見出し画像

縄文エコミュゼへの道 04 | なぜ、南茅部なのか?

函館の東部に位置する南茅部は、人口約4千人の小さな漁業の町です。
目の前に太平洋が広がり、背後には緑豊かな山々が海岸まで迫っています。
海と山の距離はわずかで、その間を多くの川がつないでいます。山から流れる森の栄養を川が海へと運び、豊かな生態系が形成されているのです。
こうした流域が創り出す「水の循環」に、この地域は支えられてきました。

その恵みは、現在の昆布を中心とした漁業の基盤となっています。
ユネスコ無形文化遺産「和食」のうま味を支える出汁。その最上の出汁を生み出すのがこの地の「真昆布」と呼ばれる昆布です。それは、森と川と海が一つになったこの環境の賜物です。

こうした流域の環境は、遙か縄文時代から続いています。
そのため南茅部には約90カ所の縄文遺跡が分布しており、その内、垣ノ島遺跡と大船遺跡はユネスコ世界文化遺産の構成資産となっています。縄文遺跡の発掘調査も半世紀以上続き、北海道初の国宝に指定された「中空土偶」(縄文後期)もこの地で出土しています。

一万年にわたり、人々はこの豊かな流域の環境で暮らしてきました。
海・山・川の水の循環に支えられた縄文時代の暮らしと現代の浜の生活。この地だからこそ、縄文エコミュゼが実現できると考えています。
縄文文化とそれを支えた自然、そしてその自然の恵みで生きる現在の浜の生活。それらを繋げて、地域そのものを「屋根のない博物館」として捉えるのがエコミュゼの考え方です。

しかし、最近この地に異変が起きています。
沖の定置網では、暖流魚のブリが豊漁、寒流魚のサケは歴史的な不漁が続いています。さらに、磯焼けにより、特産である天然真昆布が激減し、絶滅の危機に直面しています。
一万年続いたこの土地のリズムが、揺らぎ始めているのです。

縄文は、"自然に支えられて暮らした一万年の物語" を遺してくれました。
では、私たちは、どのような社会を目指し、どのような物語を次世代へ手渡していくのでしょうか。それは、縄文から私たちに向けられた問いでもあります。

気候変動、生物多様性の喪失、分断と対立。いま世界が直面する課題の根底には、自然と人を切り離してきた近代の価値観そのものがあります。
縄文の人々が一万年にわたって育んできた、自然の一員として生きるという価値観は、これからの国際社会にとって、もっとも必要な思考の基盤になりうるものかもしれません。それは、技術や制度の刷新だけでは辿り着けない、「価値のイノベーション」とも呼ぶべき視点の転換でもあります。

縄文エコミュゼを通して、この地に「人と自然の関係を見つめ直す場」が形成されていきます。
そこでは、「人は、もっとも小さな自然」というテーゼに賛同した人々、漁業、食、環境、アート、研究、観光など多様な分野の人々が出会い、新しい関係を紡いでいく。そして、縄文遺跡を歩き、海を見渡し、浜の暮らしに触れながら、それぞれが自分の問いを持ち帰っていく。それが、縄文がもつ価値を知識としてではなく、身体と感性で伝えるということ。

やがてこの地が「人と自然との関係を学ぶ場」として根づき、地域の物語は縄文の価値とともに、世代を越えて語り継がれ、"次への一万年物語" となっていくことでしょう。

南茅部という小さな漁業の町から、縄文と現代をつなぎ、新しい価値の芽を世界の未来へと手渡していく。それが、いま私たちに託された宿題なのかもしれません。

前の記事


いいなと思ったら応援しよう!