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闇 472(勘違いするオカマ編)

闇 472(勘違いするオカマ編)

2026/02/05 thu
前回の章


二千十九年九月二十四日、火曜日先負。

「岩上さん、どこか寄って行きましょうよ」

「……」
「今日は川崎さんも一緒に来るって言ってますよ」

前回説教したばかりなのに、懲りずに飲みへ誘ってくる山ゴネス。
まあ川崎が来るなんて珍しい。
仕方なく俺も参加する事にした。

川崎とはラッキーハウスへ入ってから、仲良くやってきたのだ。
一つ年上で先に入ったにも拘らず、活舌も悪く一度インカジオープンで抜けてしまった為、俺より立ち位置が下になってしまった。
でも彼はそれに対し悔しさという感情はまるで無いようだ。

俺がここまで我慢して働いてこれたのも、川崎がフォローしてくれた事も少しあるので感謝を覚えている。

そうじゃなければ今じゃ早番の責任者でふんぞり返っているオカマの木下をとっくに殴って辞めていただろう。

西武新宿駅前の日高屋に入り、酒を飲みながら乾杯をする。

2019/09/24 新宿 日高屋

「最近入客が妙に増えましたよね?」
「あ、あ、あれでしょ? ス、スカウトの連中が、ふ、ふ、増えたからだよ」

山下と川崎が言うように、ラッキーハウスの入客がこの一ヶ月で倍増近くなったのも、キャッチの松岡が連れて来たスカウト軍団のお陰だった。

始めは南と手下一人だけ。
まだ二十代の若い彼らは十円ポーカーというゲーム屋は初めてだったらしい。
俺と店長の橋本で、ポーカーゲームとは何か、ラッキーフルやフィーバーパックの遊び方を手取り足取り説明。

「今までインカジか裏スロしか行った事ないんですけど、何て言うかこういうお店。レトロと言うか懐かしいと言うか、何かいいですよね」

南が俺に対しそう言っていたが、若い彼らにも昔ながらのゲーム屋の魅力が伝わったのだろう。
それ以来、自分たちのスカウト軍団の若い衆がどんどん押し寄せるようになった。

どこかの地方から新宿歌舞伎町へ上京し、俺たちのような賭博系裏稼業ではなくスカウトという道を選んだ彼ら。
収入的にやり方次第でキャッチやスカウトはいくらでも化けてしまう。

若くして必要以上の金を持った彼らは、どこかで発散材料を探していた。
それがたまたまラッキーハウスになったというだけ。

ワールドワン時代の席がいつ空くのかと客が待つほどの状態になるのは、十数年ぶりだ。
俺や橋本が親身になって彼らにポーカーを教えた事が、ここまで爆発的な人気になるとは想像もしなかった。

「でも南さんって本当にカマッテチャンですよね、岩上さん」
「おい、山下。一応若くても客なんだから、本人の前でそれを言うなよな」

人懐っこい南は、ゲームにしにと言うよりも、何かあるとキャッシャーまで来てお喋りをしたがる傾向になる。

満席に近い店内。
彼の気持ちは分からないでもないが、こっちは目の前の業務をこなすのに精一杯。
山下が彼をカマッテチャンと呼びたくなるも理解はできた。

「で、で、で、でもさ、き、木下の野郎、ほ、ほ、本当に最近図に乗ってんじゃん!」

確かに川崎の言うようにオカマの木下の偉そうな態度は、最近見ていて目に余るものがある。

オーナーの酒井さんグループは、元々入客数をとにかく入れろというスタイル。
それはインカジ『ボヤッキー』や『餓狼GARO』の時でも証明されている。

それを履き違え、乞食だらけに増殖させたのは当時店長だった猪狩だった。
必要以上に意味のない過剰労働になるのを防ぐ為、俺と猪狩の意見は毎日のように衝突した。
結果立場の違いで俺はクビになり、その後の理不尽な地獄めぐりへ足を踏み込んだのだ。

「元々遅番でカマッテチャンの南たちを育てたから、今の店の状態がある訳じゃないですか」

それは山下のいう通りである。
元々俺たち遅番の時間帯に新規で来店。
それを気に入ってスカウト軍団が増殖したのだ。

基本昼間や夕方の時間帯に活動する彼ら。
仕事をサボったり、息抜きにラッキーハウスへ来るのはどうしても早番の時間帯へ集中する。
つまり遅番で拾った客が、早番で新規客が日々増殖している状態なのだ。

