闇 507(インカジレディ面接編)
闇 507(インカジレディ面接編)

2026/03/24 tue
※この作品は、因果律に業を混ぜた小説です
前回の章

二千二十年十一月十六日、月曜日大安。
爽快な目覚め。
一体昨日までの破滅願望のようなアレは何だったのだ?
今日はちょい不細工な南と食事。
俺も随分都落ちしてしまったなあと気落ちする。
言い方悪いが、あのレベルの女を相手にするとは自分でも思わなかったほどである。
まあ場面とタイミングというものが人生にはあるよな……。
中国人の錐と比べると随分ランクは落ちてしまうが、それでも女を思う存分ヒーヒー言わせ、逝かせたかった。
資金もそこまで余裕ないから、どこへ連れていくか。
食事のあとホテル…、そうなるとやはり歌舞伎町しかないよな。
あの街で安心してゆったりできて、尚且つラブホテルの近い店。
叙楽苑!
二十年以上の付き合いあるあの中華料理しかない。
そういえば叙楽苑も久しく顔を出していなかった。
ちょうどいいタイミングだ。
まだ昼の十一時。
南との約束まで随分時間がある。
山本が仕事の件で連絡をくれるのが夜だとして…、散歩がてら酒でも飲みに行くか。
着替えを済ませ、外へ出た。
前回途中で中断になった東中野駅近辺まで来て、辺りの探索をする。
駅前の通りに凄い店を発見。
『バリヤス酒場』というハイボールが四十八円の飲み屋。
こんな値段で利益なんて出るのか?
もしくはこの店のオーナーがAKBのファン?
探索よりも好奇心が勝り、中へ入ってみる。
テーブルにあるタッチパネル形式で注文するようだ。
ジンビームハイボールの中ジョッキで本当に四十八円。
バリジョッキだと百四十八円。
ピッチャーが三百九十八円。
サカズキ?
これは四百九十八円。

色々サイズを設定しているが、普通に考えて一杯五十円の中ジョッキを何杯も頼めばいいだけじゃん。
昼間から十杯飲む人間も、そうそういないと思うが。
この値段設定を考えた人間は、少し頭が足りないようだ。
茄子のぶっかけおろしポン酢、特製もつ煮込み、ダブルチーズスコップコロッケ、ハイボール二杯にライムサワーを頼む。

現在千八百一円。
本当にこの店大丈夫なのか?
良心的過ぎて逆に怖い。
三千円ぐらい使うのがエチケットだと思うが、ここでそれだけの金額を使うのは大変だ。
ずっと塞ぎ込んでいたからいい気分転換になった。
外へ出ると寒さで身が縮こまってしまう。
もうすっかり冬なんだなあ。
コートを取りに一度川越へ戻らないと駄目だな。
部屋で時間まで大人しくしている事にした。
これから元気よく身体を動かすのに、風邪なんて引いたら堪らない。
あ、そうそう…、シアリス飲まないと。
そういえば山本は今、井村系列のインカジにいると言っていたが、伊達もそうじゃなかったか?
でもラッキーハウスを辞める手前、裏スロの従業員を客として紹介して来た時、うちの店の後輩という言い方をしていたな。
ちょっと伊達に電話してみるか。
「岩上さん、どうしたんです?」
「あ、伊達さんって井村系列のインカジなんですよね? 俺、昨日山本いるじゃないですか。あの『餓狼GARO』の。あいつと会って、仕事を紹介してくれと頼んだんですよ。伊達さんもまだあそこにいるんですよね?」
「いやいやとっくに辞めましたよ。今は別の系列の裏スロですよ。あの店って全然給料上がらないんですから。十二時間で一万四千円ですよ? 山本は途中から入ってきましたけど、まだいるんですね。岩上さん、辞めといたほうがいいですって、あんなところ」
「でもそろそろ手持ちの金も無くなってきたし、とにかく働かないとマズいんですよ、俺も」
いきなり嫌な情報を聞いたが、背に腹は代えられない。
当座はそのインカジで金を稼ぎ、それから次を考えればいいだけだ。
無気力にネオジオミニをプレイし、夕方まで潰す。
ようやく時間になり、南を連れて歌舞伎町の叙楽苑へ入る。
「おう、岩上さん、お久しぶりね。息子みたいなものよ」
「ママ、お久しぶりです。中々顔を出せなくてすみません」
「また顔見れて嬉しいよ。何食べる?」
「うーん、麻婆チィークワァイに麻婆茄子、五目焼きそばと春巻き、台湾風骨付き豚ロースの唐揚げに……」
「岩上さん、二人だからその辺にしとく。料理残しちゃう」
金も無いのに昔から見栄を張ってしまう俺の悪い癖。
叙楽苑のママはそういったところも見透かし、ちょうどいいタイミングで止めてくれる。
そういえば二十代の頃から、この店には本当に色々な女を連れて来たもんだ。
浅草ビューホテル時代に知り合い、今は海外にいる小川誉志子。

中国人マッサージで働いていた何だっけ?
