闇 480(2020年横浜新宿川越編)
闇 480(2020年横浜新宿川越編)

2026/02/12 thu
前回の章
二千二十年一月一日、赤口元旦。
新年を迎えた俺。
結局何も成長しないまま横浜で年を越したというだけ。
「はあ…、地方なんてやんなきゃよかったよなあ……」
思わず出る独り言。
元旦に一人DVD鑑賞の部屋にいる四十八歳。
ヤバいだろ、俺。
昨日はバベルの塔だなんて神話を調べたけど、少しは身になる事でも勉強してみるか。
えーとギリシャ神話、北欧神話…、いやいやこういうんじゃなくてさ、パンドラの箱とかああいう感じのないのかな?
俺はセブンスターに火をつけながら、キーボードを叩き出す。
ん、このヨブ記って何だ?
ヨブ記は聖書?
聖書と神話って違うのか?
内容は…、ヨブという人間がいてかなり道徳的な人柄であり、神を崇拝しまたその存在を恐れ敬う。
そんな人間が神によって子供、財産を失ってしまう?
しかも病に侵される。
何だ、こりゃ?
理不尽も甚だしい。
神を敬った人間が何もかも無くすって、ちょっと酷くねえか?
「人は死ぬ時、何も携えていく事ができない」
まるでこの話は、理由もなくただ苦しんだというだけ。
それでいて周りは何か悪い事したんだろと罵られ、神の罰が当たったという者すらいる。
一体何を言いたいんだ、これは?
俺には理解不能だ。
これが聖書なら、生涯宗教へハマる事もないだろう。
そんな事より元旦だ。
パチンコでも行ってシンフォギアをやろう!
部屋を出て横浜駅根岸道路を真っ直ぐ進む。
目的地はキコーナ。
昨日あのまま続けていれば、パチンコだけは勝っていたはずなのだ。
「そいつが切り札だ」
台詞が鳴り響き、開始早々デュランダル来た!

しかもゴールド、赤いやつも加わり当たる。
だけど最終決戦負けた。
何だよ、これ……。
でも十三回転したら、また当たりが来たぞ。
あー、最終決戦負け。
少し出て入っての繰り返し。
今日は楽しめたけど、もういいや。
携帯電話が鳴る。
もしかしてけいこか?
慌てて取ると、高橋満治からだった。
新年の挨拶を済ませると、彼は近くのトンカツ長八にいるようだ。
良かったらと誘われる。
大方フェイスブックへ投稿をしていたので、俺が横浜にいるのを知ったのだろう。
そういえばしばらく会ってなかったっけ。
ズルズル何軒も行くんじゃなければまあいいか。
長八へ行くのも久しぶりだ。
道路沿いにあった店は奥の通りへ移転したようで、横浜へ最初に来た時寝泊まりしたネットカフェを曲がる。
二十四時間で二千七百円。
こちらで部屋を借りられるほどの金は無いので、しばらくはここを拠点に生活をしていくしかない。
少なくともここなら部屋に鍵も掛かり、何といっても大型モニターにパソコンも使える。
喫煙場所は部屋から出て、喫煙場所へ行かなければならないのが面倒だ。
シャワーはコインシャワー。
百円玉を入れれば十五分熱いお湯が出る仕組みになっている。
コインランドリーも配備。
それでも家に帰るよりはマシだった。
初めて横浜へ来た当初を思い出しながら看板を見る。
あれ、料金一日で三千円越えているじゃん。
そりゃそうか。
あの頃は二千十二年。
もうあれから八年も経ったのだから。
昔を懐かしみながら歩く。
こうして周辺を探索しているだけで楽しかった。
あれ、レストランすいれんが閉店しているぞ?
「……」
記憶だとここには二回ぐらいしか行っていない。
だがそれでもこういった個人の洋食屋が無くなっていくのを目の当たりにすると淋しく感じる。
裏通りへ入り、新しくなった長八へ入った。
「あけましておめでとうございます、岩上さん。昨日は派手に競馬をやっていたみたいじゃないですか」
「もうメタメタですよ。昨日だけで二十七万負けました……」
「まあ飲みましょう。岩上さん来ると思って、凄いメニュー頼んでおきましたから」
「俺、生の魚は駄目ですよ?」
「ええ、フライなら大丈夫ですよね?」
「おおっ!」

