闇 485(親切心と老婆心編)
闇 485(親切心と老婆心編)

2026/02/17 tue
前回の章
二千二十年二月十日、月曜日大安。
相変わらず暇なヤスの店カガヤカフェ。
店内は基本的に俺一人がいつ行っても多い。
それでも贔屓に来てくれる客は数名いた。
彼のお袋さんである化粧品加賀屋の客でもあり、ついでにヤスのところでコーヒーも飲むようになったミーココさん。
俺より一回り上の女性だが、いつも慌ただしく一杯飲むと「行ってくるね」と、ヤスへ声を掛けて出ていく。
加賀屋のおばさんと会話をしながら「何でミーココさんて呼んでいるんですか?」と素朴な質問をする。
「ほら、蔵造りの通りあるでしょ? あそこの銀行あるじゃない。そこの向かいにある道へ入ったところでミーココという飲食店を彼女やっているのよ」
「へー、だから店を開ける前にヤスのところ来てコーヒー飲んでいつも急いで行くんですね」
同級生滝川兼一の四つ下の弟でもあるヤス。
目を掛けている後輩ではあるが、毎日のように俺一人ここへ来て二千円使っていても、店の流行りとは無縁。
商売っ気のないヤス。
これは自分の家の敷地内を利用した家賃の掛からない気楽さからなのだろう。
「もっと商売っ気出せよ」とは言うものの、彼は売上が無いので深夜清掃のアルバイトへ行っているという半分道楽程度にしか取らない。
こんな精神で裏稼業へ来て、俺が味わったような地獄変を喰らったら、一溜まりもないだろうな……。
それでも可愛い後輩なので、俺のスタンスは変わらない。
彼の母親のおばさんに、若い頃から世話になった恩返しをその息子へ少しでも返したいという想い。
そういった複雑な心境から、今日も俺はカガヤカフェのカレーライスを食べている。
この店を常連として来てくれる客の店へ積極的に俺が顔を出すのもいいか。
そんな訳で俺は普段通る事のない中央通りの蔵造りの街並みを歩く。
おばさんの言った通り、銀行向かいの道へ入ったところにミーココを見つけた。

「どうもです」
「あら、岩上さん。来てくれたんだ」
店内でちょっとした世間話くらいはしていたので、すぐ俺だと気付いてくれる。

オーストラリアのウィーン料理と書かれた看板には、たくさんの料理の写真が貼ってある。

先ほどオープンしたばかりなので、客はまだ誰もいない。
彼女一人で経営している店のようだ。
「どうぞ、お好きな広い席へ座って下さい」
「いえいえ、これからランチタイムじゃないですか。俺はカウンターでいいですよ」

誰もいないカウンター席へ腰掛け、メニューを手に取る。

基本的に肉料理が多いようだ。
ウィーンって確か音楽の盛んな国だったっけ?
「何がお勧めなんですか?」
「人気あるのはシェニッツとか、ツヴィーベルローストブラーテンになるかな」
「いやいや…、ミーココさん。そんな料理名言われたって分からないですって!」
「シェニッツは日本語だと、ウィーン風豚肉のカツレツ」
「もう一つは?」
「ツヴィーベルローストブラーテンは、ウィーン風牛肉ステーキですね」
「じゃあそれを二つとも下さい」
「え! あなたさっき喫茶店でもカレー食べてなかった?」
「俺は健康優良児でもあり、食べ盛りなんですよ」
「ご飯とか付け合わせのポテトも全部二人前でいいの?」
「ええ、構わないですよ」
「じゃあポテトは種類なんだけど……」
「そんなもの、適当にお任せしますって」

シェニッツという料理は、分かり易く説明すればトンカツである。
ただソースをぶっ掛けて食べる訳ではないようで、中濃ソースを持参すればよかったと思った。

ツヴィーベルローストブラーテンは、ステーキ。
どちらかといえば、これを二人前頼めばよかったと少しだけ後悔する。
彼女は社交辞令でなくすぐ来店した俺に対し、感謝をしながらお礼を言う。
そりゃヤスの店を応援してくれているのだ。
俺だってそんな人を贔屓にしたい。
「早速のご来店ありがとうございました。どうぞよろしくお願い致します。よくカガヤカフェは行かれるんですか?」
「後輩の店ですからね、できるだけ毎日通うようにしてますよ。またここにも来ますんでよろしくお願いしますね。では」
会計をして急いで外に出る。
く、苦しい……。
ミーココでは余裕ぶっていたが、腹がパンパンで帰ってすぐ寝転がりたかった。
考えてみれば一時間以内に、カレーライス、カツレツ、ステーキ食べたのだから、こうなって当たり前だ。
本当に苦しいよー!
俺は何とか腹に力を入れてヤスの店へ辿り着き、トイレを借りてから帰って寝た。
風呂へ入り、またこれからいつもの新宿での一週間が始まる。
本川越駅から西武新宿駅に着くと、第三ホームだけ変な鉄の柵のようなのものをつけていた。

