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英語50年史|第19話 ニューヨーク ―― デ・ニーロの街へ

ニューヨークはデ・ニーロだった

ニューヨークに行く理由は、最初から決まっていた。

ロバート・デ・ニーロだ。

ニューヨークという言葉を聞くと、頭の中に自動的に流れてくるものがある。

"Thank God for the rain, which has helped wash away the garbage and the trash off the sidewalks."

映画で聞いたあのデ・ニーロの声が、あの音のまま頭の中に焼き付いている。ニューヨークと聞けば、勝手に再生される。何年経っても。


『タクシードライバー』。トラヴィス・ビックルという男が、夜のニューヨークをタクシーで走り続ける。腐りきった街を憎みながら、それでも走り続ける。冒頭、タクシーのヘッドライトが霧の中から浮かび上がってくるあの映像が、頭に焼き付いて離れない。

あの映画のニューヨークは、街というより生き物だった。汚くて、危なくて、眠らない。


『ゴッドファーザー PART II』。ヴィトー・コルレオーネの若い頃をデ・ニーロが演じた。リトル・イタリー、移民たちが肩を寄せ合って生きていた街。デ・ニーロがしゃべりまくっている。ただし、全部イタリア語だ。英語のセリフが一言もないのに、アカデミー助演男優賞を取った。

デ・ニーロが演じているのは前半部分だけなんだけど、もうそこだけでいい。映画史上に残る最高の映画の一つだと思う。主演のアルパチーノは完全に食われていたと思う。


『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』。禁酒法時代のニューヨーク、ユダヤ系ギャングたちの半生を描いた大作だ。エンニオ・モリコーネの音楽が、見終わった後もずっと頭の中に残る。

実は、この映画のヌードルスの少年時代の部分が、本編のデ・ニーロよりよくできていると思う。特にマックスとヌードルスが初めて出会うシーンだ。

この3本のニューヨークが、私の中に刷り込まれていた。


1988年、私はニューヨークへ行った。

正直、ビビっていた。70年代のニューヨークのイメージがあったからだ。犯罪、麻薬、売春。トラヴィスが憎んでいたあの街そのものだ。

でも80年代に入って、ニューヨークの治安はだいぶ改善されたという話を聞いていた。実際に行ってみると、昼間の街は思っていたより普通だった。ビジネスマンが歩いている。道が汚いわけでもない。映画で見たような怪しい人影はほとんどいない。あの映画から10年で、ニューヨークはずいぶん綺麗になっていた。

ただ、完全に別の街になったわけじゃなかった。よく見ると、映画の名残があちこちにある。


タイムズスクエア ―― トラヴィスを探して

目的はもちろん『タクシードライバー』である。タイムズスクエア周辺で、映画の中でトラヴィスがよく行っていたポルノ映画館を探してみた。歩道に出ると、ポルノ映画館の看板だらけだ。これはすぐ見つかると思った。

ところが、映画の中に出てきたポルノ映画館とは全然違う。映画の中のそれは、普通の綺麗な劇場だった。まあ、映画なんで普通の映画館をポルノ映画館にしていたんだろうと思う。実際のタイムズスクエアに並んでいるのは、もっとみすぼらしい、いかにもな店ばかりだった。

そんなことをしていたら、タイムズスクエア周辺で怪しいドアがあった。面白そうだから開けて入ってみた。すると地下に降りていく。降りるとそこはコンクリートの壁に囲まれた四角い部屋だった。人が何人かいて、壁の穴を覗いている。その穴の向こうで全裸の女性が踊っていた。

え、これは覗き小屋かと思って見ていたら、急に私の目の前に女性の顔がグッとくる。ちょっとビクッとした。すると彼女は "Tipping, tipping." と言う。私は一瞬、何のことかわからなかった。すると彼女は "Money." と言って、指でお金のサインをする。あ、チップのことか。英語ではチップのことを tipping というのかとわかった。1ドル札を渡すと、また踊り出す。英語の勉強にもなったというオチです。

正直に言っておく。興奮したとか、そういう感覚は全くなかった。最初は本当に訳がわからなかった。ここにいて大丈夫なのか、怒られないのか、それだけが気になっていた。興奮どころではない。ただただ好奇心だった。

入場料はたしかクォーターか50セントぐらいだったと思う。踊り子はチップで稼いでいるのだろう。私は1ドルしか渡していないが、文句は言わなかった。それが相場なのかもしれない。1ドルのチップのために、彼女たちは何時間踊り続けるのか。一体いくら稼げるんだろう。大変な仕事だなと思った。

