英語50年史|第18話 シカゴ ―― 映画の聖地、人間ワザじゃない
シカゴは映画の聖地巡礼だった。
『アンタッチャブル』のユニオンステーションの階段
ブライアン・デ・パルマ監督が撮ったあのシーン。銃撃戦の最中に、赤ん坊を乗せた乳母車が石段をゆっくりと転がり落ちていく。映画館のスクリーンで見たときは、広くて重厚で、圧倒的な空間に見えた。
実際に行ってみると、結構小さくて驚いた。
しかも印象が全然違う。映画では石段が暗く重く、陰影がくっきりしていた。でも実際のユニオンステーションは普通の駅だ。天井から自然光が差し込んで、むしろ明るい。
どうやったらあの映像ができるのか?つくづく映画の素晴らしさを感じた。
チャック・ノリスの『野獣捜査線』
邦題、これはひどすぎる。『野獣捜査線』普通ならもうこれで見る気がなくなる。
原題は"Code of Silence" なぜ「沈黙の掟」にしなかったのか?チャック・ノリスの映画の中ではしっかりと筋が通っている。
チャック・ノリスは、日本ではそれほど有名ではないかもしれない。だがアメリカでは「最強の男」として、映画スターの枠を超えた伝説だった。1980年代のアクション映画を席巻した。ブルース・リーとも親交があり、1972年の映画『ドラゴンへの道』ではライバルとして対決している。
シカゴといえば、『ブルース・ブラザーズ』とマックイーンの『ハンター』も忘れてはならない。
どちらも大好きな映画だ。そしてどちらにも、シカゴの高架鉄道が出てくる。
『ブルース・ブラザーズ』では、エルウッドのアパートがThe Lのすぐ横にある。ジェイクが「電車はどのくらいの頻度で来るんだ?」と聞く。エルウッドは「しょっちゅう来るから気にならなくなる」と答える。すると電車が5秒おきに次々と窓の外を通り過ぎていく。部屋全体がガタガタと揺れる。これがギャグになっている。
『ハンター』では、マックイーン演じる賞金稼ぎが犯人を追って走行中の電車の屋根に登る。シカゴの街が眼下に広がる中、屋根の上で格闘が続く。
そして『野獣捜査線』だ。走行中の高架電車の屋根の上で格闘し、そのまま二人でシカゴ川に飛び込む。CGなしの本物のスタントだ。映画評論家ロジャー・イーバートが絶賛した。
三本に共通するのは、シカゴの高架鉄道だ。The Lこそ、シカゴの象徴だった。
実際に電車に乗り、そのルートを走った。窓の外にシカゴの街が流れていく。映画の中でチャック・ノリスが、マックイーンが、ブルース・ブラザーズがいた街を、自分が走っている。それだけで十分だった。
しかも当時の映画にCGはない。全部実写だ。
チャック・ノリス・ファクト
アメリカにはネットミームで「チャック・ノリス・ファクト」と呼ばれるジョークがある。彼の強さを誇張して語るものだ。たとえばこういう具合だ。
"Chuck Norris' calendar goes straight from March 31st to April 2nd. No one fools Chuck Norris."
「チャック・ノリスのカレンダーは、3月31日からいきなり4月2日になっている。チャック・ノリスをだませる者などいない。」
バカバカしいが、これがアメリカ人の彼への愛情の表れだ。そういうキャラクターが、チャック・ノリスだった。
そのチャック・ノリスが2026年3月、86歳で亡くなった。
US Yahoo!では3日間、トップ記事がチャック・ノリス一色になった。それがアメリカにおける彼の偉大さを物語っている。
シカゴの電車の窓から街を見たあの日、私は彼の映画の中にいた。今はもう、その街に彼はいない。
そのチャック・ノリスが亡くなった。スティーブ・マックイーンは1980年、50歳で逝った。ジョン・ベルーシは1982年、33歳だった。あの映画を作った男たち。今はいない。
チャック・ノリスは老化しない、進化するだけだ。
なくなる直前も、スパーリングをしている。
ストリートミュージシャン
街を歩くと、あちこちにストリートミュージシャンがいた。ジャズをやっている人が多かった。そのレベルが凄まじかった。思わず立ち止まって聴いた。
これが本当に路上で演奏している人間なのかと耳を疑う。日本でいう「うまい人」のレベルではない。これがシカゴのジャズかと思った。
やばい、射殺されかけた。
街を歩きながら、腰のベルトにつけたウォークマンの音量を調節しようとした。革ジャンの裾に手をやった、その瞬間だ。向こうから歩いてきた制服警官が、腰のホルスターに手をかけた。抜こうとしている。
私は反射的に両手で革ジャンの裾を広げて、腰のウォークマンを示した。警官はそれを見て、無言でうなずき、通り過ぎていった。
当時はただそれだけの話だった。外国では緊張感を忘れないようにしてくださいね、という教訓程度だった。
だが今は違う。ニュースを見るたびに、あの場面が頭をよぎる。警官の指先一つで、その後の人生がすべて消えていたかもしれない。あの時、私はたまたま素早く動けた。たまたま昼間だった。たまたま警官が冷静だった。偶然が三つ重なっただけだ。そのどれか一つが欠けていたら、今ここでこの文章を書いていない。

OHIO
気を取り直して歩いていると、学生風の若い男が話しかけてきた。日本人か、と聞く。そうだと答えると、"United States Ohio" と言ってくる。
「オハイオ」と日本語の「おはよう」が似ているというダジャレだ。
日本だったら教育的指導をするところだ。つまり、「お前、なめてんのか」
しかし、ここはアメリカだ。愛想よく笑って別れた。
アメリカにはこういうなめた奴がいっぱいいると思う。だから事件が起こるんでしょうね。まあ、そこも含めてアメリカである。
次回はニューヨーク、タクシードライバーの街。
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