春花だ。
あの子もここへ連れて来た。

中学時代同じクラスの同級生竹内朋世。
過去チャブーからケツに膝蹴りを食らった女。

あいつとも久しく会っていないな。
まだ川越にいるんだろうか?
四十代になってから、新宿のキャバ嬢あかりも連れてきたよな。

ラッキーハウスのルルも連れて来た。
そこそこいい女ばかりだった。
目の前の南をそっと見る。
でも今はこれか……。
「ん、どうしたの?」
「いや、ここの料理って抜群に美味いんだ」
「でも頼み過ぎじゃない?」
「容器もあるから、持ち帰りもできるんだよ」
苦し紛れの会話の途中、池袋のちかからLINEが届く。
本当この子ぐらいだよな。
懲りずに毎日連絡来るのって。
本当なら南ではなく、ちかのようないい女を連れてきたい。
ただそれは今の俺にとって無謀というもの。
何故なら金がないからだ。
仮にちかを誘ったとする。
まずもっといい店をチョイスして食事。
そのあと彼女のキャバクラ。
ここで殺人的な散財をしなくてはならなくなる。
しかもこれを一度や二度じゃ無理だろう。
下手したら食事だけで、真のご馳走にはありつけない可能性だって考慮しなければならない。
……これまでの経験を加味した上での、冷めた計算だ。
SFCG時代の傲慢な社長の言葉が、頭の中で蘇る。
朝の会議では、変わらず社長がムチャクチャな理論を言いながら、みんなを罵倒していた。
「いいか、俺は五千円のうな重なんて食いたくねえんだよ。五百円のうな重でいいから食いてえんだよ。いついつまで仕事をしましたとかじゃない。どう結果を出したか。それだけがすべてです。俺たちはそうやってきたぞ。何故おまえらは何もやらない? 地底まで落ちるのか? 決算発表の時、後ろから俺を撃つのと変わりないぞ。そうやって俺を背後から撃つんだな? 俺の言った数字をクリアできなかった支店の連中は、明日寄付をしろ。不治の病め。役に立たないなら、少しぐらい世の中の役に立ってから死ね」
こんな事を毎日名指しで言われるぐらいなら、下っ端で自由にやっていたほうがいい。
面倒はごめんである。
俺は名刺を財布に入れると、また知り合いの店へ訪問と称し、会社をあとにした。
「五百円のうな重でいいから食いてえんだよ」って、あの暴言。
あの頃は「ふざけんな」と鼻で笑っていた。
でも今、俺は正にその五百円のうな重レベルに落ちている。
いや、もっと下だ。
でも四十七円のコロッケで生き延びてた二俣川時代より、まだマシか?
ちかを誘える金はないが、南を抱く金はある。
でも南を抱いても、心はちかに向いたまま。
これが俺の新たな業だ。
昔から『いい女』を欲しがりながら、金がないと妥協する。
ルルも、あかりも、錐も……結局、俺はいつも『今できる女』で我慢してきた。
そしてその我慢が、必ず後で自分を刺す。
南を抱いた翌日、絶対に後悔する自分が、ハッキリと目に浮かぶ。
それでも俺は、今日、南を抱く。
何故なら、他に抱ける女がいないから。
そして金がないのは、充の競馬で十万円を無駄にしたから。
それだけではない。
メガンテを唱えた俺自身が、橋本をクビに追い込み、自分の居場所まで同時に吹き飛ばしたからだ。
自己犠牲の呪文は、ちゃんと俺の胸にも深く突き刺さっていた。
因果律は、こんなにも冷たい。
またチラリと南を見る。
不細工で、俺に好意を寄せるだけの女。
本当は五千円の鰻が食いてえ。
ちかのような、ちゃんとした女を抱いて、ちゃんとした店で、ちゃんとした時間を過ごしたい。
でも俺にはその金がない。
「南、こっちへ」
「え、どこ行くの?」
叙楽苑を出ると、路地裏へ南を引っ張り込み唇を奪う。
性に飢えた醜い中年男と化した俺。
服の中へ手を突っ込み、南の乳房を触る。
「ちょっと待ってって!」
「なあ、南。ホテルへ行こう」
「私、これから出勤だもん」
「え……」
「もうそろそろ向かわないと。ほら、岩上さん、早く行こうよ」
「……」
何なのこの展開?
