九界十年色地獄①~江戸の女郎の地獄の生活を描くマンガ絵本
九界は、仏の世界を除く、地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上、声聞、縁覚、菩薩までの、地獄から菩薩までの全世界を指すが、読み方を変えて九界とすれば、それは苦界、つまり地獄のような遊女の生活をいう。遊女の奉公は、最長で十年なので、年季の明けるまでを苦界十年といった。
黄表紙「九界十年色地獄」は、山東京伝(1761~1816)作、鳥居清長(1752~1815)画、寛政三年1791年、鶴屋喜右衛門版の三巻三冊。
サブタイトルにあたる角書は、「狂伝和尚/廓中法語」とあり、自序には「九界」が「九替」とあり、十年で年季明けであることを意味している。
その現代語訳を三回に分けて紹介する。
訳は、かなりの意訳であり、黄表紙入門のつもりで紹介しているので、本当の作品内容は、ちゃんとした本を参考にしてほしい。
上巻
序
狂伝和尚
廓中法語
九替十年色地獄 自序
仏説に、北洲に住む者は寿命千年とあれども、限りはあるもの。苦界十年の限りなきことよ。九年座禅の達磨大師といえども、女郎の年季いっぱいの長きことを知るべし。突き出し女郎から年季明けまで、憂き年月の長きこと。無理な客にも服を脱ぎ、いやな風にもなびかにゃならぬ。柳の髪にさすかんざしは、八本、九本、九品の浄土に見えれども、明日には借金の額を聞くならく、奈落の責めにあうならん。なんとまあ、そうじゃねえかえ。
寛政三亥の春 山東京伝述
一

ここにアンポンタンならぬ安本山三東寺の狂伝和尚というのらくら法師、生活するための鼻の下の建立のため、百日間の色談義を説教すれば、浮気な人々群集して聞きに来る。
狂伝和尚、しかめっつらで咳払いして曰く、
「これはみなさん、ご奇特にご参詣なされた。それ、つらつらおもんみれば、昔より遊里を極楽と見立て、大門口を東門とし、太夫がやって来るのをご来迎、大金持ちの大尽のふところは黄金の肌とたとえれども、それは客が勝手に思うだけで、女郎の心には、極楽のトイレどころでなく、苦界十年の呵責の責めは、地獄そのものでござる。かかる苦しき女郎の身の上を知りながら、女郎に金を出させて、女郎の金で遊ぶことを通じゃ通じゃと思う人々、それは虎の皮のふんどしをしめた鬼じゃ。とかく通になりたがるが、おいらん上人の教えは、ただ一心に『南無野暮陀仏南無野暮陀仏』ともうせとのことでござる。これから色地獄のありさまを説明しましょう。みな、ゆるりっとお聞きなさっしゃれや」
ひしゃくを持つ男「狂伝和尚の鼻の下の建立でござる。米の銭をお出しくだされ」
男「親父の話と違って、おもしろい。浮世草子以来の説法じゃ」
男「ああ、ありがとうごぜえやす。なむやぼだぶつ、なむやぼだぶつ、なむやぼだぶつ」
二

この色地獄へ落ちる者のわけをたずねれば、貧乏人の娘、芝居にもあるとおり、親や兄弟のために身を沈め、親の薬代のためにこの色地獄へ落ちてゆき、売られていくときは、親子の別れにて、たとえていえば死出の旅、生き別れの門出にて、その身には、女衒の顔は、流行の髪型をしていても鬼に思われ、迎えの駕篭は火の車のように見え、じゃによって、貧乏のことを火の車ともうすは、ここからでござる。
例の川柳和尚の句に、
孝行に売られ不孝に請け出され
親孝行で女郎に売られ、親不孝な息子に身請けされる
とあるのも、むべなるかな、むべなるかな。
ああ、なむやぼだぶつなむやぼだぶつ。
二人の涙の落ちる音、ぽたぽたぽたぽた、ぽたりぽたり。
女衒「ご両親、気遣いさっしゃんな、すぐにりっぱな花魁になれば、今のくらしと違って、りっぱな夜着に豪華な蒲団で寝るぞや」
駕篭屋「これ娘、あんまり泣くなよ。涙で駕篭がふやける」
駕篭屋「相棒、行くぞ、上げるぞ」
三

