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英語50年史|第16話 バンフ ーーチャンスは向こうからやってくる。

バンフへの道 ―― カナダ女子と30分


まるでアメリカのラブコメ映画の出会いのシーンのようだった。

バンフへ向かう途中、バスの乗り継ぎがあった。9月半ばだというのに雪がちらついていた。私はジーンズにTシャツ、その上に革ジャン。

まさか雪が降るとは思っていなかった。さすがカナディアン・ロッキーだ。かなり寒かったが、30分くらいの待ち時間だから我慢しようと思った。

隣には女子大生らしき女の子がいた。彼女もバスを待っているようだった。

突然、彼女はバックパックを下ろした。そして中から何かを取り出しはじめた。ダウンジャケットでも出すのだろうと思った。

出てきたのは、寝袋だった。

え?マジか。

彼女は躊躇する様子もなく、寝袋を広げて、その中に潜り込んで地面に寝転んだ。

負けず嫌いの私は、すかさず自分のバックパックから寝袋を出した。そして彼女の真似をして地面に寝転がった。今から思えば、そんなことで張り合ってどうするのかという話なんだけど。

冷静に考えれば、かなりシュールな光景だ。カナダのバス停で、雪が降る中、若い男女が寝袋に入って路面に横たわっている。

しばらくして、彼女がぷっと吹き出した。

「ねえ、ここで待っていたら寒いから、向かいのカフェでコーヒーでも飲みながらバスを待たない?」

なんという幸運。二人でカフェに入った。

店内はいかにもカナダのカフェらしく、ウッディで落ち着いた雰囲気だった。暖かかった。テレビではソウルオリンピックの女子バレーが映っていた。

私は心臓がバクバクしていた。女の子から誘われるなんて、こんなチャンスは滅多にない。しかもカナダ女子だ。絶対に会話を絶やさないようにと決意した。

この旅で北米に来るまで、私はほとんど英語を話したことがなかった。アメリカに着いてから多少は話した。しかしそれは必要に迫られた受け答えだけだ。店やホテル、バスの乗り換え。そういうものだった。ネイティブと二人きりで、打ち解けた会話なんか本当に初めてだった。

とにかく自己紹介をした。中2英語全開だ。

I'm from Japan. I'm a college student. I'm traveling around Canada and the US. I'm going to Banff. I saw Banff in a Japanese TV drama, and I've wanted to see it with my own eyes.

テレビのバレーボールの話もした。もう何を話したのか覚えていないけど、とにかく頑張った。

彼女はカナダの大学生で、夏休みで実家に帰っていて、これから大学に戻る途中だと言っていた。彼女も会話を楽しんでくれているようだった。

とにかく必死だった。英語が正しいとか、うまいとか、そんなことを言っている場合ではなかった。

30分、会話は途切れなかった。伝えたい一心で、言葉が出てきた。

後から知ったのだが、心理学にミラーリング効果というものがあるらしい。相手の行動を真似ると、心理的な距離が縮まるというやつだ。寝袋で張り合ったのが功を奏したのかもしれない。彼女は最初から親しげだった。 

チャンスは向こうからやってくる。何があっても逃げるな。



バンフ・レイクルイーズ ―― テレビと同じ景色だった

レイク・ルイーズに着いた。

バスを降りた瞬間、空気が違った。清々しいというか、冷たいというか。早くも山には雪が積もっていた。それまで見てきた景色の中で、一番美しいかもしれない。現実に自分がここに立っているのが信じられなかった。

テレビで見た通りの景色だった。

舞台の一つになっていたシャトー・レイク・ルイーズにも行ってみた。私みたいなのが入っていいのか一瞬ビビったが、とにかく中が見たかった。

恐ろしくゴージャスな内装だった。ロビーでは女性奏者がハープを演奏していた。Killing me softly with his song.

そのハープ奏者のところに行って、"You're killing me softly with your harp." とでも言ってやろうかと思った。

やめた。勇気がなかった。

こんなホテルに一回泊まってみたいと思ったが、もちろん金がない。

宿泊はバンフのYWCAだ。


チェックインした。ロビーにすごく綺麗な若い女性がいた。部屋に荷物を置いて、コーヒーを買いにロビーに戻った。彼女はまだそこにいた。

目が合った。

その瞬間、彼女は私の方にダッシュしてくる。
「今夜ダンスパーティーがあるんだけど、一緒に行かない?」

私はフリーズした。

え?嘘やろ?なんで俺?いや、おかしいやろこれって。からかわれているんか?

マイクロセカンドの間に、頭の中でそんな考えが交錯した。

結局、絞り出した言葉はこれだった。

"Sorry, I can't dance."

彼女は "OK, thank you." とか言って、走り去っていった。

我ながら情けなかった。

チャンスは向こうからやってくるんだけど、ビビって逃げてしまった。



ライスカレー ―― 40年越しの再会

私がバンフに来た理由は、一本のテレビドラマだった。

1986年放送の「ライスカレー」主人公の青年2人がカナダでピンチになったり、苦労したり、出会いがあったりする。とにかく景色が美しかった。それまでカナダにはそれほど興味はなかった。でもあのカナディアン・ロッキーを見た瞬間、もうどうしても行きたくて仕方がなかった。

私がカナダを旅したのは1988年。ドラマの2年後だ。

この記事を書くために、40年ぶりにそのドラマを見てみた。私の記憶の通りのカナダがそこにあった。登場する青年たちも、ほぼ私と同じ年代の設定だった。懐かしくて、なんとも言えない気持ちになった。

同じ年代の方なら、覚えている方もいらっしゃるかもしれない。機会があればぜひ見てほしいと思っている。

そして実はこの旅の2年後、現実にバンクーバーで働くということが実現しかけた。

そのことは、いずれ書こうと思っている。

あなたにも、チャンスが来た瞬間に「逃げてしまった」経験はありますか?


次回は、モントリオール、トロント。

◀ 前の話:[英語50年史|第15話 バンクーバー ーースタントマンになった]
▶ 最初から読む:[英語50年史|第1話 1988年、LAX──俺の英語はここから始まった]

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