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50代、ホワイトデーに何を送っても喜ばれないという人へ、私のウィッシュリスト問題ー 子ども・仕事・夫婦、それぞれの距離が少しずつ変わるとき

ホワイトデーの調査記事を読んで、ちょっとへこんだ。

ホワイトデー調査記事

子育て世代の約8割が、パートナーからお返しをもらっているらしい。
へえ、8割。そんなにもらっているんだ、と思った。

私は、夫から一度ももらったことがない。

別に、デパ地下の焼き菓子がほしいわけじゃない。
かわいい箱じゃなくていいし、高価なものじゃなくていい。
コンビニのチョコでも、スーパーでついでに買ったクッキーでもよかった。

「はい、この前のお返し」

そのひとことがあれば、たぶん私はちゃんとうれしかった。
たぶん私がほしかったのは、お菓子そのものじゃなくて、“返ってくる感じ”だったのだと思う。


もらえないことそのものより、流れていくことがさみしい

こういうことを書くと、「そんなにホワイトデーって大事?」と思う人もいるかもしれない。

たしかに、生きるのに必要なものではない。
なくても生活は回るし、子どもも育つ。
ごはんは作らなきゃいけないし、洗濯物はたまるし、提出物の締切は来る。

母親って、そういう「なくても困らないもの」を、真っ先に自分の中から削っていく。

自分へのちょっとした気づかい。
労われること。
先に気にかけてもらうこと。
「ありがとう」を形で返してもらうこと。

そういうものを後回しにすることに、慣れていく。
というより、後回しにされても「まあ仕方ないよね」と思う練習ばかり上手になっていく。

でも本当は、もらえないことそのものより、自分が渡した気持ちが“なかったこと”みたいに流れていくのがさみしいのだと思う。

母親はいたわられない。妻も、いたわられない

子どもが生まれると、母親はとにかく忙しい。

家の中のことを見て、子どもの体調を見て、学校や園の予定を見て、冷蔵庫の中を見て、家族の気分を見ている。

誰かの好き嫌い。
誰かの忘れ物。
誰かの機嫌。
誰かの翌日の予定。

ずっと、誰かを見ている。

でも、母親自身を見てくれる人は急に少なくなる。

疲れていないかな。
さみしくないかな。
今日はありがとうって言ったほうがいいかな。
たまには返したほうがいいかな。

そういう小さな視線が、家の中から抜けていく。

そして妻もまた、いたわられなくなる。

夫婦って長くなるほど、「もう言わなくてもいいこと」が増える。
でも本当は、言わなくてもいいことが増えたんじゃなくて、言わないまま消えていくことが増えただけなのかもしれない。

妻だから。
母親だから。
家のことをして当たり前。
先に差し出す側で当たり前。

そんな空気の中で生きていると、心は大けがしない代わりに、少しずつ乾いていく。

大事件じゃない。だからこそ、じわじわ削られる

これは別に、ホワイトデーのお返しがほしいという話だけではない。

お返しがない。
言葉がない。
気づかれない。
当然みたいに受け取られる。

そのひとつひとつは大事件じゃない。
泣くほどでもないし、怒るほどでもない。
離婚を考えるほどでもない。

でも、大事件じゃないことばかり積み重なると、人の心って案外静かに弱っていく。

ああ、私、雑に扱われているというより、もう“ケアされる側”として数えられていないのかもしれない。

そう思う日がある。

母親って、妻って、強いですねと言われがちだけど、強いんじゃない。
倒れてる暇がないだけだ。

たぶん、ほしかったのはお返しじゃなくて“返ってくる感じ”

ホワイトデーに私が本当にほしかったのは、
お菓子そのものではなかった気がする。

覚えていてくれた感じ。
受け取ってくれた感じ。
返してくれる感じ。

「ありがとう」が、自分のところまでちゃんと戻ってくる感じ。

たぶん私は、それがほしかった。

そして、そういう小さな往復がないまま生きるのは、思っていたより心を削るのだと思う。

だから、私のウィッシュリストをおいておく

家族ってむずかしい。

近いからこそ言わなくなるし、長く一緒にいるほど、改めて気持ちを形にしなくなる。

しかも、いざ何か贈ろうとしても、

「何を送っても喜ばれない気がする」
「好みがわからない」
「今さら照れくさい」

そんなふうに思って、結局そのまま通り過ぎてしまうこともある。

でも本当は、完璧なプレゼントじゃなくていいのだと思う。

高価なものでなくていい。
センスが抜群じゃなくてもいい。
たったひとことでも、小さなお菓子ひとつでも、「あなたのことを思って選んだよ」が伝わると、うれしい。

だから、もし「何を送っても喜ばれない気がする」と思う人がいるなら、私のウィッシュリストを最後に入れておこうと思う。

普段、言葉で伝えない人にこそ、ホワイトデーという機会を

毎日あらためて

「ありがとう」
「いつも助かってるよ」
「大事に思ってるよ」

そういう言葉を交わす人ばかりではない。

むしろ、照れくさくて言えない。
忙しくて言いそびれる。
家族だから、あえて言葉にしない。

そんな人のほうが多いのかもしれない。

だからこそ、ホワイトデーみたいな“きっかけがある日”は案外大事なんだと思う。

何もない日に急に伝えるのは難しくても、こういう日なら少し言いやすい。
少し渡しやすい。
少し照れがまぎれる。

普段は言葉で伝えない相手にこそ、ホワイトデーという機会に、言葉とプレゼントを。

たったそれだけで、思っている以上に相手の心がほどけることがある。

何を送っても喜ばれない、と思う人へ

もし、誰かに何かを渡したいのに「でも何を送っても喜ばれないかも」と立ち止まっているなら、それは相手が喜ばない人だからではなく、ただきっかけがないだけかもしれない。

完璧じゃなくていい。
大正解じゃなくていい。

大切なのは、「選んだこと」と「伝えたこと」だと思う。

だから今年はぜひ、あなたの大切な人へ。

普段は言葉で伝えない人にこそ、ホワイトデーという機会に、言葉とプレゼントを。

そして私は、その参考までに、自分のウィッシュリストをここにおいておこうと思う。
少なくとも、「何を送っても喜ばれない」は、少しだけ回避できるはずだから。

今一番の悩みは…?

わたしは、夫にウィッシュリストをわたしちゃった方がいいのかなー。
さらっとそういうほうが夫もストレスないのかなー?

ここに書いたみたいな気持ちをぶつけられると、
受け止めるの大変だよね。。。

ウィッシュリスト

上質なシーツセット

ほっと一息つきたいときのお供

家電系

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