見出し画像

【川越太麵焼きそば】まことやの焼きそばを動かそう(笑)

2026/03/02 mon

ペイント智一郎

AIを使って元の画像を弄り回す(笑)


俺の闇シリーズにも直々出てくる
川越を代表する太麵焼きそばまことや

では…、どんな場面で出てくるか?
一部抜粋しましょう。

元の画像からAIを使って
『まことや』太麵焼きそば

一部抜粋

二千二十年四月十九日、日曜日大安、穀雨。

日曜日だから、まことやの太麺焼きそば食べよう。

そのあとでいつのもカガヤカフェのコンボ。

帰り道、櫻井さんの櫻井商店でココビスを十四個買い、コロナに負けないよう昔懐かしのなめ猫のカード十枚引いてみる。

俺が小学生の頃一時的に大ブームになったなめ猫。


元の画像からAIを使って
『まことや』太麵焼きそば

かつて川越には太麺焼きそばのお店がたくさんありました

今回はその歴史を振り返ります

元の画像からAIを使って
『まことや』満腹セット

※最近の俺のお勧め

それでは川越の太麵焼きそばの歴史、闇シリーズより一部抜粋します。

二千十七年五月十五日、月曜大安。

休み明けの翌日、起きてから無性に太麵焼きそばが食べたくなった。
多分川越以外の地域に住む人間には分からないであろう太麵焼きそば。

俺は太麺焼きそばの歴史を知る数少ない人間の一人だという自負がある。
焼きそばを食べる前に自身の記憶装置を読み起こす必要性があった。

まず幼少期から思うと、連繋寺の焼きそばから始まるのだ。
以前甥っ子の然が幼い頃連れて行った連繋寺。

俺がまだあの頃の然の年齢だった頃、うっすら覚えている記憶があった。

賽銭をあげる横に昔からあるおびんずる様の像。

その本堂の前…、そして手前右手には水子地蔵、左手には映画鬼畜でも撮影に使われた同級生河野の親が営むピープルランド。

その場所に白いテントがあり、中で太麺焼きそばを出していた時期があったのだ。
しかし俺の記憶が正しければ、このテントの焼きそばは小学校低学年の時点でもう無くなっている。
何故ならば俺がピープルランドでゲームへ夢中になっている時期には、すでに無かったからだ。

俺が小学生の頃は川越市営プール行く途中にあった駄菓子屋のみどりや。

第一小学校の目の前にあった太麺焼きそばを出す店。
外には一台だけ当時テーブル型ゲーム機が置いてあり、初期はドンキーコングジュニアだったが、俺が高校生の頃は熱血硬派くにおくんだった。

おそらく俺が最も通った店だろう。
かれこれ小学生の頃から四十代になってもだから、長さの比率でいえば無くなってしまったジミードーナツ以上になる。

入口の冷蔵庫にはチェリオの様々なビンが冷やしてあるのが好印象だった。

そしてその奥にある小峰商店。
みどりやの先にある川越高校の手前を右に曲がれば川越市民プール。
そして川越城城跡があり、その先にある初雁球場の手前にあったやる気のない太麵焼きそば屋である。

川越高校出身の岡部さんは小峰派とみどりや派がいたと言うが、そんなものは多分川越高校生だけだと思う。
偏差値七十で頭がいいだけで、何も分かっちゃいないのだ。
小峰派なんて言っているのはその辺だけで、みどりやの圧勝。

俺はみどりやのおばちゃんが加賀谷化粧品店で、二万円ぐらいの口紅などを買っているのを目撃した事もあるほどだ。
つまり三角巾を頭に巻きながら不機嫌そうにフライパンを振っていたが、それらの金で高級化粧品を買っていたほど儲かっていた訳である。

小峰商店に俺は過去一度だけ行った事がある。
冴えない暗いオヤジがモソモソと鉄板の上でやる気無さそうに焼きそばを焼いていたのを未だ覚えていた。
その姿から幼少時代の川越の闇ニチイの地下を連想させる。

カウンター席しかない小汚く手狭なテナントが並ぶ中、エスカレーターで降りていく幼い俺の瞳に映ったものは、今にも泣きそうな暗い表情で麺を黙々と啜る大人たちだった。

普通食事中ってみんな楽しそうな顔をするのに、何でここにいる人たちはみんな暗い表情で食べているのだろう?

