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私って、老害って思われてない?|でも黙るのも違う

夕方のナースステーションは、申し送り前で少しざわついていた。

記録を見ていて、ひとつの看護問題のところで手が止まった。

食事がほとんど入っていない患者さん。

でも、そこに書かれていたのは
「活動耐性低下」だった。

それがまったく違うと言いたかったわけではない。

ただ、今の状態を見ると、
誤嚥や窒息のリスクの方を先に見た方がいいんじゃないか。

そう思って、若い子に声をかけた。

「この看護問題、少し違うかもしれないね」

そう伝えただけのつもりだった。

返ってきたのは、

「はい、分かりました」

という短い返事だった。

返事はちゃんとしていた。

でも、顔は上がらなかった。


目線はすぐ記録に戻った。

そこで会話は終わった。

ああ、今の言い方、うるさかったかな。

また細かいことを言ってるって思われたかな。

そんなふうに、あとから引っかかった。

その「はい」は、納得だったのか

むせ込みや食事の様子を見ていない、という話ではない。

ただ、看護問題として何を優先するかで、  
その後の計画の向きは変わる。

今は活動耐性低下より、  
誤嚥や窒息のリスクを先に見た方がいいんじゃないか。

そう思って、声をかけた。

でも、その子だって忙しかったのだと思う。

受け持ちもある。

処置もある。

記録も残っている。

その中で、自分なりに考えて書いていたのかもしれない。

そこへ私が、横から一言を入れた。

正しい指摘だったとしても、

タイミングによっては、ただ重い言葉になる。

あの時の「はい」は、
分かったという意味だったのか。

早く終わらせたいという意味だったのか。

たぶん、私には分からない。 

正論は時々、相手を追い詰めてしまう 

年齢を重ねると、経験は増える。

失敗も、怖い場面も、それなりに見てきた。

だから若い子に何かを伝える時、
つい言葉が増える。

自分では経験から言っているつもり。

でも相手から見たら、
面倒くさい先輩に見えているのかもしれない。


正論は時々、相手を追い詰めてしまう。


「患者さんのために」

「ちゃんと見てほしいから」

その理由は、たぶん間違っていない。

でも、間違っていないからこそ、
相手は何も言えなくなることがある。

黙るのも違う

「うるさい先輩」にはなりたくない。

でも、黙って見ているだけの先輩にもなりたくない。

見えていることを、見なかったことにはできない。

患者さんに関わることなら、なおさらだと思う。

だから今日も、迷いながら声をかける。

言葉を選んで。

タイミングを見て。

それでも必要だと思ったことは、伝える。

自分の言葉が、
思っているより重く届くことを、
知ってしまったからだと思う。







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