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私が感じたことは、いつも間違っている気がした | エッセイ

——自分の感覚より、相手の言葉を信じていた頃


泣くと、もっと殴られた。

だから子どもの頃の私は、なるべくトイレで泣くようにしていた。

母の前では泣かない。涙が出そうになったら、できるだけ我慢する。

それでも、間に合わない時があった。

殴られて、痛くて、怖くて、どうしても涙が出てしまう。すると母は、泣いたことに余計に逆上して、さらに私を殴った。

殴るだけ殴ったあと、今度は母が号泣した。

頭から布団をかぶり、こちらに背を向けて寝込んだ。

私は殴られた場所を押さえる間もなく、おそるおそる布団のそばへ行った。

「ごめんなさい」

母は返事をしない。何度謝っても、ずっと無視していた。

反応がないからといって、その場を離れることはできなかった。放っておくと、母はまた起き上がってきた。怒鳴られたり、殴られたりした。

だから、もう一度声をかける。

すると今度は、

「うるさい! あっち行け!」

と怒鳴られる。

言われたとおりに離れると、また怒られた。

そばにいると、

「どっか行けって言ってるやろ!」

と発狂する。

離れると殴られる。そばにいても怒られる。

私は少し離れたところから母の様子を見て、時間を置いては、また声をかけに行った。

何に対して謝っていたのかは、今もよくわからない。

泣いたことなのか。
母を怒らせたことなのか。
母を泣かせたことなのか。

ただ、母があれほど怒っているのだから、私のどこかが悪いのだろうと思っていた。

* * *

その状態は、少なくとも半日は続いた。

夜になると、父が仕事から帰ってきた。

母は父に、自分は何もしていないのに、私が生意気な態度を取ったのだと話した。

殴ったことは、なかったことになっていた。

父は私に何があったのかを聞かなかった。

「もう。また怒らせたんか。あかんぞ」

だいたい、それで終わった。

父は本気で私が悪いと思っていたというより、母の機嫌を直して、その場を丸くおさめようとしていたのだと思う。

強く叱らない父を見て、母が横から、

「そんなんで怒ったことになるん?」

と怒ることもあった。

父と二人きりになって、本当のことを聞いてもらった記憶はない。母はいつも、聞き耳を立てていた。

何があったのかより、母が納得することの方が大事だった。

誰も私の話を確かめなかった。

何時間も謝り続け、母の話を父まで受け入れているのを見ていると、最初に何が起きたのか、自分でもだんだんわからなくなった。

確かに殴られたはずなのに。
確かに痛くて泣いたはずなのに。

本当は、私が生意気な態度を取ったから始まったのかもしれない。私が泣かなければ、こんなことにはならなかったのかもしれない。

家の中で採用された話の方が、自分の記憶より正しいような気がしてきた。

自分がどう感じたかより、相手が何を言っているか。

何が起きたかより、その場で誰の話が採用されたか。

私にとっての「正しさ」は、いつも自分の外側にあった。

* * *

二十代の前半、病院で働き始めた頃のこと。

職場に、とても人当たりのいい先輩がいた。

誰に対してもやさしく、新人の私にもよく声をかけてくれた。

「大丈夫?」

「何でも相談に乗るよ」

まだ仕事ができず、よく怒られていた私は、かなり悩んでいた。

ある時、その先輩から聞かれた。

「婦長さんとか、しんどいんじゃない?」

自分から悪口を言ったわけではなかった。

先輩の方から、言いにくかったところを、うまく言葉にしてくれた。図星だった。

少し迷ってから、

「はい。ちょっと、そうなんです」

と答えた。

その話は、婦長本人に伝わっていた。

私は婦長から、

「先輩から聞いた」

と言われた。

それから婦長の当たりは、前よりさらにきつくなった。

先輩は、何も知らないような顔をしていた。

この人は、信用してはいけない人だった。

そのこと自体は、私にもわかった。

それでも私は、先輩に何も言えなかった。次に会った時も、今までと同じように接した。

先輩は、以前と変わらないやさしい声で言った。

「大丈夫?」

「何でも相談してね」

私は笑って、

