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闇 408(ピチピチ18歳と焼肉編)

闇 408(ピチピチ18歳と焼肉編)

2025/12/01 mon
前回の章


二千十七年五月二十一日、日曜日大安、小満。

ビンゴ5の衝撃。
内心ラッキーハウスでも自慢したい衝動に駆られながら懸命に抑えて業務を遂行する。

日頃の行いが良かったせいか、今日は香川が休みなのでリラックスして仕事へ望めた。
気付けば日付けが過ぎ、日曜日。
このまま時間が来れば休みへ突入。

客が引き、川崎があれこれ話し掛けてくるが、短い返事をしただけでなるべく会話にならないよう心掛けた。
ついついボロが出てしまっては、元の木阿弥である。

まだ月曜日まで手にはできないが、この薄汚れた店で自身の運気を話す事は、せっかく到来した流れを自ら放棄するように思えた。

「そ、そ、それでさー、お、俺はね、か、角平の唐揚げがさ……」
「それは覇王翔吼拳的なものですね」

「そ、そうだよね。で、でもさー、しょ、しょうが焼き弁当のほうも、す、捨て難いわけよ」
「それは極限流奥義龍虎乱舞ですね」

「お、俺もさー、ス、スロットが調子いい時はね、や、やっぱいいもの食いたいじゃん」
「正に飛燕鳳凰脚ですね」

まるで飴に纏わりつく蠅のような鬱陶しさを覚えつつも、そう邪険にもできず、龍虎の拳ネタで適当に返す。
これでも彼はラッキーハウスで気の合う従業員ナンバーワンなのだから。

近い内また斉藤弘一と時間を調整して、ビンゴ5の自慢をしたい。
そしてたらふく寿司をご馳走したかった。

待てよ…、今日は日曜日。
中央競馬三会場全三十六レースを各五百円ずつ購入したら、一万八千円。
そのぐらいなら遊びの範疇だろう。

今の自分の流れを見る為にもいい試金石にもなる。

俺は朝の内から全神経を集中させ、競馬予想を始めた。
馬連一点でズバリと五百円行くべきか?
それとも百円ずつ五点を散らして分散するか?

セブンスターに火をつける。
ゆっくり吐き出してから、これは自身の運気を計る行為であり、ギャンブルではない事に気付く。

三十六レースを各五点ずつ選び、本当にこれだと直感的に思えたレースだけ一点買いでもいいのではないか?
そう、今日の全レース勝負は当てる事に意義がある。

川崎と吉岡の雑談がまったく聞こえなくなってくるほどの集中力。
ピアノを弾いた時を思い出せ。
目で枠順を追い、指先で買い目を押していく。

一万八千円分の購入を終えると、下々の会話へ参加してあげた。
時間になると日払いの一万円札を受け取り、ラッキーハウスを出る。

王者の余裕として今日は特急料金を別途に払い、小江戸号で優雅に帰る事にしよう。

休日の下りの小江戸号は車内ガラガラである。
ポケットからセブンスターボックスを取り出し、口に咥えたところで全車両禁煙車だった事に気付く。
火をつける前に気が付いて本当に良かった。

地元川越へ到着すると、どこにも寄り道せず真っ直ぐ部屋へ戻る。
果報は寝て待てともいう。

横になって寝ようとすると、どうも釈然としないものがあった。

今日はオークス…、優駿牝馬である。
クラシック戦線第二弾、二千四百メートルの長距離。
強い馬しか勝てないレース……。

俺はもう一度枠順を眺めた。

2017/055/21 オークス優駿牝馬出馬表

一枠二番ソウルスターリング。
魂の星の輪……。

こんな名前の馬がバリバリの一番人気。
このレースにおいてソウルスターリングはまず固いだろう。

次は何か?
二番人気の七枠十四番、リスグラシュー
三番人気の八枠十六番、アドマイヤミヤビ。
この二頭の内、どちらかで決まる気がした。

桜花賞惨敗だったミヤビ。
だが無性にこの馬の名前が脳裏にこびり付く。

何故か?
決まっている。

横浜のインカジ『ハッピー』時代のヤクザ女の雅。
彼女と同じ名前だからである。

ソウルスターリングとアドマイヤミヤビ……。

ソウルは魂、そして光り輝く星。
つまり俺の根底みたいなもの。
さらに十数年前になるが、テイエムオペラオーを抑え、堂々とダービーを勝ち取ったアドマイヤベガと同じ名前の系統アドマイヤミヤビ。

雅のせいで俺は下手したら型に嵌められていた。
たまたま若頭の三田に男気があったからこそ、あの時俺は不問になっただけ。

どれほどあの店に尽くしてきたか?
それなのに露ほど恩も感じず俺を簡単に裏切り謳った雅。

おっぱいを触ったぐらいじゃ本当に割りに合わない。
だとすれば、このタイミングでアドマイヤミヤビがオークスに出るというのは何かの天啓ではないのでは?

