「地理」をほぼ理系科目として学んでみてはと提案したい理由は、理詰めで会得する方法が使えるから
はじめに
「地理」という教科名には「理」の文字が入る。もちろんそれはもののことわりの意味をもつ漢字。「理科」や「物理」と同様の字を含むということは同じやり方が通用するのではないか。
きょうはそんな話。
公務員講座で
現在、わたしが主宰する「まなびの森」にて公務員試験向け自主講座として開講。大学1~3年生の6名とともに幅広い教科を教養を身につけようとキャンパス内で一緒に学んでいる。このところは専らわたしが講師役を務め、ほぼ高校レベルの科目を1,2か月でひとつずつ伝える。年度初めまで「倫理」を、そして先日は「地理」の教科を終えたばかり。これで2,3年生たちはひと通り地歴公民に関して学べた。
その最後となった「地理」に関して、この教科は学びながらつくづく理系科目のようだと感じた。自然科学の理科の「地学」とかなりの部分が重複すると言っていい。「地学」と重なる「地理」の単元において、ことわりを理解しつつ地理を学ぶ方法は理にかなっている。例をあげると、「地学」ではプレートテクトニクスの理論を学ぶ。
「地理」においてこの理論を概略でも理解しておくと、地球表面の各大陸の山脈や海溝などの成り立ちやその配置などの理解を助けてくれる。火山や地震との関連も同時に知れる。
加えて
気候に関しても中学校の理科で習った気象などが役に立つ。何も教科や文系・理系の枠にとらわれる必然性はなさそう。なぜある地域がこの気候を示すのか。近くを流れる海流や季節風などの吹く向きなどの影響を受ける結果、その一帯の気候はこうなると論理的に理詰めで理解を進めて説明できると忘れにくいし、多少、問題内で揺さぶられたとしてもそれに耐えて正解を導き出せる。
むしろ丸暗記の方法を取ることは、あまり意味を感じない。もちろん記憶したほうがよいものは、地図の記号、等高線の読み取り方や、土壌の名前、気候帯の表示法、ハイサーグラフ(ハイドロサーモグラフ)などあくまでも「地理のお約束」やルールとして限られたものに過ぎない。ひととおり学習していくうちに身につくものばかり。
学び方として
理系を選択した高校生のなかには「地理」を文系科目として、盛んに暗記を試みようとする生徒を見かける。何も理系とは違う学び方をしないといけない理由は全くない。
生徒のそんな様子に気づいたときには、上記の「理屈」に着目すればわりと身につけやすいよと伝える。それと地図帳と仲良くなろうねと付け加える。時間のあるときに1ページずつ眺めるといろいろ気づける。しばらくして「たしかにほとんどそうでした。」と返事をもらうことも。
もしかしたら
勘違いや枠に嵌った捉え方の元は、「社会科」や「地歴公民」という分類の枠にありそう。今回こうして全員が理系の学生たちと一緒に学ぶ地理は、高校生へ教えるときとは変えて、より客観的に理系科目としての地理という扱いでやってみた。いや、すでに無意識の状態でそんなふうに伝えていたと言っていいかもしれない。
何もそれで問題を解く上で違和感を覚えることはなかった。むしろ理詰めで解くのが自然といえそう。この記事の読者の高校生たちは何だそんなことかと思うかも。特に理系の方々にとっては易しい理科をもうひとつ増やして学習する感じ。大学入試の共通テストで地歴公民の地理は、あたかも理科の3教科目の位置づけでイメージすればいい。国語、英語に理科で3つ、あとは数学の感覚。こうした見方・捉え方で学べば少しは気が楽になるのでは。
おわりに
地理のなかでも濃淡があり、よく出題される分野や単元は本当に限られていると感じる。まずはそのポイントの箇所をしっかり「理詰め」で理解、理屈を論理的にまとめていくといい。もともと理系で理科を苦にしない人ならば、むしろ頭をそんなふうに切り替えて、上記で示した方法論を一度試してみてはどうだろう。
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