「ありがとうございます」

と答えた。

もう何も話してはいけないと思っていることを、相手に気づかれないようにした。

そして私が責めたのは、先輩ではなかった。

話した私が悪かった。
職場の人のことを話すべきではなかった。
信じた私が悪かった。
私は人を見る目がない。

そんなふうに、自分の中で処理した。

その先輩は、みんなとうまくやっていた。上の人からも信頼されていた。

役職があるわけではないのに、誰かがミスをすると、詳しい事情を上の人へ伝えに行くのは、いつもその人だった。

現場の情報をよく知っている人として、上の人たちとも上手に関わっていた。

周りの人は、先輩と普通に笑っていた。誰も警戒しているようには見えなかった。

おかしいと思っているのは、私だけだった。

そうなると、婦長から直接聞いたことより、周りの空気の方が正しいような気がしてきた。

先輩が悪かったのではなく、やっぱり話した私が悪かったのかもしれない。

私はここでも、自分の身に起きたことより、周りがその人をどう見ているかを信じようとしていた。

* * *

それから長い時間がたった。

心理学を学び、人の言葉と、実際に起きていることを少しずつ分けて見られるようになった。

昔の私は、人のやさしさを見抜けなかったのではなかった。

病院の先輩に話をばらされた時も、

「この人は信用してはいけない」

と、ちゃんとわかっていた。

ただ、その感覚を採用したあと、どう動けばいいのかを知らなかった。

相手を警戒していることを知られるのが怖くて、何もなかった顔をした。

相手がしたことより、自分が話したことを責めた。

違和感に気づいていなかったのではない。気づくたびに、自分で打ち消していただけだった。

* * *

最近、職場でこんなことがあった。

ある人から、何気ない顔で聞かれた。

「〇〇さんのこと、どう思う?」

私は普通に聞き返した。

「何がですか?」

相手は少し言葉を足した。

「いや、最近けっこう口うるさいっていうか、いろいろ言ってくるやん?」

ああ、この人は、〇〇さんへの不満を一緒に話してくれる人を探しているんだなと思った。

私は、

「〇〇さんがどうこうというより、会社の仕組みに問題があるよね」

と返した。

相手は、そのまま別の話を始めた。

私にも、不安や罪悪感はまったく残らなかった。

その人は、雑談をすれば普通に楽しい人だ。別に、嫌いになったわけでもない。

人間やし、自分のことをわかってほしい時も、認められたい時もあると思う。

ただ、そこに乗るとややこしくなる。

だから、その話にだけ乗らなかった。それだけだった。

雑談は普通に楽しむ。

でも、ややこしくなりそうな話には入らない。

今は、それでいいと思っている。

* * *

私はずっと、自分の感じたことは間違っていると思っていた。

母が怒るなら、私が悪い。

父まで母の話を受け入れるなら、私の記憶が間違っている。

みんながその人をいい人だと思っているなら、違和感を持つ私がおかしい。

そうやって、相手や周りの反応を使って、自分の気持ちの正しさを決めてきた。

もちろん、自分が感じたことが、いつも正しいわけではない。

それでも、最初からなかったことにしなくていい。

二十代の頃の私に、今の私が何か言うとしたら、たぶん立派な言葉ではない。

「人をもっと疑いなさい」でもない。

「自分を信じて」でも、少しきれいすぎる。

たぶん、これくらいだと思う。

巻き込まれなや(笑)

そのくらいの言葉で、私はようやく、自分の感覚のそばに戻ってきた。





人当たりがよく、やさしい言葉をかけてくれる人なのに、なぜか一緒にいると疲れる。

親切にしてもらっているのに、少しずつ自分が小さくなっていく。

そんな時、そのやさしさの中で何が起きているのかを、観察ノートに整理しました。

観察ノート|職場編|そのやさしさは、誰のためのものか
——「いい人そうな人」に疲れてしまう理由

話したことを思い出して、「言わなければよかった」と自分を責めてしまう夜には、こちらを。

小さな夜話|「言わなければよかった」と思う夜に
——信じた自分まで、責めなくていい



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