闇 442(地元への誇りとプレステ4編)
闇 442(地元への誇りとプレステ4編)

2026/01/02 fry
前回の章
二千十八年二月七日、水曜日先負。
一週間ぶりの休み。
東京新聞杯…、いや前日の土曜日も含め、負け続けの日々に嫌気が差していた。
ショックを癒やす為には、美味しい食べ物を胃袋へ入れるのが最善。
いつものようにカフェアンジーへ向かうと休業日。
こうなると次に行くのは一番近いレストランシブヤ。
ここ数ヶ月の俺のパターンは休みになるとアンジーで、深夜は呑龍というものばかり。
近所なのに申し訳ないなあと思いつつ、店内へ入る。
「いらっしゃい。ランチかな?」
「よくご存じで…、あとナポリタンも下さい」
大好きだったジミードーナツも無くなった。
二千十五年十二月五日。
本当に残念です……。
幼稚園の頃からジミードーナツのミートソース食べてきましたから。
梅図かずおの「のろいの館」に出てくる赤ん坊少女たまみを幼少期見て、トラウマになったのもジミードーナツだし、ハンバーガー食べながら手塚治虫の火の鳥全巻読破してみたり、若い頃はとにかく暇さえあれば、ここにいました。
もう一度ミートソース食べたかったなあ……。
俺のミートソースは、ここのをベースに作ってました。
お悔やみ申し上げます。
俺はあの時横浜にいたとはいえ、行けなかった後悔があるからこそあの投稿をフェイスブックにしたんじゃなかったのか?
「はい、まずはナポリタンです」

パルメザンチーズをたっぷり掛けてタバスコを数滴降る。
フォークを刺して適度な大きさに丸め、口へ放り込む。
何故かこの太麵のナポリタンが無性に懐かしく感じた。
グリルトーゴーにしてもそうだ。
あれほど後悔したくないと言いながら、あの店の最後を見惚れなかった。
後輩の栄二からトーゴー閉店の話を聞いて知っただけ。
二千十七年八月十一日、金曜日先勝、山の日。
川越の洋食屋グリルトーゴー。
先月末で閉店したようです。
ここの味噌焼きチキン、本当に美味しかったなあ。
もう一度食べたかったなあ。
二十年以上前から通っていたお店の閉店は、辛いものがありますね。
でも、マスターお疲れ様でした。
新宿クレッシェンドが発売された時、本買って「サインちょーだいよ」と最初に言ってくれたお店でした。
幼稚園の頃から通っていたジミードーナツに続いてなので、ダメージ大きけど、これが時間の流れなんだなあ。
マスターありがとうございました!
いくらSNS上で格好つけた文面を載せたところで、俺が不義理なのは変わらない。
気が付けば目の前にあるナポリタンをすべて平らげていた。
「はい、ランチです」

うん、俺にはまだこのシブヤのランチが残っているじゃないか。
餃子のいづみ食堂。
トンカツひろむ。
ジミードーナツ。
トンカツ早川。
食事処とよま。
レストランいづみ。
俺が愛してきた店の数々。
しかしここもあれば、霞ヶ関の洋食屋エトワールだってある。
それにしても旨いな、ランチの酢豚。
串カツにトンカツに焼売という組み合わせも相変わらず素敵だ。
店を出ると隣りの伊勢屋のシャッターが閉まっていたので、そのまま家へ向かった。
始さんたちもゆっくり休んでいるだろう。
立門前通りを歩いていると元ベーカリー中野跡地にある小江戸っ子うどんが目に入る。
結構美味しかったという記憶の店だが、去年の夏前に行っただけだな……。
せっかくだし寄ってみるか。
二千十七年六月十六日、金曜日友引。
「お待たせしました。茄子汁うどんです」
汁とうどんが分かれた状態でトレーに乗せられたものが出てきた。
小皿には薬味と生姜があり、右側には大盛りのうどん。
そして汁には大量の野菜が入っていた。
大きめに切ったネギに油揚げ、そしてエノキダケに茄子が二枚。
想定したものとは違ったが、中々美味そうだ。
うどんをつけて食べてみると、麺の腰の強さに驚く。
こんな美味しいうどん屋だったのか、ここ……。
「あ、岩上さん、いらっしゃいませ!」
メガネを掛けた店主が笑顔で出迎えてくれる。
半年以上ぶりで一度しか来ていないのに、よく覚えているものだ。
「えーとですねー…、茄子汁うどんを」
「麺の量はどうなさいますか?」
さっきシブヤで二品食べたばかりだしなあ……。
「今日は並で。今さっきランチとナポリタン食べたばかりなんですよー」
「それはそれは凄い食欲で」

