闇 479(バベルの塔編)
闇 479(バベルの塔編)

2026/02/11 wed
前回の章
二千十九年十二月二十九日、日曜日先負。
仕事明け、山下と夢吉で飲む。
中央競馬はもう終わったが、まだ地方競馬がある。
そんな今日は東京大賞典。

有馬記念を当てたゲンのいい店で飲み、かつての運気を取り戻す。
恒例の氷結フルーツタワーサワーを飲み、川越へ帰るとヤスのカガヤカフェで競馬の予想を始めた。
大井競馬場メインは2番ケイティブレイブを軸に。
ヤスを始め、周りの客たちが俺のテンションの高さに笑い、図に乗った俺はそれ以外のレースも全部勝負すると豪語。
五レース六レースと縦目で外す。
残すところあと二レース。
もし外れたらここ二日間の負けが二十万を超えてしまう。
東京大賞典は軸馬ケイティブレイブがコケ、完敗。
「リベンジだー!」と叫びながらネバーギブアップ宣言。
みんなの前で笠松、高知、園田競馬と格好つけようとする馬鹿な俺。
ギャンブル熱は治まらない。
「ヤス! 俺の写真を撮れ」
「え、いいですけど何に使うんですか?」

「これは、俺のリベンジ宣言だ! 令和元年最後の最後で負けてたまるかよ! フェイスブックへこの意識表明を載せるんだ」
笠松最終レース、負け……。

「ババーン! 園田十一レース、三連単五百円取ったぞ! とりあえず五万戻した」
結果派手に賭け、派手に負けた。
意気消沈してカガヤカフェをあとにすると、ちょうど隣りのスガ人形から栄治さんが出てくる。
過去俺が新宿クレッシェンドで文学賞を取った時、みんなの熱が治まった頃ひっそり祝ってくれた先輩。
ヤケクソになっていた俺は、栄治さんを焼肉へ誘う。
「焼肉ってどこ行くの?」
「シンラガーデン行きましょう!」
「いいの?」
「当たり前じゃないですか! 有馬記念取った祝儀を栄治さんにしてなかったですからね。行きましょう!」
十二月だけでパチンコの大勝ち、大井競馬のズバリ劇勝、そして有馬記念の当たりで金銭感覚の麻痺していた俺は、この頃狂っていた。
けいこと意思疎通が上手く行っていない現状もあったと思う。
「若い女もいたほうがいいですか、栄治さん?」
「え、若い女? そ、それはいたほうがいいけど……」
俺は先日知り合った『すっぴんカフェ』の若いだけが取り柄の不細工に電話を掛ける。
「おい、これから超高級焼肉店連れてってやる。その代わりもう一人若い女一緒に連れてこい。え? 場所? シンラガーデンだよ。クレアモールの横道入ったところにあるの知らない? そのぐらい自分で調べて来い」
妙なテンションのまま店へ行き、女たちと合流。
不細工の連れて来た子は、思いのほか可愛かった。
金はまだまだ残っているのだ。
はしゃげる時にはしゃいでおく。
「A5ランク、とうがらし? これ行ってみよう!」

女たちは舌鼓を打ちながらガツガツ肉を食べる。
カルビやロース、ハラミ、ホルモン。

スタンダードな高級肉もバンバン注文。

「肉寿司も行っちゃうか!」
まるでバブル時代を知らないくせに、学生時代眺めていたあの頃の光景を彷彿させるかのように豪遊する。

「チヂミも食べたい? 好きなの頼みな。あ、ワインもう一本開けて下さい。それとウイスキーのロックもお代わり」

酒池肉林とまでいかないまでも、すっかりご機嫌な栄治さん。
楽しんでもらえて何よりだ。

それにしても偶然連れて来た初対面の子は、地味だが結構可愛いな。
俺は彼女へ名前を聞いてみる。
「聡子です」
「へー、いい名前だ! ね、連絡先交換しようよ」
「岩上さん! 睦には優しくしてくれないのー!」
「うるせー、不細工が! おまえには肉をたらふく食わせてやってんだろ!」
「聡子、何か食べたい肉ないかい? 栄治さんも何かありますか?」
「あ、あの…、焼きしゃぶでしたっけ? あれが凄い美味しかったです」
「智ちゃん、俺はもう腹一杯だよ」
「店員さん! 焼きしゃぶ人数分追加で下さい」

