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甘えたいのに甘えられなかった私へ──『最高の未来』から見えてきた、安心を求めるこころ

近づきたいのに、近づくのが怖い。
甘えたいのに、うまく頼れない。

本当はわかってほしいのに、
「大丈夫」と言ってしまう。

そんな感覚を抱えたまま、大人になった人は少なくありません。

人を信じたい。
でも、信じることが怖い。

頼りたい。
でも、頼ったあとに傷つくくらいなら、最初から期待しないほうがいい。

そんなふうに、自分の気持ちをしまい込んできた人もいるのではないでしょうか。

表向きは自立して見えても、
こころの奥ではずっと、
「安心したい」
「わかってほしい」
そんな小さな声が残っていることがあります。


「最高の未来」を考えたときに見えてきたもの

ハッピーライティングマラソンのテーマで、
「最高の未来」について書く機会がありました。

願いが叶っているとしたら、どんな毎日を生きていたいか。

その問いに向き合ったとき、こころに浮かんだのは、
派手な成功ではなく、静かでやわらかい暮らしでした。

安心して満たされていること。
気を張りすぎず、自然体でいられること。
好きな人たちと、あたたかくつながっていること。

書きながら、自分は今、思っていた以上に
「安心」を求めているのかもしれないと感じました。

そして今日、あらためてこのテーマを読み返すきっかけになったのは、以前の記事にいただいたコメントでした。

古い記事へのコメントだったのに、
不思議なくらい今のこころに重なって、
もう一度『自分に気づく心理学』を思い出しました。

偶然のようでいて、
今の自分のこころが必要としていた出来事だったのかもしれません。

誰かに甘えたい。
安心したい。
でも、うまく頼れない。

そんな気持ちの背景には、ずっと前の痛みが、まだ静かに残っているのかもしれません。


人は「安全基地」があるから、甘えることができる

人は、安心できる関係の中で
「頼っても大丈夫」という感覚を育てていきます。

不安なときに受け止めてもらえた。
悲しいときに、そばにいてもらえた。
つらい気持ちを、そのまま感じていいと許してもらえた。

そんな積み重ねが、こころの土台になります。

愛着の視点では、こうした安心の拠点を「安全基地」と呼びます。

安全基地があるから、人は外の世界へ向かうことができます。
疲れたら戻り、また安心して進んでいける。

甘えることと自立することは、
本来、反対ではなくつながっているものなのだと思います。

けれど、幼いころにその安心が十分に得られなかったとき、
こころは「甘えるのは危険だ」と覚えてしまうことがあります。

頼って拒まれたら苦しい。
近づいて失ったら、もっとつらい。

だから最初から期待しない。
自分でなんとかする。
我慢する。

そんな生き方は、弱さではなく、
かつてのあなたが傷つかないために身につけた、大切な守り方だったはずです。


加藤諦三先生の言葉に触れて

加藤諦三先生の『自分に気づく心理学』には、
人が生きづらさを抱える背景には、こころの奥に抑え込まれた感情や、満たされなかった思いがあるという視点が流れています。

感情を抑え込むことは、
その場では自分を守ることにつながるかもしれません。

けれど、感じることをやめた痛みは、なくなるのではなく、
別の形で残っていくことがあります。

寂しかったこと。
悲しかったこと。
本当は守ってほしかったこと。
甘えたかったのに、甘えられなかったこと。

そうした気持ちは、消えたのではなく、
長いあいだ気づかれずにいたのかもしれません。

加藤諦三先生の本を読んだとき、
癒しとは、強くなることでも、過去をなかったことにすることでもなく、
自分の中に押し込めてきた感情に気づいていくことなのだと感じました。