そこで組織的に一番評価されているのが、早番の責任者であるオカマの木下だった。
彼は何を勘違いしたのが天狗になり、店長である橋本を差し置いて好き勝手するようになる。
代表的なのが、客へ媚びを売る為レッドブルやモンスター全種類といったエナジードリンクを店に置きだし、従来のドリンク類があるので入らないと、その為だけに小型冷蔵庫を勝手に購入し店内へ設置といったあり得ない事をしている。

確かに客は喜ぶが、無駄な経費を使っているだけに過ぎない。
見学で横についているキャッチの人間まで帰り際「モンスターもらっていいですか」と声を掛けてくるほど。

木下の増長ぶりには番頭だった根間や、酒井さんの側近金太郎の後ろ盾という無駄な評価があったからだ。
彼らは木下が早番になってから、橋本と違って急に入客が増えたと絶賛し始めたのである。

当初入った頃点数計算も碌にできず、算数ドリルをやらされていた木下は、劣等感の塊でもあった。
そんな男がオカマの格好をしたまま長いというだけで責任者になり、必要以上の評価を受けてしまう。
それで勘違いしないほうがおかしい。

可哀想なのが人工透析をしながら週三回で出勤する吉岡だった。
多忙な状況の中、ストレスの溜まっている木下の捌け口にされている。

基本的に俺が遅番で出勤するのが早い。
着替えようとすると、いつも吉岡が一服する場所に立っている事が多かった。
座ってタバコを吸えばいいのにと、椅子を勧めると暗い表情で断ってくる。

「おい、おまえはそこでずっと立ってろと言ったろ!」

満席状態の中、木下の怒声が店内に響く。
吉岡はオカマによってただ無駄にいびられていたのだ。

あまりにも目に余る為、俺は橋本へこの件を何度も相談する。
しかし、店長という肩書のある橋本は難しい顔をしながら返事を濁し、何も答えを言わない。
木下の背後にいる根間や金太郎の影響を気にしての事だった。

ただタイミングが悪いだけの橋本や遅番の人間たち。
そんな俺たちに対し、木下は偉そうにほざく。

「いいか? ゲーム屋っていうのはよー、ただホールに立ってINキー回してりゃあいいってもんじゃねえんだよ」

この台詞を聞いた時、おまえがゲーム屋のイロハの何が分かると殴りたくなった。
だから山下や川崎の愚痴も、正当な主張にしか聞こえない。

しかし自身の立ち位置では遅番の二番手というだけ。
つまり橋本、木下、次に俺という順番なので必要以上強く言えない状態で歯痒かった。

「岩上さんが動かないと、店の状況変わらないすよ?」
「分かっているけどさ、じゃあ逆に聞くぞ?」

「ええ」
「俺が強く出るのは簡単だ。だけどそうなると組織は俺よりも木下を絶対に選ぶだろう。結果俺がラッキーハウスから首になるか、抜けるかという状況になる。それでおまえがいいなら、いつでも動くぞ」

「岩上さん、抜けたら遅番洒落にならないじゃないすか!」
「だから俺だって色々堪えながら考えているんだよ」

「うーん、難しいすねー」
「でも、酒井さんは何故あそこまで乞食でもいいから客を拾えって方針なんだろうな?」

これだけは自分の中でも不思議だった。
今や何十億も動かしているオーナー。
そんな人間が何故千円二千円しか使わない客まで集めようとするのか。

「自分がサンのゲーム屋で働いていた頃あったじゃないすか? 岩上さんが裏ビデオを五店舗見ていた頃です」
「ああ、浄化作戦真っ最中の時代だろ?」

あれは二千四年の頃だから、もう十五年前になる。
毎日のようにどこかしらの店が検挙された地獄絵図。

歌舞伎町浄化作戦により、この街の縮図は明らかに変わってしまった。
今ではホストが異様に増え、金の流れが大きく変わっている。
石原元都知事がやりたかったクリーンな街作りとはこんな事だったのかと、それに対しては今でも不満を覚えていた。

世界一の繁華街なんだから、娯楽の飲む打つ買うの三拍子でよかったバランスを崩しただけ。
それが今や賭博は新しい形になったインカジと裏スロ。
力をつけたのがホスト。
だからホストへ入れ込む売春女が増殖。
これが今の歌舞伎町だ。