ひょっとして、俺ってこのブスに利用されたの?
何でコイツに腕を引かれ、歌舞伎町を歩いているの?
お願いだから知り合いには会わないで。
俺を知る人間に誰とも会いたくない。
とにかく顔を伏せ、地面を見ながら歩く。
運がいいのか、大久保のスナックゆうこでは知り合いに一人も会わずに済んだ。
店内へ入ると錐の姿が見える。
一瞬目が合うが、すぐ視線を反らされた。
当たり前だよな……。
「岩上さん、今日はどっちで飲むの? 十二年? 十八年?」
「……」
無言でグレンリベット十二年を指す。
ショットグラスへ注がれる琥珀色のウイスキー。
そのまま胃袋へ酒を流し込む。
「ねえ、私も一杯もらっていい?」
「ご自由に」
セブンスターへ火をつける。
俺は一体こんなところで何をしているんだ?
携帯電話でLINEをチェックする。
山本の奴、まだ連絡が無い。
早くしろよ、まったく……。
目の前に置かれる赤ワインのボトル。
え、何でワイン?
南は笑顔でワインを開ける。
「バブル時代と違ってさ、最近景気いいお客さん本当にいなくなってね。こうやってワインとかバンバン入れる人、ほとんど絶滅だもん」
「……」
小指を立てながらワインを飲む南を見て、殺意が湧いてきた。
このクソ女、俺は無職だと言ったじゃねえか。
一杯と言いながら、何故ワインのボトルを勝手に開けてんだ?
もういいや、こんなブス……。
「あれ、どうしたの、岩上さん?」
「チェック」
「え、まだ来たばかりじゃないの」
「チェック!」
「だってワイン開けたばかりだよ?」
「チェック!」
「ちょ、ちょっと待っててね」
俺は五分もしないで一万二千円を請求された。
こんな場末のスナックで、本当に俺は何をやってんのか。
残る一万円札も少なくなってしまった。
どうする?
まずは宿の確保だ。
幸い本田からアスクルームの情報はある。
今の内、金を払い居場所の確保だ。
新大久保駅方面へ向かい、アスクルームまで行く。
一階はまいばすけっと。
受け付けは二階。
階段を上ると、手前が美容室、奥がアスクルームになっていた。
店内へ入ると壁際にちょっとした本棚があり、漫画本が並んでいる。
無料の水とポットが置いてあり、近くにはインスタントコーヒーとお茶のティーバック。
普通の漫画喫茶よりショボくないか?
目の前に見える各個室のようなもの。
畳一畳もないほどの狭さで、ドアすら無い。
「……」
こんなところで人間が住めるのか?
入口で固まっていると、店員に声を掛けられる。
あれ、どこかで見掛けたような顔……。
中口だ。
新宿で再会し、横浜へ連れて行き助けたのに裏切った男。
しかし似ているだけで本人ではない。
落ち着けよ、今の俺は余裕が無さ過ぎる。
店員にシステムを聞いてみた。
このクソ狭い部屋のようなものと、入口にある飲料は自由で一ヶ月二万円のキャンペーン中。
確かに本田の言った通りだ。
ラッキーホステルがあと数日。
俺は金を払い、契約を済ませた。
どんどん坂道を転がっていく感覚。
一体どこまで落ちていくのだろう……。
部屋へ戻り山本からの連絡を待つ。
夜の九時過ぎになっても、彼からの返事はないまま。
俺は焦りを感じ、山本へLINEを打つ。
結局既読にもならないまま、夜の十二時を迎えた。
二千二十年十一月十七日、火曜日赤口。
昼になり目を覚ます。
連絡を待ったまま寝てしまったようだ。
携帯電話を見る。
山本からの連絡は相変わらず無い。
電話を掛けてみた。
しかし何度鳴らしても、山本は出る様子がない。
一体あの馬鹿は何を考えているんだ?