運ばれてきた料理を見て思わず声が出てしまう。
鰺一匹丸ごとのフライ。
骨まで食べられるぐらい揚げてあった。
新年早々これは豪勢だ。

続いて雉の塩焼き。
何かこうしてここで美味いものを食べながら酒を飲んでいると、下陰さんたちに呼ばれて楽しく飲んだ頃の記憶が蘇ってくる。
『長八』へ到着し、小上がりへ通されるとすでにベロンベロンに酔った長谷川の姿が見える。
他に下蔭さん兄弟に飲み屋の女性陣三名。
…と言っても三十代後半の女性二人に、あと一人は明らかに六十代くらい。
「おう、岩上。早くここに座れ!」
長谷川が大声で怒鳴ってくる。
言われるがまま座ると「駆け付け三杯だ。ウイスキーストレートで一気に飲め!」と命令してきた。
普段ストレートで飲む俺には罰ゲームでも何でもない。
飲んでいる間、長谷川は女性陣に向かって「コイツは俺が雇っている部下だから、何でも俺の言う事は絶対だから」と偉そうに喋っている。
「止めなさいよ、隆ちゃん」
「いや、俺は社長だよ? 俺の意見は絶対だから」
酔うと長谷川はとんでもなく質が悪い。
その光景を見ていた修さんが立ち上がり、怒鳴り出した。
「おい、隆テメー! 何を勘違いして偉そうにしてんだ? おまえクビにするぞ?」
「俺は一生懸命やってるのにー」
田村が来てからは、店のお菓子を買って補充程度しかしていない長谷川。
どこが一生懸命働いているのか不思議だが、どうやら修さんには頭が上がらないようだ。
「ふざけんじゃねえぞ、隆! 岩上に今、偉そうにしてたじゃねえか」
「俺、一生懸命…、一生懸命やってんですよーっ!」
傍にいた六十代の女性が長谷川の頭をポンポン叩き慰めている。
「チューして、うーん」
長谷川はその女性へタコのように唇を突き出してキスをせがむ。
目の前で見せられる四十代後半の男と六十代女のおぞましいキス。
それを見て、みんな大爆笑した。
「……」
どこかみんな間が抜けていて、それでも騙すような人間なんて誰もいなくて。
本当に面倒を見てもらい世話になった。
あの頃に戻りたいなあ……。
「岩上さん、ロースかつ来ましたよ。相変わらず食欲旺盛ですね」

地獄めぐりは体験したが、俺はこうして生き残りこんな美味いものを食べられている。
もうちょっと今の生活に有難みを感じないといけないな。
確かにけいこには去られ、ギャンブルで大敗した。
しかしヨブ記と違い、俺はまだ健康そのものだし、たまの横浜でも誘ってくれる知人がいる。
あんまり自分を追い詰めるように腐るなよ。
「岩上さん、次行きましょう」
「あ、高橋さん、昨日競馬で金を使い過ぎちゃったので、今日はほどほどにしましょう」
「次はお酒じゃなく、喫茶店なんですよ。いい店を見つけましてね」
彼の行き先はエイトセンターだった。
二階にあるアンチポップ。
かつて俺が散々通った店。
あのバーの店主ゲンは、俺の稼ぐ金は汚いと言った。
「高橋さん、俺アンチポップなら行きませんよ?」
「はは、ゲンさんのところじゃなく、こっち…、地下にあるんですよ」
高橋満治は階段を降りて狭い通路を真っ直ぐ向かう。
『シェルターピープル』と書かれたドアを開けた。
本当にこじんまりとした店内。
これはエイトセンター特有の狭い店舗の集合体なので驚かないが、中の設備を見てこだわりに驚いてしまう。

CD主流の時代に逆らうかのように置いてあるレコードプレイヤー。
そして二つの大きな真空管アンプ。

急に別世界の中へ放り込まれたような気がした感覚の中、ゆっくり椅子へ腰掛ける。
「岩上さん、ここのスイーツは凄いんですよ」
「俺、あまり甘いものは……」
「まあまあ、種子島産の安納芋ベースのプリンや、ウイスキーボールがあるんですよ。ちょっと頼んでみましょう」

「ウイスキーボール? 何ですか、それ?」
「二種類の生地をウイスキーベースで作り、チョコレートをコーディングしたものなんですよ。甘さというよりさっぱりした風味に仕立てています」
これだけ旨いコーヒーを淹れるマスターの説明だ。
俺は注文し、シックなこの空間を楽しむ事にした。

