛」というのは、頭でこねくり回す理屈じゃあございません。「肌を合わせる」「肌を許す」という言葉の通り、肉体の交わりと精神の絆は、切り離そうにも切り離せない「不可分」なものでございました。

のちに西洋の学者たちが「自律神経だ」「エゴの境界線だ」と騒ぎ立てる遥か昔、江戸の庶民の身体は、内外の境界線が実に緩やかで、他者と肌で柔らかく繋がっておった。性エネルギーを内部にせき止めず、自然に放電する、よく言えば「流動的」な心地よさがそこにはあったわけでございます。

ひるがえって、西洋の身体ってぇのはどうです?

あちらさんは伝統的に、宗教的にも哲学的にも「心」と「体」をパツンと切り離す二元論の文化でございます。

キリスト教的には、肉体や性欲は「精神を惑わす罪深いもの」として厳しく管理しなきゃならねえし、おまけに近代になれば、デカルトっていう大天才の哲学者が「精神は崇高なものだが、身体なんてぇのはただの精巧な機械(物質)にすぎねえ!」なんてぶち上げた。

つまり西洋の身体構造ってのは、魂という操縦士が、肉体という名の「ブリキのロボット」を操縦しているようなもんなんですな。

だから、生まれながらにして身体に頑丈な「道徳の鎧」や「理性のネジ」を締め込んでコントロールしなきゃならない。

神聖だの処女マリアだのというのも、そうした肉体を罪悪視する超越性から後付けされたお話でございます。

じゃあ、翻って我らが日本の仏教はどうだったかってぇ話になります。

仏教の教えでは、古来「愛」や「愛執」なんてぇのは、悟りを妨げるドロドロした「迷い」であり「執着」。すなわち自己中心的な渇望という、きわめてネガティブな意味でございました。

「おいおい、じゃあ仏教は性愛を認めないのか? それじゃあ子供ができなくて人間が滅んじまうぜ!」とお思いの貴方、ご安心なせえ!

仏教だってそこまで融通が利かないわけじゃあございません。出家したお坊さんには「一切、肌を合わせちゃならん!」と厳しく言いますが、一般の庶民に対しては「不邪淫(ふじゃいん)」――つまり、「浮気や不倫のような、道に外れたおイタをしちゃいけませんよ。でも、夫婦の間でまっとうに肌を合わせ、子孫を残す(生殖活動)のは大いに結構!」と、実におおらかに認めていたのでございます。

この辺りはお釈迦様の弟さん、サウンダラナンダでもありましたな。

つまり、仏教のいう「不邪淫」とは、エネルギーを無理に抑圧する「鎧」ではなく、共同体を守るための「川の堤防」のようなもの。だから江戸の人々にとっては、エネルギーを無理にせき止める頭でっかちな「愛」の理屈より、まずは生身の身体。理屈抜きの共感である「情(じょう)」をベースに、「肌を合わせる」という確かな実感を生きていられたわけでございます。

例えば、長崎県は五島の若者たち。十六歳になって「若者組」に加わる際、男同士で寝床を共にする「ハダエアワセ(肌合わせ)」の儀式がございました。そこには現代的な自由はねえが、代わりに…いいかい…これこそが同じ釜の飯を食うよりもさらに深い、命を預け合う共同体の確かな絆を結んだ、公的な知恵なんでございます。

さらに、戦国時代まで遡れば、あの織田信長公と森蘭丸の衆道(男色)も有名ですが、これも単なる気まぐれではない。

薩摩藩の教育システムを見れば分かる通り、美少年に懸ける情熱は武士道そのもの。相手への誠実を示すために指を切り、腕を突き、主君の死には追腹を切る。「死と隣り合わせの恋」は、命懸けの信頼を築くためのプロの職能教育でもあったわけでさ。 

さらには有名な池波正太郎先生の著作の中に

池波正太郎の「男の作法」の中にそのころの小学校の先生というのは、一番ぼくが覚えているのは、尋常二年のときに、九州出身の先生が、もう亡くなりましたけど、薩摩隼人でなかなか厳しくて、ずいぶん殴られたりしたけどね、便所へ入ってお尻の拭きかた教えてくれるんだよね。チリ紙出してね。それは今だに覚えていますよ。

「江戸の性風俗」より


ええ?
学校の先生が便所で小学2年性の男の子にお尻の拭き方を教えた?

