ホラーの経済学#3 怪談YouTube、Vシネマ、8番出口。日本のホラーは、なぜ「負けにくい」のか。
ギャラ、5万円。
「ジャパニーズ・ホラー」の代表的監督である清水崇が商業デビュー短編を撮ったときの、報酬です。助監督もつかず、スケジュール作成からキャスティングまで自分でこなして、監督料まで全部込みで5万円。バイト1回ぶんに毛が生えたくらい。
その2年後に撮ったVシネマ『呪怨』シリーズは、オリジナルビデオ作品(OVとも呼ばれ、映画館での公開やテレビ放送を前提とせず、DVDなどのディスクメディア、または配信向けに制作された映像作品)として世に出て、口コミで劇場版に昇格し、最後はハリウッドでリメイクされました。ハリウッド版『THE JUON/呪怨』の製作費は1,000万ドル(約15億円)、世界興収は1億8,700万ドル(約270億円)。
5万円で映画を撮り始めた監督が、最終的に約270億円を動かした。これは第1回で紹介した『パラノーマル・アクティビティ』(1万5,000ドル=約200万円→1億9,300万ドル=約280億円)と並ぶ、ホラー史上屈指の非対称性、つまり予算とROI(投じた費用に対するリターンの比率)の、極端な開き事例です。日本にも、ちゃんと化け物がいた。
ホラーの非対称性とは
ざっくり言うと、「外したときの損は小さいのに、当たったときの伸びだけ異様に大きい」という構造のことです。製作費は数億円と抑えやすいのに、ハマると何十億〜何百億円まで跳ね上がる。その“下は浅くて上だけ高い”リスクとリターンのバランスの歪みを、この連載ではホラーの非対称性と呼んでいます。
第1回でホラーの非対称性を4つに分け、第2回でその仮説が効く条件を検算しました。第3回は、日本です。同じ構造が、この国ではどんな顔で動いているのか。
先に結論を置きます。
日本のホラーにも、非対称性はあります。ただし、アメリカとは形が違う。一言でいうと、
「負けにくい。そのかわり、上振れはみんなで分け合う」。
これが日本のホラー経済の特徴です。
邦画ホラーの興収は、当たっても10〜20億円台です。近年の最高クラスでも『近畿地方のある場所について』が14億円超、『犬鳴村』が14億円(邦画の興行収入は興行通信社の集計、以下同)。
100億円を超えた邦画ホラーは、まだ一本も出ていません。裏を返せば、その最初の一本は、まだ誰にも空いている。
2025年の『鬼滅の刃』無限城編が314億円、『国宝』が133億円という世界とは、桁がそもそも違います。
でも、製作費が数億円で、興収が10〜14億円なら、回収率としては十分に高い。しかも日本には映画以外にも、ゲーム、怪談、お化け屋敷という、日本独自の稼ぎ方があります。天井はまだ低いけれど、床も低い。だから、負けにくい。静かだけど、しぶといんです。
Vシネマという遺伝子
日本のホラーが、なぜここまで低予算体質なのか。その根っこは、1990年代のVシネマ市場にあります。
東映Vシネマは1989年に始まった、劇場公開を通さないオリジナルビデオのフォーマットです。劇場の配給コストを省くぶん、当初の製作費は6,000万〜8,000万円。2000年頃には2,000万〜3,000万円まで下がり、低予算化がさらに進んだ。
この「低予算・短期間・量産」という土壌が、ホラーとがっちり手を組みます。
清水崇は当時20代の、無名の監督でした。オリジナルビデオだからこそ、予算の制約が逆に自由になる。本人いわく「本当に時間も予算もないなかで作った」もので、Vシネマ2本を撮影日数9日で撮り切っている。外観も、内観も、屋根裏も、すべて同じ一軒の家でした(Real Soundインタビュー)。