こんな中途半端なものをつけたところで、隙間から飛び降りる奴は自殺するだろ?
一体西武新宿線は何がしたいんだ?
まだ作り途中なだけなのか?
この事をフェイスブックへ載せると先輩の吉岡さんが『全部が停まる終点の西武新宿にホームドア付けてもなぁ。急行が通過する駅に優先的に付けるべきかと。たまには真面目に』とコメントしてきた。
俺は返信で『でないと、吉岡さん必殺の時計回りの指回しが炸裂する可能性ありますからね……』と書くと『バカだろ!』と怒っている。
これを見た俺は、いつもの相撲の様式美のようなやり取りに腹を抱えて笑う。
必殺の時計回りの指回し……。
これは吉岡さんが以前歌舞伎町へ俺を訪ねてお忍びで遊びに来た時から由来するネーミングである。
一昔前のディスコを思い出すような騒音の中、席へ通された。
これからおっぱいを触るんだから席を離してくれればいいのに、何故か隣り同士。
「ここってお触りか?」
「ええ、多分四人が交代交代で次々着きますよ」
けたたましい店内を眺めていると、女の子がやってくる。
本当にこの店は可愛い子が多い。
吉岡さんは早くも胸を弄っていた。
三人目が着く頃は慣れたのか、女の手首を掴み自分の股間のほうへ持って行く。
俺は吉岡さんの行動が面白くて、自分についた女を放置して眺めていた。
スーパーエンジェルを出ると声を掛ける。
「吉岡さん、時計回りの指回し最高でした」
「はあ? 何の事だよ?」
「女の手をチンコへ持って行って、時計周りに回転させてたじゃないすか」
そこまで言うと俺は我慢できずに吹き出した。
「テメー! 絶対にフェイスブックに書くなよな?」
「書きませんって。さっきのバーで飲んだくらいの投稿しかしませんよ」
いずれ時効が成立した頃、いつか小説のネタとして書いてやろう……。
そういえば最近吉岡さんも、新宿へお忍びで遊びに行くとか無くなったな。
俺より三つ上だから五十代に突入し、昔のような元気も気力も薄れていったのかもしれないな。
鉄柵を眺めつつ、まあ人身事故が減る分にはいい事だろう。
そんな事を考えながらラッキーハウスに出勤した。
二千二十年二月十二日、水曜日先勝。
ルルが来店したが、彼女は俺とキスした事などまるで気にしないように普通に振る舞っている。
俺も何事もなかったように合わせ、接客に努めた。
一服休憩の時携帯電話を見ると、池袋のちかからのメッセージが届いていた。
何気ないやり取りが、少しだけ嬉しい。
ようやくひろみからの連絡も無くなりつつあるが、俺は同じ異性で何故ここまで感情の受け取り方が違うのだろうか?
二十六歳と三十代半ばの女という違いはあれど、決して年齢的なものではない。
多分独身であろう、ちか。
旦那と子供が四人もいるくせに、俺を束縛しようとするひろみ。
この前提があるからこそ、無性に苛立ちを覚えてしまうのだ。
自分は普通に生活して、独身である俺を縛る?
何様のつもりだという憤り。
一妻多夫制でも狙っているのか、馬鹿者と思うだけだ。
それに人のプライベートを束縛する行為には、過去のトラウマがどうしても蘇ってしまう。
昔付き合った百合子にしても然り。
一度夜中の四時に百合子が電話を掛けてきて、起こされた事がある。
「智ちん…、あなたのあの記事の四番目にコメントをくれた子」
「ああ、海さんって子ね。それがどうかした?」
そのコメントをくれた子は「トモさん、頑張って早く世に出てー!」というものだけ。
それに対し俺は「ありがとうございます。力になります」とだけ返信したのだ。
「あの子のブログのリンクが貼ってあったから最初から読んでいたら、こんな時間になっちゃったんだけどね…。私が思うにああいう人って、私が一番嫌いなタイプで、何故あんな人に智ちんがわざわざ相手をするのかなって……」