それにしても、アンダーグラウンドとはよく言ったものだ。本当に地下だった。


Aトレイン ―― ずっと乗りたかった

地下鉄にも乗ってみた。ジャズの名曲 "Take the A Train" に乗ってみたかった。あの曲が好きで、ずっと聴いてきた。

Aトレインとはニューヨーク地下鉄のA系統のことだと知った時から、いつか絶対乗ってやろうと思っていた。ニューヨークに来た理由の一つがこれだった。

1988年当時、ニューヨークの治安は『タクシードライバー』の1970年代よりは遥かにましになっていると実感できた。でもやっぱり地下鉄はちょっと怖かったので、挑戦という感じだった。『地球の歩き方』にも、電車を待つ時はできるだけ駅員から見えるところに立って待った方がいいと書いてあったので、その通りにしてみた。

電車が到着すると、確かに落書きとかはある。でも映画で見たほどではなくて、割と綺麗だなと思った。車内もかなり清潔で、だいぶ治安がいいなと思った。車両には拳銃を持った制服警官が乗っていた。やっぱり警官がいると安心できる。ということは、逆に警官が乗らなければならないほど、やはり治安はそこそこ悪いんだなとも思った。

Aトレインの目的はハーレムではなかった。リトル・イタリーに行きたかった。『ゴッドファーザー PART II』のあの街である。もちろん映画のロケ地そのものではないとはわかっている。映画のロケはセットだと知っていたから。でも雰囲気はそのままだった。100年も前の街がそのまま残っているって面白かった。世界一の都市ニューヨークなのに、100年前の景色がそのまま残っている。不思議な街だった。

街角で、こめかみに指を当ててみた。しゃがれた声で、字幕で覚えたセリフをなんとなくデ・ニーロ風に呟いてみた。「あたしの名はヴィトー・コルレオーネ」。イタリア語なんかわからないから、日本語の字幕をそのままデ・ニーロ風に言っているだけだ。傍から見たら完全にバカである。でも、ちょっとでもあの雰囲気を味わいたかった。


ニューヨークの街角

ニューヨークの南の方では、自動車は信号待ちの時に、雨も降っていないのにワイパーを動かしているという話だ。交差点で子供たちが駆け寄ってきて、窓ガラスを雑巾で拭いてチップを要求するらしい。運転手はそれが嫌なので、信号待ちでワイパーを動かして窓拭きができないようにする。実際にその通りだった。これも実際に見られて嬉しかった。

何かのパレードもやっていた。バグパイプの行進だ。警察官たちが行進している。上半身は普通の警察の制服だ。ホルスターをつけて、拳銃まで差している。ところが下半身が緑のキルトスカート。

映画『バックドラフト』の葬列のシーンとそっくりだった。あちらはシカゴで消防士だが、ニューヨークで見たのは警察官だ。でも雰囲気はほとんど同じだった。

本で読んだことがあった。警察、消防、軍隊など、命の危険を伴うきつい仕事にはアイルランド系移民が多い。アメリカの歴史の中で、そういう役割を担ってきた人たちがいた。それをこの目で見た時、ちょっと感銘を受けた。知識として知っていることと、実際に目の前で見ることは、やっぱり違う。


タバコ

今でこそアメリカは禁煙がうるさい国になったが、1988年当時は全然違った。成人ならほとんどの人がタバコを吸っていた。男も女も。歩道はタバコの吸い殻だらけだった。もちろん私も吸っていた。

ただ、それが困ったことにもなった。アメリカを歩いていると、あちこちでタバコをたかられる。"Smoke?" とか "Cigarette?" とか言いながら近寄ってくる。だから人前ではなるべく吸わないようにしていた。

慣れてくると言い訳も覚えてくる。いつもは「I don't smoke. 吸わない」とか「This is the last one. 最後の一本だ」とか言って断っていた。だいぶ板についてきた頃だった。


エディ・マーフィー

タバコを吸おうとして、新しいパックの封を切ろうとした時だった。エディ・マーフィーみたいな感じの黒人の兄ちゃんがこっちにやってくる。封を切るところを見られてしまった。今回ばかりは言い訳が通用しない。

面倒くさいので一本渡そうとしたら、彼は "Wait, wait, wait." と言う。

新品のタバコの一本目を自分がもらうわけにはいかない。一本目は君が吸ってくれ、俺は二本目をもらう。そしてニューヨークで行きたいところがあれば俺に言え、案内する、と言う。それから彼はとにかく早口で、まくし立てていろいろ話をするのだ。どこかで止めようと思うんだけど、なんかすごく楽しそうに話しているので、適当に相槌を打っていた。"Yeah" という感じで、適当に言っていた。すると一瞬話を止めて、「何?」という顔をする。私はあわてて "No" という。するとまた楽しそうに話し出す。なんだこれ、漫才か?