スイーツなんて普段食べる事がないので、ウイスキーボールは正直味がよく分からない。
それでもいい感じの音量で流れるノンヴォーカルのジャズは、目を閉じると今は無きスイートキャデラックを思い出す。
よくあそこでグレンリベットを飲み、ピアノを始めてからは弾いたっけ。
マスターの拘り抜いたあのアイスコーヒーをまた飲みたいなあ……。
ドビュッシー作曲ベルガマスク組曲第三番月の光。
よくもあんなクラシックを俺も弾けたものだ。
二千三年が最後だから、もう十七年前。
今じゃ何一つ弾けなくなってしまったこの腕。
ヨブ記のように神は、俺からピアノのスキルさえ奪ってしまったかのように。
いやいや、それは違うだろ。
俺はただ単にピアノを弾かなくなったから、何もできなくなっただけ。
人や神のせいにするな。
競馬にしても自分で選択し、自分で賭けて金を失っただけの話だ。
シェルターピープルを出ると、野毛に向かい酒を飲んだ。
夜になって一人になり、古ぼけたラブホテルへチェックインする。
正月料金なのか、九千円も取られた。
こうして二千二十年の元旦は終わる。
二千二十年一月二日、木曜日先勝。
どこか陰気な部屋の中。
冷たいベッドの上で睡眠を取った俺は、ゆっくり風呂へ入る。
この寒い冬で、唯一幸せを感じられる瞬間。
昼前にチェックアウトでホテルを出ると、少し先にあるパチンコ屋へ入った。
結局横浜へ来ても賭け事しかやらない俺。
一体何をしに来たのやら……。
しかし千円でいきなりシンフォギアが当たり、新年早々運気がいい。

あれよあれよという間に二十三連荘して、一万発を楽に超える。

換金すると六万円ちょうどになり、俺は横浜に住む石川雅之へ連絡をしてみた。
予定があるので食事だけならと来てくれたので、長八へ向かう。
結構久しぶりの再会なのでお互いの近況を話しつつ、親睦を深める。

二度目の横浜の暗黒期、彼の存在には随分救われた。
あの地獄のような日々で心から笑えたのは、あの時だけ。
彼がこの土地で唯一気を許せる友達なのかもしれない。

「石川さん、今日はシンフォギア勝ったから、俺がご馳走しますからね」
「いやいや、それじゃ悪いですって」
「前に俺が二俣川から帰る時、焼肉ご馳走してくれたじゃないですか」
「またそんな昔の事を……」
「さあ何を注文します? 俺はこの五千百三十円のサーロインステーキが昨日から気になっていたんですよ」
「え、五千円? 岩上さん、さすがにそれはちょっと」

俺は強硬してサーロインステーキを注文。
彼は遠慮してミックスフライを頼む。
「石川さん、それじゃ足りないでしょ。あとトンカツとか鰺丸ごと一匹フライもつけちゃいましょう」
「そんな食べられないですって!」

ステーキは値段が張るだけあって、かなりいい肉を使用しているのだろう。
だが、油が凄くしつこい。
石川に三分の一食べてもらうほどだった。

彼の注文したミックスフライを見ながら、こっちへすればよかったと後悔。
「石川さん、俺もミックスフライ頼むから、エビフライだけ食べて下さいよ」
「いやいや、そんな要りませんって」
そういえばプレステーション4壊れたままだったよな?
せっかくだ。
横浜まで来たので二代目を購入するか。
すると石川は横浜駅まで付き合ってくれ、一緒に探してくれる。
去年のクリスマスからなのか年末からかは分からないが、駅前のイルミネーションが綺麗だった。

こういうお洒落なところが横浜たる所以だなと思う。
まあ独り者の俺には関係ないか。
石川の案内で店にあるプレステーション4を探す。

しかしどこも売り切れで置いていない。
もう中古でもいいと五軒目のゲームショップへ入り、ようやくプレステーション4を購入。
石川と別れ、新宿へ戻る。
外はまだ肌寒い。
以前KDDI時代、地下のサブナードを通って西武新宿駅まで繋がっている事を思い出した俺は、駅の階段を降りて地下通路を歩く。
確かあの時教えてくれたのは水原だったような気がする。
彼は今頃どうしているのだろうか?
俳優を目指すべく働きながら一生懸命だったが、芸能音痴の俺が彼の名前をまるで聞かないところをみると、上手くいかなかったかもしれないな。

