縄文エコミュゼへの道 05|縄文文化の連続性と湿原の調査
前回は、南茅部という地域の特性についてお話ししました。今回は、なぜ1万年にわたって縄文を支え続けることができたのか、環境という側面から見ていきます。
縄文時代は、今から約15,000年前から2,400年前までの期間のことです。
土器を使用し、定住生活を営んでいたことから、世界の時期区分では「新石器時代」に位置づけられることもあります。ただ、世界の標準的な定義における新石器時代は、農耕・牧畜の開始を核としているため、採集・漁労・狩猟で定住した縄文時代の位置づけは議論の対象となっていました。
なかでも課題になってきたのが、その開始年代の古さです。
先史時代研究の枠組みを築いた西アジアやヨーロッパにおいて、新石器時代は最終氷期が終わる約1万年前から始まるとされてきました。それは、最終氷期の末期に起きたヤンガー・ドリアス(YD:12,900〜11,700年前)と呼ばれる1,200年間にも及ぶ「寒の戻り」があるからです。

暖かい時期に増える酸素同位体18Oが気温変化と連動
(YD:ヤンガー・ドリアス)
この「寒の戻り」は、急激な温暖化で北米大陸に広がる巨大なローレンタイド氷床が溶け、その冷たい淡水が北大西洋の表層に「フタ」のように広がってメキシコ湾流が運んでいた暖流の熱が高緯度に届かなくなり、皮肉なことに温暖化の途中で部分的に氷期に戻るという現象です。
こうした欧米先史学の枠組みから見れば、「約15,000年前から連続する縄文文化の存在」そのものに疑問を持たれることになります。
私が関わった「北海道・北東北の縄文遺跡群」をユネスコ世界遺産として国際的な学術の場に提示するうえでも、この前提と向き合うことは不可欠でした。
しかし、この懸念を払拭してくれた調査研究がありました。それは、湿地や湖の底に堆積した植物の花粉化石を分析し、過去の植生の変化から気候変動を読み解く研究です。湿地や水の流入が少ない湖は、周辺の花粉を取り込むトラップのような役割を果たします。
環境考古学者の安田喜憲先生は、湖底に毎年1層ずつ縞のように堆積し、樹木年輪のように年代を読める湖沼堆積物を「年縞(ねんこう)」と名づけ、古気候研究を切り拓きました。湖だけでなく湿原もまた、周辺の花粉を取り込むトラップとして、長期にわたる植生と気候の記録を堆積し続けます。
世界遺産を構成する函館市大船遺跡から、南西に直線距離で約9Kmの位置にアヤメ湿原があります。
この湿原は標高約750メートルの高位にあり、大きな変化を受けていないことから、約14,050年前から現在に至るまで、周辺の花粉を連続して堆積し続けています。縄文時代ほぼ全期間の森林組成の変遷と気候変動が把握できる、北日本では極めて貴重な「古環境アーカイブ」になっています。
この湿原で、10年単位という高い解像度の花粉の研究が行なわれています(2012 Kito, Ohkuro)。
ヨーロッパではヤンガー・ドリアスで森林が後退し、ツンドラに近い植生に変わった地域も少なくありません。しかしこの研究によると、渡島半島ではカバノキ属・トウヒ属・モミ属といった樹種が密に林を形成していたことが分かっています。
明瞭な寒冷化の痕跡が見られるのは、わずか250年ほどに限定されており、その間ですら、植生はヤンガー・ドリアス本体というよりも、その前の温暖期(アレレード後半)と同程度に温和だったと考察されています。
つまり、ヤンガー・ドリアスは確かに地球規模の気候変動でしたが、その影響は地域によって大きく異なり、北日本では文化を断ち切るほどの寒冷化は起きなかったということです。だからこそ、縄文文化は1万5千年前から途切れることなく続きえたのです。
このアヤメ湿原の調査成果は、縄文文化の連続性に学術的な裏付けを与え、縄文遺跡群の世界遺産登録を後押しする科学的な根拠の一つとなりました。
大切なのは、アヤメ湿原の価値は過去の記録に留まらないということです。湿原はいまも周辺の天然林から飛来する花粉の堆積を続けており、気候変動や植生の変化を長期にわたって記録し続ける「生きた観測装置」なのです。
2012年、世界遺産施行40周年を迎えた国際会合で、「世界遺産は、(中略) 気候変動など現在世界が直面している課題に取組む基礎を成す」という方針が示されました(京都ビジョン)。
その趣旨に沿うように、縄文世界遺産の「顕著な普遍的価値」の骨子は、気候変動に適応しながら長期に定住生活を存続させた人類の歴史。自然を人に適応させるのではなく、自然の変化に人が適応してきた一万年の物語なのです。
アヤメ湿原の時を綴る営みは、永々と続きます。
そして、その営みの記録は、未来の子どもたちが地球環境のあり方や、本当の環境保護とは何かを語り合いながら、より良い社会を創造していくための道標となっていくことでしょう。
最後に、この美しい湿原の映像をお届けします。
撮影は、私の友人BOTAN & sumire
註
Norio Kito, Yoko Ohkuro. (2012) Vegetation response to climatic oscillations during the last glacial-interglacial transition in northern Japan. Quaternary International 254, 118-128.
追記
アヤメ湿原の花粉調査とヤンガー・ドリアスの関係は、2014年3月1日に函館市縄文文化交流センターにおいて開催されたシンポジウムで議論され、その内容は『津軽海峡圏の縄文文化』(2015 安田喜憲・阿部千春編 雄山閣)に収録されています。 ISBN978-4-639-02342-5
前回の記事: 縄文エコミュゼへの道04|なぜ、南茅部なのか?
