ホラーの経済学#2 ホラーの「勝率」を、数字で検算したら、勝てる条件は3つしかなかった。
前回、ホラーは「当たれば化ける、外しても痛くない——それをいちばん安く買えるジャンルだ」と書きました。
低コスト、寛容なファンダム、実況がタダで回す宣伝、franchiseの号砲。この4本が揃うから、ほかのジャンルでは起きない倍率が生まれる。数字で見れば、仮説はきれいに通っています。
一方で、きれいすぎる、と思ったんですよ。
わたしはエンタメの仕事をしている、プロデューサーとディレクターの間のような人間です。経験上、仮説がスルッと通るときほど、裏に「この前提が崩れたら全部おしまい」という脆い土台が隠れている。そこを見ないまま次へ進むのは、なんというか、気持ちが悪い。検査を飛ばして家を建てるみたいで。なので今回は、自分の手で検算します。
先に結論を置きます。
仮説は、条件付きで正しい。効く条件は3つ。
予算に天井を決めること。
単発ではなくポートフォリオで組むこと。
ファンに直接届く導線を持つこと。
この3つのうち1つでも欠けると、わたしが呼んでいる「ホラーの非対称性」、つまり予算とROI(投じた費用に対してどれだけ返ってきたか、その比率)の偏りはスッと消えます。
この記事では「ホラーの経済学」と題して、いわゆるホラーというジャンルのエンタメについて掘り下げていきます。今回第2回。第1回・ファクト編をまだの方は、先にそちらからどうぞ。
検算①:予算の壁
最初の問いです。ホラーは「安いから勝てる」のか、それとも「安くないと勝てない」のか。
結論から言うと、後者でした。これがけっこう、効きます。
アリ・アスター監督の『ボーはおそれている』は3,500万ドル(約50億円)かけて、世界興収約1,230万ドル(約18億円)。3分の1ちょっとしか戻ってきていません(興行収入はBox Office Mojoの集計、以下同)。
アスターはA24の看板監督で、前作『ヘレディタリー』は1,000万ドル(約15億円)で約8,300万ドル(約120億円)、『ミッドサマー』は900万ドル(約13億円)で4,800万ドル(約70億円)と、低予算で惚れ惚れするリターンを出してきた人です。同じ監督、同じスタジオ、同じジャンル。変えたのは予算だけ。その予算を上げた途端、壊滅した。
Gore Verbinski(ゴア・ヴァービンスキー)監督の『キュア 〜禁断の隔離病棟』(原題 A Cure for Wellness)も同じ筋書きです。4,000万ドル(約58億円)かけて、世界興収は2,600万ドル(約38億円)。
これ、偶然じゃないんですよね。
ホラーの非対称性は「安さ」という地面の上に立っています。500万ドル(約7億円)で撮れば、3,000万ドル(約44億円)の興収でも6倍。でも3,500万ドル(約50億円)で撮ったら、同じ3,000万ドルが赤字に化ける。入り口のコストが違うだけで、まったく同じ興収が、黒と赤にひっくり返る。
だからこそ前記事で触れたブラムハウスの「予算上限500万ドル」というルールが効く。あれは「制約」じゃないんです。損失の天井をあらかじめ釘で打っておく作業。1本外れても、傷は500万ドル(約7億円)で止まる。その傷を、同じ年の別のヒットがふさぐ。ジェイソン・ブラムがやっているのは「良い映画を安く作る」ことじゃなくて、「損を小さく固定して、上振れだけ取りにいく」こと。守りを先に決めてから、攻めている。
ロジャー・コーマンが1960年代にやっていたことと、骨格は同じです。自伝のタイトルは「100本撮って1セントも損しなかった」。60年前も今も、ホラーで勝つ第一条件は「予算に天井を決めてから企画する」であって、「企画してから予算をつける」ではない。順番が逆なんです。
ここがほかのジャンルと決定的に違うところで。アクションやSFは、予算を上げるほどスペクタクルが増えて、興収も伸びやすい。マーベルが1作2億ドル(約290億円)以上ぶち込むのは、それを回収できる構造があるからです。お金が画面の上で、ちゃんと光る。
ホラーは、逆。
イーバートの言葉をもう一度。

「暗闇の中の物音は、その音の正体よりほとんど常に恐ろしい」。
