闇 622(市議会議員出馬編)
闇 622(市議会議員出馬編)

2026/07/27 mon
※俺は13年間のブランクのリハビリをしているだけなんじゃないかなとまで感じるようになった。
前回の章

二千二十三年十月十四日、土曜日仏滅。
クソやかましい河本マンション大家夫婦の中国語会話で目を覚ます。
本当に朝からうるせえなあ……。
まあでも今日は許してやる。
昼には川越へ行こうと思っていたから。
シャワーを浴びて着替えを済ませる。
祝儀袋へ金を入れ、雀會と連々会用の二つを用意する。
受付の前を通る際、大家がいたが会釈一つせずに通り過ぎた。
毎月光熱費を異様にボリやがってクソ共が。
このマンションへ住み出して一年間。
月に換算すると、どう考えても二万以上は多く金を毟り取られている計算になる。
毎月三万も四万も、一人で光熱費が掛かる訳ねえだろ。
新しいところへ引っ越しをするしか方法はないだろう。
川越へ行く前に近所の不動産へ寄り、物件がないか聞いてみる。
あのマンションだけは早く脱出したい。
そこで初めて俺はどのエリアに住みたいのか、自分でも分かっていなかった事に気付く。
職場は歌舞伎町。
できれば歩いて行ける距離が理想ではある。
しかし近辺で物件を調べると、東新宿なのか、もしくは大久保か、西新宿など様々な方向をまず決めるようだ。
高田馬場辺りが理想ではあるが、調べてもらったところ中々いいところがなかった。
俺の場合、三ヶ月に一度は心筋梗塞の定期健診がある。
その為仕事を終えてから、川越へ帰り易い場所のほうがいい。
西新宿方面だと小滝橋通りより奥方向になってしまう。
それだと普段の生活はともかく、駅へ行くとき不便である。
串市場んから離れた場所に住むのも嫌だった。
地元の川越祭りはもう始まっている時間。
とりあえずまずエリアを決めてからじゃないと、話にならない。
一旦保留にして不動産を出る。
そのまま西武新宿駅まで歩き、本川越駅へ向かった。
連雀町に着くと、方々に祝儀納めてから蛇の目寿司へ入る。
連々会の詰め所として裏のガレージを貸している蛇の目さん。
俺の記憶だと二十代の頃からそうだから、かれこれ三十年以上になる。
手打ち蕎麦と鉄火巻きのランチを注文し、酒を飲みながら時間を潰す。

土曜日だけと人の出はそこそこ。
連雀町の山車の近くへ行き、雀會のメンバーと九月に亡くなった松永さんを偲んだ。
中央通りの伊勢屋へ入る前、隣りにある栗原名誉会長宅を見ると、閉まっているシャッター。
去年もそうだった。
会長が亡くなってから三年。
いつもなら毎年祭りになれば、解放し色々な人たちが訪れて賑わった場所も、すっかりひっそりしてしまった。
線香をあげに息子の一郎さんと話してから、一年経ったのだ。
俺はおそらく毎年この時期になると、それを思い出し、もう二度と戻らないあの空間を懐かしみ、どこか淋しく思うのだろう。
始さんたちと雑談していると、県会議員になった須賀昭夫さんが入ってきた。
「なあ、智ちゃん。英幸さんとも話しているんだけど、市議会議員に出ないか?」
以前も言われたこの台詞。
俺が政治家に?