財布の中身を確認する。
十五万円以上あるのだ。

ソウルスターリングとアドマイヤミヤビ。
この組み合わせ以外ないのではないだろうか?

俺はこの組み合わせの馬連へさらに五万円を追加した。
何故五万なのか?
十万くらいは王者たるもの常に携えておかねばいけないから。
必然的な流れに沿って、そのまま沿えばいい。

全部で六万八千円の馬券。
これで心残りはない。

やるべき事は終わったので、ゆっくり風呂へ入ったあとすぐ寝た。


夢を見た。
夢というより、これは昔の思い出だ。

「智ちゃん、夜にちょっと時間取れるかな?」
スガ人形店を継いだ一つ年上の先輩須賀栄治さんから連絡があった。
無職でプー太郎の俺には、暇な時間など腐る程ある。
「本、試合って智ちゃん色々忙しそうだったから、そろそろ落ち着いたかなとね」
そう言って栄治さんはバーへ連れて行き、これまでの功績を祝ってくれる。
その優しさと、心遣いが堪らなく嬉しい。
川越の大型商店街クレアモールを少し外れたところにある老舗のアビーロード。
そして腐れ坊主な有原照龍のいる成田山川越別院すぐ近くにあるバー。
たらふく酒をご馳走してもらう。
クレッシェンドの続編の『でっぱり』を書くきっかけになった栄治さん。
随分前に息子さんを病気で亡くしたが、今では娘さんを授かり幸せそうに暮らしている。
「智ちゃん誰だか分かる?」
メガネを掛けたカチッとした細身の男性を紹介される。
「いや…、えーと……」
「智ちゃん家にとても縁のある人だよ」
「余計分からないですよ」
「中野英幸さんの弟の正剛さん」
「あー、英幸さんの弟さんでしたか。自分とははじめましてですよね?」
菓匠くらづくり本舗の中野一族。
父親に中野清衆議院議員。
川越きっての名家である。
久しぶりに楽しい宴を過ごせた。

何ともいえない心地良さの中、目を覚ます。

そういえば栄治さんって、あのあともお祝いをまたしてご馳走してくれたんだよな……。

あの試合を終えて精神が荒んでいた時期だったので、とても有り難かったのを未だ覚えている。

二度目はクリアモールを川越駅近くまで行き左の細道を曲がった先にあるバーの『アビーロード』。
以前税理士の大野さんと偶然バッタリ知り合った場所でもある。

あの時も栄治さんは俺の好きなグレンリベットのボトルを入れてくれ、ピザを始め様々な美味い料理まで振る舞ってくれた。
今回のビンゴ5で、あの時の恩義を返すいいチャンスなんじゃないのか?
中々あんな風にスマートに祝ってくれる先輩なんていないぞ?

俺は栄治さんへ電話を掛け、飲みに誘ってみる。
もちろん競馬が当たったからと適当に言いつつ、今日は全部俺がご馳走するからと息巻く。

笑いながら了承してくれる栄治さん。
電話を切ると、時刻は夕方の五時になっていた。

そうだ、そういえば全レースの結果どうなったのだろうか?
三十六個もレース買っていれば、何レースかは当たっているだろう。
問題はいくら勝っているかである。

まず馬連一点に五万円を突っ込んだオークス。
ソウルスターリングにアドマイヤミヤビは来るだろう。

他の五百円しか賭けていない全レースなど、どうでもいい。
まずは優駿牝馬。
俺はオークスの結果を開く。

予想通りソウルスターリングは一着。

2017/05/21 オークス優駿牝馬結果

グリャリと景色が歪んだ。

福本伸行『銀と金』6巻より

え、何…、何なのこの結果……。

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