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闇 414(川越市立門前通り編)

闇 414(川越市立門前通り編)

2025/12/07 sun
前回の章


二千十七年六月十六日、金曜日友引。

プーさんの缶の蓋を開ける。
ここには金を入れるだけと決めていたのになあ……。

無数の五百円玉の中にある札束から二万円だけ取り出す。

「はー……」

思わず出る溜め息。

昨日は呑龍から始まりワインバーのポン。
そのあと天下鶏行くと満席で、ガールズバーで朝美と知り合い、また天下鶏へ戻るとスウェーデン人のリッキーと意気投合。
ノヴェリストと英語で言われ気分を良くした俺は再び朝美のガールズバーで散財。
財布の中の金が空になる愚行を犯す。

このタンス貯金ならぬプーさんの缶から二万だけ取り出したのは、目先の空腹になった胃袋の回復と生活の為。

馬鹿な金遣いの荒さ。
また気が緩むとすぐこうだ。
今後の休みはゲームをして大人しく部屋で引き籠ろうと心へ誓う。

とにかく腹が減っては戦は出来ぬ。
この腹ペコになった状態をまずは何とかしないといけない。

どうせ食べるなら美味しいものを食おう。
俺は連繋寺前にあるカフェアンジーへ向かった。

この店の料理の味は、今のところ何を食べても舌鼓を打つようなものばかり。
手書きメニューの中にグリーンカレーがあるのを発見。

俺の中でグリーンカレーは人生で食べた事があるのは過去一度だけ。
北中の裏ビデオ屋メロンで、野路の小汚い倉庫へ行く合間の時だった。

ゴールデン街へ向かう十字路『九州ラーメン博多っ子新宿店』が一階に入ったマンションにあった倉庫。
その斜め向かいにタイ料理の店が当時できたので興味を覚え入ってみた。
隣りに酒屋のある小さな小さな建物。

カレーがあったので興味を覚えたが想像したようなメニューが一つもない。
それで仕方なくグリーンカレーを注文する。

中に葉っぱのようなものが入っていて、向こうの文化なのかなと口に入れてみると何とも言えない気持ち悪い味が広がり一気に食欲を無くす。
後々聞いてみるとそれがパクチーというものらしい。

アンジーの料理は美味しい。
しかしこのカレーを頼み、あの葉っぱが入っていたら嫌だなあ……。

「あれ、岩上さんどうされました?」
「むー…、このグリーンカレーって苦い何とも言えない葉っぱ入っているんですよね?」

「葉っぱ…、あー、パクチーの事ですか?」
「そうです、そのパクチーです。俺、アレ苦手なんですよ」

「大丈夫ですよ。うちのに入れないよう伝えますから」
「本当ですか? 騙し討ちは嫌ですからね?」

俺の台詞に旭湯の昭雄さんの同級生であるシェフの奥さんであるいずみさんが大笑いした。
どこかでこの人の笑顔を見た事あるなあと思った。

誰だろ…、あ、そうか!
以前俺が妹代わりに可愛がったミサキに凄い似ているのだ。

あくまでも笑い顔だけだが。
そういえばミサキも沖縄に住むようになってから、お互い連絡がさっぱりになってしまった。
確か岩上整体の頃だから、あれから十年ぐらいになるんだなあ……。

まあ俺よりもミサキは十歳若いのだ。
連絡はないのは元気な証拠か。
幸せに暮らしていればいいが。

「騙し討ちなんてしませんよー。あーおかしかった。では岩上さん、グリーンカレーでよろしいんですね?」
「それとアイスコーヒーも」

少ししてグリーンカレーのプレートが置かれる。
カップに入っているのがカレーなのだろう。
サラダに赤飯?

え、グリーンカレーって、正式には赤飯で食べるものなのか?

カフェアンジー グリーンカレー

俺が固まったまま料理を眺めていると、いずみさんが気になったのか「あれ、どうかしましたか?」と声を掛けてくる。

「む、無知ですみません…。グリーンカレーって赤飯で正式には食べるものだったのですね?」
「赤飯? え、どこに?」

俺はプレートの上の少し赤みがかったライスを指さす。
その瞬間いずみさんは腹を抱えて大笑いし出した。

呆気に取られる俺。
そんな受けるような事を言ったのだろうか?
笑いのツボにハマったのか、しばらく止まらないいずみさんの様子を見て厨房からコック帽を被ったマスターが出てくる。
奥さんを諫めていたので慌てて窘める。

「マスターって、銭湯の昭雄さんの同級生なんですよね?」
「あ、岩上さん元々昭雄のお知り合いなんですよね」
「ええ…、よくではないですが、会えば親しくお話はしますよ」

アンジーはオープンキッチンの造りなので、マスターが料理する姿はカウンター席に座りながらよく拝見していたが、こうして話をするのは初めてだった。

「うちの実家の位置分かります?」
「岩上さんのクリーニング屋さんですよね? もちろん分かりますよ」

「隣りにトンカツひろむがあった頃は、昭雄さんともよく会っていたんですけどね」
「私はその頃新宿のワシントンホテルだったので、ひろむさんは行けた事なかったんですよ。閉店してしまったと聞き、非常に残念な気持ちになりましたね」

「ところで質問なんですけど、グリーンカレーって、赤飯で正式には食べるものなんですか?」
「え、赤飯?」

「ほら、これ赤飯ですよね?」

俺がプレートのご飯を指さすとマスターは顔をニヤけながら「これは五穀米になります」と教えてくれた。
これまで五穀米を食べた事がない俺。
よく見ると色合いが少し似ているだけで、確かに赤飯と少し違う。

「あ、料理が温かい内に召し上がって下さい」

アンジー夫婦がホールからいなくなると、俺は恐る恐る口へ運ぶ。
あれ、中々美味しいぞ?
この五穀米も見た感じもっと口の中でボソボソするかと思ったら、違和感なく普通に食べられた。

見た目の凶器さと違い、普通のご飯に近かった事にとても驚く。
こうして俺はグリーンカレーをあっという間に平らげアンジーを後にした。


立門前通りを歩いて帰りながら、まだ全然腹が一杯になっていない事に気付く。
ハンバーグプレートも頼んでおけば良かったなあ……。

でもまた戻ったらそれだけで笑われそうな気がする。
昔から世話のなった小林澄夫さんの家の前を通り過ぎようとして、向かいの中野パン屋だったところにうどん屋になっていた事に気付いた。

小中時代同級生だった中野健次郎。
金子修一や火事で全焼してしまった安達すみれ、トンカツひろむの良江ちゃんたちと同じ小学時代の六年間登校班でずっと一緒だった同級生。

こんな近所なのに中学卒業以来一度も顔を見た事がなかった。
もう川越にいないのだろうな。
小学校の頃は、よく一緒に連繋寺で遊んだんだけどなあ……。

幼い頃の記憶が一気に蘇った。
まだ自分を俺でなく『僕』と呼んでいたあの頃。

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