この肉だけは店員が目の前でサッと焼いてくれる。

しめて会計七万円。
「岩上さん…、お店寄ってもらえますよね?」
不細工の睦が店を出ると声を掛けてくる。
ここからすぐにある『すっぴんカフェ』。
どうやら彼女たちは出勤時間を過ぎてしまい、俺たちが同伴しないと店から罰金を取られてしまうらしい。
「栄治さん、可哀想だからこの子たちの店、ワンタイム付き合ってもらえます? もちろん金は俺が出しますから」
「大丈夫? さっきの焼肉だけでかなり使ったでしょ?」
「こんな時ぐらいしか栄治さんに恩義返せないですからね。たまにはいいじゃないですか」
「ま、まあ智ちゃんがいいならいいけど……」
二階の階段を上って店へ入り、酒をまた飲み始める。
結局ワインタイムどころか、ズルズルと延長を繰り返してしまう。
気分良く栄治さんが隣りでカラオケを唄っていると、睦がワインリストメニューを目の前に持ってきた。
「あ? それが何よ?」
騒音の中、無言のまま指で二万円のシャンパンを指す不細工。
何だ、このブス…、あれだけご馳走になっておきながらシャンパンまで入れろだ?
ここだって結構いい金額使っているぞ?
一度だって口説いてもないし、たまたま誘ってやっただけ。
何を図に乗ってんだ、このクソ女……。
一気に気分を害した俺は、会計を支払い「栄治さん、ここ気分悪いからもう帰りましょう」と、最後の最後で不味い酒になってしまった。
教訓、ブスといえども飲み屋の女を図に乗せるな。
二千十九年十二月三十日、月曜日仏滅。
フラフラと二人でクレアモールを歩く。
「すっかりご馳走になっちゃってごめんね、智ちゃん。半分払うよ」
「いえいえ、それじゃ誘った意味ないですから。しかし、あのブス、本当に気分が悪いですよ」
「ハハ、彼女たちは余計だったね」
日も明けて今日の夜出勤したら、仕事納めか。
今年も終わるし、夕方頃けいこに連絡してみよう……。
「智ちゃん、もう一軒だけ寄らない? いい店があるんだ。せめてここぐらい奢らせてよ」
「え、どこですか?」
「ほら、藤沢プラザだった横の二階にある店。リバティて言うんだよ」
「バーですか?」
「そうきっと智ちゃん気に入ると思うよ」
階段へ上がり店内へ入ると、そこは広い空間のお洒落なバーだった。
川越にこんな店があったなんて。
大好物のグレンリベットはもちろん結構な種類の酒。
ふんだんな料理の数々。

パスタも数種類あり、メニューにない無茶を言ってナポリタンにボロネーゼを頼む。
料理も美味しく、酒が進む。
本当にいい店だ。
道路拡張工事で本川越駅前にあった岩上整体や王賛のビル、そして行きつけだったスイートキャデラックの建物すべて無くなってしまった今、俺はこういうバーを求めていたんだろう。
栄治さんへ素直に感謝した。

「ステーキもあるよ。いっちゃう?」
「さっき焼肉散々食ったじゃないですか」
「じゃあオムライスぐらい入るでしょ」
「何でそこまで食わせたがるんですか」
せめてものお礼代わりなのは理解していた。
苦しいが胃袋へどんどん詰め込んでいく。

強引にご馳走してくる栄治さんに甘えた俺は、しこたま飲んでから家に帰って爆睡した。
起きてから大正浪漫通りへ向かい、昨夜のお礼をしようとスガ人形を訪ねるが、栄治さんは配達で出掛けているらしい。
隣りの加賀屋へ顔を出し、ブス女の図々しさの愚痴をこぼす。
「あらやだ、そんなただのタカりじゃない。分別の無い子って、叔母さん嫌いだわ」
おばさんと話をしていると若い二人連れが入ってくる。
「すみません、先日撮影した『鎧勇騎月兎』のDVD配っていますので、よろしかったらもらって下さい」
『鎧勇騎月兎』?
何だそれ?
おばさんから事情を聞くと、彼は池田航という若い俳優で特撮ヒーローものの主演を務めているようだ。
清潔感溢れ、礼節もしっかりしている彼に俺は好感を持つ。
「おばさん撮ってやるから、智ちゃん有名人と一緒に写りなよ」
「酷いなあ、俺も一応作家なんですけど」
「あ、作家さんだったんですね」
あくまで好印象の彼と一緒に写真を撮る。

