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犬守神社と大きな耳の小さな犬と、迷子の少女

鏡に映る金髪をいかして、お気に入りのアクセサリーをつけた。

犬守神社いぬもりじんじゃの夏祭りに来たのは、20年ぶりぐらいかな。地元に住んでるのに、ずっと行ってなかったのにはちゃんと理由がある。だって恥ずかしい思い出があるから。

子供の頃、お母さんに連れられて盆踊りに行ったんだ。
当時、飼っていた「ミミ」を抱っこして。「ミミ」はパピヨン。大きな耳をした小さな犬なんだ。

でも、境内の夜店を歩いてたら、花火大会の大きな音に驚いて、「ミミ」が私の腕から飛び降りた。走って追いかけたけれど、見つけた時には自分が迷子になっていた。

お母さんも、知ってる人も見つからなくて、不安で泣きそうになっていた私に、やさしいお姉さんが声をかけてくれた。そして、一緒にお母さんを探してくれたんだ。でも、やっとお母さんをみつけたときには、いろんな人を巻き込んだ大騒ぎになっていた。

私は大勢が見守る中でこっぴどく叱られて泣きべそをかいた。それがすごく恥ずかしかったんだ。あの時のお母さんは、髪の毛が逆立ってるみたいで本当に怖かった。そんなことがあったから、夏祭りからはずっと足が遠のいてた。

犬守神社いぬもりじんじゃの最初の鳥居をくぐって、提灯が続く石段を上っていく。踊り場で後ろを振り返ったら、町の明かりが地上の星みたいに光ってた。暗くて見えないけれど、その先には海が広がっている。今夜はそこで花火が打ち上げられるんだ。

少しだけ息を整えて、私はまた石段に足をかけた。盆踊りの場所まではもう少しだ。

夏祭りに行く気になったのは、理由がある。子供の頃の後ろ向きな思い出を克服したい気持ちもあるけど、本当は神頼みのためだ。いや、神頼みじゃないっか。

ファッションデザイナーの事務所に応募をしたんだ。それなのにいざとなったら迷ってる。簡単な仕事じゃないことはわかってるし、上京するのも不安だし。だから、神さまに答えを求めに来たのかもしれない。

石段を上りきると、目の前には盆踊りのやぐらと夜店の灯りが広がって、浴衣姿の人が溢れている。射的、フランクフルト、お面、焼き鳥、綿あめ、焼きそば、たこ焼き、イカ焼きと様々な屋台が並んでいる。記憶の中のお祭りと同じ風景だ。

この場所に立っただけで、目的のひとつは解決したようなもの。でも、もうひとつの方は、そう簡単にはいかない。神様にお祈りしたところで答えを教えてくれるわけじゃないし。

私はぶらぶらと夜店をのぞきながら、境内の奥へと歩いていた。途中の屋台で、ビニール袋に入った綿あめを買った。やっぱり、夏祭りといえば、綿あめだ。

海の方から、ドーンというお腹に響く音が聞こえてきた。花火大会がはじまったみたいだ。

少し参道を外れて、綿あめのビニール袋の輪ゴムをはずそうと、うつむいたら、勢いよく走ってきたパピヨンが飛びついてきた。あっけにとられていると、あとから少女が走ってきて、パピヨンをぎゅっと抱きしめた。

その子の顔をみた時、一瞬、息が止まった。幼い頃の私にそっくりだったんだ。その子は、アルバムの中の私の顔や姿と本当によく似ていた。私はしゃがんで声をかけた。

「どうしたの?」

少女は、フンフンと泣きそうな息を吸い込みながら小さな声で答えた。

「この子を追いかけてきたの」
「花火の音に驚いたのかな。見つかってよかったね」
「でも、お母さんがどこにいるかわからなくなっちゃった」
「心配しなくて大丈夫だよ。おねえさんが、一緒に探してあげるから。おなまえは?」

少女が答えたのは、私の名前だった。

背筋に冷たいものが走った。こんな偶然ってあるの?
まさかと思いながら尋ねたお誕生日は、やっぱり私と同じだった。この子って、私なの? この犬は「ミミ」?

子供のころの思い出がよみがえった。これは「あの時」だ。迷子になった「あの時」の場面にいる。私は過去に来てしまったんだ。

心臓が止まりそうになった。本当の迷子になったのは「この子」じゃなくて、私の方だ。どうなってるんだろう? どうすればいいんだろう?

