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英語50年史|第20話 フランス人との出会い ―― 中2英語は世界共通語

サンフランシスコ、シカゴ、ニューヨーク。映画の聖地を巡る旅を続けてきた。ニューヨークはいろいろありすぎて、全部見ることなんてとてもできない。でも、また今度来ればいい。次は南部へ向かおうと思った。

本当に気ままな旅だ。その日の気分で行き先を決める。最高の贅沢だと思った。日本でもバイクであちこちを走り回っていたけど、今回はスケールが違う。しかも、映画や本やテレビでしか知らなかった世界ばかりだ。それが今、目の前にある。


南部といっても広い。その中で私のイメージに強く残っているのは、ジャズの発祥の地、ニューオーリンズだった。一度は行ってみたかった。ニューオーリンズへ向かうことにした。

タイムズスクエアの一ブロック西、8番街にポートオソリティという大きなバスターミナルがある。外から見るとデパートみたいな建物だ。ところが中に入ると全然違う。地上4階か5階まで全部バスの駐車場で、上の階にずらりとバスが停まっている。乗り場ごとにゲートがあって、そこに向かう人の列が延々と続いている。空港のターミナルビルそのものだ。

蛍光灯の薄暗い明かり。人いきれ。世界中から集まってきた旅人たちが、思い思いに荷物を抱えて列に並んでいる。2時間や3時間待ちは普通だ。ところが不思議なことに、あの言うことをきかなさそうなアメリカ人たちが、みんなおとなしく並んでいる。割り込みをする人間が一人もいない。

そして、気軽に話しかけてくる。隣で並んでいた黒人の兄ちゃんが、自分のスーツケースを指差してこう言った。

"Keep an eye on it."

トイレに行くから荷物を見ておいてくれ、ということだ。なるほど、そういう時はこう言うのかと覚えた。旅の英語はこうやって身についていく。

旅も2か月近くになると、さすがに慣れてくる。2時間待ちぐらいでは、まあそんなもんかという気持ちになっていた。日本にいた頃は並ぶのが大嫌いだったのに、自分でも驚いた。

バスを待っていると、後ろから声をかけてくる。振り返ると若い大学生風の男だった。

最初、何を言っているのかよくわからなかった。英語なんだけど、英語に聞こえない。しばらくして気がついた。hを発音していないのだ。"Hello" が "Ello" になる。"How" が "Ow" になる。フランス語ではhを発音しないと知っていたから、なんとか理解できた。フランス人だった。

お互い英語ネイティブではない。旅人同士だとわかれば、話しかけるのは自然なことだ。どこへ行くんだと聞いた。すると彼は "ミアミ" と言う。マイアミのことだ。一昨日 "チカゴ" に着いたばかりだとも言う。シカゴのことだ。なるほど、フランス人はこう発音するのかと思った。

どこから来たのかと聞いた。フランスのパリだと言う。大学生で、マイアミに知り合いがいて、これから会いに行くところだと言う。私も自己紹介した。日本の大学生で、京都から来た。2か月ほどアメリカを旅していて、今からニューオーリンズに向かうところだと言った。

途中まで同じ方向だとわかって、一緒に行こうということになった。

後から思えば、彼が私に話しかけてきたのには理由があったのかもしれない。並んでいる間、彼は私が他のアメリカ人と話しているのをそばで聞いていたのだろう。私がネイティブではないとわかった。英語が苦手な自分でも話しかけやすそうだと思ったのではないか。

ノンネイティブ同士が話すと、お互いに楽なのだ。これは話してみてすぐにわかった。相手が難しい言葉を使わない。ゆっくり話してくれる。わからなければ言い直してくれる。ネイティブと話す時の緊張感がない。

彼は英語に全然自信がないと言う。英語で話すのが怖いとまで言う。それでも私には、めちゃくちゃ話しかけてくる。確かに発音はわかりにくい。でも笑えない。私がネイティブと話している時、向こうはきっと私のことをこんなふうに思っているんだろう。

私としても、2時間も待っている間、退屈でしょうがなかった。話し相手ができてよかった。

しかも私の方が少し英語ができる。アメリカに来て2か月、グレイハウンドの旅の要領もだいぶわかってきた。彼に対して、ちょっと偉そうにいろいろアドバイスをした。休憩の時間はこれくらいだとか、荷物はこうしておいた方がいいとか。先輩旅人気分だった。

バスに乗り込んだ。結構混んでいて、席は少し離れた場所になった。でもそれはそれでよかった。ずっと隣に座って話し続けるのも、お互い疲れる。なにしろニューヨークからニューオーリンズまで2日か3日かかる。ずっと一緒では窮屈だ。休憩の時に会って話す、それくらいがちょうどいい。休憩時間にはサンドイッチを食べながら話をした。