俺は今、仕事が無い状況なんだぞ?
ひょっとしてあいつ、ヤクザゲーム屋での事を恨みに思っているのか?
店に行くと店内は誰もいない。
これまでのデータをチェックする。
早番の時間帯に山本の新規伝票があるのを見つけた。
あの野郎…、人に金も返さず毎日ポーカーばかりしやがって。
俺は携帯電話を取り出すと、LINEで山本へメッセージを送る。
『いくら言っても分かってくれないんで、うちの上に相談します。もう俺に金を返さないでいいので、ヤクザと話し合って下さい。ご了承のほどをよろしくお願いします。 岩上智一郎』
酷く残虐的な気分になっていた。
まだ新庄にこの事は話していない。
それでも俺が相談すれば、彼ならすぐ動いてくれるだろう。
これまで元同僚だからと甘い顔をし過ぎたのだ。
インターホンが鳴る。
元同僚の山本だった。
黙った状態でドアを開ける。
また俺に金も返さず懲りずに打ちにきたのか。
「あ、岩上さん…、大変申し訳なかったです。今日はこれをお返しにきました」
「え?」
山本は五万円を俺に渡すと、そそくさと階段を降りていく。
余程ヤクザに頼んだからという嘘のLINEが堪えたのだろう。
ビビった山本は、すぐ耳を揃えて金を返しに来た。
だが、あれは借りたものを返さず、目の前でぬけぬけとゲームをしていた山本が悪いだけ。
何度返せと言ってもはぐらかし、頭に来た俺がヤクザをチラつかせた事は確かにあった。
ヤクザの怖さを知る山本だからこそ、少し脅しに使ったまで。
もう一度電話を掛ける。
やはり出ない。
もちろんLINEも既読になっていない。
俺が過去した事はラッキーハウスで猪狩を巻き込み、橋本を追い込みクビに持っていった事と同じ事か。
あれで香川は橋本のクビを山下へ内緒にしろと言ったほど、俺を毛嫌いした。
山本もあの一件で、俺を毛嫌いしていたのか。
何もこんな土壇場で意趣返ししなくてもいいじゃないかよ……。
今日明日辺りで仕事にありつけると計算していた俺は、目の前が真っ暗になる。
どうする?
何の伝手も無い。
本当に動かないとヤバいぞ?
とにかく知り合いに連絡して、どこでもいいから働ける場所を確保しなくては。
でも誰に?
パッと思い浮かんだのが山下哲也だった。
あいつには散々面倒見た。
藁にも縋るような思いで電話をしてみる。
「あれ、岩上さんどうしたんすか?」
「なあ、どこか俺が働ける店ないか?」
「岩上さんならどこでも引く手あまたじゃないすか」
「無いからおまえに言ってんだよ!」
「ゲーム屋でですか? 多分インカジとかじゃないと、もう無いんじゃないすか? あ、廣木君のところならゲームもありますね。インカジと混合ですけど。岩上さんが頼めば、廣木君も断れないんじゃないんすかね」
かつてのワールドワン時代の最後の部下廣木。
彼が今名義社長をしているインカジの『セクシー』。
あいつに二十年経って頭を下げ、下っ端から始めるのかよ……。
廣木との最後の接点は、ラッキーハウスの時。
あの高山の余計な電話でのやり取りぐらいだった。
「赤崎君、セクシィって分かる?」
セクシィ…、以前山下や大山のいたサン系列最後の生き残り店。
今ではゲーム屋としてでなく、インカジも導入し訳分からない状態になっていると聞く。
しかもそこの名義を貼っているのが廣木。
ワールドワン時代、最後に入ってきた従業員だった。
クビにした山下の代わりに新人の西森、そして廣木が店に入ってきた。
西森は明るくとっつきやすい性格。
廣木は俺と同じ年でとても無口だが、ゴルゴ十三をこよなく愛し、その話になると無性にお喋りになる変な男だ。
当時皮肉な事に、山下をクビにしたあと入ってきた廣木。
その山下がラッキーハウスへ来てから俺は廣木があそこの名義人だという情報を知る。
あの根暗の男が今やセクシィの名義社長。
本当に裏稼業というものは、運やタイミング一つでいくらでも立ち位置が変わってしまうものだ。
「知ってますよ、廣木が名義をやっている店ですよね?」
俺の言葉に高山が真顔になる。
「ねえ、赤崎君…、何で君が廣木君の事を呼び捨てで偉そうに言ってんの?」
昔の上下関係など知らない高山が突っ込むのも無理はない。
あれは俺が三十代前半の頃なので、十五年ほど前の事なのだ。
