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時間のあいまをみつけてふたたび美術館に通いはじめる


はじめに


 いくら好きなことでもしばらくとぎれると、意識に浮かんでこないままつづかないもの。慣れてしまえばほぼ無意識のうちに難なくできるのに、いったんとぎれるとあたまのかたすみにも現れない。数十年ぶりにやりはじめた美術館通い。はたして今回はつづくかどうか。

きょうはそんな話。

通いはじめた


 昨年のこと。暑いさなかに、なるべく屋外に出る時間を最小限にしつつ静岡の美術館に向かった。昨年、所用で東京に向かう。これまでなかなか寄れなかった美術館、新設なった館から選ぶ。その結果、練馬の下石神井のちひろ美術館へ。

都心に向かっても観光地には足が向かわない。なるべくヒトの少ない場所へ。なかなかそれは難しいが、電車で西にむかうとさすがにそんなことはない。ふだんぐらしの地方の街とさほど変わりない。ほどよいヒトの密度はわたしにはここちいい。

くわえて好きな絵のそばにたたずめる時間は至福のとき。たいてい自分ひとりだがたまにおひとりだけお誘いする。今回も。

ひとりで


 たいてい旅先では行きたい美術館の候補をあげておく。ちょうどタイミングよく企画展に興味のある画家やテーマがあればそれを優先。ちひろ美術館は後者であり、もっと早く訪れたかった。

2か月まえの静岡市美術館は企画優先。パウル・クレー展が開催されるため。旅の一部始終を記事に。

ヨーロッパに彼の絵をめあてにあちらこちら移動するのは至難の業。それとひきかえ静岡駅の眼の前すぐの美術館に海をこえて各地からあつまる。気軽に立ち寄れ、長年見たかった画家の絵をこうして国内の移動だけで見れる機会はまずない。


地元で


 そして今月。30年ぶりに地元の美術館のひとつを再訪。増設されかなり広くなっていた。以前に訪れた印象はかすか。こうしてあらためて出会うとやはり1度目の清新な印象がよみがえり、当時を思い起こさせるきっかけに。まるでひさしぶりに聴く音楽のよう。館内を案内していただいたのは以前の方だった。当時は開館からまもない頃だったとお話をさせていただいた。

こうしてひとつひとつ作品をたどることをつうじて、その画家の生きざまをだんだんと知れる。わたしと同じ年齢になっても瑞々しさをたもちつづけているある作者のすがたに惹かれた。

絵や音楽から汲み取れることはさまざま。もちろん拝見する側のわたしとて、ときどきで何を絵から感じとるかもいろいろ。以前とおなじ絵たちに再会しても立ち止まる絵は異なるし、印象もちがう。絵と対峙するたびに自分をみつめることになる。

習慣になるか


 絵をたびたび描いてきた。そのあいだは自分が出品する以外の場所で絵を鑑賞する機会はここ20年来ほぼなかった。ところが昨年以来、時間のあいまをみつけてふたたび美術館に通いはじめた。

絵に対する捉えかたが変わりより自由になれたと思う。それぞれの画家の生きざまを可能な範囲で知ったうえで絵に逢いに行く。抽象画がおもしろいし、色や色面の変化や微妙な階調にすら興味が湧くように。具象画ばかり描いていた反動だろうか。その一方で中世の古典的な表現もいいし、こどもの素朴な絵にも伝わってくるものがある。

おわりに


 絵は音楽とともに奥が深い。はまるとそれこそ限りないほどのひろがりがある。地元にもそうした活動をなさる方々がいらっしゃるし、その作品もならぶ。こうして自分から足が向くようになると、この側面から世のなかを知れると思う。
 

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