【noteでBL】ピグマリオンの夢を見る
第12弾、1周年おめでとうございます!
今回のテーマはいつもの3題ではなく、「生きる時間」。
やんわり表現されている所恐縮ですが、有り体に言えば「死ネタ」。それもご企画の元になった四四田さんの記事からしますと、「死別」「輪廻転生」「生死観」辺りですね。
そこから「人形偏愛症も広義では死体愛好家の一種」という一文を弾き出して生まれたのが、今回のお話です。どうしてこうなった。
ストレートに死別ネタだとラブよりアガペーになっちゃって、BLしてくれなかったんですようちの野郎共。普段馬鹿騒ぎしてるのに聖母化するの止めて??
又、さほど直接的な描写はありませんが、ピロートークのお話でもあるので、一応背後にはご注意下さい。
【本文文字数】
3,006字。
第一稿の時点で2,000字ちょっとしか無くて、夏。
【登場人物】
音羽総一郎:美貌の教師。未練は引きずりがち。
八雲千鳥:音羽の同僚。花は多年草派。
はい、以前のnoteでBL参加作品でもちらっと出てきた、元カレこと音羽さんメイン回です。
↑と同じく読んでなくても問題ないけど、今作の前日譚的なやつはこれ↓ 続く未練と新しい出会いのお話。
ピグマリオンコンプレックス。人形偏愛症、又は人形愛。
“生命無きものを愛する”という意味では、広義の死体愛好家の一種でもある。
「なんて言えば良いかな、白雪姫の死体にキスした王子様みたいな?」
そこまで狂気的ではなかったと思うけど、と苦笑する小学校教師、八雲千鳥がかつて愛した男もドール愛好家だった。
ビスクドールや市松人形、藤娘も所持していたが、最も熱を上げていたのはキャストドール。BJD、Ball Jointed Doll。 すなわち球体関節人形である。
文字通り、手首や足首などに球状の関節を使用して人間の関節の動きを再現した人形で、より自然で自在なポージングが可能となる代物だ。起源は不明だが、1471年にドイツで作成されたデッサン用人形には球体関節が備えられていたとか。
美術作品としてなら1930年代に活躍したハンス・ベルメール氏を筆頭に、天野可淡氏や吉田良氏etc。耽美的な作品が多いのも特徴だろうか。
男自身は八雲より一回り年上で、妻子持ちの美術教師。
背は八雲より高かったが少し猫背気味の痩身で、いつも油絵の具の匂いがした。
「名前は枯野。枯野優作先生」
枯れるどころか、実に精力的な男であった。当時はバイセクシャルであった八雲を、普通の女の子では満足出来ない身体にした戦犯でもある。
「子どもの頃からずっと絵描きさんになりたかったらしくて、素人目で見ても上手だったと思うよ」
だが父親に反対され、教職を選んだ。片田舎の元豪農、まだまだ家長たる父親の影響力が健在だった時代の事だと言う。
同時に、同性愛者でありながらそれをひた隠しにして、平凡な一般家庭を守り続けた男。そういう時代だったと言えばそれまでだが、抑圧された人生であっただろう。
「だからって教え子に手を出しちゃ駄目でしょって今なら思うけど」
お付き合いを始めたのは卒業後だから、正確には元教え子。それにしたって不倫なので、どう足掻いてもアウトだが。
八雲自身? 若さ故の過ちというやつなので石は投げないで欲しい。終盤の泥沼劇は思い出したくもないし、もう懲りた。
『ピグマリオンコンプレックスは和製英語の一種だよ』
その上で、広義ではマイ・フェア・レディや紫の上もピグマリオンコンプレックスに含まれる、と教えてくれたのも彼だった。
「そう考えると、教師なんて程度の個人差はあってもだいたいピュグマリオニズム拗らせてるのかな?」
「流石に暴論過ぎません?」
ベッドの中で触れる素肌は人形の様にひんやりとしていたけれど、くすくす笑う声は寝物語を唄う母親のように暖かい。
ピロートークで他の男の話題などマナー違反かもしれないが、先に「ハジメテの人ってどんな人でしたか」と言い出したのは彼の方なのだ。
彼、音羽総一郎は八雲の同僚である。
若い男手同士、何かと似たような雑用を割り当てられる事が多く、気心の知れた相手であった。
プライベートでも共に買物や食事へ出掛けるようになったのはつい最近になってからだが、八雲には不思議と確信していた事がある。
『音羽先生って、男も行ける人でしょ』