現在インターネットカジノで働く俺。
市議会議員レベルなら出馬すれば受かる自信はあった。
しかし問題は受かった後。
すっかり便利になったこの世の中。
俺の裏稼業の事など叩けばいくらでも埃は出てしまうだろう。
そうなると支援してくれる自民党に…、いや、亡くなったおじいちゃんの顔に泥を塗るようなものだ。
「昭夫さん、俺なんてやめといたほうがいいですって」
「何で? 智ちゃん、川越にいないのに町内では人気者だろ? 出れば受かるって」
「うーん…、受かるのはいいんですけど、俺の場合埃が出過ぎるんですよ」
「いや、それを言うなら俺だって昔はね?」
「いやいや、昭夫さん。俺は今だって裏稼業で働く人間なんですって。洒落にならないし、自民党に恥かかせるだけになるんですって」
「智一郎君、お団子食べる?」
始さんの奥さんの弘惠さんは、いつも俺の顔を見るとニコニコしながら焼き団子を勧めてくる。
伊勢屋を出ると、ブラブラしながら俺が政治家に出馬した事を考えた。

俺が国会議員の中野英幸さんや、県議の昭夫さんから声を掛けてもらえるのも、自分の実力ではなく岩上家…、祖父甲子郎の血筋だから。
川越のこの辺では、俺は岩上家の長男として認知されている。
これは新宿にいようが、横浜にいようが何年経っても変わらない。
着物も着替えず私服のまま、町内を歩き回る。

裏稼業を辞めて、政治家の道を?
これだけどっぷり裏の世界へ浸かりながら?

それは少し都合良過ぎだろう。
生活苦で食えないからと、二度目の歌舞伎町へ戻ったのがいつだ?
自分なりに努力はした。
最善も尽くしたつもり。
それでも表社会で自分の芽が出る事はなかった。
川越という街。
俺にとっては両極端な場所である。
家族からは迫害され、外ではあの家の長男として認められている現実。
そのアンバランスさは、地元で息をするにはとても苦しい街だった。
どこで働いても、何をやっても駄目。
だからあの時、一大決心をしたのだ。
あれは確か二千十一年の夏前……。
まだ百合子がいた頃、裏稼業を引退。
職安で仕事を探し、新宿のクソみたいな花園新社、そして国会に目をつけられたSFCG。
サラリーマンは無理だと悟り、岩上整体を開業。
大日本印刷を経て、KDDI。
あそこで今でもやり取りのある幸、そして水原の二人とは知り合えて良かった。
半年近くの休業補償生活を経て、ようやく動き出し、この辺からおかしくなった気がする。
あとは御徒町の出会い系サイトのサクラ。
あれは働いた内に入らないか。
そのあと川上キカイ。
あそこは良かったなあ。
小田柳を始め、人間関係が本当に良かった。
それから佐川急便…、間に変な古物商を挟んで出戻り。
そんな生活も終了した訳だ。
表舞台を歩いてきたつもりだが、一つ言えるのは金に困った事。
おかげで京子伯母さんに借りた金も返せず亡くなってしまい、俺は生涯の汚点を残した。
総合格闘技の試合へ復帰した時も、俺は南大塚の叔父さんから八万円を借りたままである。
まず俺は人として駄目だ。
このままだと、人間失格。
稼ぎが少ないとか言い訳にならない。
良かった事はあるのか?
やはり小説を世に出せた事だろう。
群馬の先生の言う通り、鹿島神宮へ行き、賞は取れた。
でもあれは元々俺が書いた作品だ。
お参りに行ったから賞を取れた訳ではない。
しかし三年半経って印税が払われていないのだ。
これからもきっと払われる事は無いだろう。
そういえば徹也の紹介で東大の講師だか教授をしている中西健ていたよな?
出版社とやり取りしてみると言った以来。
帰りに徹也のところでも寄って聞いてみるか。
それにしても先生が言っていた事で、ズバリ当たっているのは、愛に苦しむ事と、試練が多いという点。
こんな貧困な生活しながら何が試練だよ……。
表舞台に拘っても、あまり意味の無い事のように思えた。
小説を世に出せただけ。
総合格闘技は過去の俺の貯金なだけ。
俺は、何も生み出せていない。
世間一般の社会で出世?
そんな事、考えた事すらなかった……。
じゃあ何故?