バスがニューヨークを出発した。しばらくは高速道路をひたすら走る。窓の外にはビルが見えるだけだ。

フィラデルフィア。ボルチモア。ワシントンD.C.。リッチモンド。

東海岸の大都市を次々と通り抜けていく。最初の3、4時間はそんな感じだった。

そして急に、窓の外が緑になった。

これがアメリカだと思った。日本だと都市から郊外へ、だんだんと田舎になっていく。アメリカは違う。急に田舎になる。逆もそうで、田舎を走っていると思ったら、急に大都会が現れる。大平原の真ん中に、島のように都市がポツンとある。ニューヨークもフィラデルフィアも、遠くから見ればそういう街だ。巨大な都会が、広大な緑の中に浮かんでいる。

シャーロット。アトランタ。バーミンガム。モンゴメリー。モービル。

バスは南へ南へと下っていく。どれも聞いたことがある地名だ。運転手が次の停車地を案内してくれる。そしてその案内が、南へ下るにつれてだんだんと南部訛りになっていく。最高だった。

そんな感じでだんだんと南部に向かっているんだなという気がしてきた。休憩時間にはフランス人とまた話をする。

途中の停車地でバスを降りる。それだけだ。シャーロット、アトランタ、バーミンガム。有名な街の名前なのに、バスステーションから出ることもなく通り過ぎていく。

でも、それだけでも十分だった。バスを降りた瞬間に感じる空気。乾いているのか、湿っているのか。暑いのか、涼しいのか。ああ、ここがアトランタか、と思う。それだけで、その土地を感じた気になった。

せっかくアメリカまで来たのだから、もっと回りたいという気持ちもある。でも正直、そんな気力はなかった。長時間バスに乗り続けていると、体も心もしんどくなってくる。バスの座席から解放されて、外の空気を吸うだけで十分リフレッシュされた。それ以上は求めなかった。

中継地のバスステーションには、トイレと自動販売機しかない。その自動販売機がまたしょぼい。電子式ではなく、完全に機械式だ。お金を入れてレバーをガチャンとやる、あの方式だ。アメリカの自動販売機はだいたいこのしょぼいやつなんだけど、このバス停のやつはさらにしょぼいという感じだった。中身もしょぼい。サンドイッチもあるんだけど、パサパサのパンにハムが一枚挟まっているだけ。まずいし、腹も膨れない。でも他に食べるものがないので、我慢して食べる。

時々、大きな停車場になるとダイナーがある。そこでは割とまともなものが食べられる。ちゃんとしたサンドイッチを頼んで、コーヒーを飲む。それがバスの旅の唯一の楽しみになってきた。フランス人とも飯のまずさについていろいろ語り合った。お互い同じ気持ちだったようだ。

そんな休憩のたびに顔を合わせて話しているうちに、いつの間にか昔からの友達のような感覚になっていた。出会ってまだ一日くらいなのに、不思議なものだ。

彼は、薬を飲みたいから水が欲しい、どうやって頼んだらいいかわからないと言う。

でも、君、今それ英語で言ってるじゃないか、と思った。実際そう言ってみた。すると彼は、それはわかってると言う。状況を説明すれば通じる。でも、それじゃ回りくどい。一発で頼める言い方を知りたいんだと言う。

なるほど、確かにそうだ。状況をくどくど説明するのと、"Can I have some water?" の一言とでは全然違う。彼が求めていたのは、英語そのものではなく、使える英語だった。

私は彼に教えてあげた。"Can I have some water?" これだけでいい。彼は何度か練習する。でも "have" の h が出てこない。"Can I 'ave some water?" になっている。心の中で思わず笑ってしまった。フランス人のh問題は、どこまでいってもついてまわるらしい。

楽しかった。なんといっても、お互いネイティブではないので英語がわかりやすい。しかも私の方が少し英語ができるので、かなり楽しい会話ができた。

モントリオールの話もした。この旅でモントリオールに行ってきたばかりだった。モントリオールではフランス語が話されている。それを彼に話した。モントリオールのフランス語って知ってるか、と聞いてみた。

知っていると言う。カナダのフランス語は古いフランス語だと言う。使われている語彙が古い。いくつか具体的な単語を例に挙げて説明してくれた。でもフランス語だからよくわからない。残念ながら忘れてしまった。

なるほど、植民地には旧宗主国の昔の言葉が残っているという、ガラパゴスみたいなものだなと思った。

彼はさらに、イタリア人が話していることはだいたいわかると言う。もちろんイタリア語で話すことはできないけど、理解はできると言う。同じラテン系の言語だから似ているんだろう。言語の話で、どんどん盛り上がっていった。

