20年余りまえ、スタバでバイトする知り合いの学生さんにつねづね聞いていたのだが⋯
はじめに
コーヒーを飲める店、つまりカフェ、昭和風にいえば喫茶店はわりと古くからのつきあい。すでに四半世紀前のこと。当時はまだいわゆる「喫茶店」も衰退しつつあったのかもしれないけれど健在。
大学生協で昼食を何度か摂るとそのお釣りをかき集め、月に何度か寄れるぐらい。講義の合間や催しの打ち合わせなどで友人たちと出入りしていた。そののち職を得てしばらく経ったころ、米国西岸のある都市で生まれた一風変わったカフェが国内に展開しはじめたとある学生さん経由で知る。
きょうはそんな話。
じつはまだ行ったことがない
けっこう引っ込み思案で、ひとりでの外食を好まない。慣れない場所やヒトへのストレスを感じやすい。都心では息継ぎなしで歩けない。いい歳をしてまるでこどものようだと思われそう。
そのため家族や知人とならすんなり行ける店でもひとりではなかなか入れないし、そのうえそこで飲食するなど、かなり足だけでなく胃もすくむ。出張時はなかなかで、スーパーやコンビニに立ち寄り食べられるものをさがすほど。めったなことでは今風のカフェなどに入ろうなど頭に浮かばない。
ハードルが高い
なかでもスターバックスは、20年あまりまえにある学生さんから聞いてその存在を知ることに。けっこう情報としては早いほうかもしれない。じつはこの学生さんはシアトルと縁が深く、知り合いがそこに住んでいた。
その縁で夏休みにその街を訪れ、現役時代のイチロー選手をマリナーズの球場で観戦するなど街に親しんだとのこと。もちろんこの街で生まれたこのカフェに興味をしめしたとのこと。
帰国後この地方に店ができ、さっそくアルバイトに選んだらしい。そこでのようすをさまざま聞かせてもらえた。はたからみるとおしゃれなたたずまいとともに洗練されたシステマティックさを感じられそうな店だが、そこではたらくのはあくまでもニンゲン。その独特なコーヒーについてとか、店で働く方々の人間模様をさまざま聞かせてもらった。
おしゃれなようだが
この地方に進出したばかりのころで、こうしたタイプの店にまだ地元の方は慣れていない。もちろん若者たちはすでにマクドナルドやなにかのファストフードのシステムなどに慣れ親しんでいるのか、わりとあっさり受け入れられたようす。
ただし、このカフェは一見すると敷居が高い。それはアルバイトしている彼女もつねにお客さんのようすからそれを感じとっていたらしい。ほんとうはどんな年代のお客さんにも利用してもらえるように、ひとこと世間話したり、臨機応変に対応したりを意識してきもちよくすごしてもらいたいと行動していたそうだ。店のほうもむしろそんなふうな場をこころがけていたとのこと。
むしろ対応力が
たしかにこの学生さんは日ごろから機転が利き、コミュニケーションがじょうずで年代のちがうわたしなどにも気軽にむこうから話しかけてくれた。若いのにむしろ大人だと思った。こどもの頃に大病と水害で「2度◯にかけた」との話をしてくれたことも。人生の機微をすでにそんな経験からさまざま感じているかのよう。
そんなふうにありたい店の雰囲気と彼女の人柄がよく合っているのだろうと思った。経営者とって彼女はそれができるまさにうってつけの人物だったにちがいない。
おわりに
じつは住んでいるターミナル駅そばにこの店が数年前に開店。よくお客さんが入っている。店のようすを横目でちらりと見るぐらいで入りはしない。先日もべつの店のまえでむすこに寄ってみるかと誘ったが、首をよこに振る。わたし以上に繊細な彼に聞くとやはり敷居が高いらしい。
基本的に各ブランドのイメージとはこういうもの。店の窓際でコーヒーをかたわらに置き、PCをカタカタいわすイメージはどこからきたのだろう。たしかに外からそんな方々がいらっしゃるようすが垣間見える。それ自体も宣伝になっているのだろう。
いつの間にか店の側もそれをよしとしていそう。結果的に、おおかたのヒトに潜在的にそう思われているのかもしれない。ドトールやコメダはひとりでも利用するのに、学生さん経由でさまざま知るスタバ。住み処の近くの店を含めてヒトといっしょでもなぜか利用するチャンスがない。
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