闇 291(裏稼業に於ける審判の日編)
闇 291(裏稼業に於ける審判の日編)
2025年08月10日(日) 20時06分04秒
テーマ:

2025/08/10 sun
前回の章

荻の寿命まであと二日。
そう思うと奴の理不尽な仕打ちにも、平穏で寛大な心で対応できた。
彼の得意なヤクザ話を延々持ち出しても、笑顔を頷きながら気分良く話させてあげる。
俺は今まで野球で例えるならストレートしか投げない傲慢なピッチャーだった。
しかし剛速球だけでは通じなくなった年齢に差し掛かり、変化球も覚えなきゃいけない段階なのだ。
時には力だけではなく、緩急備えた知性も身に付けないといけない。
そして駄目な人間には戦力外通告の判断を下せるような冷静さも持ち合わせる。
心にゆとりのできた俺は、部屋へ戻ってから久しぶりにフェイスブックで記事を書いてみた。
新宿へ二年ぶりに戻ってきてから約五ヶ月ほどの月日が経つ。
当初店をやる目的があったからこそなのだが、ここ数ヶ月を振り返ると、妙な出来事が頻繁に続いたような気がする。
まだ横浜にいた頃『よし、気合い入れて店の経営頑張るぞ!』と自身に渇を入れた瞬間、親代わりだった祖父が亡くなってしまった。
この時点で気付ければ良かったのかも知れない。
このまま横浜へいれば安定した生活を送っていられたのにと……。
共に仕事へ関わる経営陣。
その彼らが一番の曲者だった事に気付けなかった自分の過ち…、今はそう思うようにしている。
人生これまで生きてきて、ここまで嫌な思いをしたのも久しぶりだ。
軽い人間不信にもなり、やっぱり一人でいるほうが楽なのだとも思った。
たかが数千万単位の金が動く程度で、ここまで人間って汚く、そして卑しく生きられるものなんだなとも実感できた。
でも、俺自身は以前と変わらない。
まっとうにって表現はおかしいかもしれないが、ストレートに生きる。
しかしそれだけじゃ、自身にとって命取りになるほどのマイナスが降り掛かる事もあるのだなと感じる。
今はまた新しい展開で生きている。
本当は平穏無事に過ごせればと常に思っているが、なかなか激動の中を掻い潜って行かなければ、俺には平穏な時ってものは訪れてくれないのかもしれない。
詳しく書けないのが歯痒いが、また少し落ち着き、環境が変われば何か書くかもしれない。
不特定多数の人間が見るSNSのフェイスブック。
裏稼業なので濁した表現でしか書けないのが歯痒い。
待てよ…、自由に閲覧できるから問題なのであり、知人しかも俺が選んだ人限定で記事を書けば、ある程度の事までなら自由に書いてもいいんじゃないだろうか?
それに軽い人間不信にもなりと書いたが、全然軽くねえよ!
危うく十二階から飛び降り掛けたんだぞ?
まあそんな恥をフェイスブックに書けるはずがない。
とりあえず転げ落ち、とことん下降していった下り坂だけはクリアした。
あとはもう上がっていくだけだ。
荻の最終日、俺は意気揚々と出勤する。
珍しく俺よりも先に出勤していた荻。
店内へ入ろうとすると「新庄さん、申し訳ないんですが、ちょっと人払いできないですか」と俺を店の外へ出した。
二人きりで何を話そうと言うのだろうか?
まあ何を言われたところで、こっちにやましい事は無い。
ビルを出て入口付近で外でタバコに火をつける。
一本も吸い終わらない内に、荻が階段を駆け下りてきた。
「おまえよー!」
突然俺の胸倉を掴み掛かってくる荻。
「何しやがんだよ? 離せよ、ボケ。壊すぞ?」
「関係ねえっ! 喧嘩はなー、気合いなん…、ギャッ!」
容赦なく荻をアスファルトの上に投げ飛ばした。
喧嘩をするのに相手の胸倉を掴むという愚かな行為。
その手首の関節を自由に極めていいですよと言っているに等しい。
まず左手で相手の手首を固定する。
そこへ右肘を入れながら関節を固定させ、逆側へ投げ捨てるだけ。
ただのシャブ中が散々粋がりやがって……。
立ち上がれない荻の頭を軽く蹴飛ばす。
辺りにいる通行人たちは、俺たちの様子を凍り付いたように立ち止まり眺めていた。
じろりと一瞥すると一斉に蜘蛛の子を散らすように拡散する。
俺はゆっくりと階段を上がり、インターホンを押した。
新庄がドアを開け、中へ招き入れる。
「荻の奴、血相変えて掴み掛ってきましたけど、何があったんですか?」
「え、岩上さんに掴み掛ってきたんですか? あの野郎!」
店から出て行こうとする新庄を止める。
胸倉を掴まれただけなので振り解いただけと優しく説明した。
大方予想はついたが、それでも俺のいない間の会話の内容を知りたくて聞いてみる。
「あいつ、また岩上さんを外に出したあとで、昨日の〆のあと店の金がまた二万円足りなくて、あいつが盗ったとか言い出したんですよ」
前回も今回も金を抜いたのは荻…、おまえ自身じゃねえか……。
まあ今なら新庄の考えも知っているので、笑いながら話を聞ける。
「それでどう答えたんですか?」
苛立って外へ出て俺に掴み掛ってきた荻。
俺にとって一番知りたい部分だった。
「手癖悪いので岩上さんをクビにしたほうがいいとか抜かしていたんで、俺から言ってやったんですよ」
「何てですか?」
「それは俺が全部埋めておくからいいよと。それで荻、おまえは今もう上がっていいよと」
思わず吹き出してしまう。
シャブ中の浅はかな策略。
自分では金を抜きつつ、それを俺にせいにしておけば問題無いと思いながら、ヤクザの組長である新庄へ報告。
そこへそれは気にしないでいいから、おまえはクビと宣告されたのだ。
ヤクザにはペコペコしている荻も、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていただろう。
それを想像すると笑いが止まらなかった。
「何故新庄さんは、その瞬間の写真を撮っておいてくれなかったのか…。そこだけが悔やまれます」
俺の台詞に新庄も笑いを堪えきれなくなったようだ。
こういうの何て言うんだっけ?
以前教会の神父の妻だった望が、話していた事を思い出す。
キリスト教に於ける審判の日だ。
世界の終末時にキリストが降臨し、すべての人が裁かれる日とか言っていたよな。
荻にとって今日が審判の日であった訳だ。
まあキリスト教のように大掛かりなスケールではないにしろ、差し詰めあいつにしてみれば、裏稼業に於ける審判の日……。
咳き込むほど吹き出す。
ヤクザ直営店で働き出してちょうど一週間。
初めて心の底から笑う事ができた日だった。
荻がいなくなっても、相変わらず暇な店内。
新庄は自身の考えを俺に伝えてきた。
まずこの店を俺に任せたい。
そして先日ヘルプで入った木村もできるだけ早番のシフトに組み込むようにするので、誰か彼のいない日の穴を埋めるような人材を用意できないかとお願いされる。
時間給千円で、ヤクザ直営店。
しかも毎日ではなく中途半端な日だけ入れる人間。
そんな奴いる訳ねえだろと言い返したかった。
ただ無茶な要求ではあるが、新庄がこの店を俺に託し何とか二十四時間体制にしたいのだけは理解できた。
この日は入客は誰も来ないで終わる。
これで給料をもらうのは申し訳ないが、俺にも生活はあるので遠慮なく頂戴した。
マンションへ戻り寝て起きると夕方。
カーテンを開けて景色を眺めた。

