意味づけの奥にあるもの──同じ出来事でも、違って見えてしまうとき
「最高の未来」を考えたとき、
私が求めていたのは、安心だったのかもしれません。
同じ出来事なのに、
あるときは「よかった」と思えて、
あるときは「やっぱりだめだった」と感じてしまう。
そんなふうに、
受け取り方が変わってしまうことはありませんか。
私自身、これまで
「考え方が大切だ」と思ってきました。
できるだけ前向きに。
できるだけやわらかく受け取る。
そうやって、自分の見方を整えようとしてきました。
けれど、うまくいかないときもあります。
同じように考えようとしても、
どうしても厳しく受け取ってしまう日。
そんなとき、
「まだ足りないのかな」と思ってしまうこともありました。
見え方は、こころの状態とつながっている
最近、少し違う形で見えてきたことがあります。
それは、
意味づけは、考え方だけで決まるものではないのかもしれない、
ということでした。
同じ出来事でも、
「よかった」と思えるときと、
「たまたま」としか感じられないときがある。
その違いは、
考え方の上手さというよりも、
そのときの自分の状態に関係しているのかもしれません。
心理学では、こころの安心感の土台のことを
「安全基地」と呼ぶことがあります。
安心できているとき、
人は出来事を少しやわらかく受け取ることができます。
でも、不安が強いときは、
同じ出来事でも、自分を責める方向に意味づけてしまうことがあります。
自分を守るための見方
だから、うまく受け取れないときは、
考え方が間違っているのではなくて、
少し疲れていたり、
安心が足りていなかったりするだけなのかもしれません。
そう思えたとき、
「どう考えるか」を変えようとするよりも、
「今、どんな状態でいるのか」に目を向けられるようになりました。
それでも、意味づけはまったく選べないものではなくて、
ほんの少しだけ、やさしく見てみることはできるように思います。
うまくいかなかったことを、
「だめだった」と決めつける代わりに、
「少し難しかったのかもしれない」と見てみる。
何も起きなかった日を、
「何もできなかった」とするのではなく、
「穏やかな一日だった」と受け取ってみる。
そんな小さな見方の違いが、
こころの中の安心を少しずつ増やしていきます。
もし今、どうしても厳しく受け取ってしまうときがあったら、
それはこころが弱いのではなくて、少し疲れているサインかもしれません。
そんなときは、
意味を変えようとする前に、少しだけ安心できる時間を持つこと。
それだけでも、見え方は少しずつ変わっていくように感じています。
小さなひとつ
今日は、ひとつだけでもいいので、
「これは少しよかったかもしれない」と思えることを、
そっと見つけてみてください。
メンバーシップでは
こころの見え方や、安心と意味づけの関係について、
もう少しゆっくりと言葉にしています。
同じことで苦しくなる理由や、
少し楽に見られるヒントを、安心できる形で整理しています。
必要なときに、思い出していただけたら嬉しいです🌿
追記
最近、あらためて感じているのは、
同じ現実でも、
どんなこころで見ているかによって、
見え方が変わってくるということでした。
その見え方を責めるのではなく、
やさしく知っていくこと。
それが、
自責から自己理解へと向かう一歩になるのかもしれません。
最近、あらためて感じているのは、
同じ現実でも、
どんなこころで見ているかによって、
見え方が変わってくるということでした。
その見え方を責めるのではなく、
やさしく知っていくこと。
それが、
自責から自己理解へと向かう一歩になるのかもしれません。
そして、
夢の中で言えた言葉にも、
きっと理由があるのだと思います。
その背景にあった現実については、
次の記事で、もう少し丁寧に触れてみたいです。

少しだけ、こころをひらいてみましょう♪
🌿関連記事
こころの動きや意味づけについて、
もう少しやさしく整理してみたいときは、
こちらの記事も参考になるかもしれません。
・甘えたいのに甘えられなかった私へ──“最高の未来”から見えてきた、安心を求めるこころ
・意味づけが変わると、こころが少し楽になる
・「こころ」にも、季節がある――動けない時間を、責めないために
この記事は、これからミニワークなどを追加しながら、
「日常で使える形」に少しずつ整えていく予定です。
今後の更新内容も、現在の価格のままでお読みいただけます。
そのため、内容の更新にあわせて価格も見直す予定があります。

いいなと思ったら応援しよう!
もし、応援したいと感じていただけたら。
その気持ちを、そっと置いていただけたら嬉しいです🕊️
あたたかな応援を、ありがとうございます。