氏家先生はさらに続けて

しかし待ってください。この先生、本当に立派な教育者だったのでしょうか? 池波氏が実のところどのように感じていたのかは、故人となった今では確かめようがありませんが、少なくとも池波氏より三、四十年前に生まれた人たちならば、「薩摩隼人の先生だって? ああ、それは男色愛好者だよ」と(事実か否かにお構いなく)即座に決めつけるに違いありません。

「江戸の性風俗」より

いやはや、江戸や明治でも男色がブームだったとなんでもありですな。

年老いた、信長と蘭丸ですかな?

さらには結婚制度も実に合理的。

武士の家で離婚となれば持参金を返さねばなりませんが、金がない。

ならば「次の嫁を貰って、その持参金で前妻に返せばいい」というなんとも大胆不敵な「持参金の自転車操業」が行われていたのです。

おかげで再婚・再々婚は当たり前。新妻に「処女」を求めるようなケチな了見は、江戸の風には吹かれて飛んでいってしまいました。

おっと、こう言うと『じゃあ江戸の奴らは不倫もし放題だったのか?』とお思いの貴方!

残念ながら、そうはいかなかった。

お上の法律(建前)じゃあ『不倫は一発死刑』という恐ろしいお触れが出ておりました。

ですが、そこは知恵とおおらかさの江戸庶民。実際に役所に訴えたら誰も得をしないってんで、裏じゃあ『内済』という名の示談が大流行。

不倫相手から慰謝料(不義理金)をガッポリむしり取って、『おい、これでおめえとは離婚だ、お幸せにな!』と笑ってサヨナラする。

法律は厳しくとも、現場の実感はどこまでも融通無碍、流動的だったわけでございます。

(パンパン!)

――と、ここまで聞くと「なんだ、江戸は性と愛のパラダイスじゃねえか」とお思いの貴方、おっとどっこい、話はそう単純じゃあございません。

以前「江戸の性愛術」の話の時にも書きやしたが…

物事には必ず「光と影」ってぇもんがございます。江戸のおおらかさ、流動的な性愛という美しい暖簾(のれん)を一枚めくってみれば、そこには「遊郭」という名の、国家公認の人身売買と、女性たちの血と涙で築かれた冷酷な大搾取システムが地続きで転がっておる。

親の借金のカタに売られ、鳥籠のような格子の中から出られぬまま、病で若くして命を落とす……そんな「女性の物件化・奴隷化」のうえに、江戸の粋な遊びや大人の嗜みってやつで成り立っていたわけでございます。

だからこそ、明治になって森有礼や知識人たちが「一夫一婦制だ!」「西洋流のLoveだ!」と鼻息荒く叫んだ背景には、単なる西洋へのコンプレックスだけじゃなく、「こんな前近代の人道に外れた奴隷制度は、人間のやることじゃねえ! 女性の権利を守り、人間としての尊厳を取り戻すんだ!」という、大真面目で切実な人道主義、今で言うフェミニズムの萌芽(ほうが)があったのも、また紛れもない事実。

明治の近代化ってやつは、「野蛮な人身売買から女性を解放する」という崇高な大義名分を掲げながら、その実、その地肌を「西洋製のガチガチの道徳の鎧」で締め上げ、今度は国家の管理下に置くという、なんとも皮肉な二重構造(トラップ)になっていたわけですな。

さあ、そんなお色直しをした黒船「Love」が、いよいよ本格的に日本へ押し寄せてまいります。

二、黒船「Love」という名の道徳の鎧を運んでくる


明治の御世となり、文明開化のラッパが鳴り響くと、西欧から

Love(愛)

という得体の知れない翻訳言葉が、黒船のごとく押し寄せてまいりました。

不平等条約を改正したい明治政府は焦った。

「一夫多妻や混浴がある野蛮国だ」と欧米に睨まれては外交上致命的だと、森有礼が「契約結婚」を急ぎ、「我が国は性欲をコントロールできる文明的な身体を持っている」と世界にアピールし始めたのです。

近代国家が求めたのは、戸籍で管理され、兵力と労働力を計画的に生産する「イエ(家庭)」の檻。

さあ、ここでまさに「西洋の身体」の構造が剥き出しになります。

ここで、あっしが大学時代に心理学を勉強したときに知った、あのウィルヘルム・ライヒ先生の身体論という補助線を引っ張ってみましょう。あたしらの前の世代では有名でも、あたしらのころはすでに廃れて忘れられてた先生ですがね、これが実にいい仕事をなさる。