奇麗な夕焼け。
何だろう…、この喉に小骨が刺さったような感覚。
少しだけ引っ掛かる部分があった。
荻をクビにした審判の日。
あの馬鹿にも生活は当然ある。
…と言ってもシャブを買う金欲しさなのだろうが……。
俺は酒井さんへ連絡し、荻の情報を流す。
杞憂に過ぎないが、店でシャブを炙るような危険な奴なので、絶対雇わない方がいいと伝える。
あの組織に噂を流しておけば、ある程度は歌舞伎町に広まるだろう。
結果荻はインカジをどこも雇ってもらえない図式になる。
ゴキブリを見掛けたらキッチリとどめを刺さなきゃ駄目。
中途半端に生命力だけは強いから、せめて歌舞伎町内だけでも追い出さないと。
名付けて『荻シャブ中浄化作戦』。
石原元都知事よ、ちょっとだけパクらせてもらうぜ。
俺って嫌いな奴にはとことん酷い事ができるのだなと、初めて自覚した。
この嬉しさを誰かと共有したい。
そうか、選んだ知人限定でフェイスブックへ投稿しちゃおう。
【ストレートしか投げなかった投手が初めて変化球を投げたお話】
二千十五年二月二十二日
とある知人のつてで、俺の新しい生活が始まった。
今より一週間ほど前の話である。
とある店を紹介され、すんなりそこで働く事に。
しかし初出勤前日にオーナーから連絡があった。
要約すると、今いる従業員に対し非常に困っているそうだ。
オーナーには常にペコペコ、しかし客からのクレームが酷く、店自体閑古鳥が鳴くようになってしまっているのが現状。
そこで一週間その問題ある従業員と時間を被せるので、店内の状況を正直に教えてほしいそうだ。
店を流行らせ、売上を出す事が一番望ましい事である。
なので、俺は快く了承した。
入って二日目までは、ちょっと癖があり、我が強そうな奴ぐらいにしか思わなかった。
客はほとんど来ない状況。
一週間経ち、初めてオーナーの苦悩が理解できた。
簡単にその問題ある従業員がやった事を箇条書きにしてみよう。
・客がいないと店内で堂々とシャブをやりだす
・暇なのに二日に一度は必ず〆の現金が合わない(※マイナスばかり)
・〆の現金が足りないのを俺のせいにする
・客に喧嘩を売る
・客よりも自分のほうが立場上だと勘違い
・遅刻し、客がいないと椅子を並べて熟睡
・〆が合わないから自宅へ用紙を持ち帰り、三日間寝ていないと自慢
・客がいるのに自分自身が不機嫌だと態度が非常に悪い
・俺の経歴を知っても尚『喧嘩ってのは気合いですべて決まる』と豪語(笑)
・自分で俺は頭がいいからと自慢
…と、例を挙げたら切りがない。
以前ならぶっ飛ばして終わりにしていたが、今回はオーナーへ事実を伝え、その場でクビに(笑)。
新宿中の知り合いのオーナーや店長、マネージャークラスに馬鹿の情報を流し、どこへ面接行っても採用させないよう伝えた(笑)。
ああいう馬鹿はとっとと捕まって、生涯檻の中で生活してほしいものである。
おわり
横浜から新宿へ来て、インターネットカジノ新宿クレッシェンドで煮え湯を飲まされ金を失い、ヤクザ直営のゲーム屋で自尊心すら失い掛けた。
久しぶりにスッとする事ができた。
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?
