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書くことも 描くことも 風の吹くまま 気の向くままに

 みなさんこんにちは、ぱちこです。
 ChatGPTさんに唆されて、記事を書いているところです。
 自分で書こうと思ってもいない文章を書くのは、恐ろしく退屈です。この三文を書くまでに、かなりの時間を要しました。

 なぜなら、普段ぱちこは、まったく何も考えずに記事を作っているからです。
 異常に熱く長々と語っている文章であっても、全てはその場の思いつきです。のちに推敲することもありますが、おおよそは勢いだけで書き殴ります。
 さて、それがよいことかどうかは分かりません。




挙げ句の果てに、これ以上は進まなかったようだ。
人には向き不向きがある。
そこを、ちゃってぃにも分かってもらわなければならない。



 と、書いたまま、また止まっているこの事態をどうしたらよいのか。しかもこれって、同じテイストの記事が他にもあって、それも途中で止まってるから、もう出したんよね、年末に。

 そう、謎の有料noteね。
 本当に有料にして人が読むのかどうか、それはさておき、ぱちこの創作秘話を書いてみましょうか?
 例えば、何がいいでしょうか。絵にしますか? お話にしますか?
 長々と書くのは面倒くさいので、サクッといきましょう。じゃあ、特別に、今月のこれ。


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たぶん

 まず、モチーフについて。
 一月は雪だと思っているぱちこ。ところが、去年、雪は、やってしまった。悲劇である。
 では、今年のテーマはというと、「空を見上げて」である。このテーマは自分で去年の早い段階で決めていたものだ。

 では、このテーマはどこから来ましたか、と言われるとまた困る。
 森の伝説→海辺の街→小さな花々、と続いたので、次は空かなあ、と思っただけである。

考えも意味もありません

 空を見上げて? 一月だから雪が……そやからそれはダメやねん! と、ここまでがぱちこが瞬時に、考えたことである。
 空……空ってなんやねん、どうしたらええねん、と思ったこの後、そうや、初日の出でいいやん、と解決するのだが、その理由は全く分からない。記憶にない。なぜ、初日の出だと思ったのか、と聞かれても分からない。

 実は、この絵が、職場のパソコンの左側のディスプレイの背景に使われている。このテーマを考えていたのは、仕事中で、従って、この絵が目に入っていたからだと思えなくもないのだが、ちょっと違う。そのあとで、思ったのだ。雪人魚も初日の出やん、被ってるやん。
 これに関しては、テイスト違うし、大昔やしいいやろ、と即座に切り捨てた。ただ、今、記事を探してきたところ、大昔やと思っていたのに、意外と最近だったことに愕然としている。

 ところで、ぱちこは冒頭に掲載した記事で、全ては脊髄反射なのだ、と書いている。こうして文章に起こすと、あたかも真面目に考えた(しかし仕事中に)ように感じられるが、結論に至るまで、一分もない。
 ぱちこは恐ろしく優柔不断で、例えば何かを買うときには異常なまでに時間がかかる。何を買うか、に始まって、本当に購入すべきか、まで、いちいち検討に時間がかかる。

 これは、失敗したくない、嫌な思いをしたくないというチキン資質が影響し、判断が慎重になりすぎるせいで、ある意味で「いつも同じでなければならない」と考える脳構造を持っていることと直結しているとも言える。
 だから、セブンイレブンで毎朝買っているパンや飲み物が販売終了していたりすると、絶望する。セブンイレブンの棚を延々と歩いて自分を落ち着かせながら、その日を乗り切るための代替案を考えなくてはならない。

パンは毎日同じものを売っていてくれ

 ところが、創作においてはその優柔不断さはどこかへかなぐり捨てられることになる。
 とはいえ、これが誰かに依頼されてしまった、などという恐怖の事態に陥れば、同じように筆は進まないだろう。失敗できないと思ってしまうのだから。ぱちこがぱちこであるためには、野に空に解き放たれていなければならない。
 これは、絵でもお話でも同じことである。

 さて、テーマが決まったので、あとは描くだけだ。
 今回は、描くまでの間に時間があった(クリスマスと闘っていた)ため、これまた仕事中に(仕事中はクリスマスと闘えないため)バリエーションについて考えた。
 いや、それは正しくない。こう思ったのだ、初日の出って、どこから見た初日の出がいいやろう、うちは山やけど、海からも見たいし、都会のビル群とかもいいな、森とか……というメモが残っている。言葉で描いてあるがこの時点で頭の中では完成した。