「あんな人って別に単純に俺を応援してくれているだけじゃん。だからありがとうって返しただけでしょ?」
「だから、何であの人にわざわざそういう事するかなと思ってね」
「じゃあ、あの子だけ俺はコメントしなきゃいいの? おかしいでしょ、そんなの。ちょっと百合子の言いたい意味が俺には分からない」
「そう…、じゃあいいよ」
電話を切る百合子。
ブログの事になると百合子のヤキモチは、異常なほど酷くなっている。
こんな朝の四時まで嫌いだという相手のブログを見ていて、俺に文句の電話をしてくる神経。
俺はフォローする気にもならなかった。
「……」
自身の著作『忌み嫌われし子』を書く前の百合子の異常な執着。
未だ思い出すだけで、鬱っぽくなってしまう俺。
さらにあのあと起きた作品への罵倒の数々。
あれ以来、俺は異性に対しどこか一線を引いている。
俺の小説を応援してくれるのに、老若男女誰であろうと感謝を覚えるのは当たり前の話。
それを規制しようとした百合子が間違っているのだ。
まあ小説を書かなくなってしまった俺が、こんな事を思い出して何になる?
ヤキモチというキーワードは嫌な思い出しかない。
もっと若い頃、恐怖におののいた友香然り。
始まりは自業自得とはいえ、あそこまでうんざりしたケースは中々ないだろう。
いつものように『ワールドワン』で仕事をしていると、彼女から着信履歴が二十回あった。
仕事上、携帯電話を持ち歩けないので休憩室に置いていたが、これに気付いた俺は何かあったのかと驚いた。
「島村君、ちょっと外で電話してくるから」
「こっちは任せて下さい。大丈夫ですよ。ごゆっくりどうぞ」
俺は店の従業員に甘え、仕事中にも関わらず外へ飛び出す。
そして慌てて友香に電話をした。
「友香、俺だ! もしもし?」
「あ~、と~もいちろ~」
「……」
「い~わ~かみ、とも~いちろうさんですか~」
友香の声を聞いて、すぐ酔っているのが分かる。
今『ワールドワン』はほぼ満卓状態。
本当はこうして抜け出すのも他の従業員に示しがつかないし、悪いと思っているのだ。
この時間に俺は仕事中というのを分かっていながら、陽気な声で話す友香。
「何回も着信あったけど、何かあったのか?」
感情を押し殺し、冷静に言うと、すすり泣く声が聞こえる。
「逢いたいよ~…。智一郎に逢いたいよ~」
これが仕事以外の時間なら喜んでいたかもしれない。
しかし現状をまるで把握しない友香の言動に対し、苛立ちを覚えた。
「あのさ…、俺は今、仕事中な訳ね? 友香だってそこは分かるでしょ? 酒飲んで陽気になるのも分かる。でもさ、もうちょっと考えてくれないかな?」
「ご、ごめんなさい……」
「忙しいから電話切るよ」
少し冷たいと思ったが、仕方ない。
友香はちょっとこうした現状を理解しないところがある。
本来ならあの時点であの女との関係など切っておけば、地獄絵図に巻き込まれずに済んだはずなのだ。
現状とは違った自分を送ってきた友香。
実物を目にした時、何だコイツはと正直固まってしまった俺。
卑劣な真似をしておきながら、嫉妬心に狂い俺を常に拘束しようとした。
あの女との関係を切るのに、当時どれだけ考え苦労した事か……。
その感情のほとんどは、ヤキモチや嫉妬心といった自身が勝手に想定した場合の自分が取る選択肢を相手に当て嵌めるからこそ、生まれるもの。
このケースだと自分は別の男へ行ってしまうだろう。
そんな馬鹿げた自己思念が、相手を束縛するという心理へ直結する。
俺は自由な空間を泳ぎたいただの魚なのだ。
だから人の行為を奪おうとも思わない。
ちかとのやり取りは楽しく思う。
ルルから来ても同じ気持ちだろう。
だが、あとはもういい。
お腹がいっぱいだ。
仕事帰り西武新宿駅へ着くと、ちょうど電車が着いたところかたくさんの人が改札から出てくる。
まだマスクをしている人間は全体の一割程度。

