買う立場になり、今ではいずれもきれいな野菜やくだものを食べられるように
はじめに
農業をやってた10数年ほどまえをふり返る。やめた今とさまざまくらべる。わりとしっかり栽培できるようになり、販売量をおおよそ見積もれるようになったころに食べていたものは。
きょうはそんな話。
(タイトル写真:おとなりの畑。93歳(当時)の「わたしの農業の師匠(女性)」のつくるさといも)
質素でしかも
栽培をはじめて数年のあいだはほんとうにさまざまな作物を作っていた。なかでもじゃがいもや里いもなどは量が多くかさばる。収穫後は分別などや袋づめ、値札つけなどはほかのものとほぼおなじ。収穫後のやさいの多くは数時間後には販売所にならぶ。
その過程ではじかれるものが出てくる。じゃがいもならば小さいものやかたちのよくないもの。さといもならば大きすぎてかための親いもや小さすぎる孫いも。はじかれたものをわたしが口にする。つまりきれいなものほど家族のまえをとおりすぎ、販売にまわる。
さといもはそのうち翌年のたねいもとしてとくべつに家にのこる。慣れたころは1個で1キロを超える親いもをそのまま植えつけていた。作つけは深く掘って植えつけるのでたいへんだが、このほうがすばやく生長、露地ものとして「はしり」の時期に店にならべられ収穫量が期待できたから。
やさいはほぼ買わない
販売量の多いころはほぼやさいを買わなくなった。いつのまにか料理でよくつかうハーブ類を生産し、4か所の販売所に種類・量ともに市内でいちばん置く立場に。年中とぎれずなんらかのハーブを出した。街のレストランや料理店の仕入れの方から「うちに入れてくれないか」と声をかけていただけた。気ままに精神的に自由でいたいのですべて丁重におことわりした。
たいてい畑で得られ、わずかに何度挑戦してもできないしょうがを買うぐらい。車で搬入時に家にない卵、肉や魚、とうふなどを店に立ち寄り少量だけ買って帰る生活。家の販売に向かないはじかれたやさいたちとともに料理。食べる段階では見てくれなんて気にならない。
経費を差し引くと
運搬費用や袋代などの諸経費を差し引き、日々の販売量の推移から平均すると、からだをうごかすパートで働くよりましな程度。自分でなにもかも差配する畑しごとが性に合っていた。他人様の指図で制限を受けてまでつくりたくない。ついには本業の学習パートを農業での収入のほうが上まわるように。
そして数年つづきの度重なる大風と動物被害に昨今の流行り病(販売所通いできず)で断念。意外とあきらめは早かったというか、これでもかという動物害のダメージから立ち直れず、その年つくった苗をすべてポットのままで、植えつける意欲が湧いてこなかった。はじめてから6年目のこと。
すべて差引勘定すると最初の年から黒字だったのはさいわい。ちゃんと食べてこれた。最初の年から風害や動物害をあれほど受けずに済んだのはさいわい。結果としてあれこれまわりの指図を受けずに自己完結、自己責任でできたうえにまったく借金せずにやれて、つぎへのしごとにすぐにとりかかれた。
それにしても
立場は変わり、いまこうして店々にならぶ商品としてのやさいを手にとる。たびたび目にする商品の袋のお名前のシールを目にして、みごとだなとかさまざまご苦労のうえで、ここにならべていらっしゃるだろうとしみじみ感慨が湧いてくる。
たまにそんな採れたてやさいの袋をならべていらっしゃる生産者の方々と鉢合わせになる。なるべくおいしかったとか、利用法などをうかがうなどしている。いずれも熱心な方々ばかりでひびくように反応してくださり会話がはずむ。
おわりに
立場は変わってしまったけれど、販売なさる生産者の方々のお気持ちがすこしはわかるようになれたのはさいわい。おそらくわたしがしたように、お家ではならべる野菜のわきではじかれたものを食べていらっしゃるのだろう。
それは何も苦にならなかったし、はたけで育てたものは実った分をむだにせず口にいれてきた。やさいに対して感謝が尽きない。
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