ライヒ先生は、精神分析の祖・フロイトの弟子でありながら、「徹頭徹尾、西欧世界の禁欲的生活を重視したフロイト先生」に対して、「いや、その性エネルギーの抑圧(禁欲)こそが問題なんだ!」と激しく切り結んだ異端児でございます。

ライヒ流にいえば、西洋の近代とは「生命エネルギーをせき止め、筋肉をこわばらせることで、理性的自我を維持し、労働力や近代市民を管理する社会」。キリスト教的な霊肉二元論は、そのための強力なOS(オペレーティングシステム)だったわけです。

ライヒ先生はのちに主張が過激になりすぎて、刑務所で獄死しちまうんですがね、時代が早すぎたのか……。

そんな「西洋製の道徳の鎧(装甲)」を、明治の知識人は「高尚なもの」「文明的なもの」として必死に直輸入し、内面化しようとした。

北村透谷や福沢諭吉らが「恋愛は人生の秘鑰なり」「精神の愛こそが高尚であり、肉の交わりは下等である!」と説き始めたのは、見方を変えれば、江戸の柔らかな流動的身体を、ガチガチの「身体的装甲(アーマリング)」で締め上げる、恐るべき精神の植民地化プロセスだったわけでございます。


鉄の処女…実際にはこれは使われなかったようですな…後世の創作っぽいです。
いやはや、どこへいくにもすててこですな。

(パンパン!)

三、インテリたちの「建前」と「悶々」たる自縛

さあ、ここからが近代知識人の受難、悲喜劇の始まりでございます。

頭(理性)では「西洋の高尚な身体」にならねばならぬと分かっていても、下半身(肉体)がそれに抵抗する。

文豪・尾崎紅葉など、その筆頭。
表向きは「精神的な愛がなくては成立たない」と襟を正しながら、裏では「真実の恋愛は肉交なしには成立たない」と思わず本音を漏らし、慌てて「精神が九分だ」と言い繕う。
シドロモドロな姿は、西洋の身体装甲をまだ上手につけこなせない日本のエリートたちが必死にポーズを取っている姿そのもの。

これを毒舌家の斎藤緑雨に「肉交は恋の契約の証券印紙みたいなもんだ。これがないと効力がないんだよ!」とバッサリ斬り捨てられております。

さらに悲惨なのは、西洋の衛生学の皮を被った「自慰=精神を蝕む大罪」という呪いの言説。

江戸では養生や健康上の警告程度だったものが、明治では「脳を腐らせる」「狂気へ至る」という大罪に変わった。

自然な放電を罪とされた青年たちの身体は、骨盤の筋肉を硬直させ、行き場を失ったエネルギーが頭部へと突き上げる。これこそが、明治のエリートたちを襲った「神経衰弱」の正体でございます。

ま、この辺りはW・ライヒ先生の持論でやすね。
あっしはライヒ先生の言い分もわかるし、東洋医学でもいろいろありますが…まあいろいろだよねと思っておりやす。

あの一万円札……あ、いや、元五千円札の新渡戸稲造博士。あんなに偉い先生にも恥ずかしい過去があった!

いや、これ新渡戸稲造先生じゃなくて埼玉先生になっておりますがな…

学生に近眼の理由を問われ、真っ赤になって声を潜め、「若い頃に性欲の自己満足を、あまりにやり過ぎたもんでね……」と告白したというから、これまたお気の毒な話ではありませんか。

学生さんもまさか大先生からそんな話をされるなんて思いもよらないから、目が点になったとかならなかったとか…。

さらには、不如帰(ホトトギス)で有名な徳冨蘆花先生とて同じこと。

自慰への激しい罪悪感から自律神経を失調し、日記にドロドロとした性の懊悩を書き連ねる。

さらには西欧的な結婚制度(所有の契約)に縛られるあまり、過剰な「処女要望」というエゴ(境界線)の妄執に取り憑かれ、パートナーの過去を疑って身悶えする。

これらはまさに、身体を「契約の物件」として見始めた近代特有のパニック症状だったのです。

そして、この精神至上主義(装甲)の行き着いた先にある究極のディストピアを、見事に描ききったのが夏目漱石先生の『こころ』でございます。


夏目漱石…!?