ニュースでコロナと大騒ぎしているが、新宿の日常なんてこんなものだ。
中国からコロナが出たというなら、安倍首相も中国人の来日を期間設けてとっとと制限すればいいのにな。
日本という国は、いつだってどこか平和ボケしている。
二千二十年二月十四日、金曜日先負。
ナチュラルのスカウト軍団カマッテチャン南と、本チャンカジノ店員清原だけが残る空間のラッキーハウス。
暇な俺は備え付けのテレビに注目する。
国会で安倍首相へ向かって凄い剣幕で吠える辻元清美議員。
女でこうも図太いというか気性が荒いのは、見ていて本当に見苦しい。
こんな事をしているだけで、年収二千万だか三千万なんだろ?
人を責めるだけなら、自分自身でまずぐうの音も出ないような代替え案を出せばいいのに……。
政治には興味無いのでどうでもいい事である。
だが、今は亡きおじいちゃんが第一次政権の安倍総理と一緒に写った写真を嬉しそうに見せてきた過去の記憶。

当時老人用の簡易携帯の画像をどう他へ移していいか分からず、俺が携帯電話で撮った本ボケ写真。
もうちょっと親身になって調べてちゃんとした写真を残しておいてやれば良かったという後悔。
二千十四年に亡くなってから、二千二十年になった今でも思い出してしまう。
こうした背景の判官贔屓が俺にはあるので、どうしても辻元清美に対しては悪いイメージしか持てなくなる。
重箱の隅をつつくような荒探ししている印象しかない。
この考えをフェイスブックへ投稿すると、横浜時代の盟友石川雅之がコメントをくれた。
『政権を取れない愚痴みたいな国会に飽き飽きします…。自分たちに政策があるなら、それをぶつけていけばいいのに、ワイドショー観てるようで不快です。国益を損ねてますね。 石川雅之』
二度目の横浜時代、彼の心遣いには未だ感謝を覚えている。
当時彼の存在なくして俺はここまで息を吹き返せたのか?
今年の元旦に彼を誘って長八でご馳走したが、末永く付き合っていきたい知人の一人でもある。
毎日五千円制度も、コツコツながら続いていた。
また今度時間作って横浜へ顔を出したいものだ。
「岩上さんっていつもプライベートだと何をしているんですか?」
手持ちの金を使いきり暇を持て余してきた南が話し掛けてくる。
とっとと帰ればいいのにな。
「俺は川越なんで仕事ある日は、帰って寝たらそれでおしまいですよ」
「何か自分もスカウトの仕事しながら、毎日のようにここへ来て。それで時間だけが過ぎてって…。これでいいのかなあとかよく考えるんですよね」
まだ二十代半ばであろう若い彼の悩み。
しかしスカウトという仕事はよく分からないが、自分の足で稼ぎこんな場末のラッキーハウスのような店で、毎日その金を落としてくれているのだ。
年上として少しは親身になってやりたい。
「まあ南さんはここに来るなって話じゃないですよ? ただせっかく金を稼げているんだから、無駄に金を使わないようにして、ちゃんとある程度の金額は貯めるようにしといたほうがいいですよ」
「うーん…、分かっちゃいるんですけどねー…。でも家にいても一人だし、ついついここへ来ちゃうんですよ」
「南さんの仕事はよく分からないけど、自分の後輩たちの面倒見はいいじゃないですか。だからもっとここでは金額を決めて遊ぶなら遊び、あとは仲間たちと酒を飲んだり食事をしたり、そういった他愛ない平凡な日常ってもんの時間を作る事も大切だと思いますよ」
「そういうもんなんですかねー……」
「俺は四十八になるんですが、若い内にちゃんとした友人関係を構築するのはいい事だと思いますよ。じゃないと俺のように、こんなしょぼくれた店で日々働いて終わりみたいな人生になりますからね」
「よく腑に落ちないけど、そういうもんなんですかね?」
「人生なんて何歳になったって、誰も先の未来なんて分からないですよ。俺が言っているのはただの老婆心だと思って軽く聞き流して下さい」
「何だかありがとうございます」
「俺が南さんぐらいの年は、もっと金が無くて日々どうしようって焦りながら必死でしたよ。でも南さんはここである程度の金を使ってもビクともしないぐらいのスキルを持っているんです。そこへ俺が言ったひと手間加えるだけで、残りの人生においてマイナスにはならないですよって話をしただけですから」
南が笑顔で帰っていくと、今度は清原が近付いてくる。
「何ですか、何か言いたそうなその表情は?」
「店長…、ちょっと金貸して」
「嫌です! 俺は店長じゃないって何度も言ってんじゃないですか」
「お願い岩上さん。五万だけ!」
「俺は毎日五千円だけしか持ち歩かない事にしてるんです。だからもう貸せません」
以前貸した事で癖になりつつある清原。
こういった件は断固として断るのが相手の為でもあり、店の為でもあり、しいては自分自身の為になる。
清原が沈んだ顔で帰ると、店長の橋本が近付いてくる。
「赤崎さん! 客にそんな金を使うなとか、店のマイナスになるような事をいちいちアドバイスしないで下さいよ!」
「はいはい、すみません」
軽く受け流したが、内心は店長なんだから終わったあとの俺の対応に文句を言うのではなく、自分でまず客の処理をしろよと言いたかった。
だから清原を始め、多くの客が俺を店長と勘違いしているんだろ……。
俺の立ち位置はラッキーハウスの遅番の二番手。
多少理不尽でも自分が我慢しないと人間関係の崩壊が始める。
感情を出さず、飲み込むしかなかった。
思えばこの辺から、橋本との歯車がズレだしたような気がする。
二千二十年二月十五日、土曜日仏滅。
今日も橋本の微妙な距離感のまま業務をこなし、川越へ帰る。
一日五千円制度を守っているものの、毎日ヤスの店で二千円使うという事は自由になる金が三千円しか残らない。
ましてやタバコをまとめて買い置きしているからいいが、ラッキーハウスでの食事休憩の飯代だってそこから捻出している。
つまり日々五千円では中々金を貯めづらいのだ。
十二月頭からほぼ毎日カレーとコーヒーに二千円使う生活に少しうんざりしていた。
川越にはカガヤカフェだけでなく、多くの顔が利く店がある。
一軒だけに集中して通う事で、どうしても他の店が疎かになってしまう。
ジミードーナツやグリルトーゴーのように無くなってから喪失感を嘆いても遅い。
最近顔を出してなかった店……。
山下が別れたという美香と娘のシーちゃんを初めて川越へ連れてきた時行った以来だったビストロ岡田。
あれはいつだったっけ?
久しく行っていない気がする。
たまにはビストロ岡田へ寄るとしよう。
日替わりランチのデミグラスソースのロールキャベツとサーモンクリームコロッケか、エスカロップどちらにしようか迷い、両方注文しておく。

