三筋緯客気植田②~江戸の遊郭で遊ぶ三人の男の物語
子どもに女郎買いをさせた梅枝の次は、八重次郎の女郎買いの話となる。三人の客それぞれの、女郎買いの物語。今の日本ではおおっぴらにはできない売春を、江戸時代には当たり前にしていた大人の絵本。
黄表紙「三筋緯客気植田」は、山東京伝(1761~1816)作画、天明七年1789年、蔦屋重三郎版。
三巻三冊の現代語訳を三回にわたって紹介する二回目。
中巻
六

八重次郎は、梅枝の遊びの始終、大たわけなりと、あざ笑う。
「とかく傾城買いというものは、十人が十人ともに世間の評判をもっぱらとするものなので、だれが買った何屋のだれが、その後下級女郎となっただの、だれはそこの水茶屋に出ているだの、女郎のふしあわせは、その客の恥となるもの。女郎のその後がどうなるかわからないものなので、とかく花のあるうちに廓で亡くなれば、その客の栄えにもなり、その身も名を残す。かつて、万字屋の玉菊も、二十五歳で亡くなったが、今もその追善供養がおこなわれる。さすれば、短命な女郎になじむことが必要だ」
と思いはじめける。
八重次郎「♪残りなく散るぞめでたき桜花♪ はて、そうじゃなあ、
と言っちゃあ、チョンチョンと音がして舞台が変わるけどなあ。丁字屋のはやり言葉だと、『はてな』という場面だ」
七

八重次郎は、とかく短命な女郎をさがし、世の中のうわさになりたいと、そのころ名人だと有名な人相見の観通軒というものをたのみ、吉原へ連れて行き、夜見世の最初から順番に見ていく。人相見をやとって女郎を探すとは、なんてこった。
八重次郎「こっちの端にいる、桜色の着物はどうだ。病身らしく見えるぞ」
観通軒「いいえ、丈夫です。その横にいるのは、将来は身請けされ、奥さんと言われる女郎さ。年も八十、九十までは請け合います。こっちの端のは、とんだ浮気な女でござります。好きな男を何人もこしらえて、何かしまりのない気性で、色事にばかり苦労する女郎と見えます」
男「ははあ、美しくならんだの、かなんだのとは、阿弥陀経の文句にあったなあ」
店の男「わたくしどもの店へおいでなさる客人が、去年『一夜千両』という草双紙をお書きなさりやしたが、大笑いさ」
女郎「政さん、今夜はでえぶきれいでおざんすねえ」
禿「ささのどん、今度はどこへ行く」
禿「長崎屋へ行くわ」
箱を持つ男「さっき、いせやにいさしったのは、たしか、ときょうさんだよ」
男「たしか、茶屋のつたやさんへ行ったようだよ」
京伝の黄表紙「一夜千両」は、こちら、
八

吉原中を見物したけれども、さて、短命な女郎も少ないもので、ようやく桜木屋の春近江という女郎が、目の下に泣きぼくろがあるので、これははなはだ短命な相なので、「この秋あたりに死ぬのにまちがいなし」と、観通軒が請け合うので、「こいつは注文どおりの女郎なり」と、よろこび、その夜、一晩貸し切りにし、座敷もにぎやかで、その後ベッドイン。
春近江は、白むくの寝間着姿でやって来れば、その美しさ、もう幽霊になったのではないかと思うばかり。これほど美しい女郎が、この秋にははかなくなるとは、さても不憫なことよ、定めて両親や兄弟もあるだろうが、言い残すことがあれば今から言っておけと言いたい思いで、無性に不憫になり、隣座敷から聞こえるメリヤスも、虫が知らせるようで、しきりに涙を流す。
春近江はがてんがいかず、酔っ払っての泣き上戸でもあるまいし、なんぞ気味の悪いことでもしそうな人にみえ、心配をする。
春近江「おめえさん、なぜそのようにお泣きなんす。ちゃっとおだまんなんし」
八重次郎「わっちは子どものころから、どうも夜泣きをしてなりやせん。無性にかなしいのさ。おれが、自分の目で涙を流し、おれが泣くのに、だれがなんと言うものか。ほっといて泣かせてくんなせえ。ほおいほおい」
隣の女郎「菊川さん、もしい、かたうたさんが、ちょっときてくれなんしと」
女郎「おや、ばからしい。なんにも食べるものがざんせんよ。艶次郎を言い出したのは、わっちらが店が最初ざんしたねえ」
九