分からない……。
ずっと分からなかった。
でも…、一つ自覚した。
世知辛くなったこの世で、もう一人腐っていくのは懲り懲りだ。
普通の場所で、生きようとしていた自分が間違いだった。
俺には俺の…、居場所がある。
確かに散々利用され、うまく使われた。
それでも俺は、あの街でたくさんの事を学んだ。
たくさんの金を稼いだ。
だからリングの上にも戻れた。
ピアノ発表会もできた。
絵も描けた。
小説も生まれた……。
もう惨めに生きるのは嫌だった。
俺は表舞台でも裏でも変わらない。
確固たる何かがある。
勝手に全日本プロレス時代のプライドを背負っている。
もう、迷うなよ……。
だから今一度、戻ってみようじゃないか。
また新宿歌舞伎町へ……。
あれから俺の人生の切り替えが始まったような気がする。
表社会で認められないなら、せめて自分が価値を持てる場所へ戻るしかなかった当時の俺。
生まれて初めて成功とまでいかないまでも、そこそこの金を掴め楽しかったのはあの街だったから。
少なくとも、あの街で自分の存在価値を金という形で証明できた。
何より俺自身が生き生きと水を得た魚のようだったのだ。
人混みの中を歩きながら、後輩のヤスのカガヤカフェに入った。
「あ、智さん、どうも!」
「さすがにいつも暇な店も、祭りだとそこそこ混んでいるじゃねえか」
「何て酷い言い方するんですか!」
「はは、ジントニックに、ウイスキー冷えているならストレートでちょうだい」
酒を飲みながら先ほどの回想を振り返る。
二千二十三年になった今、あれから十二年が過ぎた。
結果どうか?
本当に色々な事があった。
二度目の歌舞伎町へ戻ると、ゲーム屋主軸の街ではなくインターネットカジノ全盛に移り変わっていた現実。
酒井さんの店を三軒、他の店も一年で何回も変えながら安定した生活など何もなかった。
昔を思い出しながら復帰した新宿の街は、まるで別物で俺の居場所などなく、都合よく利用されただけに過ぎない。
昔を知っているからこそ、変わってしまった街に違和感しかなかった。
自身のプライドと引き換えに職を失う。
二度目の歌舞伎町は、俺にとってどの店も鬼門でしかない。
金も居場所もなく、職さえも無くなった俺。
そんな時タイミングよく来た電話。
初期歌舞伎町で始めに出会った高橋ひろしからだった。
職にあぶれ、なす術も無かった当時の俺は、横浜へ行く話へ食いつく。
初めて行った横浜。
正確には初めてではない。
二十歳の全日本プロレスへ行く前の八景島シーパラダイスの金沢八景が数ヶ月間だけある。
裏稼業として行くのは初めて。
あの時は二千十二年。
新宿へ復帰して一年ちょっとの頃。
仕事も上手くいかないのに、実家でも衝突は続いていた。
あのまま実家にいたら、いつか叔母のピーちゃんや加藤皐月をこの手で殺してしまうという自覚。
いつ暴発してしまうか分からない明白な殺意。
あの頃はまだおじいちゃんも生きていた。
取り返しのつかない出来事を起こす前に、横浜へ住む事を決めたのだ。
苦々しい思い出が蘇る。
今日から横浜での新生活が、ここで始まった。
地元川越から電車だと一時間半ちょい掛かる遠い場所だ。
以前いたのが二十年以上昔なので、見るものすべてが新鮮である。
今日この新しい地で、俺はまた新たなる一歩を踏み出した。
みなとみらいの観覧車、今度時間帯見計らい、一人で乗りに行ってみよう。
朝五時に終わるので、川越へ帰るのは七時近くになってしまった。
仕事は十時間とはいえ、往復で三、四時間通勤に取られるのは痛いな。
まだ向こうで部屋を借りようにも、そこまでの資金も持っていないし……。
まあこれはすべて自業自得である。
金を持てば使ってしまう自身の性格が生んだツケだ。
腹減ったけど、とりあえず寝よう。
起きてから何か作ればいい。
慣れない土地で疲れが溜まっていたのだろうか?