「あれ? またアルタ裏だよ……」
新宿駅から指示通り歩いたつもりなのに、チャレンジする度何故かアルタ裏の通りに出てしまう。
何で地下街はこんなに複雑にできているのだ?
これだったらわざわざ地下でなく真っ直ぐ歩けばよかったよ。
新宿に二十年以上いるのにまるで道順が分からない。
本川越駅へ到着すると、栄治さんに紹介してもらったLIBERTYへ寄る。

「あ、智一郎さん、いらっしゃいませ」
二度目の来店なのに俺の顔を覚えているマスターの小沢。
俺はここの酒の種類も料理も接客も、すべてが気に入っている。

今年こそはもっと金銭感覚を狂わず、平穏無事に生きよう。
グレンリベットを飲みながらトマトのカプレーゼとマッシュポテトをつまみに嗜む。

家に帰ると早速プレステーション4を接続。
前の故障したアダプターなどのコード類を外し、そのままできるから楽ちんだ。
四日の夜から仕事なので、実質あと二日間ゆっくりできるのか。
俺はゲームをしながら気付けば寝落ちしていた。
二千二十年一月三日、金曜日友引。
ラッキーハウスの店長である橋本からの電話で目を覚ます。
「赤崎さん、新年の営業四日からと去年言ってしまいましたが、今日からオープンでした。大丈夫ですよね?」
「え、今日の夜からですか?」
「まあどうせ暇だと思うので、休みたかったら休んでもいいですけど」
「いや、出ますよ。去年大晦日の競馬で負け過ぎたし」
部屋で過ごしても、ゲームぐらいしかする事がないのだ。
それならまだ仕事して金を稼いだ方がマシである。
もう昼か…、立門前通りを歩き中央通りへ向かう。
行き先はレストランシブヤ。
「あ、岩上さん、今日ね、小学メニューでランチやってないんだ」
「別にいいですよ。じゃあカレーとナポリタン下さいな」

昔ながらのカレーライスにナポリタンを食べる。

カガヤカフェに寄りコーヒーを飲んでいると、地方競馬はもう開催しているようだ。
全部のレースに四万千円賭けて、二万七千円の払い戻し。
今年は一万四千円負けスタート。
まあ本番は明日の金杯からだ。
出勤時間まで部屋で寛ぎ、初仕事へ向かう。
本川越駅ビルのペペで、ミスタードーナツで持ち帰りを頼む。
この時のアルバイトの子が、あまりにも酷過ぎてフェイスブックで記事を書く。
新年早々だけど、ちょっと酷過ぎるので記事にします。
仕事前、本川越駅の特急乗る前にミスタードーナツへ寄り、ドーナツ、パイ、コーヒー、そしてパスタを注文した。
店員が皿にドーナツを乗せだしたので、「持ち帰りだよ」と伝え会計する。
すると……。

コーヒーをカップに入れた状態で出してきた。
「……。持ち帰りって言わなかった?」
店員がパニックに陥っていたので、俺はそのコーヒーはその場で飲んでいくことにして、他に持ち帰り用コーヒーをさらに注文。
パスタは5分ほど掛かると言うのでコーヒーを飲みながら待っていると、「お待たせしました」と何と普通にパスタを持ってくる始末。
「あのさ……、持ち帰りって言わなかった?」
「パスタは持ち帰りできないんです」
もう口開く気力も無くなり、特急電車の時間も逃し、この記事を打ってます。
もうここ、二度と来ないだろうな。
早めに家を出ているから遅刻にはならないが、せっかく電車の中でのんびり食べながら行こうと思ったのに、すべてのルーティンが台無しだ。
持ち帰りと最初に言っているのに、何故あの子は全部をトレイに乗せてきたのだ?
コーヒーを間違えた時点で俺はあの子へ注意しつつ、もう一杯分の金も追加して持ち帰りと伝えたはず。
それをパスタまで出してきて持ち帰りはできませんと後付けで言うぐらいなら、何故会計時に言ってくれないのか。
複雑な気分のまま急行電車へ乗り、初仕事へ向かった。
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