たかりにきているのに、一本目はもらえないという謎の筋の通し方。ずうずうしいのか礼儀正しいのか、よくわからない。でもなんか憎めない。今思い出しても笑けてくる。

彼の口調なんだけど、英語ではyouの一言だ。でも日本語にするとなると、「君」なのか「お前」なのか「あんた」なのか、いくつも選択肢がある。この兄ちゃんのトーンは、威圧でも馴れ馴れしさでもない。最初から友達みたいな感じ。だから「君」なのだ。こっちが構える間もなく、もう友達になっている。ニューヨークの人間てこういう感じなのかと思った。

面白いやつだった。本当にエディ・マーフィーみたいだった。しかもすんごい早口。


エディ・マーフィーが2人いた

腹が減ったので、近くにあったサンドイッチ屋に入った。するとここにもエディ・マーフィー part 2 みたいな黒人の兄ちゃんがいた。自分はもうこの仕事の上がりの時間だから帰るんだけど、好きなものを頼んでくれと言う。〇〇ドルでいいという。明らかにカウンターに書いてある値札よりも安かった。そしてサンドイッチにハムを山盛り挟んでくれる。こんなサンドイッチ、見たことがない。ハムがパンからはみ出るどころか、山になっている。笑ってしまった。金を渡したら、兄ちゃんはその金を自分のポケットに入れて、ウインクしてくる。つまりもう仕事上がりなので、レジには入れずに自分の小遣いにしたというわけです。どうせオーナーの食材だから、気前よくハムを山盛りにしてくれたんだろう。

さすがアメリカ。やっぱりすごく早口だったけど、状況から内容は理解できた。


夜のタイムズスクエア

その夜はタイムズスクエア近くのYMCAに泊まった。するとここでもトロントと同じように、日本人が一人で泊まっていて寂しそうだから話し相手になってあげて、同じ部屋にすると言ってくる。

部屋にいたのは日系ブラジル人だった。日本語は普通に話せる人で、感じのいい人だったので、いろいろ話をしたり、ブラジルのことを聞いたりした。

ちょうどよかった。『タクシードライバー』のように夜のタイムズスクエアを歩いてみたかった。でもさすがに、治安が良くなったとはいえ、夜ひとりで歩くのは怖かった。その人を誘って、飯でも食いに行こうと言って外に出た。

夜のタイムズスクエアは、昼間とは別の街だった。ネオンが光っている。人が蠢いている。怪しい人影もある。頭の中であのモノローグが流れてくる。

"All the animals come out at night — whores, skunk pussies, buggers, queens, fairies, dopers, junkies, sick, venal."

これだ。この街だ。トラヴィスが憎んでいたのはこの街だった。昼間は普通のビジネスマンが歩いていたあの街が、夜になるとこうなる。映画の世界が目の前にあった。夜のタイムズスクエアを満喫できた。


ニューヨークステーキ

ステーキ屋を探した。どういうことかというと、カワサキのZ1というバイクの大ファンだった。そのZ1の社内開発コードネームがニューヨークステーキだった。だからニューヨークに行けばニューヨークステーキがあるのかと思って探してみた。結局なかったので普通のステーキを食べたんだけど。

まあ後で調べたら、ニューヨークステーキと書いているところはあまりないらしい。単にStripとだけ書いているらしい。誰か現地の人に聞いたら、それはトップサーロインのことだと教えてくれたので、その後はステーキ屋に行ってトップサーロインを頼んでいた。でもこれも後で調べると、実は違うらしい。ま、いいか。


知らぬが仏

翌日、バスを待っている時に、隣にいたばあさんが、感じ悪い人なんだけど、私に向かって早口でブツブツ何か言ってくる。何を言っているのかわからないので、対応のしようがなかった。しばらくするとそのばあさんは去っていった。するとその隣にいた上品そうなアメリカのご婦人が、私に向かって謝り出す。「ごめんなさい、気を悪くしたら許してください、でもアメリカ人がみんなあんな人ばかりだなんて思わないでほしい、では良い旅をしてね」、というようなことを言って去っていった。

もしかしたら、あのばあさんは、相当ひどいことを言っていたのかもしれない。まあ、これはニューヨークの早口英語がわからなかったおかげでという話だ。知らぬが仏である。

まあ、それでいいわけはないんだけどね。やっぱり初めてのアメリカで、しかもネイティブの生のスピードで、あのニューヨークの言葉だ、本当にわからない。今ならわかるかといえば、やっぱりあのばあさんの言っていたことはわからないんだろうけど。