恐怖は「見せないこと」で最大になる。お金をかけて見せれば見せるほど、想像の余白が埋まって、怖さが薄まる。つまりホラーでは、予算を上げる行為そのものが、作品の武器を鈍らせかねない。非対称性が消えるだけじゃなく、作品自体が弱くなる。二重で損をする、珍しいジャンルです。
検算②:品質は、本当に関係ないのか
第1回で「批評家の評価と興行の相関が低い」と書きました。これも、鵜呑みにせず検算が必要です。
『ファイブ・ナイツ・アット・フレディーズ』はRotten Tomatoes(世界中の批評を集めてスコア化するサービス)で33%とあまりよくない評価だった。批評家は酷評。でもCinemaScore(一般観客にA〜Fで評価を聞く市場調査)はA-で、世界興収は2億9,700万ドル(約430億円)。「品質、関係なくない?」のいちばん派手な証拠です。
ところが、ここに対になる事件があります。
少し背景を。2000年代のハリウッドは、日本のホラーを次々とリメイクしていました。『リング』『呪怨』『仄暗い水の底から』。
当たったフォーマットに各社が群がり、似た作りばかりが続いて、観客はだんだん飽きてきていた。そこに出たのが、2008年の『One Missed Call(ワン・ミス・コール)』、日本の『着信アリ』のハリウッド版です。
Rotten Tomatoesで0%。ゼロです。興収は4,580万ドル(約66億円)で製作費2,000万ドル(約29億円)はいちおう回収したものの、この1本が、J-ホラーリメイクブームを丸ごと殺しました。すでに飽きられかけていたジャンルに、批評ゼロ点の駄作が「もう古い」ととどめを刺した。2002年の『ザ・リング』から始まったJホラーのハリウッド進出が、6年で店じまい。
同じ「低評価」なのに、FNaFは大ヒットし、One Missed Callはジャンルの息の根を止めた。この差はなんなのか。
「品質が関係ない」のではなく、「評論家の品質メーターと、ファンの品質メーターが、そもそも別の量を測っている」。これがより正確だと思います。
ホラーファンがほしいのは「良い映画」じゃなくて「怖い体験」。脚本の巧さ、演技の深み、テーマの独創性、評論家が測るこれらの目盛りは、ファンの「怖かったか」「劇場で叫んだか」「翌日、誰かに話したくなったか」とは別の軸にある。
FNaFは「怖い体験」としてファンの期待を満たした。One Missed Callは、怖くもなく、体験としても薄かった。メーターが違うだけで、針はちゃんと正直に振れているんです。
ただし、ファンの寛容さにも、ちゃんと底があります。
ブラムハウスは2024〜25年にかけて、The Hollywood Reporterに『M3GAN 2.0』を決定打とする立て続けの興行ミスを報じられる時期がありました。
『ウルフマン』は製作費を回収できず、『M3GAN 2.0』は前作を大きく下回った。ホラーファンは寛容ですが、「この会社の映画、もう展開が読めるな」と思われた瞬間、その寛容さは引き上げられます。
だから、品質が関係ないんじゃない。
品質の定義を測り間違えると、この仮説は使えない。
ファンが測っている「品質」を理解しないまま「低評価でも当たる」と信じるのは、けっこう危ない橋です。
One Missed Callの失敗には、もうひとつ教訓があります。あの映画が殺したのは「1本のシリーズ」ではなく、「Jホラーのハリウッドリメイク」というビジネスモデルそのものだった。個別のコケが、ジャンル全体の「空気」を変えてしまうことがある。品質のミスは、1本の興収では収まらず、ジャンルの天気まで動かすことがあるんです。
検算③:ベンチャー投資モデルは、どこまで本当か
前回「ホラー映画はベンチャー投資だ」と書きました。威勢のいい比喩ですが、比喩は気持ちいいぶん、過信すると危ない。どこまで正確なのか、ここで検算します。
ブラムハウスは年に10本以上を作っています。そのうち大ヒットと呼べるのは、体感で2〜3本。打率にして20〜30%。典型的なVCファンドの当たり率と、同じ数字感。
でも、ホラーにはVCにないおまけの強みが1つあります。それは
※この記事は「ホラーの経済学」の連載記事です。ぜひ他記事もご覧ください。
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