まっすぐ地平線を求めているつもりが、ふと横を向くと同じように地平線は広がっている

はじめに
化学と生物の、ちょうど中間あたり。そこをずっと、自分の研究対象として追い求めている。ほんの狭い領域かもしれないけれど、ある真理に「世界で一番最初」に自分が辿り着く瞬間がある。「そうだったんだ」というあの感動は、一度でも体験したことのある人なら誰もが深く頷いてくれるはず。
何度も確かめ、人に伝えてその喜びを共有したくなる。いつもそれを味わいたくて研究を続けている、と言ってもいい。ただし、歓びはいつも束の間。すぐに次の疑問が湧いてくる。 そんな終わりのない日々のさなかに、ふと気づいたことがある。
きょうは、そんな話。
自然は
生き物を相手にしていると、研究の切り口はそれこそ無限。私の興味も、動物に限らず、植物や微生物、さらにはそれらの間で交わされる「やりとり」へと広がっていく。本当にきりがない。だからこそ、まずはひとつのテーマを核にして仮説を立てる。 それを、現代のあらゆる手法や技術を駆使して証明していく。
基本となる根幹を揺らがせないようにしながら、研究の「幹」をできるだけ太くしていく。そうしなければ枝先は伸びないし、たくさんの葉を広げることもできないから。
近い者同士こそ
世の中には「銅鉄(どうてつ)実験」という言葉がある。たとえば、すでに他の生物で証明された現象を、別の種を使って同じように確かめる実験などのこと。手堅く成果は得られやすいものの、時に「独創性に乏しい」と揶揄されることもある。
けれど、自らの見つけた成果が「どれくらい普遍的なものか」を確かめる目的だとしたら、話はまったく変わってくる。
関連する生物、特に類似した種へと研究の対象を広げていき、最終的に遠く離れた種にまで共通する性質や現象だと証明できれば、それはきわめて大きな成果になる。こうなると、もはや「銅鉄」と揶揄されるレベルではない。
最初のうちは
これまでは無関係だと思っていたふたつの研究が、ある日突然、結びつくことがある。きっかけは人とのつながりや、学会で知り合った研究者との他愛ないやり取りことが多い。結びついた瞬間、物事は相乗効果で、一気に高い次元へと動き始める。
たとえば、動物で見つかった「ある物質」が、これまで働きのよく分かっていなかった植物の中では、まったく違う目的で使われていることがある。
兼ねる
近ごろ、ひとつのタンパク質が生体内でひとつの役割を果たすだけでなく、いわば「副業」のような仕事をも兼任している現象がいくつも見つかっている。こうしたタンパク質は「ムーンライティング(夜なべ・副業)タンパク質」と呼ばれる。じつは、私もそんな例をいくつか研究対象にしている。
「もしかしたら、あれもそうなのではないか」
ある別の私が見つけたタンパク質についても副次的な機能を隠し持っているのではないかと、少し前から研究に着手し始めている。従来の、凝り固まったステレオタイプな捉え方では、もう生物の真の姿を追いかけることは難しい時代に入っていると思う。
地平を見つめる
研究とは、どこに辿り着くか分からない地平線を追い求めるようなもの。別に、分かりやすい「ゴール」を真っ先に目指すような研究スタイルを志向しているわけではないけれど、イメージとしてはそれに近い。
しかし先日、ここ数年の自分の研究スタンスを振り返る機会がたまたまあった。日頃の自分の動きを、少し客観的に眺めてみた。
……そこにあったのは、もはや「つまみ食い」と呼ぶにふさわしい姿だった。
おわりに
これはどうひいき目に見ても、地平線に向かってまっすぐストイックに進むような「崇高」な姿ではない。けれど、それでいい、と今は思っている。
例えるなら、地平線を求めてある方向へ邁進していたはずなのに、ふと横を向いたら、そこにもまったく新しい地平線が同じように広がっていた、という感覚。そちらへ躊躇なく足を踏み入れたとしても、誰も咎めはしないし、無理に元いた道へ戻る必要もない。
その新しい地平をまっすぐに進んでいきさえすれば、おのずと道は拓け、いつの間にか、かつての道とも不思議と辻褄が合ってくる。
このところ、そんなふうに思うようになった。
こちらの記事もどうぞ
広告