私は自分が知っている限りのフランス語を言ったりして、彼に意味が通じるかをいろいろ試してみた。

"Je ne sais pas pourquoi" ――これは、当時流行っていたカイリー・ミノーグの曲名だ。英語で言えば、"I don't know why"

発音が上手いと言ってもらえた。自信があったので嬉しかった。

どのくらいうまいかというと、この記事を書くために綴りを確かめようと思って、"Je ne sais pas pourquoi" とGoogle検索で発音してみた。一発で出た。我ながらすごい。発音の天才かもしれない。30年以上ぶりに発音したのに、一発で出た。

ちなみに、ジュヌ・セパ・プフ・クワと発音する。

大学の第二外国語のフランス語も、発音はかなり頑張って練習していた。文法のあの美人の先生も、発音のことをかなり詳しく教えてくれた。だからあの先生が好きだったのだ。やっぱり、語学は音だ。

とにかく私は言語の音が好きだ。何語であっても、その国の発音はすごく楽しい。

さて、フランス人との会話に戻ろう。

お互い拙い英語なんだけど、言っていることが全部わかるし、相手にも全部伝わる。これは本当に大きな発見だった。

ノンネイティブ同士が英語で話すなんて、それまで経験がなかった。英語で話すこと自体、このアメリカの旅までなかったんだけど。だからこんなにも通じるのかと、自分でも驚いた。感情の細かいところまで伝わってくる。まるで日本語で話しているみたいだった。彼にとってはフランス語で話しているような感覚だったかもしれない。しかも出会ったばかりの相手だ。昔からの友達ならわかる、というものでもない。

英語ができると得をする、とかそういう話じゃない。外国の人と英語で話して、お互いの気持ちがわかる。それが純粋に楽しいのだ。この楽しさを、まだ経験したことがない人にぜひ伝えたい。

中2英語でも意思疎通はできる。意思疎通できるどころじゃない。最強だと思った。

ここで誤解のないように言っておきたい。中2英語をバカにしているわけではない。むしろ逆だ。これについては長くなるので、また別の記事で書くことにする。

数年後、アラスカでニュージーランド人とキャンプをすることになるんだけど、その時もやっぱり中二英語で完全に意思疎通ができた。

でもやっぱりネイティブ相手だと、こっちが劣勢になる。どうしてもしんどい。英語はノンネイティブ同士で使うのが一番楽しい。


グレイハウンドは長距離バスなので、運転手がどんどん交代していく。南部に行くにつれて、運転手がだんだん南部訛りになってくる。これが良かった。

大好きだ、あの訛り。母音を長く伸ばしてゆったりと発音するあの喋り方、めちゃくちゃいい。あの訛りのせいで、英語の響きに深みが出る。音楽みたいだ。取り憑かれると言ってもいい。

運転手は、こう言う。

"Thank you for riding Greyhound."

それが南部訛りになると、

「サアーンキュ・フォ・ラアーイディン・グレイヘアウーーン」

になる。もうこれめちゃくちゃ楽しいし大好きだ。

練習しまくった。鼻をつまんでちょっと甲高い声で話すと結構うまくいくとわかった。でもこれはあくまでモノマネの裏技だ。本物の南部訛りを、自分の声で出してみたい。今後の目標の一つだ。南部訛りの映画を探して、なりきり音読をしよう。


ニューオーリンズに着いた。

空が青い。抜けるような青空だ。街が明るくて、賑やかで、華やかだ。ニューヨークの雑然とした空気とは全然違う。南部の街に来たんだなという感じがした。

フランス人と一緒に街を歩いた。私は『地球の歩き方』を持っている。彼はフランス版の同じようなガイドブックを持っている。お互いそれを広げて、ここに行こう、あそこに行こうと話し合った。

私の『地球の歩き方』に、ミシシッピ川を渡る無料のフェリーが載っていた。彼に教えると、彼は自分のガイドブックを探す。載っていない。それは乗らなければ、ということになって、2人でフェリーに乗った。

そこで初めてミシシッピ川の全貌を見た。湖かと思った。対岸が見えない。こんなに幅のある川を見たことがなかった。


本当に楽しい一日だった。この旅はずっと一人だった。誰かと一緒にワイワイ言いながら観光するなんて、初めてだった。旅は道連れとはよく言ったものだ。

フェリーで対岸に渡ったところで、私たちはお互いの目的地へ向かって別れた。ちょっと寂しかったけど、こんな風に気軽に別れるのも旅の醍醐味というものだと思った。お互い連絡先も聞かなかったけど、それもさっぱりとしていいんじゃないかと思った。

でも今にして思えば、連絡先を聞いておけばよかった。例えばパリに行った時なんか、頼りにできたんじゃないかと思う。

行ったことはないけどね、結局は。

次回は大陸横断 ―― 矢沢永吉とビッグママ

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