手持ちのフィルムカメラと機材をそろそろ手放す時期かもしれない

はじめに
賃貸に移り住んでまず思ったのは趣味でモノがかさむということ。こればかりは致しかたない。とはいえ身軽になりたい。2年間、ここに住んで1度も手にとらなかったものは基本的に処分しようと決めていた。その審判のときが来た。
きょうはそんな話。
カメラの機材
先日、デジタルカメラの記事を書いたばかり。そこでフィルムカメラや写真の経験に関して触れた。予想以上に反響があり、ふだんの7倍ほど閲覧いただいた。
あまりに散漫に記したため、興味を示していただいたところがわからないまま、本日はその続編を記す。最初の記事の主役だったカメラについて。デジタルカメラが登場するまではフルに利用してきた。
すでにメーカーの部品維持の期限をとっくのむかしに過ぎているため、30年ほどまえにあるカメラ屋で中古のおなじボディを見つけ、バックアップの部品取り用として購入したぐらい。つまりおなじ機種を2台もっている。もちろん3本の交換レンズも健在。
さらに加えて
そんな状態なのに、親戚から使わないからとべつメーカーの一眼レフカメラや付属品一式を譲ってもらう。20年ほどまえのこと。そんなこんなで手もとには当時のフィルムやスライドが多数。40年あまりでこんなに撮影したのかというほどある。つまりカメラ関係だけでも収納の一角を占めてしまい他に使えない。
処分のタイミングかも
フィルムカメラはこの2年間すくなくとも1度も手を触れなかった。もはや道具としての役割を果たしていない。とり出してながめることすらしていない。やはり使わないと劣化はすすむばかり。
このカメラはミラー周辺部にポリウレタン素材を使っているため、自然に加水分解が進行し、もはやミラーのうごきに支障が出かねない状態。修理は5,000円程度でやろうと思えばできないことはない。
一眼レフの心臓部にあたる部分がこんな調子だからいくらメカニカルシャッターで電池いらずとはいえ、このままではカメラの体をなしていない。このカメラ本体はたくさんつくられたらしく中古市場ではそんなに価格はつかない。
思い入れがあるだけに
弟と父の3人でこのカメラを買いに街にでかけた。ちょうど王選手が713、714号を打った体育の日(1976年10月10日)。べつのカメラメーカーの話を父はしていたはずだが、店で手にとりこちらのカメラの出来がいいということで選んだ。
もちろん父が使うため。何度か借りて撮影するうち、いつのまにかわが家では撮影担当はわたしに。それ以降、大学に進むとクラスやゼミではいつも撮影役。それで自分自身を撮影した写真はそんなに多くない。いつもこのカメラが手もとに。
おわりに
もとの家には長くは置いておけない。家の処分が近々あるかもしれない。置いているフィルムカメラ、フィルムなどを処分する方向で進めようと思う。長くつき合いさまざまな経験をいっしょにしてきたカメラだけに手放すのは惜しいが致しかたない。
あまりに想いをこめてしまうといよいよ手放せなくなってしまう。ここは思いきりいっさい例外を設けずに処分しようと思う。
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