腰のあるうどんを茄子汁につけて食す幸せ。
俺は満腹感マックスでフェイスブックへ投稿した。
家に帰ったら、一気に三人前食べたせいか腹が苦しくなった。
もう寝るぐらいしかやる事がない。
『ここうちの嫁さんパートしてますわー。 山崎信也』
目を覚ますと先ほどの投稿にコメントが入っていた。
山信からかよ、随分久しぶりだな。
あいつの嫁って言うと、岡部さんが辞めたあとのトンカツひろむ時代、店にいた子か?
岩上整体で先輩の甲斐さんが来てくれた時に聞いた話だから、二千七年!
もうあの頃から十年も経ってしまったのか……。
施術をしながら色々な話をする。
「しかしひろむが無くなっちゃって、本当に残念だよ」
「岡部さんが独立で辞めたのが大きいですよね」
「あとから入った若いのいたでしょ?」
「ああ、山信ですか?」
「あの子になってから本当に客来なくなっちゃってね」
岡部さんの後釜にひろむは若い小僧を使った。
格式のある料亭で料理人をしていたという触れ込みで、岡部さんのほうが年上で先輩なのに妙に気を使っていたのを覚えている。
ただ、当時山信は二十歳そこそこ。
料亭でといってもそこで働いていただけで、そこまでのプライドを持つ必要が無いんじゃないのと俺は思っていた。
岡部さんが『とよき』で独立し、ひろむは山信に。
俺は岡部さんところへ行った帰りに、一ちゃんや良江ちゃん、おばさん、おじさんの顔もあるので、ひろむへバランスよく寄るように気遣った。
「智一郎さんは、向こうばかり行きますからね」
気を使って来た俺に向かい、山信は嫌味を言う。
「おまえ、ふざけた事抜かしてんじゃねえよ、ボケ! おまえの顔なんかでここに来てる訳じゃねえんだ。おじさんやおばさんの昔からの繋がりで来てんだから、あんまり勘違いすんじゃねえぞ、小僧」
そう怒鳴りつけた事もある。
結局岡部さんが独立して出て、トンカツひろむは半年で閉めてしまった。
確か春とかそんな名前の子だったような……。
山信の奴もおそらく調理系の仕事をしているのだろうが、あの性格じゃ苦労しているんだろうな。
あの頃ひろむで見た感じ、おままごとにしか見えなかったが、こうして時間も経ち、あの子と結婚したのか。
夜になると飛び起きて、埼玉りそな銀行の駐車場へ向かう。
例え俺が休みであろうとも、野良猫ニャーニャーたちの餌はちゃんとしないとね。
二千十八年二月十二日、月曜日友引、建国記念日振替休日。
競馬の結果を見て、打ちひしがれながら画面を眺める。

また約四万円負けで終了。
いつまで経っても懲りない俺。
JRAも建国記念日の振替休日まで三日開催で競馬なんてやってんじゃねえよ、クソが!
休み明け出勤した四日分の日払いが、これですべてただの紙切れになった。
いや、馬券ではない。
携帯電話から買っているのだから、紙切れ以下。
金をドブに捨てたようなものだ。
せめてもの救いは忙しなく話し掛けてくる川崎が今日休みという程度。
「はぁ……」
深い溜め息をついていると、責任者の橋本が近寄って来た。
「赤崎さん、また負けたんですか?」
「ほんと競馬は辞めなきゃ駄目ですね…。これからはゲームでもしながら休みを過ごすように心掛けますよ」
「プレステ4ですか?」
「いえいえ、俺は買おうと思っているけどこの有様で未だ3ですよ」
自傷気味に笑いセブンスターに火をつけた。
「良かったら赤崎さん、俺のプレステ4買いませんか?」
「え、橋本さんの? でもそれなら新しいの買いたいですよ」
「一度も使った事ないんですよ。箱もそのままだし新品同様ですよ」
「いくらでです?」
「三万五千円でどうです?」
「え、だって4って四万円ぐらいじゃなかったでしたっけ? それなら新品買いますよ」
「それは普通のやつですよね? 自分のはもっと上のグレードのやつですよ。スピーカーみたいのとか別途に色々ついていて、もちろんそれも未使用です」
「……」
ゆっくり煙を吐きながら考えてみる。
詳しくは分からないけど、まあ新品を買うよりは一万円ぐらい安くなっているのだろう。
しかし橋本の口で未使用と言っているだけで、本当はコーラか何かこぼしちゃったとかそんなオチなんじゃないのか?
それに競馬で負け犬の俺に売ろうという魂胆が根性悪である。
「何をそんな白い目で見ているんですか、赤崎さん?」
「おかしい…、メタメタ負けている俺に4を売ろうとして、何を企んでいるんですか?」
橋本は携帯電話を操作して画面を見せてきた。

「ほら、これ見て下さいよ。全然別物ですよ」
「むー」
「何ですか、そのむーって」
「企みを聞いてないです」
「じゃあ正直に言いますよ。ちょっとキャバの女に入れ上げてて、プレステ手放してでも必要なんですよ、金が」
「事情は分かりました。ただ未使用というところが引っ掛かるんですよ。コーラか何かこぼしてませんか?」
「何もこぼしてないですって!」
「必死なのが怪しい」
「じゃあこうしましょうよ? ニンテンドー3DS、これもつけるから四万円ちょうどでどうです?」
「よ、四万円……」
さらに胡散臭くなった。
しかし3DSもかー……。
「ソフトもつけますから」
「むー」
いいほうのプレステ4に、3DS、さらにソフトも……。
この男、俺からなけなしの金を貪りつくつもりか?
しかしプラス五千円ならそう悪い条件ではなくなったのも事実。
結局この日、俺は橋本に押し切られる形でゲーム一式を買う事になった。
しかし現金が財布に三万二千円しかなかったので、プーさんの缶から千円札を数枚出すので明日になったら金を払う事を伝える。
「じゃあ手付で今日三万だけ下さいよ」
「駄目です! 現物と交換です。コーラこぼれた形跡があるか確認してから」
「まったく赤崎さんは疑り深いなあー」
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