当時百軒以上あった裏ビデオ屋は表立って無くなり、ゲーム屋は自然淘汰。
ラッキーハウスは生きた化石のようなものである。

「あの頃は酒井さんと金太郎さんが毎日のようにケンチャンで、うちの店来てガジってましたからね」
「え? あの酒井さんが?」

「そうすよ。自分や大山ちゃんがいた頃は、本当に乞食同然でしたよ、あの二人」

「……」

なるほど…、長年疑問だった事が一気に分かったような気がした。
今や資産何十億となったオーナーの酒井さん。
そんな人間が何故乞食客までしつように集めようとしているのかを……。

俺がワールドワン時代、同じ一番街通りの隣りの店『モナリザ』で、酒井さんは当時一介の従業員に過ぎなかった。
それは側近の金太郎にしても同じ。

俺がまだ横浜へ行く前…、池袋のインカジ『バラティエ』が準備段階という説明を受けた時の酒井さんとの会話を思い出した。

「あ、そういえば岩上さんって、ワンオン系列でしたよね?」
「あ、ワンオン系列覚えているんですか?」
「ええ、もちろん。ゲーム屋全盛時代なら、ワンオン系列知らない人はモグリでしょ」
「酒井さんも好きだったんですね」
「多分昔会っていたと思いますよ、岩上さんと」
「え? どこでです?」
「岩上さんって一番街の『ワールドワン』にいましたよね? 店長か何かで」
「何故それを…、あ、自分の履歴書見たんでしたっけ」

2011年07月 岩上智一郎履歴書

「逆にそれで色々思い出したんですよ」
「…と言いますと?」
「岩上さん、覚えていないですか? 『ワールドワン』の隣の店を」
「隣の店…、隣の店……。あっ! 地下へ降りていく『モナリザ』ですか?」
「半分正解です。その前の名前分かりますか?」
「ええ、もちろんです。『ジャスパ』ですよね?」
「さすが岩上さん。何だか嬉しいですよ」
「自分のいたワンオン系…、グローブやステップ、スポットのオーナーの井村さんと別れたほうの中川さん側だったんですけどね。そこで西武新宿駅近くにあった『チャンプ』分かりますか?」

2000年歌舞伎町ゲーム屋組織図

「ええ、もちろん。ワンオンワンのお店ですよね? 地下の」
「そうです、そうです。そこから数軒先に当時地下に『プロ』って系列できたんですが、よくティッシュ配りの営業行った時、一番街の『ジャスパ』にもティッシュを届けた事あるんですよね」
「へー、そんな事があったんですか」
「多分その時の大きな髭の生えた店長みたいな人が、一度『プロ』へ打ちに来てくれて、帰り際自分に『きっとここはいいお店になりますよ』なんて言ってくれて」
「ああ、彼は結局店の金摘まんで、飛んでしまいましたけどね」
「あれ? 酒井さん知り合いだったんですか? 店長みたいな髭の大きな男の人と」
「私も『ジャスパ』で当時働いていましたからね」
あの頃の同時期に、共に歌舞伎町のゲーム屋で働いていたという衝撃の事実。
一方はインカジで五百五十万の勝負をしても問題ないようなオーナーになり、かたや俺は未だうだつの上がらない一従業員……。
一体どこで、ここまで差がついたんだろうか……。

過去ワールドワンにも来た事があると言っていた酒井さん。
俺がワールドワンに来た客を覚えていないという事は、明らかに細かい客のケンチャンだから。

あの頃から少なくとも二千五年代は、乞食客のように歌舞伎町のゲーム屋を先輩の金太郎と共に徘徊していた。
そんな人間が何かで金を掴み、大化けしたのだ。

「分かったぞ! だから酒井さんは乞食客すら大化けする可能性があるから、向かい入れているのか!」

「岩上さん、今はオカマの木下の事すよ」
「そ、そうだよ、あ、あ、赤崎さん」

「まあ南のところのスカウトがいくら大きな組織といっても、さすがに人数に限りはあるはずだ。今の新規客増殖も、その内さすがに減ってくるよ。だからとりあえず今は店の為に辛抱しながら時間が経つのを待つぐらいしかないって」
「でも、カマッテチャンのところのスカウト、何だっけな…、そうだ! 確か『ナチュラル』という一番デカいところすよ?」

「そんな事言われても、俺はスカウトやキャッチ経験が無いんだから、分からないよ」
「うーん、まあ岩上さんに辞められても困りますし、今は我慢って事すか」

「歯痒いけどな……。あ、いいよ。ここは俺が出しておくよ」

伝票を持ってレジへ行く。
ジレンマが溜まるの中、話し合いの会計は見えず会計をして川越へ帰る。

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