写真を見ると、俺と彼の顔と身体が二倍ぐらい違うように見える。
さすがは芸能人、顔が小さい。
礼儀正しく爽やかな彼の今後の成功を祈った。
いきなり俳優とバッタリ遭遇するなんて、運気が戻ってきている証拠。
俺は部屋に帰るとけいこへ電話をしたが、十数回コールを鳴らしても彼女は出なかった。
心配だとLINEを残しておく。
出勤時間になると本川越駅へ向かう。
今年営業最終日。
俺はフェイスブックへ投稿する。
今年最後の仕事。
新宿へ向かいますか。
今年の反省点
・競馬賭け過ぎ。
・十二月だけで百万以上馬券取ったのに、もう金無くなった。
要は金使い過ぎ。
・来年からは競馬は、重賞のみでちゃんと絞って買う、一レース二万まで。

関係ないけど西武新宿線も、恥ずかしいからカナヘイの電車辞めろ。
電車が所沢駅を通過した頃、けいかから連絡が来る。
『そんな私に優しくしないで下さい……。 けいこ』
『馬鹿タレ、気になるし心配はするよ。何でも困った事あったら、言ってこい。 岩上智一郎』
新宿に到着するまで彼女からの返信はなかった。
ラッキーハウスへ出勤する。
いつもなら満席のはずが、お店最終日なのでさすがに暇。
「今日でお店も終わりっすねー。明日の忘年会が面倒臭いすよ」
そうだ、山下のいう通り最終営業を終えてから恒例の忘年会になるんだったっけ。
面倒臭いなあ……。
誰も客のいない店内。
今日は最後なので従業員も全員いる。
けいこの事が気になってしょうがなかった。
「橋本さん…、こんな暇なんじゃ、俺出勤したけど休みにしましょうか?」
「え、だってせっかく川越から新宿まで来たのに、それじゃ意味ないじゃないですか」
「いえ、実は野暮用と言うか、ちょっとこっちとありまして。休んでいいなら休みたいなあと」
「まあそれはいいですけど、明日の忘年会はどうすんですか? 朝からですよ」
これからけいこへ連絡して会うとなったら、ひょっとしたら朝まで一緒かもしれない。
今、あいつは精神的に弱っている。
俺が優しさを見せれば……。
「忘年会…、欠席じゃマズいですかね……」
「まあいいですけど、叙々苑ですよ?」
「それよりも…、ちょっと大事な事がありまして……」
「じゃあいいですよ。自分から香川さんのほうには伝えておきますから。年明けは四日の夜からですからね」
「分かりました。では橋本さん、良いお年を」
「え、岩上さん帰っちゃうんすか?」
「おい、山下良いお年を」
「はあ」
「川崎さんもよいお年を」
「え、あ、あ、あ、赤崎さん、な、な、な、何で帰っちゃうの?」
背後から声を掛けられるが、けいこへ連絡するのが待ち遠しくとっととラッキハウスをあとにした。
急過ぎる降って沸いた休み。
外へ出るとすぐけいこへ電話を掛けるも出ない。
『今は放っておいて下さい。 けいこ』
「……」
彼女はどうやら面倒臭そうな状況になっているようだ。
俺はもう一度電話を掛ける。
しかしけいこは出てくれない。
『実はおまえが心配で今日仕事だったけど、急遽休みを取った。だから会いに来い。話を聞くから。 岩上智一郎』
『何でそんな私を気遣うんですか? 今の私なんて放っておけばいいんです。 けいこ』
電話しても出ないし、いっそLINEで好きだと言ってしまうか。
いや、それは実際に目の前で言いたい。
俺は歩きながら、長期戦になるなと思った。
『風林会館の近くにある豚小屋という店で、おまえが来るのを待っているよ。今が九時半だから十一時ぐらいまで来い。伝えたい事がある。 岩上智一郎』
初対面の時からずっと好きだったけいこ。
来ればようやくその想いを口にする事ができる。
飯野君、ごめん……。
俺、やっぱりあいつが大好きなんだ。
中川の豚小屋へ入り、ベーコンステーキとウイスキーにカルピスサワーを頼む。
さすがに暇なので明日の地方競馬の出走表を眺めた。

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