目を覚ますと夕方四時になっていた。
俺にしてはかなり睡眠を取ったほうだ。
パスタでも作るかな……。
一階の台所へ降りて、何を作るか冷蔵庫を物色する。
外へ買い物へ行くのも面倒だったので、玉ねぎを半分とピーマンを二つ、冷蔵庫から拝借した。
ソーセージの袋が開いていたので二本だけもらう。
野菜を切り、麺を茹でているところだった。
タイミング悪く叔母さんのピーちゃんが台所へ来る。
まな板の上に乗っている玉ねぎとピーマンを見ると、血相を変えて怒鳴ってきた。
「また人のものを勝手に使ったのか? この泥棒野郎が!」
「……」
「この泥棒が! ほんとおまえはゴキブリやダニ以下だね」
黙って料理を続けていると、耳元で何度も怒鳴ってくる。
面倒でも材料を買いに行くか、もしくは食事へ行けば良かったのだ。
しかし玉ねぎやピーマン二つ使っただけで、ここまでの言いようはさすがに無いんじゃないのか?
「これ終わったら、使ったもの買っておくよ……」
静かに言い返す。
「泥棒が何を抜かしてんだ! あとじゃない。今すぐ買ってこい!」
本当にこの人は俺が憎いのだろうな……。
何で俺は行くところすべて、こうなってしまうのだろう?
新宿にしてもそう。
池袋だってそうだった。
たまに家で料理を作ろうとすると、またもやこうなる。
こんな事すら試練だって言うのかよ……。
「おい、泥棒!」
本当にうんざりだ……。
よく動くその顎目掛けて、渾身の拳をお見舞いしたい。
いや…、殴るとかでなく、殺してやりたい……。
「おい、聞いてんのか? 泥棒が!」
ゆっくりと深呼吸した。
ここで暴れたところで誰一人特などしない。
おじいちゃんをまず困らせるなよ……。
勝手に野菜を少し使った俺が悪いんだから……。
何度も自分にそう言い聞かせた。
駄目だ……。
それでも苛立ちが収まらなかった。
「面倒だから返すわ」
そう言って、まな板にある刻んだ野菜をピーちゃんに向かってぶん投げる。
「おまえは何を考えているんだ!」
烈火の如く…、いや、テンションはそう変わらないか。
この人はいつだって全力で俺に憎しみを込めて怒っている。
もういいや……。
この家にいるのは本当にやめよう。
この人と話し合っても無駄。
昔を思い出しても意味が無い。
まだ何か喚いているが、もう気にするな。
俺がここを出ていけばいいのだから……。
「おい、火ぐらい止めろ!」
黙ったまま台所を出ようとする俺の背後から罵声が飛ぶ。
無視したまま俺は部屋へ戻った。
静かに溜まっていた殺意。
これ以上俺がこの家にいたら、いつかピーちゃんを殺してしまう……。
それなら俺が家を出ればいい。
横浜二日目。
非常に嫌な気分のまま家を出る。
ずっとムカムカしていた。
川越から通っていたが、通勤時間や往復の移動費を考えると、こちらへ泊まったほうがいいんじゃないかと思う。
仕事中も何故ピーちゃんは、俺をああまで敵視するのか考えてみる。
しかしいくら考えたところで、答えなど出ない。
二日目を終え、福富町内を歩き回る。
家に帰るのが本当に嫌だった。
こんな朝っぱらから、俺は何をやってんだろうな……。
まあいい、この街を少しでも知っておいた方がいい。
日ノ出町駅から伊勢佐木長者町駅まで伸びる道路へ出ると、ネットカフェを発見する。
二十四時間で二千七百円。
こちらで部屋を借りられるほどの金は無いので、しばらくはここを拠点に生活をしていくしかない。
少なくともここなら部屋に鍵も掛かり、何といっても大型モニターにパソコンも使える。
喫煙場所は部屋から出て、喫煙場所へ行かなければならないのが面倒だ。
シャワーはコインシャワー。
百円玉を入れれば十五分熱いお湯が出る仕組みになっている。
コインランドリーも配備。
それでも家に帰るよりはマシだった。