「随分前になりますが、自分が店長をしていたゲーム屋に新人で当時廣木が入って来たんですよ。それで知っている程度です」
「ほんとにー? 君が?」
まるで人を値踏みするように小馬鹿な言い方をしてくる高山。
何一つやましい嘘などついていないのに、本当にウザい客だ。
高山は携帯電話を取り出し、目の前で話し出す。
「あ、廣木君? あのさー…、ラッキーハウスってゲーム屋あるじゃない。うん、そーそー…。赤崎って従業員って知ってる? 君の事昔世話した事あるとか偉そうに言ってんだけどさー。え、知らない? ちょっと待ってね……」
高山は俺を睨みつけてくる。
俺の話した事がデマだと思っているのだろう。
だいたい赤崎なんて偽名を言ったところで、廣木が分かるはずもない。
「高山さん…、岩上と伝えてくれれば多分分かると思いますよ……」
「岩上? ちょっと待って…、あ、廣木君待たせちゃってごめんね。赤崎でなく岩上だってさ。うん、そうそう…。ガタイは大きいよ。え? 大先輩? そうなんだ…、昔本当にお世話になった? あ、そう……。忙しいところごめんね、今度また顔を出しに行くよ」
あれだけ失礼な真似をしながら高山は電話を切ると、ゲームへ集中したふりをして、俺のほうを一切振り向かない。
本当に性格の歪んだ男だ。
「今度赤崎君、一緒にセクシィに行こうよ」
次は昔の上司である俺を連れてマウントを取りたいのか、この馬鹿は?
仮に俺が行ったとして、廣木にしてみれば会いたくない存在なはず。
自分がペーペーだった頃の店長が、今の自分に会いに来るのである。
それに俺も十数年ぶりに会うのに格好つける必要性があるので、最低十万ぐらいの金を持って勝負ぐらいしないと小馬鹿にされるだろう。
つまり高山の提案は、誰一人得をしない。
唯一この馬鹿の自尊心だけを満足させるだけというどうしょうもない構造になるだけ。
「うーん…、向こうはあまり会いたくないと思いますよ。自分も十円レートの店で勝負するほど余裕なんてありませんし」
「金なら僕が出すから行こうよ」
「高山さん…、申し訳ないですが、他の店へ嫌がらせをしに行くのを協力はできません」
「ふーん…、何が嫌がらせなのか僕には理解できないけどね。赤崎君って少し神経質なんじゃないの?」
「そうかもしれません。気に障ったら申し訳ありませんでした」
朝方になるとまたパンを俺に買ってこいと命令をする高山。
山下が気を利かせて行こうとすると「僕はね、赤崎君にお願いしたんだよ」と卑しい笑みを浮かべた。
「いいよ、山下…。ご指名は俺なんだから、ひとっ走り行ってくるよ」
こんな事でしかマウントを取れない哀れな男。
若い頃のイケイケ時代の俺と会っていなくて命拾いしたなと、精々心の中で毒づくのが今の自分の立ち位置である。
「……」
あれから今度は仕事が無いからと、頭を下げに行くのか?
絶対に嫌だ。
「なあ、廣木以外のところで何か無いのかよ?」
「どこでもいいんすか?」
「もう贅沢言えないよ。充のせいで、競馬散々やられ、本当に金と時間を無駄にした」
「うーん…、ちょっと待って下さい。一つ宛てがありますんで」
一旦山下との電話を切る。
本当に俺は何度似たような過ちを繰り返しているのか。
ラッキーハウスを辞めたまではまだ良かった。
しかしそのあとが良くない。
何も考えずに充を宛てにし、無駄に金と時間を使い過ぎた。
だからこうして窮地に陥っている。
今回の件で俺は何一つ得をしていない。
五十万近くあった給料をもらえる仕事を失い、その腹いせにメガンテを唱えやり返しただけ。
一千万出すから店をやれと言ってくれた深谷さん。
俺が辞めたのを知りながら店に行き「え、岩上さん辞めちゃったの? じゃあ私帰ります」とわざわざそう行動したルル。
番頭の香川へ電話して文句を言ってくれた客もいた。
そういった客たちへの感謝や想いは忘れず、新たな道を進むつもりでいた。
結果何もしなかった俺は、また地獄の一歩手前にいる。
このままではいけない。
また俺は復活するんだ。
あの山下頼りになるとは……。
本当に人生って皮肉なものだ。
もしあいつルートが何も無ければ、一度潔く川越へ帰ろう。
新宿にいるよりはマシだ。
あのアスクルームの負に満ちたオーラの空間。
とてもじゃないが、坊ちゃん育ちの俺に堪えられるのか?