さて、かの鬼のような女衒に連れられて、色地獄の主人、亭主大王の前へ出れば、まず、浄玻璃の鏡ではなく情張りの、じょうっぱりの鏡というものに写し、鼻筋が通るか通らぬか、姿形が良いか悪いかを見定め、呼び出し、つけ回し、昼三、部屋持、回りと、それぞれの罪を決める鏡なり。
呼び出し昼三は、吉原最高級の遊女。つけ回しは、二分の遊女。昼三は、昼間に三分の女郎。部屋持は、一分の遊女。回り女郎は、部屋を持たない遊女。
一分は、小判一両の四分の一の価値。呼び出しと会うには、一両以上の金が必要。地獄の沙汰も金しだいではなく、顔しだいなり。
女衒「この娘は、親の判をもらってめえりやした。わっちらは、めんどうな女はあつかっておりやせん。手付金の五両を出しておくんなせえ」
また、そばに、おかみさんというのがつきそっている。鬼の女房には鬼神というけれど、このおかみさんというやつ、亭主大王よりいじわるで、つねにそばに、地獄の見る目、かぐ鼻ではなく、昼寝、かむ鼻という二人のものをしたがえ、誰さんはこのごろいい男ができたの、誰さんはよく客をふるのと、店中のことを見だしかぎ出し、いつもつげ口をする。
昼寝、かむ鼻、おかみさんにいろいろなことをしゃべる。
「もし、おかみさん、うわきのさんは、このごろ客人にほれて、すっぱだかになんなすったと、女たちがうわさしてましたよ」
じょうっぱりの鏡は、とかく女郎は、情っ張りな根性でなければ、よき花魁になれぬゆえ、こう名付けられたものなり。
亭主大王は、女郎に客がつくと、いちいちすぐに書き付ける。
四

帰命頂礼、仏様、それよりは、賽の河原のごとくにて、今は禿の仲間入り、邪険な女郎に使われて、体中はあざだらけ、お菓子の空き箱、一つ積んでは父恋し、二つ積んでは母恋し、または用たすそのひまに、空いた座敷に集まりて、おはじき遊びに少しは憂きを忘るれど、たちまち遣手が見つけだし、しかりちらすぞ、あわれなり。なむやぼだんぶつ、なむやぼだ。
ここの餓鬼大将を新造菩薩ともうしたてまつり、片手に金棒を持ち、立っている。これは禿の悪事を見つけ出し、花魁へ報告するべきご誓願なり。また、片手には、卵焼きを四角にして茶碗に入れて持ちたまう。これ、「女郎の誠と玉子の四角」はありえないことのたとえだが、こちらは女郎の誠という見せかけなり。
また、この新造菩薩も、あんまり客をふるときは、遣手が柱にしばりつけ、「新造菩薩、客しろ建立」とぞしかりける。
禿「おれも仲間に入れてくだせえ」
禿「おらは、きさまはいやだ。のお、しげみどん」
禿「当たった当たった。八つ当たりじゃない、本当に当たったよ」
五

それよりだんだん成人し、新造になる準備をする引込禿となり、ほどなく、三途の川ならぬ、ばからしゅうざんすの川、というところへいたり、この川にて水揚げをされて初夜を迎え、店へ出る。それを嫌がれば、遣手婆が面の皮をはぐ。
この川を渡れば、それぞれの器量で、昼三女郎にも、部屋持女郎にも新造にもなるなり。
遣手、別名、渋い顔の婆あ「おめえの面の皮も、とんだ厚い皮だぞ。惜しいものだ。縫ってもらおう」
引込禿「わっちゃあ、水揚げは嫌でざんす。ほういほうい」
女郎になるまでの流れを紹介して、次回につづく、
黄表紙の始まりといわれる恋川春町の「金々先生栄花夢」(1775年)の現代語訳は、こちら、
黄表紙の代表作、山東京伝の「江戸生艶気樺焼」(1785年)の現代語訳は、こちら、
ここから「京伝鼻」が人気となり、京伝も一場面の京伝和尚のように、自画像に京伝鼻を使うようになった。
これらの中に、他の黄表紙の紹介もあるので見てほしい。
江戸時代の川柳については、こちら、
この中の後半部分に、今まで紹介した江戸川柳をすべて載せている。