それでも、ニューヨーク

結局、ニューヨークには3日ぐらいいたと思う。あちこち行った。やっぱり一番行きたかった街だからね。でも今となってはほとんど覚えていない。覚えているのは、映画に関係ありそうなところばかり。

もちろん、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』のヌードルスたちがいた、ユダヤ系移民の街角も探した。あのアパートを探したんだけど、今と違ってスマホも何もない。インターネットもない。調べられない。なんとなく港の方かなと思って港の方を歩いたりもしたんだけど、結局わからなかった。


セントラルパーク

せっかく来たんだから他にも有名なところに行ってみた。Central Parkだ。映画やテレビで見るセントラルパークは、広くて緑が美しい公園のイメージだった。実際に行ってみると、確かに大きいのはわかる。ただ、中に入る気になれなかった。ホームレスの小便のアンモニア臭がひどくて、入口付近で引き返した。だから実際の大きさも、緑の美しさも、よくわからないままだ。でもある意味、これが初めての生のニューヨークとの出会いだったかもしれない。映画の中のニューヨークではなく、本物のニューヨークだ。


エンパイアステートビル

あと覚えているのは、Empire State Buildingだ。もちろんてっぺんに行ってみた。これこそおのぼりさんっていうやつですね。英語で言えば、Literally! これが難しくて、いまだにうまく発音できない。

行ってみると、なんか古臭いビルで、エレベーターなんか骨董品かと思った。てっぺんの展望台に上がってみても、特に感動したという印象はなかった。今にして思えば、せっかく見晴らしがいいのだから、映画に出てきた場所を探してみればよかったんだけど、その時はそんなことは思っていなかった。

例えば、『ゴッドファーザー PART II』の冒頭に出てくるエリス島だ。移民たちが最初にアメリカの洗礼を受けた場所。あの展望台からなら見えたかもしれない。どんな気持ちだったんでしょうね、あそこに降り立った移民たちは。

この何年か後に、トム・ハンクスとメグ・ライアンの『めぐり逢えたら』という映画を見た。昔の映画のリメイクで、最後のシーンがエンパイアステートビルの展望台だ。その場面を見た時、あの時のことを思い出して、ちょっと感慨に浸った。行った時は何も感じなかったのに、映画を通して後からじわじわくる。これもニューヨークとの不思議な縁だと思う。


ワールドトレードセンター

ビルといえばワールドトレードセンタービルだ。この周りはビジネス街で、デリというものがあるらしい。デリカテッセンが長いので地元の人はデリと省略して言っているらしい。サンドイッチとか軽食を提供するところだ。近くのデリに入って、サンドイッチを買った。ビルの足元に腰かけて食べた。美味しかった。ちょっとニューヨーカーになった気分に浸った。

警官がホンダの125ccのスクーターに乗っていた。笑ってしまった。ニューヨークのいかつい警官なのに。今では日本でも警官がスクーターに乗っているんだけど、さすがアメリカは何十年も先を行っていた。

911のあの日、テレビであのビルが崩れ落ちるところを見て、本当にショックを受けた。あの足元でサンドイッチを食べていた自分を思い出した。まさか、あのビルが消えてしまうなんて。


心のフォトグラフ

ナイアガラでカメラをなくして、写真がない。本当に細かいところを思い出せない。なぜあの時カメラを買わなかったんだろう?

カメラぐらい安いものなら買えたと思うんだけど、ナイアガラでカメラをなくして、もういいかと、これからは心のフォトグラフだと開き直っていたのかもしれない。

まあ、おかげで記憶に残っているところは本当に鮮明で、まるでつい昨日のことのように思い出せるんだけど、忘れているところは本当に忘れてる。

もしかしたら、心理学なのか医学なのか知らないけど、記憶を掘り起こす方法というのができるかもしれない。AIをはじめ科学技術が今ものすごい勢いで進歩しているから、そのうちヘルメットみたいなものをかぶったら、脳波を計測して、忘れていたはずの記憶が全部鮮明に蘇る、なんてことになるかもしれない。その時には、1988年のニューヨークをもう一度歩いてみたい。でも、あのアンモニア臭いセントラルパークだけは勘弁してほしいものだが。

次回は、フランス人との出会い。

◀ 前の話:[英語50年史|第18話 シカゴ ―― 映画の聖地、人間ワザじゃない]
▶ アメリカ編を最初から読む:[英語50年史|第11話 円高に乗って、初めて日本を出た]


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