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そういえば最近、あれほど毎日身近な存在だった土にふれていないと気づいた


はじめに


 だんだん忘却のかなたへと遠ざかっていくものなのか。すでに農業をはなれて7年目。これだけ時間が経つとさすがにこの時期にどんな農作業をしていたのかすぐには思い出せなくなった。当時は何も考えずとも段取りができて、畑に行けばほとんど無意識にその作業にとりかかり、時期ごとにやることの手順が決まっていた。

何年もつづけるとさすがにからだのほうが覚えて、段取りや手順を見ずとも先々までふくめてその日やるべきことをやっていた。午前10時ごろには済ませて、シャワーを浴び販売所に収穫物をならべた。昼からの学習サポートの予習や準備、放課後には子どもたちを向かえていた。

きょうはそんな話。

21時半まで


 6,7年はつづいただろうか。夜明け前に畑に出て、薄暗いなかで作業や収穫に着手。その時間にはじめれば、ここには暗くてもヒトがいると動物たちに警戒してもらえ、すくなくとも夜半過ぎから午前中にかけての動物害を避けられると思いそうしていた。そそくさと収穫を済ませ、野菜を洗い袋詰め、値札を貼りつけると休む間もなく車で小1時間かかる街なかの販売所へ。

日が高く高温になるまえにここまで済ますとのちの段取りまで捗る。昼食を済ませ学習サポートの教室へ向かい、清掃やかたづけ。予習や準備を終えると、いったん畑の作物に水やりに向かい、おもむろに放課後に教室へ来る子どもたちを迎えていた。

ここで4,5時間にわたり学習サポート。最後の高校生を終えて帰ると21時半ごろ。収穫物の袋詰めやラベル貼りなどをしていると眠くなり、寝床に向かう。ほとんど朝から動きっぱなしで食事以外で椅子に腰かけることがない生活だった。

体調


 前職での運動不足がたたり、四十肩気味で腕がまっすぐ上がらずじまいだった。職を変えたのちにしばらくしてはじめた農業で無意識のうちに全身を使ったおかげか、まったく意識しないまますんなり治ってしまった。ふりかえるとその頃が睡眠も良好でいちばんからだの調子がよかった。

きっと青物野菜をふんだんに摂れていたことも幸いしたのだろう。はたらきづめとはいえ、万事からだが好調になる生活に変化していた。

心持ちは


 いい調子だったと過去を振り返るということは、近ごろはふたたび机に貼りつく仕事に偏りがち。もう少し動いたほうが…と気づいて歩く。足のほうはひざをべつとすれば何とか維持できているが、農業をやっていた頃と比べるとあきらかに上半身の筋力の衰えがめだつ。

家のなかでもできる運動を思い出したように行う。あきらかにこれも限定的でさみだれ的。やはり農業をやるぐらいの汗をかくぐらいの動きが望ましいのは間違いない。その両方を足して2で割るぐらいとすれば、大学でおこなう実験だろうか。たしかにいったん着手しはじめるとほぼ休みなくからだをうごかすことは可能。

おわりに


 たしかに最近、あれほど毎日身近な存在だった土にふれていないと気づいた。こうして大学で仕事として実験をやらせてもらえることはわたしにとってからだを長持ちさせる上でもプラスになる。感謝しないといけない。農業と実験を置き換えて考えることはこれまで思いつかなかったが、よく考えるとからだをうごかす点で両者に変わりはない。

運動不足をまちがいなく自覚している以上、コンピュータのシュミレーションによる in silico の実験の椅子から立ち上がり、なにかしらからだを使う作業をすること。それがわたしには今いちばんやるべきことかもしれない。

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