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犬守神社とみかん飴と、ワワンのワン

夜店では、「みかん飴」が好きだったな。
モナカの皮の上に、水飴をかけた丸ごとの蜜柑がのってるやつ。
犬守神社いぬもりじんじゃの夏祭りには、まだあの夜店は出ているのだろうか?
そんな期待を半分だけ抱きながら、提灯が続く石段を上っていた。

実家に帰ってきたのは、もう何年ぶりのことだ。
地方の町なんて、年月が経ってもたいして変わりはしない。
いや、活気はなくなっているかな。
友人たちも町を出たから、帰省してもすることがない。

だから、夏祭りに出かける気になったんだ。
小学生の時が最後だから、20年ぶりかな。

夜店は、神社の境内と階段の踊り場に並んでいる。
「みかん飴」の屋台は、確か境内の方に出ていたはずだ。

雑踏に紛れながら石段を上り切ると、目の前には盆踊りのやぐらと屋台の灯りが広がり、浴衣姿の人が溢れていた。もっとも、知ってる人がいたとしても、お互いに気づくことはないだろうな。そんなことより、「みかん飴」だ。

夜店には、射的、フランクフルト、お面、焼き鳥、綿菓子、焼きそば、たこ焼き、イカ焼きと様々な屋台が並んでいる。でも、「みかん飴」の屋台は見あたらない。

それはそうだよな。いつまでも同じ屋台が出続けてるはずもない。小学生の記憶なんてあてにならないけど、でも確かにこの祭りにあったんだ。

僕は人混みを避けて、灯りがあまり届かない境内の隅にある腰掛石に座った。櫓の周りには人が集まっている。もうすぐ盆踊りがはじまるんだろう。

プーンと音を立てて寄ってくる蚊を払って、頭を振った。その時、垣根の向こうに見えた景色に目を疑った。

狭い中庭に、「フランクフルト」とのぼりを立てた30センチほどの小さな屋台がひとつ、灯りを灯している。屋台の向こう側には、ねじり鉢巻をしめた柴犬がすました顔でちょこんと座っていた。

誰かの悪ふざけなのか? でも、周囲に誰かがいる様子はない。僕は好奇心を抑えることができずに、垣根の隙間を通り抜けた。

柴犬の屋台は膝上ぐらいの高さしかなかった。テーブルには小さなフランクフルトが並んでいると思いきや、木の棒が一本のったお皿があるだけだ。フランクフルトに見立てているのかな。

僕はしゃがんで柴犬に話かけた
「フランクフルトを売っているの?」
柴犬は僕の目をじっと見つめて、首を振った。

「えっと、じゃあ、何のお店なの?」
柴犬が前足で、木の棒をちょんちょんと叩いた。
そこらへんに落ちてるような30センチ程度の棒切れだ。

「これがフランクフルトってことなんでしょ?」
柴犬は「わかってないな」とでもいうように、ため息をつきながら首を振った。

「だって、のぼりにはフランクフルトと書いて....あっ、もしかして、フランクフルトを持ってきたら、木の棒と交換するってことなの?」

柴犬は、嬉しそうに「ワン」と一声鳴いた。なるほど、そういうことか。柴犬が賢いってのはホントなんだな。こんなの知ったら、買ってくるしかないじゃないか。

僕は柴犬に「ちょっと待ってて」と伝えると、垣根を戻って夜店へと走った。行列に並んでフランクフルトを買って、ついでに焼き鳥を2本買った。きっと喜ぶだろうな。もちろん、焼き鳥の1本は僕の分だ。

3本の串を握り締めて、柴犬が待つ屋台へと急ぐ。垣根をすり抜けようと向こうをのぞいたとき、その光景を見てまた驚いた。小さな屋台が2つになっている。

新しい屋台には、「焼き鳥」ののぼりが揺れていた。そして屋台の向こうには、ねじり鉢巻をした黒いミニチュアダックスが、すました顔でちょこんと座っている。屋台の皿には、古びた片方だけの運動靴が置かれていた。

柴犬の屋台の前に行くと、ミニチュアダックスが、目線で圧をかけてくる。わかったわかったよ。柴犬の焼き鳥は、もともと予定してなかったしね。

僕はミニチュアダックスに「きみの運動靴もいただくから、ちょっと待って」と声をかけた。

まずは柴犬が食べやすいようにフランクフルトを千切って皿に乗せて、「木の棒」を受け取った。柴犬がフランクフルトにかぶりつくと、ミニチュアダックスが大きく「ワン!」と吠えた。よだれが垂れている。