 そこから数日後、いやいや、そうではないやろ、と思い直した。まだクリスマスは進行中で、描く暇がないのだ。早く形にしてしまいたいのだが、いかんせん、おし寄せるクリスマスには抗えない。
 ようせいさんのすみかの設定を思い出したのだ。そうだ今年は、いろんなところに住んでいる、ようせいさんが「空を見上げて」にしよう!
 こういう設定は重要である。いかに脊髄反射で物事を決めていようとも、決まらない日もある。十二ヶ月もあれば、何を描けばよいか、悩む日も出るだろう(まあ、忘れる月もあるだろう(後日忘れたときの保険))。
 だとしたら、やりたいのは洞窟から見たところ、だ。暗がりに差し込んでくる朝日。考えただけでわくわくする。


 そうして、ついにクリスマスが終わり、わたしは筆ならぬApple Pencilを手に取った(いや、それまでも延々Apple Pencilは持ってたんだけど)

 昨年までは、カラーバリエーションを大量に作っていた。それを喜んでもらえたこともわかっている。だから、描き始めるにあたって、躊躇したことは間違いない。でも、最終的に、知るかそんなもん、ぱちこは自分が描きたいものしか描かん! と開き直った。

 ここから、肝心の絵を描く工程なのだが、これこそ、説明のしようがない。筆を取ってしまったら、もうあとは、考えられない。思いつくままの色で塗られていく。どこに何を配置してどう塗るか、なんてのもない。そうだったのだから、そうなのだ、としか言いようがない。
 なんなら、お前これは、朝日というより夕日やないか、と自分でも思ったけど、仕方がない。ぱちこがこれだと思ったんだから。


元の画像
後に戻れないので
この画像には星と「なんのはなしですか」があるが
これは山を描いてから描いた
下にそれぞれの場所の影を入れる予定だったので、
画面の途中から太陽が現れている
元の画像を描いた後
別のレイヤーに山を描いた
山の形に意味はない
下書きもない
手が動くままに描いたので
稜線が木々のように見えるだろうけど
偶然の産物
これはちょっと苦心した
元の画像をひっくり返して切り取って
ぼかしたりなんだりして
水面を作った
となると、太陽が弱すぎたので太陽も増設
星と「なんのはなしですか」は
山の絵に描いたまま
洞窟の入り口
基本は山と同じ
最初は透かして外の光を反射させていたが
物足りず
後から洞窟の中を塗った
星と「なんのはなしですか」を動かす気はない
洞窟の中にも
輝く何かがあるだろう
星のように
(事実、そう思ってそのままにした)
一番手を入れた草原
小さな生き物たちが朝を迎えたところ

想像しながら描いた
これももちろん
レイアウトや下書きはない
適当に草を描き
適当に花を描いた

 何度も「適当」という単語が出てきているが、まさに全てが適当だ。ぱちこは芸術はパッションとインスピレーションだと思っている。それ以外の要素はない。
 心のおもむくままに手を動かす……というのとも違う。勝手に手が動くので、あとは放っておく感じである。

 今回、描き始める前に「ようせいさんのすみか」がなんとか、と考えていたが、結局、自分が描きたいものを描いて終わった。かろうじて最初にイメージしていたものを書いているが、こうならないことも多い。
 最初の一筆を描き始めるその寸前まで、別のものを描くつもりで、すでに頭の中にイメージができていたにも関わらず、ペン先が画面に触れた瞬間、別のものを描いていた、なんてこともよくある。

 最近は、下書きすらしない。デジタルでやり直せるからだろう、といえばそうなのだが、B2のボードにコピックで描くときですら、下書きはしなかったのだから、そういうことでもないのだろう。
 これについて、ぱちこは自分でもよく理解ができない。絵を描いている人が、何を考えて、どんなふうに描き進めるのか、知りたいのはぱちこの方だ。
 どうしたらこんな広い画面にあれこれ一気にペンで描き込んでしまえるんだ? 設計図や下書きはないのか?

 だから、創作秘話なんてない。
 ぱちこだって、描いているときのぱちこをよくわかっていないのだから。


#なんのはなしですか
#熟成下書き


最初に「サクッと書く」って書いてなかった?

秘話なんてないのに
何書いたんだ?




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