連休二日目の宵の口。程よくアルコールの回った、ローカルチェーンの居酒屋で。
出汁巻き玉子をつついていた手を止めた音羽が答えるより早く、八雲は続ける。
『僕もそうなんで、なんとなく』
最悪の場合でも酒の席の冗談として流してくれる。そんな打算も働いた上での賭けだった。慎重派と取るか臆病者と見なすか。
対する音羽は本心のよく読めない、どこか挑発めいた微笑でこう返した。
『試してみます?』
「ピグマリオンってギリシャ神話に登場するキプロスの王ですよね」
「え? ああ、はい確か」
自作の彫刻に恋をした王と、彼の心を美しく思った女神によって生命を与えられた像ガラテアが結ばれる物語。
教育者としてはピグマリオン効果の方が馴染み深い名前だろうか。期待が人を育てる。愛されて、求められて、それに応えたガラテアのように。
「でもそれならガラテア効果と言った方がふさわしくないですか?」
「期待する者か応える者か、どっちの主観で語るかってことでしょうか」
何だか職場での雑談の様子を呈してきた。
つられて仕事用の口調が出ていたと自覚して、これは不味いかもしれない、と余韻に蕩けた脳みそへ喝を入れる。
芽を出すかも分からない種に水をやり続け、肥料を与え雑草を除き、温室へ囲うように大事に扱って、ようやく咲いた高嶺の花。すぐ枯らしてしまうなんてあまりに惜しい。
音羽の背中をまっすぐな背骨に沿って撫でていた手が、肩甲骨と肩、首筋をじれったい程にゆっくりと経過して、頰まで移る。
肌が汚い美人はいない、という元恩師のご高説を思い出すような、くすみ一つない美貌である。かの芸術家であれば、黄金比の素晴らしさでも語っただろうか。
正直な所、生々しい人形は不気味にさえ感じていた八雲だが、「この美しさを永遠にしたくないか」などと口説かれれば、つい頷いてしまうかもしれない。どこの魔王の発想か。
惚れた欲目を差し引いても、音羽は美しい青年だ。いつかの放課後、キャンバスの中で微笑んでいた誰かの理想像を思い出す。
そのまましっとりとした柔肌をムニムニと堪能していた所、小さなあくびがストップをかけた。
「……少し寝ましょう」
明日も休みだ。八雲としては二回戦でも構わないのだが、がっついていると思われるのも心外だった。名残惜しく、まぶたに口づけを落として耳朶をなぞるに留め、愛を告げるようにそっと囁く。
「おやすみなさい、可愛い人」
そうして八雲は夢を見た。
どこか外国の、欧州らしい風景の中。満天の星空が広がる高台に音羽が立っている。白いワイシャツをボタンを掛けずに羽織っていて、星明かりが素肌を青白く染めあげていた。星影の逆光で表情はよく見えない。
「俺を人形のようだ、花のようだと例える人は多いですが」
否。それは音羽ではなかった。生き物ではなかった。
それは、人形だった。
塩化ビニル製かウレタン樹脂製か、はたまシリコンか。八雲には見分けはつかなかったが、昔ながらの陶器や磁器ではなさそうだ。
「私を人間にしたいと、甘美な死ではなく共に歩む生命をと願ってくれたのは、かの王だけです」
無機質な音を立てて人形が崩れ落ちる。
人ならざる形の四肢が投げ出され、艷やかな黒髪が標本の蝶のように広がった。
「あなたは、どちらですか」
硝子玉の瞳の中、星が流れた。
「おはようございます八雲先生」
「おはよー……こういう所で先生は止めてね音羽さん」
ラブホテルの朝は人工的だ。窓が閉め切ってあるので自然光は一切届かず、時間感覚が狂う。枕元のスマホへ手を伸ばし、時刻を確認した音羽が物憂げにため息を落とした。
「そうですね……ところで、あの、」
「ハイ」
「当たってます」
「………………ハイ」
ーーだって球体関節の音羽さん、エロかったんだもの!
……などと口に出せるわけもなく。
乱れたシーツから抜け出した生身の体温ある肉体は、昨夜の痕跡もそのままに浴室へ消え。
「先にシャワー使いますんで、ちょっと落ち着かせてて下さい」
流石に今からは時間がありません。と、行為自体は満更でも無さそうな言い草を残して行くものだから、我が身の分身の素直さに泣く泣く頭を抱える羽目になった八雲だが。
「可愛い、は初めて言われた……かも」
やれ美人だ綺麗だと持て囃され続けてきた麗人も、生娘のように真っ赤に染まった顔を、必死にシャワーで誤魔化そうとしていたのだとか。