幼少期の俺が抱いたその時の印象。
大人になって分かったのが、ニチイの地下は負け犬の巣窟だったのだ。
まだお袋が家を出て行く前だから、小学一年生頃の記憶。
普通に金を持っていたら、あんな場所で飯を食おうだなんて微塵も思わないだろう。

小峰商店のオヤジは、あのニチイの地下にいた人たちと同じ種族だと見た瞬間匂いで分かった。

同時期に川越工業の裏側に山利軒というラーメン屋があった。
そこは焼きそば御殿とも呼ばれ、ラーメン屋のくせに九割り以上の客は焼きそばしか頼まなかったのだ。
何故御殿なのか?

太麵焼きそばだけで店を建て直したの人気ぶりから、いつからかそう呼ばれるようになる。

俺がこの店を最初に知ったのは高校時代アルバイトで世話になった昭和シェルガソリンスタンドの山口社長が、自衛隊から帰ってきたばかりの俺に言った台詞から。

「智ちゃん、旨い焼きそばご馳走してやるよ」

当時十九歳の俺にそう言った社長。
言い方は悪いが、焼きそば如きで何を言っているのかと思った。

しかしここの太麺焼きそばを食べた瞬間、これまでの太麺焼きそば自論が一転し、すべてがひっくり返るような旨さだったのだ。
それ以来俺は焼きそばといえば山利軒というほどこの店を愛した。
同時に山口社長にも未だ感謝を覚えている。

加賀屋のおばさんに「この焼きそば美味しいから食べて」とお土産をもって行ったほどである。

スナックで女を引っ掛けラブホテルへ泊まったあと、寝起きに「焼きそばが食べたい」と呟いた俺を見て、女は「焼きそば? 何で焼きそばなの?」と理解を示そうとしなかった。
無理もない。
彼女は山利軒を知らないのだから。

「おまえはヤマリーを知らないのか?」

あの時俺はそう言った。
しかしそんなもの誰だって知るはずがないのだ。
とってつけたようにその時俺がつけた山利軒の仇名なのだから。

「もうね、サラリーマン連中なんてまくり食いだよ! ワイシャツの袖まくってそのまま親の仇のように焼きそばを掻き込んでいるような店さ」

気取りながら説明をしていると、その女も興味を持ち始め「私もヤマリーへ行きたい」と言うので連れて行ってやる。

店内は案の定昼時なのでほぼ満席。
その熱気にまず驚き、B定食の内容を見て二度ビックリしていた。
何故ならB定食とは太麺焼きそば、ライス、ポテトサラダ、ワンタンとすべて主食のみで形成された恐るべきメニューだったからである。

つまりこの店に来てAだのCだの頼む奴は、何も分かっていない素人の余所者という事になるのだ。

本当に腹がだらしなく出たサラリーマンの一人がワイシャツの袖をまくりながら焼きそばを掻き込み姿を見て、その女は吹き出していた。

実際にこの店の焼きそばを食べた女は感動し、俺と会う度「ヤマリーに行きたい」と言い出すようになった。

岩上整体があった頃まではやっていたが、そのあと継ぐ為に入っていた息子が辞めてしまった為、後継ぎ問題で今は閉店している。

何故俺がそこまで知っているかというと、ヤマリー閉店情報を聞き、実際に電話して「何故閉めたんだ!」と本気で怒った時内情を教えてくれたから。
だったらレシピを教えろと言ったが、そこまでは教えてくれなかった。

