『絵本・白峰アカネの冒険』39.奪われた存在の拠り所
リンに導かれてフモトノ市に入ったアカネ。そこで、思いがけない出会いが待っていた
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リンが、2階建ての小さな家の前に立った。制服からカギを取り出し扉を開け、アカネたちを振りむき、顎で中に入れと指図した。
アカネは囚われの巫女の手をとって、家の中に入った。後ろでリンが扉に施錠する。巫女は歩き疲れたのか、足元がふらつき表情もうつろだった。
「そいつは、取りあえず、その辺に寝かしておきなさい」
巫女にちらりと目をやってから、リンが言った。
「その辺って?」
室内は中央に会議机とイスが四脚並んでいるだけで、ソファなどは一切なく、ガランとしている。
リンが
「床に転がしとけばいい」
と冷たい声で言った。
仕方なく、アカネが巫女を床に寝かせていると、部屋の奥でドアが開く音がして、
「やあ、遅かったね」
と張りのある男性の声がした。
「思いがけない拾い物があって、時間を食ってしまったわ」
リンが答えると
男性が
「ほぅ、拾い物とは何かと思ったら、アカネ君じゃないか。封印されたんじゃなかったの?」
と、アカネに声をかけてきた。
名前を呼ばれて男性の顔を見たアカネは驚いた。
「あ、あなたは!」
それは、アカネが身を寄せていた古書店の店主の甥、モトフ・アキトだった。

フリーのジャーナリストとしてフモトノ市長の悪事を追及したことで身の危険を感じ遠くの町に逃げたはずのアキトが、動物園で面白い動物を眺めるような目で、アカネを見ていた。

フリー・ジャーナリストのモトフ・アキト
「やぁ、久しぶり……と言うほどではないか。会うのは1ヶ月ぶりかな?」
アカネは首をかしげて「さぁ?」という表情をつくってみせた。大体そんなものだろうが、そんなことより、アカネの方が聞きたいことがある。
「それより、あなたとリンさんは、どんな関係なんですか?」
「元・幼馴染。今では、同志といったところかな」
アカネは考える。
幼馴染ということは古本屋のオジサンさんから聞いていたけど、店でアキトさんとリンさんが出くわしたときは、敵同士のように見えた。
ということは、二人の同志関係というのは、アキトさんの親代わりのオジサンにすら知られるわけにいかない秘密ということ?
いや、オジサンもグルで、私をだましていたのかしら?
最後の部分が頭をよぎった瞬間、自分の顔が歪むのがわかった。
「叔父の名誉のために言っておくが、叔父はこの件にはまったく関係ないよ」
アカネの表情から彼女の胸の内を察したかのように、アキトが言った。
「ええ、オジサンは無関係」
アキトの隣で、リンが念押しするように言う。
「では、お二人は、オジサンに隠して何を企んでいるのですか?」
アキトが小さく笑った。
「別に隠しているわけではない。叔父が知る必要のないことだし、変に巻き込みたくないからね」
「私たちは、ヤシマ王国が闇に葬った命を取り返そうとしているの」
リンが硬い表情で言う。
「命を取り返す?」
アカネの言葉にアキトが答える。
「亡くなった人をよみがえらせることはできないから、失われた命そのものは取り返すことができない。しかし、そうした人たちがこの世に生きた証を人々に示すことはできる」
「『東野の国』が『西の山国』と『北の山国」を征服した後に、何をしたか知ってる?」
リンが一歩前に出ながら言った。
「公式の歴史から、2つの国の存在を消した」
その話はもう済んだはずだと思いながら、アカネが答えると、
リンが
「そんな生やさしいもんじゃない!」
と大声で叫び、アカネに詰め寄ってきた。リンのつばがアカネの顔にかかる。

アキトがリンの肩に軽く触れた。リンが少しあとずさると、アキトがリンの後を引き取った。
「単に公式の記録を抹消するだけでは、存在を消すことはできない。存在の拠り所を根こそぎ奪って、初めて存在を消すことができるんだ」
「『根こそぎ奪う』って、どんなことをしたのですか?」
アカネの問いにリンが答えた。吐き捨てるような口調だった。
「『西の山国』と『北の山国』には、それぞれの言語と文化があったの。『東野の国』は、その言語と文化を禁じて、自国の言語を押し付けたのよ」
アキトが後を引き取る。
「『西の山国』と『北の山国』の子ども達は10歳になると『東野の国』がつくった寄宿学校に入れられ、『東野の国』の言語と文化を徹底して教え込まれた。
そこを卒業すると家族の元に戻されたけれども、子ども達は『東野の国』の言葉しか話せない」


「だから、親たちも『東野の国』の言葉を覚えるしかなかった。徹底した同化教育をしたのよ」
リンが、今度はつぶやくように言った。
「でも、親が子どもたちに元の言語を教え直すこともできたのではないですか?」
アキトの表情がくもった。
「どこの集落でも『東野の国』の文化警察が目を光らせていて、少しでも伝統文化を復活させようと試みた人間は、みな逮捕され、二度と戻ってこなかった」

「ひどい」
思わず言葉が口をついて出た。
『西の山国』と『北の山国』を武力制圧しただけでも、二つの国の人々をひどく傷つけたに違いない。戦いで命を落とした人とその遺族、戦いで傷ついた人とその家族、そして、それ以外の人たちの心と身体にも、消えない傷を残したはずだ。
その上、言語と文化まで奪うなんて。『東野の国』は『西の山国』と『北の山国』の人々を生き物として殺したわけではないけれども、人々の心を殺したのだ。
「では、魔祓い巫女たちも同じような教育を受けたのですか?」
アカネの問いにアキトがうなずいた。
「『東野の国』は、『北の山国』から連れ去った人質を戻さなかった。『東野の国』に強制収容所を作り、そこに住まわせて監視下においた。
魔祓い巫女は、『東野の国』が最も恐れた潜在的な反乱勢力だったからね。同化教育だけでは不安だったのだよ」
「そのキャンプは、今でもあるのですか?」
「東野の国」がヤシマを統一してから350年が経っている。現代の魔祓い巫女たちは、自分たちが太古の昔からヤシマ国(『東野の国』)の一員でありつづけたと思い込んでいる。もはや人質の必要はないだろう。
「君は、『巫女の郷』に生まれた男の子たちがどうなるか知っているよね」
アキトが言った。
「6歳になると、フモトノ市の寄宿学校に送られて、そこで成人します。『巫女の郷』には、二度と戻ってきません」
アカネには一緒に産まれた双子の兄がいたらしいが、生まれた直後に引き離された。兄も6歳で寄宿学校に送られただろう。アカネは、兄の名前も知らない。
男子には呪力がまったく現れないから、「巫女の郷」に置く必要はない。それが、アカネが育ってきた世界の常識だった。

そこで、アカネはハッとした。
「まさか!」
「その『まさか』だよ。『巫女の郷』の男の子たちが送られる寄宿学校が、強制収容所の名残りだ。あそこに預けられている男の子たちが人質だと知っている巫女がいるのかどうかは、僕たちにはわからないけどね」
自分が当たり前だと思って受け入れてきた自らの存在の根っこが、これほどまで捏造だらけでヤシマ国政府の都合で仕組まれていたとは……
アカネは言葉を失うのだった。
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