私は周囲を見回した。なんでもいいから手掛かりがほしかった。夏祭りの風景なんて昔も今もたいして変わらない。でも、スマホで写真を撮っている人がいる。子供の頃にはスマホなんてなかったはずだ。

私が過去に来たんじゃない。「小さな私」が過去からやってきたんだ。でも、私はこれからどうすればいいの?

とにかく何とかしなきゃ。これは「あの時」なんだ。だから、「小さな私」を助けられるのは「私」しかいない。あの時、「私」を助けてくれた「お姉さん」のように。そう思ったとき、緊張が走った。

時代が違うのに、どうやって、お母さんを探せばいいんだろう? 違う違う! お母さんを探すんじゃなくて、「小さな私」を過去に帰さなきゃいけないんだ。

「おねーさん…大丈夫?」

「小さな私」が不安そうに見上げていた。

「ごめん! 大丈夫だよ。じゃあ、お母さんとはぐれたところに行ってみようよ。最後に、お母さんといた場所は思い出せる?」

「小さな私」は首をふって、また泣きそうな顔になった。

「大丈夫だよ、絶対に見つかるから。あっ、綿あめを食べなよ? 好きでしょ?」

「うん」

私は「あの時」のように「小さな私」に綿あめを渡して、代わりに「ミミ」を抱いた。「ミミ」が尻尾を振って、私の顔を舐める。大好きだった「ミミ」を、また抱きしめている。

ふわふわとした毛に顔をうずめて、思いっきり息を吸い込んだ。「ミミ」の匂いがする。自然とこぼれてくる涙を、バレないようにそっと拭った。

この状況ってなんなんだろう? 大好きだった「ミミ」をもう一度抱きしめながら、大好きな綿あめを食べてる「小さな私」と手をつないでる。こんなに奇妙で温かいのに、早くこの時間を終わらせなきゃいけない。

どうすれば、「小さな私」をもとの時間に帰せるのかな。私は一度、経験しているんだから大丈夫なはずだ。答えは「私」の中にあるはずなんだ。「あの時」、どうやってお母さんを見つけたのか思い出さなきゃ。…..でも、何も浮かばないよ。

私は「ちいさな私」に声をかけた。

「今日は、どこを歩いたか思い出せる? 来た道をはじめから歩いてみようよ」

「小さな私」は首をふって、また泣きそうな顔になった。私ってこんな感じだったんだ。

「心配いらないよ! お姉さんに任せて」

私は「小さな私」の手を強く握った。「あの時」、どこをどう歩いてたんだっけ。腕の中の温もりを抱きしめながら、懸命に「あの時」の記憶を辿った。

「ミミ」を追いかけた場面はよく覚えている。小さなお尻と尻尾を夢中で追いかけた。でも、ダメだ。それしか思い出せない。あとは、綿あめがおいしかったこと。綿あめが嬉しくて記憶が飛んでいる。

小さな声で、腕の中の「ミミ」に話かけた。「あなたは、なにか覚えてないの?」。「ミミ」は、クリっとした目で私を見上げるだけだ。この子の匂い、この子の体温がただ愛しい。

「おねーさん」
「なぁに?」
「おねーさんってお洒落だね。髪の毛もキレイ。大人になったらわたしもそうしたい」

彼女は私の金髪をキラキラした目でみていた。すっかり頼り切って、安心しているかのようだった。ねぇ、「小さな私」。もう少しだけ、あなたも頑張って来た道を思い出そうよ。

「あっ、御守りを買ってもらった」
「いいわね。それはどこ?」

「小さな私」は、また首をふった。きっと「今頃」は、お母さんと係の人たちが「小さな私」を探して、大騒ぎをしているはずだ。それが「今頃」といえるのかわからないけれど。早く帰してあげなきゃ、また「私」がこっぴどく叱られる。

「じゃあ、御守りを買ってもらったところを探そう!」

御守りが売ってるところといえば、きっと社務所だろう。行ったところで何も変わらないかもしれない。でも、じっとしているわけにも行かない。なにかしてなきゃ、「小さな私」も「私」も不安になる。私たちは、お祭りの賑やかな人たちの間を縫うように足を進めた。

「あの時」のこと、迷子になった時のことはやっぱり思い出せない。浮かぶのは「走っていったミミのお尻」だけ。私はダメだ。あの「お姉さん」にはなれない。どうしよう。辿りついた社務所の前のベンチに、二人で腰をおろした。私の顔を見て「小さな私」が言った。