最近めっきり料理をしなくなった俺。
ここの料理を是非とも舌で盗んでおきたい。
料理を最後にしたのって、いつだよ?
確か二度目の横浜行ってから、まったくやらなくなったよな?
あの横浜橋商店街で住んでいた頃を懐かしく思う。
毎日のように商店街の中にある魚屋屋、肉屋、八百屋を何軒も周り食材を吟味していたっけ。
料理を作るのが楽しくて楽しくて、無我夢中に作り過ぎていたあの頃。
本当に外食主体の生活になってしまったものだ。
「岩上君、最近小説のほうはどうなの?」
ビストロ岡田のおばさんが声を掛けてくる。
「どうなのも何もここ数年まるで書いていませんよ」
「あら、勿体ない。賞だって取って本にしたんだから書きなさいよー」
「それが未だ印税すらもらえていないですからね。才能の欠片も無く運だけで取ってしまった哀れな作家の末路ですって」
「そんな事ないわよー。運だけじゃ本なんて普通出せないんだからね」
話好きのおばさんは、いつも止まらなくなる。
まだ小説を書いている頃ならいいが、正直今の俺にとっては耳が痛い。
話題を変えないと。
「それよりエスカロップって、日本語だと何でしたっけ?」
「エスカロップはね…、日本語だと豚肉の衣焼きになるのかな」
「いつかここの料理、俺はパクりますからね」
「あら、お店でも出すの?」
「俺は飲食なんてやりませんよ。あくまでも個人的な料理の話です」
「岩上君、色々と器用だもんね。リングの上に上がったり、小説書いたり、ピアノ弾いたり。料理もできちゃうんだ?」
「多少はですけどね、素人料理ですが。ここのデミグラスソースのロールキャベツはすでに何度か作った事もありますよ」
「へー、それは凄いわねー」
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