慌てて、ミニチュアダックスの屋台の皿に、串から抜いた焼き鳥を並べて、運動靴をもらう。今度は、柴犬の方から皿をカチャカチャと爪で叩く音がする。振りむくと、いつの間にか「フランクフルト」ののぼりが「焼き鳥」になっていた。皿の上には、緑色のビニールボールが乗っている。

「わかったよ、もう! そのビニールボールはいただくよ。でも、焼き鳥は半分だけだよ。それでいい?」

柴犬は首を傾げて、小さくワンと鳴いた。僕は焼き鳥の半分を柴犬の皿に並べると、残りの半分をミニチュアダックスの皿にそっと乗せた。そうしなければ、早く食べ終わった方の屋台に、また新たなのぼりが立ってしまう。

犬たちが焼き鳥に齧り付くと、盆踊りの祭囃子がはじまった。トントントンタカタッタ、トトンカトンと太鼓が鳴っている。僕の手元には、木の棒と、片方だけの運動靴と、緑色のビニールボール。

僕は地面に木の棒を突き立てた。そして、洗った靴を干すように運動靴を棒にかぶせた。これだって「やぐら」だと思えば、「やぐら」なんだよ。僕は聞こえてくる太鼓の音にあわせて、「やぐら」の周りを歌い踊りながら回り始めた。右手に緑色のビニールボールを高く掲げて。

ワンワンワンころがった ワワンのワン♪
ワンワンワンころねった ワワンのワン♪

柴犬とミニチュアダックスは、一瞬、顔を見合わせてから、僕のあとに続いた。ボールに惹かれて後ろ足で立った2匹の犬が、僕に続いて踊る。「ワン」のところで犬たちも一緒に鳴く。

ワンワンワンころがった ワワンのワン♪
ワンワンワンころねった ワワンのワン♪

僕と犬たちとの小さなお祭り。奇妙な踊りが、どんどん楽しくなってくる。

踊りながら10周ぐらいしただろうか。不意に垣根が揺れた。振り向くと若い男女がのぞき込んでいる。「ヤバイ人だよ」と声が聞こえて、彼らは顔を引っ込めた。続けて、「そこで、なにしてるんですか!?」と警備員の大きな声。まずいっ!

懐中電灯の光に驚いて、思わず手からボールが落ちた。
犬たちが、コロコロと転がっていくボールを追いかけて暗闇へと消えた。
気づけば小さな屋台も消えていた。
地面には、フランクフルトと焼き鳥の串だけが残っている。

警備員が垣根を越えてきた。僕は「あやしくないでーす!」と声をあげて、反対側に走り出し、薄暗い斜面を滑り降りて逃げ出した。茂みの葉っぱに頬を叩かれ、窪みくぼみに足をとられて転びそうになりながら薄暗い森を走った。

走りながら、自然に笑いが込み上げてきた。犬たちと盆踊りなんて馬鹿げてるよ。なんなんだこれは! 不審者じゃないか! 笑いが止まらなかった。そして涙も込み上げてきた。泣きながら笑って走っていた。

すぐに思い出せなくてごめん。おまえたちだったんだな。幼稚園のとき、小学校のとき、一緒に暮らしてた。懐中電灯に照らされたときに気づいたんだ。だって、ビニールボールに僕の名前が書いてあった。久しぶりだから会いに来てくれたんだな。すぐにわからなくてごめん。

斜面の先を抜けると、階段の踊り場にでた。正面には、「みかん飴」の屋台があった。小学時代の記憶なんていい加減なものだ。ここにあったんだ。

この日の「みかん飴」は、これまでのどんなモノよりも特別だった。


◆「犬守神社の物語」シリーズ
犬守神社(いぬもりじんじゃ)という不思議なことが起こる場所を舞台にした連作です。笑ったり、しんみりする物語が、ジャンルを超えて紡がれるシリーズ。単体でも完結するけれど、順番に読んでいくと物語のうねりが見えてくるお話です

犬守神社とみかん飴と、ワワンのワン ←今回
犬守神社と大きな耳の小さな犬と、迷子の少女
・犬守神社と怪しい男と、狛犬の前に座る犬(準備中)
・犬守神社と少年少女と、化石の森(準備中)
・犬守神社と少年少女と、夏休みの探偵(準備中)

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