「おねーさん、大丈夫?」
「へーきだよ、すぐにお母さんを見つけるからね!」
「もしかして、おねーさんも迷子になってない?」
「なってないよ。探偵みたいに考えてるところ。まかせてよ」

綿あめを食べ終えた「小さな私」に、「ミミ」を渡した。「小さな私」が「ミミ」をギュっと抱きしめた。そうだよね、「小さな私」の大切な「ミミ」だもんね。

迷子のはじまりは、走り出した「ミミ」を追いかけたことだった。どこで走りだしたんだっけ? 頭の中では「小さなお尻」がぐるぐると回っている。

その次の記憶は、綿あめを食べた場面になってる。その次はといえば、大勢の人に囲まれて、お母さんに怒られた場面だ。

怖かったし、恥ずかしかった。すぐ隣ではみんなが楽しそうに盆踊りを踊ってるのに、私だけが怒られていた。怒ってるお母さんの髪の毛が漫画みたいに逆立ってたんだよ。ほんとに逆立つわけがないから、あれは後ろの木のせいかな…。

後ろの木? そうだ! 大きな木があった。あれは杉の木だ。私はあたりを見回した。社務所の先に、大木な木がみえる。うろ覚えだけど、きっとあれだ。

私は「小さな私」の手をひいて、杉の木の前へと歩いた。そこはお祭りの賑やかさからは、少しだけはみ出た場所。本殿とは別に摂社せっしゃというのか、小さな社があって、その前に子供がやっと潜り抜けられるぐらいの小さな鳥居がある。

そうだ! この鳥居だ。「ミミ」を追いかけて、この鳥居をくぐった。戻った時は、鳥居の反対側から入った。そこからは杉の木が見える。お母さんを見つけたときの景色だ! ここでつながってたんだ!

私は小さな鳥居の後ろにしゃがんで、内側をのぞきこんでみた。鳥居の向こうに少しだけ色あいの違う景色がわずかに揺れている。

「ねぇ、この鳥居の中をのぞいてみて」

「小さな私」がこわごわと鳥居をのぞいた。

「あっ、お母さんが見える!」
「やったね! もう大丈夫だよ。ここをくぐってお母さんのところにいこう!」
「うん!」
「早く行きな。迷子にならないようにここでみてるから」
「ありがとう」
「この鳥居をくぐったら、あなたを探してる懐中電灯で照らされるからすごくまぶしいよ。それから、お母さんに叱られるかもしれないけど、それはあなたのことが大好きで心配してるからだからね」
「うん」
「あっ、ワンちゃんにも挨拶させて」

私はしゃがんで「ミミ」の頭をやさしく撫でた。
「ありがとう。ミミは、私を心配して来てくれたんだね」

「ミミ」を抱いた「小さな私」は、振り向くことなく鳥居をくぐっていった。その姿は陽炎のように一瞬だけ揺れて、すぐに消えた。鳥居の反対側にまわってみたけれど、もう彼女の姿はなかった。恐るおそる手をくぐらせてみたけど、何も起こらない。

私は深呼吸をすると、社務所の前のベンチに戻って腰をおろした。私はあの日、「未来」に行ってたんだ。今になって気づくなんて。

今頃は、きっと「小さな私」は、大勢に囲まれて、お母さんに叱られて泣いてるんだろうな。でも、大丈夫だよ。あなたはずっと先で「やさしいお姉さん」になれるんだから。頼りないお姉さんではあるけれど。

もう「答え」を探す必要はなかった。「小さな私」だって、「未来」に来て、無事に帰ることができたんだ。頑張って、それでもうまくいかない時は戻ってくればいい。

答えはずっと「私」の中にあったんだ。


◆「犬守神社の物語」シリーズ
犬守神社(いぬもりじんじゃ)という不思議なことが起こる場所を舞台にした連作です。笑ったり、しんみりする物語が、ジャンルを超えて紡がれるシリーズ。単体でも完結するけれど、順番に読んでいくと物語のうねりが見えてくるお話です

犬守神社とみかん飴と、ワワンのワン
犬守神社と大きな耳の小さな犬と、迷子の少女 ←今回
・犬守神社と怪しい男と、狛犬の前に座る犬(準備中)
・犬守神社と少年少女と、化石の森(準備中)
・犬守神社と少年少女と、夏休みの探偵(準備中)


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ケイメイ 最後までお読みいただきありがとうございました。チップしちゃおうかなと思ったら、迷わなくていいんです。私がそっと背中を押しますからね!