登場人物の「先生」は、親友を裏切って倫理観という重い装甲を身にまとい、肉体的な生々しさを徹底的に脱色した「プラトニックな愛(所有)」を手に入れる。しかし、過剰な道徳的自己監視によって自らを締め付けた結果、生命エネルギーを完全に失い、最終的には自滅(自殺)するしかなくなっちまった。

西欧的恋愛の理想を突き詰めると人間は死に至るという、恐ろしい地獄絵図がここに完成したわけでございます。

(パンパン!)

さて、ここから話は一気に、あたしらの生きる現代、そしてその先の未来へと跳んでまいりますが、この明治の「悶々」が、どうして人工子宮のディストピアへと化けていくのか。その間には、日本人が歩んだ「性と生殖の分離」という、もう一つの罠が隠されております。

戦後、日本に入ってきた避妊具の普及や、高度経済成長期に大流行した「ロマンチック・ラブ・イデオロギー(愛する人と結婚し、性愛を楽しみ、子供を産むという理想)」によって、私たちは一見、性の自由を手に入れたように見えました。

ところがどっこい、鎧(装甲)がさらに皮膚と同化していった結果、「愛がなきゃセックスしちゃいけない」「快楽と生殖は別物だ」と、頭(理性)でこねくり回す分離がどんどん加速しちまった。

気がつけば、かつて江戸の人々が持っていた、理屈抜きの「肌のぬくもり」や共同体の「情」としての性はスカスカに乾ききり、残ったのは、相手をスペックで品定めする「市場の物件」としての恋愛、あるいはただの「生殖機能」というデータだけでございます。

愛の理想をこじらせ、性の生々しさを面倒くさがった挙げ句、ついに「もう、体ごとレンタルしちまえば良くない?」という時代へ突入する。

(パンパン!)

時は進み体の物件化はもっと進んでまいりましたな。
佐藤 亜有子さんの「ボディレンタル」。
おいおい、自分の体をレンタルしちゃーいけないじゃんかょ。
パートタイムラバーなんてのもございましたな。

極め付けはあっしが先日読んだ「消滅世界」ではもう男も女も無くなっちまった。

いや、無くなったわけじゃないですょ?
なくなったのは性愛だ。

肉体交渉がなくなり、子供は工場生産になった!
とはいえ、子宮や人工子宮という形はとりますがね。――おいおい、人工子宮で工場生産だなんて、頭でっかちもここまで来ると、もはやSFのディストピアじゃありませんか。

文明開花の呪いが着実に根付き、実を結んでいくのを目の当たりにしますな!


結び

だからこそ、今一度振り返ってみたいのが、あの江戸のぬくもりでございます。

かつて江戸の人々は、派手な「愛の告白」や言葉の契約はなくても、長年同じ空間で肌を触れ合わせ、共に生きてきた「身体的記憶の積み重ね」を信じておりました。

ライヒ流にいえば、これこそが「装甲なき身体」同士が何十年もかけて育んだ、成熟した生命エネルギーの循環。

幕末の能吏として知られる川路聖謨(かわじ としあきら)夫妻が、晩年老境において身を寄せ合って孫の手紙を読んだ姿こそ、西洋の「頭で考えた理想の愛」を遥かに超えた、生活の地肌と地続きになった、人間として遥かにヘルシーで成熟した情愛の形であったと史料(江戸の性風俗 講談社現代新書)は語ります。

それを文明開化という劇薬によって、無理やり「心」と「体」を引き剥がし、頭で考え、罪に悶える愛へと舵を切ってしまった。

西洋の鎧が日本の地肌に食い込んで血を流しているような、近代知識人たちのなんと滑稽で、なんと切ないことか。

いまだに翻訳語である「愛」の概念に振り回される現代の私たちに対して、江戸の「肌の実感」は今なお強烈な批評性を持って問いかけてくるのでございます。

江戸のおおらかな肌の触れ合い懐かしむか、明治以来の愛を悶々とめでるか。

それは皆様方の、お好み次第。

(パン、パン!)

これにて、一席読み切りでございます。


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江戸の性愛術の本の紹介ですな。

サウンダラナンダはこの記事

そもそもの発端はここから。性エネルギー問題。


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