近づきたいのに怖い、というこころの揺れ

精神分析の視点では、
十分に感じきれなかった悲しみや喪失が、
形を変えて今の苦しさとしてあらわれることがあると考えます。

人との距離の取り方。
頼れなさ。
ふとしたときに強くなる不安。

その奥に、まだ言葉になっていない感情が残っていることがあります。

近づきたいのに、怖い。
甘えたいのに、離れてしまう。

その揺れは矛盾ではなく、
つながりたい気持ちと、傷つきたくない気持ちの両方があるから起きるものです。

どちらかが間違っているのではありません。

どちらも本当だから、こころは揺れるのだと思います。

だから癒しとは、
何かを新しく手に入れることではなく、

自分の中にずっとあった気持ちに、
ようやく気づいてあげることなのかもしれません。


安心を求める気持ちは、回復へ向かうサイン

「最高の未来」を思い描いたとき、
強く浮かんできた『安心したい』という願い。

その願いは、弱さから生まれたものではなく、
こころが本来ほしかったものを取り戻そうとしている動きなのかもしれません。

甘えたい。
頼りたい。
ほっとしたい。
自然体でいたい。

そう思うことは、依存ではなく、
安心できるつながりを求める、とても自然なこころの声です。

人は、安心を感じられるほど、
自分らしく生きることができるようになります。

反対に、安心が足りないままだと、
自由を求めているつもりでも、
本当は休まらなさから逃れたいだけになってしまうこともあります。

だから今、安心したいと感じているなら、
その感覚は、こころが回復へ向かっているしるしなのかもしれません。


甘えたいのに甘えられなかったあなたへ

今のあなたが、安心したいと感じているなら、
その気持ちはとても自然なものです。

怖さがあってもいい。
うまく頼れなくてもいい。
近づきたくなる日も、離れたくなる日もあっていい。

今日できる小さな一歩があるとしたら、

「本当は、どうしたかった?」

と、自分のこころにそっと問いかけてみることかもしれません。

答えがすぐに出なくても大丈夫です。
問いを向けることそのものが、
あなたの中に安心の場所を育てはじめます。

ここまで読んだあなたは、もう
「自分が悪い」と責める場所から、
「そう感じる理由があったんだ」と理解する場所へ、少し足を移しはじめています。


追記

今回の記事は、以前書いた記事を、今の自分の感覚からリライトしたものです。

当時の記事は、スキが10ほどでした。
その数字の中にも、たしかに受け取ってくださった方がいたのだと思います。

けれど今あらためて読み返したとき、
今の自分だから見えていること、
今の自分だから言葉にできることがあると感じました。

もし今の自分の言葉で書き直したら、
必要としている人に、もう少し届くかもしれない。

そんな思いで、もう一度書いてみました。

自分の中にずっとあった気持ちに、
そっと気づいてあげること。

言葉にならなかった寂しさや、
安心したかった願いに、
やさしく名前をつけてあげること。

その時間が、こころを少しずつやわらかくしていくのだと思います。

そして最後に。
最近の私のお気に入りの、精神分析的な言葉をひとつだけ追記してみます。

「防衛」

頼れなかったことも。
期待しなかったことも。
甘えられなかったことも。

ほんとうは、傷つかないために選んできた、こころの知恵だったのかもしれません。

そう思えたとき、
責めていた自分の反応を、少しちがう目で見られることがあります。


安心したかった気持ちは、消えていなかった。

メンバーシップでは

愛着や安全基地、
人との距離で揺れる気持ち、
言葉になりにくい寂しさや自責について、
心理士の視点で、やわらかく整理する時間をお届けしています。

読むことで、
すぐに何かが変わるわけではなくても、

「今の自分の気持ちが少しわかる」
「苦しさに理由があったと知って、少し軽くなる」

そんな小さな変化につながる場でありたいと思っています。

ひとりで抱えてきた気持ちを、
安心のある言葉の中で見つめていきたい方へ。

メンバーシップで、お待ちしています。


📖 紹介した本

今回の記事のきっかけになった一冊です。

👉自分に気づく心理学


Kindle Unlimited対象なので、対象の方は無料で読むことができます。


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今回のテーマとつながる記事も、よろしければどうぞ。

甘えたいのに甘えられなかった私へ──喪失と自己理解のはざまで読んだ『自分に気づく心理学』
過去に書いた、今回のリライト元の記事です。

最高の未来は、静かでやわらかい暮らしの中に
安心したい気持ちに気づくきっかけになった記事です。

身体が先に語るとき──言葉にならない思いと、こころの葛藤を精神分析で眺める



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あいさん💗Iカウンセリングルーム セラピスト/ 臨床心理士×公認心理師|支援歴16年・2,000名超 もし、応援したいと感じていただけたら。 その気持ちを、そっと置いていただけたら嬉しいです🕊️ あたたかな応援を、ありがとうございます。