無一文に近い状態での川越からの脱出。
四十歳になり裸一貫に近い出発。
とにかく必死で働いた。
結果、横浜は俺にとって楽園ともいえる場所になりつつあった。
あの場所で築いた幸せな二年間。
決して平穏無事ではなかったものの、居心地の良さは新宿の比ではない。
気付けば第二の故郷とも呼べるほど、感慨深い土地になっていたのである。
一時的に金を稼げる環境が訪れ、多額の金を手にした俺は湯水のように遊んで金を使う。
横浜の人間にも、伊達からも…、とにかく多くの人間にタカられた。
それでも金を貯められたのは、酒井さんとの仕事のやり取りがあったから。
皮肉な事に、横浜へ俺を誘った高橋ひろしから自分の組織へ誘いが来た。
断り続けたが、罠にハマるような形で一千五百万を積まれ、一原や高橋ひろしのあの系列など、移籍を決意。
あそこで俺の人生は狂い出す。
世話になった横浜のオーナーである下陰さん。
あの人の元にずっといれば、あんな地獄を味わわなくてもよかったはずなのに……。
三度目の新宿へ戻る直前、訃報は突然訪れる。
唯一の家族とも呼べるおじいちゃんの死。
今になって思えば、あれは祖父が最後に教えてくれた警告だったようにも思えた。
祖父の本葬の時にいきなりオープンしたインカジ『新宿クレッシェンド』。
共に組んで経営した一原が、あそこまで愚直で人でなしな男だと見えていながら気付かないふりをした俺の責任。
そして名義社長を伊達に添えた失策。
結果俺は、それまで貯めていた五百万円ほどの金を吐き出す羽目になる。
一度は自殺を決意するも、有路からの電話によって躊躇い、その後の軌跡的な有馬記念の当たりで少しだけ生きる基盤を取り戻す。
今考えても摩訶不思議な蜘蛛の糸が垂れてきたような感覚。
俺の駄目な部分はここに極まる。
一度気力が切れると何もする気が無くなり、切羽詰まるまで動こうとしない性格。
余裕を持って職を探さないから、ヤクザの〇〇会直営ゲーム屋などで働く事になってしまう。
組長だった新庄は、組織の金を二千万円使い込み逃亡。
残された俺は店を辞める事もできずに、ヤクザから金だけ窃取され続けた。
働いているのに給料も出ず、その理不尽さからも解放させてくれないヤクザ。
家賃すら払えなくなった俺は、秋田を殴り百十万円を取られる。
ボロボロになった俺は、二度目の横浜へ理想郷を求めた。
しかしそこで待っていたのは四種類の地獄めぐり。
矢田部のインカジでは屈辱を、イワカミ工業では青野の裏切りと崩壊。
〇〇〇〇組若頭の三田の店『ハッピー』では体力の極限の限界と裏切り。
そして二俣川の戸田のところで兵糧地獄責め。
あれは俺は命を落とし掛けたのだ。
岡部さんという二度目の蜘蛛の糸が垂れてこなければ……。
「智さん! 智さん!」
後輩のヤスの声で我に返る。
「何だよ?」
「両方ともグラス空ですよ」
「同じものをくれ。ちょっとタバコ吸ってくる」
店を出て路地に置いてある椅子へ腰掛け、セブンスターに火をつける。
それでも横浜という土地自体への愛着は、自分の中で消えていない。
今でも時間があると、決まって遠くへ遊びに行く場所は横浜なのだから。
先日二十万円すられたばかりだけどな……。
ゆっくり煙を吐き出しながら、本当にこの十二年間何も積み上げずにただ時間だけが経った事を痛感した。
金食い虫の神田は切った。
あとは引っ越して、河本マンションとの縁を切ればいい。
携帯電話が鳴る。
同級生の篠ヤンからだった。
祭りが終わる頃、富士見中の同級生同士で集まって飲むから来ないかとの誘い。
「うん、俺も顔を出すよ。あ、それとさ、篠ヤン」
「何よ、岩ヤン」
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