八重次郎は春近江になじみ、秋のころには死ぬ女郎なので、いくら買ってもたかの知れたことと、毎夜毎夜通っては、ただ泣いて明かさぬ夜はなく、頼まれたわけでもないのに、行事の費用を出したり、寝具が古くなりました、と言えば、「わかったわかった」と費用を出し、しまいには、「一生のお願いだから、わたしのところにいる新造を女郎にしてやっておくんなんし」と言えば、八重次郎思うに、「一生の願いとは、長生きするようなことを。知らぬが仏じゃ」と、かわいそうにと、せめてもの思い出となるだろうと、新造が女郎になるお披露目の費用も出してやり、そうこうするうち夏も過ぎ、もはや観通軒が請け合った季節になり、追善のための準備もあるので、具体的な月日を知りたいと、人相だけでもわかるのだから、占いでは月日までわかるだろうと、三輪のみちなしという占い者を呼び、占わせる。
八重次郎「これが当たったら、お礼はたんまりじゃ」
みちなし「この女は、この八月十三、四日ごろには亡くなります。気の毒なことさ。当たるも不思議、あたらぬも不思議ともうすが、当たれば妙でござります。お待ちなさい。あんまり案じすぎたら、占いが迷って道なしになりそうでござります」
小僧「みちなしとは、なくし物の占いでは見つかりそうにない名前だ」
十

「さては、月見の行事の前に死ぬるにちがいなし。月見行事の出費六七十両を出さなくてすむ」
とよろこべども、だんだん月日が近づくと、不憫さもまして、このごろは少しふさぎぎみとなり、気分も悪くなり、四、五日女郎屋から遠ざかっていると、秋風はうそ寒く、虫の声はあわれを伝えるので、ただ一人無常を感じていたおりふし、太鼓持ちの万里がやって来て、
「さて、とんだことでござります。春近江さんが、二三日前から風邪気味で休まれましたが、今日なぞは、よほど悪そうでござります」
と知らせれば、八重次郎、さてこそ人相見や占いというものはたいしたものだ。追善のメリヤスをつくって広めようと、演者の蘭洲と藤兵衛を呼び、相談する。そのほか、追善の印刷物の準備、記念碑も御影石でつくり、辞世の句を書家の東江に書かせて、石に彫り、料理の献立まで考え、そのうえ、かねてから坊主になろうと思っていたので、檀那寺へ行き、頭をそって坊主になるとは、ちと早まったやり方なり。
八重次郎「江戸節の方は、新しい感じで歌詞は京橋に頼むつもりだ。メリヤスのタイトルはどうしようかな。四代目瀬川の追善供養は『花ぐもり』、かな屋のしろたえのときは『夏ごろも』だから、今度は『やぶれ衣』とでもしようか」
藤兵衛「わたしのほうは、男芸者の荻江泰琳に相談しましょう。文京様は新しいメリヤスをこのあいだ披露されました」
十一

八重次郎は坊主になり、春近江が死ぬのを、今日か明日かと待ち、十五夜の月見も過ぎて、二三日たっても、音も沙汰もなく、これは不思議と、よくよく聞けば、本当は病気ではなく、ある色男に夢中となり、店へ出られないので、よくある仮病で、「夕べ、廓を逃げました」との知らせがあれば、「さては、そうだったのか」といったところが、追善の支度はできあがり、メリヤスの曲もでき、石屋は石塔を仕上げて持ってくる、印刷物はできてくる。人相見や占いの費用、新造出しや行事の費用、女郎代は山のごとく、追善の費用もおびただしい金額となれば、家屋敷は費用のかたに取られ、残ったものは坊主あたま、狐にでも化かされたのかと、まゆげへツバをつけてみるのももっとも。「坊さん逃げるは闇がよい」というけれど、月夜にぶらりぶらりとわが家を立ち退く。
八重次郎「なんぼ早まっても、坊主にまではなるまいと思ったのになあ。おれを、作者がこんな人物にしてしまった。なんと、この姿は、利口に見えるか、ばからしく見えるか、だれぞ教えてくれ。そして、おれがこれからどこへ行くか当ててみな。おれだってわからねえ。
♪きのうそったも、おやどうしよう、おとといそったも、おやどうしよう♪」
八重次郎が選んだ桜木屋の春近江のモデルは、扇屋の花扇である。八場面に名前が出る菊川とかたうたも、実際に扇屋にいた新造である。実在の人物の名前を借りて物語をすすめている。
当時の有名な女郎屋では、それぞれに独特の言い回しがあった。それらの言葉も使いながら、これはどこの遊郭だとわかるようにしていた。
また、うぬぼれ男を意味する「艶次郎」という言葉は、扇屋からはじまった言葉だと言っている。京伝の「江戸生艶気樺焼」以前から使っていたと作者自身が述べている。
上巻でも紹介したが、うぬぼれ男の艶二郎が出てくる、黄表紙の代表作、山東京伝の「江戸生艶気樺焼」(1785年)の現代語訳は、こちら、
八重次郎の思いつきも失敗し、いよいよ三人目の松太郎の話へつづく、
