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すでに意識してないウナギのほかに近海もののサンマやイワシ、サバなども食べられなくなるだろうな


はじめに


 ここ最近は、買える魚をみつけ出すことに専念しているといっていい。もはや買えて食べられるのは深海魚や未利用魚とされてきたものが多くなった。逆に減ったのがことしはサバ。もともと買えなかったサンマなどに加え、ひとむかしまえのウナギのように食べられなくなった。

きょうはそんな話。

食べる魚は


 魚介類を無性に食べたくなる。そんなときにかぎって気象が不安定でほしい魚がない。こればかりは漁に出られないのでしかたない。そこで冷凍のものや干物などをさがす。塩分制限中なので塩鮭などは残念ながら避ける。となると手にとれる魚はほとんどない。購入できるものは海外産の冷凍もしくは解凍したものが増えてしまう。

食べたいけれど高価で買えない状況がもはや日常に。魚はハレの日のごちそうのあつかいになりつつある。ことしはそれでもアジにはお世話になりっぱなし。漁ができて新鮮なものが店にならんだときにはほぼそればかり。みずからさばいて料理する。

これとて賃貸ぐらしなので、生ゴミを出せる曜日に合わせて買う。調理したほうは冷蔵・冷凍すればよいが、魚をさばいたあとの生ゴミが多くとそうはいかずに暖かくなるとそんなに家に置いたままにできない。

近海のものは


 さてこのクニのまわりは世界の3大漁場のひとつと遠い昔に学校で習った。そのことばをそのまま現在にあてはめていいのだろうか。それは過去の言葉としてとりあつかうべきものなのか。

というのは昨年来、イワシは高くなったり、そこそこだったりをくりかえす。もはやそんなにいないのかもとあたまをかすめる。サバは極端にこのところ高くなったと感じる。数年前のサバのかんづめの高騰はおどろきだった。もはや魚の缶詰すらどれも高いと感じてしまう。

漁獲の規制は


 もはやこのクニでは漁獲を計画的に制限つきでおこない漁業資源の持続を図ることはむずかしいのだろうか。現状はあまりにてぬるい制限にすぎず、効果は期待できない。ノルウェーのようなクニぐるみでの実質的なとりくみはこのクニではやはり無理なのだろうか。

ほんとうにわたしたちが絵で思い描く身近なさかなを、今後生まれいづるこどもたちが描けない、口にできない日がやってくる気がしてならない。

わたしがすでに食べているように姿のよく知られぬ深海魚、パンガシウスなどナマズの仲間、そしてこれまで未利用だった魚を多くの方々が今以上に食べる時代が来てしまうのか。そういえばわたしたちが小学校時代の給食にメルルーサという魚のフライがよく登場していたのをちらりと思い出した。

おわりに


 こどものころ、すでに沿岸漁業、近海漁業は衰退しつつあると教科書に記述されていた。養殖漁業や栽培漁業はどんな状況だろう。それから半世紀、はたしてこのクニではどんな漁業政策がおこなわれ、国際的な場で主張してきたのだろう。持続可能な漁業としての実効性を伴う意思を示してきたのだろうか。

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