スナックゆうこの南のような女からも利用されるほど、落ちぶれた俺。
底辺中の底辺。
楽に死ねるなら、いっその事もうここで人生を終わりにしたい。
池袋のちかからLINEが届く。
こんなみっともない状況など話せやしない。
店を辞めた事は伝えていたが、ここまでの惨めな事は伝えていなかった。
『ちょっと新たな仕事が決まるかどうかの段階だから、落ち着いたらまた連絡するね。 岩上智一郎』
この期に及んでも、まだ格好つけた返事をする俺。
上っ面だけの体裁など、何になるというのだ。
『うちは岩上さんが苦しむ姿はできれば見たくないな。どんな職場か知らんけど、うちは岩上さんが一番最適な場所に行く事を願うよ。 ちか』
「……」
何度か香川と橋本の愚痴を彼女へこぼした事はある。
これは初対面で会った際、ラッキーハウスの面々をちかも知っているからだ。
二人目は茶色いショートカットの美人が隣りへ座る。
名刺を渡されながら「ちかです。はじめまして」と礼儀正しくお辞儀をしてきた。

先ほどのエリとはタイプが違うが、誰が見ても綺麗だと言うだろう。
彼女は兵庫県出身で、琵琶湖の話で盛り上がる。
日本一の壮大な湖。
出不精の俺でも一度はこの目で見てみたい。
関西出身なので、関西弁がまるで抜けない彼女。
「ちか、今いくつなの?」
「二十六なんですけど、三月でもう誕生日迎えます。もうおばさんの領域ですわ」
「いやいや、俺なんて四十八だよ? 全然若いし、君のような子はいくらだって幸せになろうと思ったらなれるって」
「岩上さん、優しいんですね。着ているコートも品があるし」
俺はたまたまアマゾンで見つけた安いベージュのコートを着ていた。
確か三千円しなかったお買い得の商品だ。
まだあの頃は、酒井さんたちが捕まる前。
今年の二月の話だ。
あれから九ヶ月過ぎた。
本当に激動の期間なような気がする。
ほとんどのものを失い、残ったものはちかと山下か……。
何でこんな冴えない中年に、彼女は未だ毎日連絡などしてくるのか。
それでもカラカラに乾き切った砂漠のような心に、優しい水が差し込んできた感覚。
うん、まだ挫ける訳にはいかねえよな。
俺はまだまだいい女を抱きたいし、金だって欲しい。
最低ラインのここから、また這い上がってやる。
山下から着信が来た。
「岩上さん、急なんすけど、今日の夕方の五時に花道通りのゴリラのぶら下がっているビル分かります?」
「ゴリラ? ああ、ボヤッキーが入っていたビルだろ?」
「自分、よく分かりませんが、そこで待ち合わせて面接だそうです。岩上さんの電話番号は教えましたからね。小西さんって方が来るみたいすから」
「悪いな、山ちゃん。また落ち着いたら一緒に飲もう」
暗闇に差した一筋の光。
期待していなかった分、喜びは大きい。
まさか山ゴネスに、仕事の世話を頼む事になるなんてな……。
散々小馬鹿にした相手に対し、俺は初めて感謝をした。
本当に人生どう転ぶかなんて、一寸先すら分からないものだ。
朝から何も食べていない事に気付き、大明飯店へ向かう。
ここも結構久しぶりだよな。
サービスセットの味噌ラーメンと半チャーハンを注文。

食事は大事だ。
生命の源になる。
感謝して食べ終わると、ラッキーホステルへ戻り、エクセルで履歴書の作成をした。
過去に型は作ってあるので、最近の職歴の手直しをすればいいだけ。
夕方になりインカジ『レディ』の面接の時間が来る。
本当に肌寒い季節になった。
今日の面接終わったら、一度コートを取りに帰ろうかな。
花道通りのゴリラビル前で待っていると、メガネを掛けた落ち着いたスーツ姿の中年が近付いてきた。
「岩上さんですか?」
「はい、そうです」
年齢は俺より五歳ぐらい上だろうか?