https://cinemore.jp/jp/news-feature/3091/article_p4.html
予算が足りないぶんは、想像力で埋めるしかなかった。
結果として生まれた根源的な怖さが口コミで広がり、劇場版に上がり、最後はハリウッドまで歩いていった。
ここに、ブラムハウスとの構造的な双子っぷりが見えます。
ジェイソン・ブラムの「予算上限500万ドル(約7億円)」と、Vシネマの「2,000万円で量産」。スケールはまるで違うのに、エンジンは同じ。予算を絞って損失の天井を下げ、数を打ち、当たった1本を次のステージへ引き上げる。海の向こうとこっちで、別々に同じ装置を発明していたわけです。
違いは、日本ではこの構造が 「個人の才能が世に出る場所」として機能した点。清水崇だけじゃありません。
白石晃士も低予算OVシリーズ『戦慄怪奇ファイル コワすぎ!』でカルト的支持を得て、POV(一人称視点)やモキュメンタリー(疑似ドキュメンタリー)という、セットもCGIもいらない形式で独自の恐怖を磨き、2025年の『近畿地方のある場所について』を大ヒットさせた監督になっています。

https://press.moviewalker.jp/person/155235/
Vシネマというフォーマット自体はほぼ消えましたが、「低予算の制約から才能が生まれる」という遺伝子は、配信時代の今にもしっかり受け継がれている。制約が、創造性を生む。ブラムハウスの幹部が語ったのと同じことを、日本は30年前から、静かに実証していたんですよね。
製作委員会は、雨を防ぎ、日差しも分け合う
日本のコンテンツ産業を語るなら、製作委員会方式は避けて通れません。
映画会社、テレビ局、広告代理店、出版社、玩具メーカー。複数社がお金を出し合って、リスクを薄く割る。ホラーは製作費がもともと小さいので、各社の負担も軽い。
『犬鳴村』の製作委員会には東映、電通、朝日新聞社、竹書房など多くの企業が名を連ね、コロナ禍の逆風でも興収14億円を記録しました。結果は「健闘」と評され、急きょシリーズ化が決定。『樹海村』(約6.8億円)、『牛首村』(約5.6億円)と、毎年2月公開の定番シリーズになっています。
リスク分散としては、見事な仕掛けです。ただし、この仕組みには裏返しのコストがある。
上振れも、同じだけ薄まる。
仮に『犬鳴村』が30億円の大ヒットになっていても、リターンは出資各社に割れます。製作委員会方式は二次利用(配信、放映権、海外、グッズ)の「コンテンツ・ウインドウ戦略」で総合的に黒字を狙う構造なので、ひとりのプレイヤーがホームランを総取りしにくい。みんなで傘をさすから、雨にも濡れないけれど、晴れた日の日差しも、みんなで分け合うことになる。
ブラムハウスが自社で作って自社で総取りする構造とは、ちょうど真逆です。前回も触れたとおり、ブラムハウスの『パラノーマル・アクティビティ』は1万5,000ドル(約200万円)が1億9,300万ドル(約280億円)になりましたが、あの果実の大半はBlumhouseとDreamWorksに集まっている。日本の製作委員会方式では、同じ倍率が出ても、1社あたりの取り分は小さく割れるんですよね。
これが「負けにくい。そのかわり、上振れは分け合う」の、構造的な理由です。保険としては優秀。あとは、上振れを受け取る設計をどう足していくか、という話です。
第2回で触れたプロデューサーの一瀬隆重(世界的な大ヒットを記録した『リング』『呪怨』などの作品で知られる日本の著名な映画プロデューサー、Jホラーの火付け役としても有名)は、この「上振れをどう受け取るか」という問いを、誰よりも早く体で知った人です。

https://www.shinchosha.co.jp/sp/writer/802/
『リング』のリメイク権を約100万ドル(約1億4,500万円)で売却。当時の日本映画にとっては、破格の金額でした。その後、ハリウッド版は2億4,900万ドル(約360億円)を稼ぎます。種は売れた。あとは、果実まで一緒に育てる設計を持つかどうか。だから『呪怨』では、ハリウッド版の製作(プロデューサー)として自ら名を連ねます。権利を売って離れるのではなく、作り手として残った。「売り切り」か「作り続ける側に残るか」。この分かれ道は、果実をみんなで分け合ってきた日本のコンテンツ産業の前に、これから何度も現れると思います。
2025年の日本ホラー映画を眺めると、主戦場はもうはっきりしています。それは、
※この記事は「ホラーの経済学」の連載記事です。ぜひ他記事もご覧ください。
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