この山利軒が川越太麵焼きそばで一番美味かったと言えよう。

しかし太麵焼きそば文化はこの四店舗だけじゃない。

実家の隣りにあったトンカツひろむの横関さんの家がまだ食堂をやっていた頃。
ここも太麺焼きそばを扱っていた。

まだ横関さんが痴呆症になる全然前の話である。
よく俺ら三兄弟を川へ連れてってくれ、網釣りなどを教えてくれた横関さん。
食堂の表のガラスケースには大きな雀蜂の巣が二つ置いてあり、若い頃は相当な猛者だったと聞く。

「おまえはな、家の基盤があるからそんな道楽をしてんだ! そんなもの辞めて家業を継げ。おまえはこの広小路商店街の会長になる器なんだぞ!」

俺が全日本プロレスへ受かった時に言われたこの台詞。
当然家の力など一切借りてないし、何でこんな小さな商店街の会長をやる為に全日を辞めなきゃいけないんだと烈火の如く言い返す。

今となってはもうボケてしまった横関さんと、そのような会話になる事はないだろう。

さらにそのまま真っ直ぐ行ったところにあるポケットマネー。
ここも太麺焼きそばを扱う店の一つ。

もっぱら俺がポケットマネーへ行くとどうしてもビビンバ炒飯になってしまい、ここの焼きそばを注文するのは入学金騒動で巷有名な松永さんぐらいだった。

この店は昔別の店であり、俺は一番始めにインベーダーゲームをした場所でもある。
そして生まれて初めてクリームソーダを飲んだ喫茶店でもあった。

さらに仲町の黒い三連星のトンカツ早川、ビストロ岡田、餃子のいづみのいづみ食堂。
ここも太麺焼きそばを扱う店だった。

ここの焼きそばも好きだったが、その前にどうしても餃子が先に来てしまう為隠れた名作だった。
多分いづみに焼きそばがあると知る人間は少ないのではないだろうか。

そして今、川越の太麺焼きそばといえば代表的になったのが、先輩の手島さんが営む立門前通りの『まことや』である。

元の画像からAIを使って
『まことや』満腹セット

連繋寺にも屋台を構えていて、現在も大人気もお店だ。
まことやが始まったのは岩上整体開業の頃。
何故ここまでハッキリ覚えているかというと、俺の新宿クレッシェンドが賞を取り、川越ケーブルが取材に来て撮影する際、連繋寺で撮影を行ったから。

この頃、俺はティーカップブログ『智一郎の部屋セカンド』をしており、そこで太麺焼きそば談義になった。
その時ケーブルテレビのプロデューサーの女がコメントで食いついてきてウンチクを語る。
それに史実が違うと、吉岡金物店の吉岡さんが嚙みついたのだ。

後日俺はこの時のケーブルテレビの女を飲みに誘い、そのまま抱いた。
その時に「何なの、あの人」と怒りを露わにしていたから、よほど言われた事が悔しかったのだろう。
しかし吉岡さんが書いたコメントも正しい。

「あの人は悪い人じゃないんだよ、ちょっと癖があるだけで。ホームラン劇場とも仲悪いんだよ。俺は両方とも仲いいけどさ」

そう俺は北斗の拳のジャギのようにうまく自分を最大限にアピールし、彼女を慰めながらまた抱いた。
結構おっぱいが大きかったので、お得な気持ちになれた。
つまりあの時のまことやはまるで関係ない『まことや騒動』で、漁夫の利を得たのは俺だけといえよう。


以上…、太麵焼きそば特集でしたー!

え、闇シリーズの続き書けって(笑)?

AIを使って
『まことや』太麵焼きそば回転

おりゃ、回転だーっ!

あ、こんな早く焼きそば回らないか……。

AIを使って
『まことや』太麵焼きそば回転

このぐらいがいいな(笑)

いいなと思ったら応援しよう!