五十歳を超えた人が、裏稼業にいる事に驚く。
俺も四十九歳だから、人の事など言えないか。
「じゃあ、喫茶店で面接しますから。行きましょう」
「どちらへ?」
「ルノアールです」
東通りへ入り、喫茶店『ルノアール』へ向かう途中、キャッチの三好とバッタリ会う。
「お久しぶりです。あれ、岩上さんと小西さんが一緒? どういう組み合わせなんです?」
〇〇会ゲーム屋時代、少し面倒を見た事のある三好。
俺がヤクザの下にいたり、ラッキーハウスで働いていたり、今度はこの小西と一緒というのが不思議で仕方ない感じだ。
キャッチの三好が今月分のケツモチ料を店に持ってくる。
気付けばこの周辺のキャッチのケツモチ料は何故か俺が管理している現実。
「最近どうですか?」
「いやー、お陰様でボチボチですよ。では失礼します」
浅黒い肌の三好は、外見とは裏腹にとても人懐っこく礼儀正しい。
おそらく金を預かる俺を勝手にヤクザ系の人間と勘違いしているからだろう。
俺が彼らの金を管理し、新庄が来たら渡すだけの話。
面倒なので手渡された封筒の中身など、確認すらした事がなかった。
ヤクザのところで働いていたなんて悪印象なだけだよな……。
「またゆっくり説明しますよ」
今はこの面接で受かる事だけ考えないといけない。
曖昧な返事をしたまま三好を煙に巻く。
「三好さんと知り合いだったんですか?」
階段を上りながら聞いてくる小西。
「ええ、もう何年か前ですが、ちょっとだけ関わった時期がありまして」
店内へ入り、水だしコーヒーを注文。
履歴書を渡すと、小西はマジマジ眺めている。
「自衛隊にプロレスに格闘技…、ピアノ? 小説? 何ですか、これ?」
俺は説明するよりも、目の前で見せたほうが話が早いと感じ、携帯電話で『岩上智一郎』と打ち出し画面を見せた。
「え? 履歴書と書いてある事と、ネットで同じじゃないですか!」
「ええ、一応嘘は書いていないと証明したほうがいいかなと思いまして」
職歴に書き切れないので多少の端折りはしているが、先月のラッキーハウスまでの部分は正直に書いたつもり。
プロレスやピアノ、小説に関してはインターネットに映像まで残っている状態。
信じられないではなく証拠を見せたほうがいいだろうと思った。
面接の際、自身の経歴で驚かれるのはもう慣れていたのだ。
これは能力面を分かり易く見せる為、あえてそうした。
でないと五十歳手前の男が、一から裏稼業で働くなど嘲笑され採用されないと思ったのである。
会話は面接というより、どのようにしてプロのリングへ上がったのかや、本をどうやって世に出したのかなど、仕事とは全然関係ないものになっていく。
過去自分が必死に頑張っていたものが、鎧のように俺を護っているのを感じる。
普通ではあり得ない過去の履歴。
すべてが俺であり、また現在の情けない姿さえも自分なのだから。
「分かりました。では、面接の結果は後日連絡しますのでお待ち下さい」
「はい、本日はありがとうございました」
喫茶店を出ると、あれでよかったのか少しだけ不安に駆られるが、今さら誤魔化しようのない人生を歩んできたのだ。
小細工をしたところでしょうがない。
そのまま西武新宿駅へ向かい、川越へ帰る事にした。
家に帰り、コートを羽織るとすぐ出る。
このまま新宿へ帰るのも何だし、軽く飲んでからにするか。
篠崎の働く居酒屋『大漁丸』へ向かう。
「おお、岩ヤン、久しぶり」
「川越戻ってきたから篠ヤンところ顔出してみた」
「仕事はどうしたの? 何かフェイスブック見た感じ、色々揉めた感じはしたけど」
「今日新しい店で面接してきたんだ。何となくだけど多分受かると思う」
「そう、なら良かった。一応どうすんのかなとは思っていたからさ」
「とりあえずウイスキーのロックと青りんごサワー。あとマグロもちょうだいよ」
「あいよー」
やっぱ川越にいると何か落ち着くな……。
