英語50年史|第17話 モントリオール・トロント・ナイアガラ ――言葉のいらない瞬間
モントリオール ―― フランス語の街
次はモントリオール。ここは映画目的ではない。カナダではフランス語も公用語だというのを知っていたので、その本拠地のモントリオールに行ってみたかった。
モントリオールはカナダ第二の都市で、ケベック州に属している。ケベック州は、もともとフランスが植民地として開拓した土地で、住民はフランス語と文化を守り続けた。
その結果、今でもこの州の公用語はフランス語だ。街の標識も、店の看板も、地下鉄のアナウンスも、法律でフランス語表記が義務づけられている。英語が聞こえてくる場面もあるが、基本はフランス語の街だ。
地下鉄に乗ってみた。車内アナウンスは全部フランス語。駅名を聞き漏らしてはならないと思って、必死で聞いていた。
別に聞き逃してもどうってことない。次で降りればいいだけなんで。でもその時はなぜか必死で聞き取ろうとしていた。
店で何か買った時に "Merci beaucoup" と言ってみた。しかも "Merci" のRは、練習したフランス語のRで、ゴッ!みたいな感じで発音した。カタカナで書けばメグシー。
ちゃんと通じた。でもよく考えれば、なにか買って、メルシーみたいなこと言えば、Merciに決まってる。
駅で切符を買っている人なんかを見ていると、英語圏の人なのかフランス語圏の人なのかすぐわかるので面白かった。
マントリールという人もいれば、モンレアールみたいに言う人もいる。この人は英語系だな、この人はフランス語系だな、というのがわかる。
モントリオールでは英語が苦手な人が多いという話を聞いていた。試してみようと思った。道を聞くふりをしてすれ違う人に "Do you speak English?" と言ってみた。
すると "Just a little bit." と返ってくる。
ただ実際には、モントリオール市民の半数以上が英仏バイリンガルだそうで、英語だけでも十分に生活できるらしい。
「英語が苦手」というより、「フランス語で話しかけてほしい」という気持ちが強いのかもしれない。フランス語を守ることに、歴史的な誇りがある人たちだから。
日本人のくせに現地の人の英語力をテストする。我ながらいい根性している。
きれいな女性が歩いていた。眺めていたら、道の反対側にいたおっさんと目が合った。
彼はニヤリと、「そうか、お前も気になったか」というような感じで笑った。
フランス系だから、やっぱりロマンスが好きなんだろうと思った。
言葉じゃないんだけど、気持ちは完全にわかった。
万国共通のコミュニケーション。

トロント ―― アバウトな大都会
そしてトロント。大都会だった。カナダ一の大都会なんじゃないか。
ものすごい大都会なんだけど、静かな街という印象だった。
モントリオールはヨーロッパ的な印象だったが、トロントはほとんどアメリカのような感じだった。
トロントはモントリオールと対照的に、英語圏の街だ。そして、カナダの経済の中心地だ。
トロントのバスは電車のように2連結だった。2連結が必要なくらい人が多いのかと思ったんだけど、そんなに人は多くない。
そのバスに乗ろうとして、入口のステップに足をかけようとした時、「ドン!」という音がして、いきなり入口が30センチほどずれた。何が起こったかと思って、バスの後ろを見てみると、別のバスが追突していた。
一体どうなることかと思ったが、入口は開いたままでバスは止まっている。運転手は降りて確認する様子もない。
ドアは開いたまま。恐る恐る、乗ってみた。中には乗客が何人か乗っていたが、みんな平然とした顔をしている。そのうちバスは何事もなかったように発車した。なんとアバウトな国!

ユースホステルに泊まった。フロントの人が、日本人が一人で泊まっていて寂しそうだから話し相手になってやってくれと言う。同じ部屋にされた。
余計なことするなと思った。
その日本人の若者なんだけど、なんか世の中を舐めている感じ。しかもカバンに全財産とパスポートを入れたまま居眠りしていたら盗まれて、大使館で再発行を待っているという。
東南アジアを回ってきたとか自慢してマウントを取ろうとする。
それ以前に、お前、カバンに金とかパスポート入れるなよ、バックパッカーの基本中のキやないかと思った。
翌日、ナイアガラの滝のそばにかかる橋を歩いて、カナダとアメリカの国境を越えた。渡ったのはレインボーブリッジという橋で、カナダとアメリカをつなぐ国境の橋だ。国境のパスポート検査がめちゃくちゃあっさりで、こんなんでいいのかと思った。
ナイアガラはもっと大きいのかと思っていたけど、意外に小さかった。しかし、あの水の流量には圧倒された。
ナイアガラの滝は「高さ」では世界一ではない。日本の那智の滝より低い。圧倒されるのは水量だ。ナイアガラは世界最大級の水量を誇る滝だそうだ。
ナイアガラの周辺を歩いてみた。
アメリカに入った途端、やっぱり道を聞いてくる。Over there とか適当に答えた。
その夜は『地球の歩き方』に書いてあった民泊みたいなところに泊まった。おばさんが一人で運営していた。
電球が切れたから替えてちょうだい。この間、替えたばかりなのに、とかブツブツ文句を言っている。それだけではない、ドアの調子が悪いから見てくれとか、私が宿泊客であるのを完全に無視していた。
帰省した息子のように扱っていた。まるで実家に帰ったみたいだった。アメリカに行ったら、ぜひともこういう民泊みたいなところに宿泊することをおすすめします。楽しいですよ。
翌日、どこかで休憩していた時に、痛恨のミスをした。なんとそこにカメラを置き忘れてしまったのだ。
しばらくして気づいて探したけど、もちろんない。本当に痛恨のミスである。カメラなんかどうでもいいから、フィルムだけでも返してくれと思った。
このアメリカの旅の写真は十数枚しかない。本当にバカですね。
松田聖子の歌に、心のフォトグラフみたいな曲がある。これから先のエッセイは、心のフォトグラフです。
次回はシカゴから始めよう。アンタッチャブルの階段、アメリカ最強の男 チャック・ノリス。
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