大久保だと俺が気に入っている店は、どちらかというと食い物屋だばかりになってしまう。
赤レンガに大明飯店。
寿楽にラ・ムー、あと伊勢屋食堂。
ゆっくり酒を飲んで寛げる居場所がない。
それでも自分で選択肢を狭めた俺は、あの歌舞伎町へ居続けなければならない現実。
このすぐ自暴自棄になる性格を何とかしないと。
後先考えずに動いたところで、碌な現実が待っていないのだから。
もうどこで人生を間違えたかなど、確認し後悔する年でもない。
いつまで学生気分でいるのかなど、到底言えない年齢。
いっその事、もう楽に人生を終わらせる方法があるのなら、そうしたいものだ。
正直ここ一連の騒動で、疲労困憊だった。
俺が本気を出せば何でもできる。
どこかでそんな自信を体内へ同居させながら生きてきた。
でも、実際はただの無職。
本当なら一日一万八千円もらえるラッキーハウスで、大人しく仕事をして金を貯めるべきだったのだ。
いやいや、それらを失うのを自覚しながらメガンテを唱えたんだろ?
後になって何を後悔している?
最低ラインまで落ちたからって、自身の行動を悔やむなよ。
それがこれまで生きてきた矜持というもんじゃないのか。
「……」
少し気弱になっていた。
いつからだろう。
こんなにも弱くなったのは。
ジャンボ鶴田師匠や三沢光晴さんの背中を見て育ち、あの人たちの軌跡を汚したくない一心で頑張ってきて、このザマか?
おじいちゃんに何の恩も返せず、一向に目が出ないまま終わりでいいのかよ?
それでも自分なりには頑張ってきたさ……。
本当に何でこうなってしまうのだろうな……。
目の前に焼鳥が置かれる。
見上げると篠崎が笑顔で口を開く。
「これ、俺から。何か元気ないみたいだからさ。まあ焼鳥食って元気出せって訳じゃないけど」
「……。ありがとう……」
同級生の絆か。
いいもんだ。
せっかく川越に帰って来ているのだ。
飯野君も声掛けてみるか。
そろそろ仕事が終わる時間だろう。

マグロ摘まみ、マグりながら酒を飲む。
手の空いた篠崎と馬鹿話をして共に笑う。
仕事帰りに飯野くんも大漁丸へ寄ってくれ、何だかんだで終電逃す。
でも今はそれでいいような気がした。
携帯電話が鳴る。
インカジ『レディ』の小西から。
「はい、岩上です」
「あ、岩上さん? あのね、面接の件なんだけど、採用という形で」
「ありがとうございます!」
「明後日…、十九日の夜九時から店に来てくれる?」
「あの…、大西さん。肝心のお店の場所を聞いていないんですけど」
「ああ、うっかりしたな、ごめんね。うな鐵のさ、細い通りに入った道分かるかな?」
うな鐵の通り?
「平和通りですよね?」
「通り名まで分からないけど」
「あの串焼きカミヤがある通りですよね?」
「そうそう、その通りの真ん中ぐらいにさ、長谷川ビルってあるのよ。そこの二階になるんだ」
「長谷川ビルの二階……」
「店名は『レディ』だから。じゃあ十九日の夜九時に待ってます」
「よろしくお願いします!」
電話を切り、飯野君と篠崎へ新し戦場が決まった事を伝える。
それにしても長谷川ビルって、どこかで聞いた事があるような……。
「……」
思わず口元がニヤけてしまう。
「何よ、岩ヤン。いきなり笑いだして」
「いや…、本当に因果なもんだなあと思ってさ……」
「何が?」
長谷川ビルは、俺にとって因縁のあるインターネットカジノ『新宿クレッシェンド』があった場所なのだ。
あのビルの二階といえば、一店舗しかない。
まさか二千十四年から六年経った今になって、あの忌々しい場所へ戻って働く事になるとはな……。

おじいちゃんが亡くなったあの時点からやり直せ。
まるで何かに導かれているような感覚さえした。
なるようにしか人生ならない。
ならば時流の流れに沿って……。
身を任せるように俺はその流れに生きようじゃないか。
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